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ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第一章 ほら吹きレッコー
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責務

「我々はカレド村の位置と、周辺の地形を知っている。案内なら不要だが」

 マコスが言う。

「いえ、ただ、見ておきたいんです。村が滅びるなら、その最後の様子を」レッコーが、うめくように言う。「見ておかなければならないんです」

 マコスはほんの少しだけ考え込んでいたが、すぐにまた口を開いた。

「危険だぞ、とは、言うまでもないか……だが、今の我々は、まともに戦えもしないんだ。状況によっては、見捨てていくぞ」

「かまいません」

 レッコーは即答した。

「……それなら、付いてきてもらうか。何か助かることがあるかもしれんし」

「ありがとうございます」

「いや……」

 レッコーに答えながら、マコスは椅子から立ち上がった。

 と、今度はアイナが口を開いた。

「わたしも、連れていっていただけませんか」

「なに……?」

 マコスは驚いたような顔をする。

「司祭は休んでいてください」

 レッコーが低い声で言う。

「いいえ、わたしも村の最後を、この目で見届けたいわ。そして、記憶にとどめておきたい」

「それは……それは、おれが背負うべきことだよ」

「いいえ、あなた一人には背負わせない」

 マコスはアイナの顔に目をやり、良く観察した。

 緊張はしているが、あくまで冷静だ。

「体力は大丈夫か?」

 マコスがアイナに問う。

「はい」

 アイナはきっぱりと答えた。

「では、付いてくると良い。君ら二人には、その責務があるようだから」

「感謝いたします」

 答えながら、アイナも立ち上がった。

 と、カルエレがレッコーとアイナに歩み寄ってきた。

「二人ともすまないが、わたしの代わりに良く見てきておくれ」

「……はい」

「分かりました」

 二人がそれぞれ答えると、カルエレは頷いて、両手で二人の手を握った。

「そして憶えておいで。生きている限り、どこかへつながる道があるものだ。いかなる時も、絶望してはいけないよ」

 レッコーとアイナは頷くと、兵士達と共に詰所を出ていった。カルエレとエーデ、子ども達は、それを見送った。

 と、セリアがエーデの服の裾を引っ張った。

「ねえ、エーデ」

「なに?」

「今日のこともみんな、お兄ちゃんの嘘なのよね?」

 セリアが、怯えた表情で言う。

「セリア……」

 エーデは屈み込んで、セリアを抱きしめた。



「馬は使わない。急いでもあまり変わらないし、見付かりたくないからな」

 速足で通りを行きながら、マコスが四人の部下とレッコー、アイナに言う。

「道を通っていくんですか?」

 レッコーが訊く。

「ああ」

「待ち伏せされるのでは?」

「術で周囲を探りながら進む」

 マコスが、女性兵士の一方に目をやった。女が頷く。魔術師らしい。

「それに魔族は耳が利くから、木立こだちの中を進んでも見付かる時は見付かる。それならば、道を行った方が体力を消耗しないし、いざという時逃げやすい」

「なるほど」

「もっとも、連中は食料の運び出しを優先するだろうから、見張りには大した数は回していないとも思うが……まあ、君らの存在には気付いているだろうし、何とも言えないな」

「あの……」

 ふと、アイナが口を挿んだ。

「魔族は、食料を求めてやってきたのでしょうか?」

「おれは今のところ、そう見ている」

「では、魔族が食料に気を取られている間に逃げ出せた人もいるでしょうか?」

「……」

 マコスは少しの間黙り込んだが、ややあってまた口を開いた。

「いや、連中は村を囲んで、できる限り誰も逃がさないようにしていると思う」

 そして、ためらうようにまた間を置いてから、付け加えた。

「魔族は人間も食べる」

 アイナは息を呑み、口元を押さえた。



 レッコー達は町を出て、森の中の道を進んだ。女魔術師が時折ときおり呪文を唱え、周囲を調べる。途中で、レッコーが倒した二頭のギマランの脇を通り過ぎた。

 カレド村に大分近付いたところで、一行は道をれ、傾斜になっている木立の中を登っていった。しばらく道なき道を進むと、やがて木立が途切れ、眼下に村を一望できる場所へ出た。

 マコスは全員に木の陰から出ないよう注意し、男性の部下二人に周囲の警戒を命じてから、女魔術師に声をかけた。

「ヘレ、近くに敵はいないな?」

「わたしの術にはかかっていません」

「なら大丈夫だろう。〈隠蔽術〉に切り替えろ」

「了解」

 ヘレと呼ばれた女兵士は、先ほどまでとは違う呪文を唱え始めた。

「敵の〈探査術〉を妨害する術だ。もっとも、こちらの〈探査術〉も効きにくくなるが……」

 マコスはそう説明しながら、木々の間から村の様子を観察しだした。もう一方の女性兵士、そしてレッコーとアイナもそれに倣う。

 何軒かの家が煙を上げている。その内の一軒のそばを巨大な魔物が歩いていくのが、まず目についた。姿形すがたかたちは人間と同じようだが、背丈がレッコーの倍ほどもあり、腕も脚も太く、全身が岩のようにごつごつしている。両脇に、何かを抱えている。

「ホルムだな」マコスが低い声で言った。「人を運んでいるようだが……」

 そう言われて、アイナは魔物が両脇に三、四人ずつ人間を抱えているのだと理解した。さらに良く見ると、その内の一人の顔がちょうどこちらを向いていることが分かった。

「ラートさん……」

 レッコーがうめく。アイナは驚いてレッコーの方を振り向いたが、レッコーの目が良いことを思い出し、何も言わなかった。

「あまり数はいないようですね」

 村全体の様子を観察していた女兵士が言った。

「そうだな、ここから見る限りだと、レッコー君の話より大分少ない。メイザ、君の見解は?」

「敵はすでに、村を脱出した司祭達の存在に気付いているはずです。我々の反撃が予想されますから、村に留まるメリットはありません。順次食料を運び出しつつ、撤退しているのだと思います」

「足の遅いホルムと手ぶらのオーバが残っているわけは?」

「ホルムは通常オーバやギマランより遅いですが、荷物を抱えてもスピードが落ちないと思われます。食料を抱えて足が遅くなるオーバやギマランを先に行かせ、相対的に足の速いホルムを殿しんがりにした……手ぶらのオーバは、その護衛でしょう」

 二人が話している間に、レッコーも村の全体をさっと見渡した。打ち壊された建物、血だまりと思しき地面の染み……村の様子は一変していた。

 家々の間を、魔物達が歩いていく。巨大な魔物、ホルムが四頭――そして、ギマランより一回り大きな魔物、オーバが三頭。オーバは姿はやはり人間のようで、体全体が白く、頭に羊のような角を生やしている。

「……おれの考えも同じだ」マコスがメイザに言った。「ところで、気付いたか? オーバの中に一頭――」

「大きい奴がいますね。……大魔族でしょうか?」

「多分そうだ。威圧感がある」

「大魔族というと――」レッコーが口を挿む。「普通の魔物より大きく、力が強く、魔法も強力だという?」

「そうだ。その大魔族の中でも特に強力なのが『魔王』と呼ばれる存在だが、あのオーバにしたところで、ここにいる全員でかかっても簡単には倒せないかもしれん――みんな、屈め!」

 ふいに、マコスが低い声で命じた。全員、繁みの中に身を隠す。

 レッコーはその時になって、二つの黒い影がこちらへ飛んでくるのに気が付いた。

(空飛ぶ魔物――ダーズルか!)

 レッコーは、二つの影の正体を見極めた。大きさは人間と同じくらい、胴体も手足も細く、背中に生えた二枚の翼で空を飛んでいる。体は全体に黒く、槍のようなものを手にしている。

 レッコー達は息をひそめ、翼を持つ魔物が行き過ぎるのを待った。

「重い荷を運べないダーズルは、見張り役というわけか」

 ダーズルの影が木々の向こうに消えてから、マコスが口を開いた。

「ダーズルは魔法が得意だから見付かるかと思いましたが、ヘレの方が上手うわてだったようですね」

 メイザが応じる。

「そうだな――ところでレッコー君、アイナ司祭」マコスがレッコー達の方へ顔を向けた。「気は済んだのか」

「とても済んだとは言えませんが……」

 暗い表情のレッコーが、呟くように言う。アイナは黙り込んだまま、眼下の村を見つめている。

「もうできることもないようです。もし許されるなら、今から駆け下りていって、みんなのかたきを取りたいところですが……」

「勘弁してほしいわね。こちらの存在に気付かれたら、わたし達は全滅よ」

 メイザが淡々とした調子で言った。

「町へ戻る。なるだけ静かにな」

 マコスが言った。


 ずっとそこにいるのに、呪文を唱えるのに忙しくて会話に参加できないヘレさん。二十四歳独身。

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