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ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第一章 ほら吹きレッコー
4/36

町へ

「早く進まないと」

 他の者達が呆然とする中、レッコーが低い声で言った。

「この二頭がこんなところにいたのは、誰かが逃げて助けを呼ぶのを警戒したからだ。もっと来るかもしれない」

「けど……村のみんなはどうするのよ」

 エーデが、青ざめた顔で言った。

「逃げられるのを警戒して、こんなところにまで見張りを出していたくらいだ。村はもう囲まれているはずだ。もう、手遅れだよ」

「なに落ち着き払ってんのよ!」

 エーデが声を荒げる。

「あんたが……全部あんたのせいじゃない!」

「そうだ。全部、おれのせいだよ」

 レッコーが、悲痛な面持ちで答えた。

「だからせめて、ここにいるみんなは守る。――みんな、少し急ぐぞ。大丈夫か?」

 レッコーが声をかけると、子ども達は怯えた表情をしながらも、うなずいた。レッコーは次に、若い司祭に顔を向けた。

「アイナ司祭、スカートの裾を裂いて、短くするんだ。それじゃ走れない」

「え? ええ、そうね……」

 アイナはそう答えたが、しゃがみ込んでスカートの裾を掴んだきり、手を止めてしまった。おろおろと、辺りを見回す。

「エーデ、手伝ってあげて」

 レッコーは懐から小刀を取り出し、エーデに渡した。

「カルエレ様は、おれが背負っていく」

「わたしは置いておいき」

 年老いた司祭は、悲壮な笑みを浮かべて言った。

「お前達だけなら、ずっと速く行ける。なに、わたしも後から行くから――」

「駄目です」

 レッコーがきっぱりと言った。

「もう誰も、見捨てるわけにはいかないんだ」

「それなら、お前がひとりで先に行って、助けを呼んでくるのはどうだい?」

「駄目です、魔族が追い着いてきた時、おれ抜きじゃ対抗できない」

「だからって、わざわざ足手まといを背負って――」

「わたしも、レッコーの考えに賛成です」

 ふいに、アイナが口をはさんだ。おろおろとスカートをいじっていた先ほどとは打って変わって、決然とした顔をしている。

「全員が助かる道をるべきだと思います」

「そうかい……」カルエレは、何か肩の荷を下ろしたような顔をした。「それなら、みんなと行こうかね」

「それでは行きましょう」そう言いながら、アイナは面々の中で一番年少の女の子を手招きした。「セリア、いらっしゃい。わたしが負ぶっていくから」

「無理だよ」レッコーが口をはさむ。「体力が持たない」

「セリアは小さいし、大丈夫よ」

 アイナは決然とした表情のまま言う。

「無理だというんだ!」

「なによ、あなたよりわたしの方が、体は大きいんだからね!」

「いい加減にしてよ! 言い争ってる暇ないんだからね!?」

 エーデが怒鳴った。

「それはそうだ……気の済むようにしたら良いよ」

 冷静さを取り戻して、レッコーが言う。

「ええ、そうするわ」

 アイナが拗ねたように言った。セリアを背に乗せ、立ち上がる。

「ほんとにみんな、あたしがいないと駄目なんだから」

 皆を落ち着かせようとしたものか、エーデが軽口を叩く。

「大丈夫そうかい、レッコー?」

 カルエレがレッコーの背に負ぶさりながら、不安そうに訊いた。

「ええ、皮肉なことに、背負い慣れてますから」

 レッコーは自嘲するように言った。そしてふと、短くなったスカートからすらりと伸びる、アイナの白い脚に目をやった。

 綺麗だ、と思った。そしてまた、こんな時に何を考えているんだ、とも思う。

 ふいに、少年のひとりがレッコーの服を引っ張った。

「兄ちゃん……」

「どうした、ウェイン」

 レッコーは少年の顔に、深い葛藤の色を見た。

「村へ戻って、フィネッタを助けてほしいんだ……」

「おれもそうしたい。でも、さっき言ったように、もう手遅れなんだ。おれが戻ったところで、どうにもならないんだよ」

「でも、ぼく……」

 ウェインはわずかの間言い淀んだが、ややあって続けた。

「フィネッタと約束したんだ。いつか、結婚しようって」

 レッコーは、頭の後ろを殴りつけられたような気がした。ウェインの必死の形相ぎょうそうを見る。一瞬、村へ走らなければ、という衝動がよぎった。

(しかし……!)

「ごめんな、ウェイン」

 レッコーはカルエレを背負ったまま、右手でウェインの手を握り、カレド村とは反対の方へ歩きだした。

「ごめんな……」



 一行は子ども達の駆け足の速さで進んだ。つい先ほど、二頭の魔物に出会うまでは賑やかに言葉を交わしていたのだが、もはや誰も何も言わない。

 森を抜け、なだらかな下り道の向こうにタルーブの町が見えてきた頃、アイナの息が上がってきたのを見て、レッコーはセリアに彼女の背から降りるよう促した。アイナは一瞬だけ抵抗するような素振りをしたが、「そうね、あなたが正しいわ」と喘ぎながら言い、少女を降ろした。セリアは遅れることなく、町まで走った。

 町にたどり着いた一行は、兵隊の詰所へ行き、状況を説明した。詰所には、七人の兵士がいた。

「――なるほど、おおよその話は分かりました」

 マコス隊長と名乗った男が、そう言いながらレッコーに目を向けた。

「ところで、君はひょっとして、噂の『ほら吹きレッコー』君?」

 レッコーは顔を強張らせた。何か言おうとしたが、とっさに言葉が出ず、口をつぐむ。代わって、カルエレが答えた。

「今回は本当なのです。ギムデの司祭であるわたしが、証言いたします」

「失礼、疑う余地はありませんでしたな。レッコー君は返り血も浴びているし。――それで、敵の本隊を見たのはレッコー君だけか」

「……はい」

「どのくらいいた?」

「おれが見た限りで、ホルムが四頭、オーバが五頭くらい、ギマランが二十くらい、ダーズルが五か六です」

 マコス隊長が、苛立たしげに頭を振った。

「とても手が出せん……イーバー、師団本部に応援要請、二個中隊と……できれば騎兵小隊もだ」

「了解」

 脇に立って話を聴いていた男が、詰所を出ていく。

「残念ながら、この町には一個小隊十二人しかいないのです。しかも、付近に魔族が出た以上、全員が町を空けるわけにもいかない」

 マコスが誰にともなく言った。話しながら考えをまとめているようにも見える。

「……だが、あらかじめ偵察をしておく価値はあるな。フォンケル、みんなに知らせて、町の周囲の警戒。アリーシャに指揮をらせろ。それと、寺院にも協力を頼め。町長に知らせるのも忘れるなよ」

「了解」

 またひとり、男が出ていった。これで兵士は、マコスの他に男女二人ずつとなった。

「残りはおれと一緒に偵察だ」

 その時、レッコーが唐突に口を開いた。

「おれも連れていってください」


 とっくにお気付きかもしれませんが、この物語の元ネタはあれです、「狼が出たぞお」というやつです。

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