光の中に
「タウロン師、エーデ!」
「やれやれ、こんな西の方まで来ていたとはな。探すのに半年かかったぞ」
驚いて目を見開いたレッコーに、タウロンが言う。
「そのくせ、偽名も使っていないとは……まったく、律儀というか」
「レッコー! いきなりいなくなって、びっくりするじゃない!」
そう声を上げてから、エーデはハッと顔色を変えた。
「……みんながね!? みんなが、寂しがるからさあ!」
レッコーは、黙ったままエーデの顔を見ていた。
「まったく、『早まるな』って言っといたのに……」
「それを言ったの、わたしなんだが……」
エーデとタウロンがそんなことを言っている間に、宿屋の主人は三人の子どもを促して、外へ出ていった。
部屋を出る直前、フィオーナは振り返って、じっと、エーデの顔を見つめた。それから黙って出ていこうとしたが、扉をくぐった瞬間、思わず、言葉を漏らした。
「あら……こんな綺麗な人まで」
レッコーはそれを聞いて、ハッと扉の方へ顔を向けた。タウロンとエーデが、黙って脇にどく。
レッコーは、扉へ向かってゆっくりと歩いた。
外には初夏の日差しが溢れていた。眩しさに一瞬、目を細める。
そしてレッコーは、光の中に、優しくほほえむ聖女を見た。
「ちょっと、二人とも、何とか言いなさいよ」
椅子にかけたきり黙りこくっているレッコーとアイナに、エーデが言った。二人は先ほどから、相手の顔に目をやったかと思えば、テーブルに視線を落とすということを、繰り返しているのだった。
だがとうとう、アイナが口を開いた。
「レッコー。ウェインから、言伝てがあるの」
「ウェインから?」
「ええ。『ぼくは憎しみを乗り越える。兄ちゃんも過去を乗り越えろ』ですって」
「そうですか……」
呟くようにそう言ったきり、レッコーはまた黙り込んでしまった。
しばらく経ってから、また、アイナが言った。
「そうそう、それから、あなたがタルーブを離れた後のことなんだけど」
「……はい」
「ゲーン様とカルエレ様が、結婚されることになったの」
「え……えええ!?」
レッコーは思わず、大声を上げた。
「本当なの……?」
すると、アイナは急に、厳しい表情になった。
「あら、レッコー、わたしのこと疑うの?」
「それは……」
レッコーは言いよどみ、エーデとタウロンの顔を順に見た。
「ほんと、驚いたわよね」
エーデが言うと、タウロンも頷く。
「まあ、お似合いだとは思うがな」
「……」
レッコーは黙ったまま、アイナの険しい顔に目を戻した。
と、アイナが急にいたずらっぽい表情になった。
「ふふ、嘘よ。ウ・ソ」
「何ですか、それは……」
レッコーは放心したように呟くと、椅子の背もたれに寄りかかった。
その様子を見て、アイナは嬉しそうにクスクスと笑った。
「ふふ……レッコー、わたし、嘘ついちゃった。これでおあいこね」
途端、レッコーが顔色を変える。
「アイナ司祭、それは……!」
しかしアイナは、穏やかな表情で言葉を続けた。
「ねえレッコー、これでおあいこなんだから、一緒にみんなの所へ帰っても良いと思わない?」
そう言って、再びいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「それとも、このまま二人で、どこまでも逃げましょうか」
「司祭、おれのために、罪を……」
「だって、わたしはいつも、あなたの味方でいてあげたいんだもの」
レッコーに笑いかけながら、アイナは言った。
エーデは、アイナがこの計画を打ち明けた時に口にした言葉を、思い出していた。
――わたしはどうしたって、ギムデの司祭なのよ。どんな理由があるにせよ、堂々と嘘をついたりしたら、きっと後悔して、苦しみ続けるわ。けど、それで、レッコーと苦しみを共有できる。そして、レッコーならきっと、わたしのこの気持ちを分かってくれる……今のわたしには、レッコーのためにしてあげられることが、これしか思い付かないのよ。寄り添うだけが愛じゃないって、ちゃんと分かってるつもりだけど、それでもわたしは、レッコーに寄り添っていたい。
(ギムデの神官だって、冗談くらい言うじゃない! どうして、苦しみ続けなきゃいけないわけ?)
エーデは考えながら、悲しくなってきた。
しかし、消えない罪を負わなければ、レッコーと苦しみを共有することにはならない。なぜなら、カレド村の滅亡に根差しているレッコーの苦しみは、決して消えることはないのだから。「過去を乗り越える」とは、過去をなかったことにすることではない……それは、エーデにも分かっていた。
そしてこのレッコーとアイナは、物事に真っ向から向き合うことしか知らないらしい。そんな二人だからこそ、苦しみも分かち合えるのだろう。
(ほんと、二人して、頑固で不器用なんだから……)
レッコーはきっと、アイナの考えを一瞬で理解しただろうという確信が、エーデにはあった。エーデは悲しみを堪えながら、アイナに歩み寄るレッコーを見やった。
「司祭……」
レッコーはアイナに抱きつき、くたびれた司祭服に顔をうずめた。そして、小さく嗚咽を漏らした。
若い司祭は、ただただ、ほほえんでいた。
それから八日目の朝、レッコー、アイナ、エーデ、タウロンの四人は、タルーブへ向けて出立した。
前日まで、レッコーは宿屋の三兄弟に、魔法と歴史に関してどうしても伝えておきたいことを教えていたのだった。三人は、レッコーとの別れを惜しみながらも、非常に熱心に取り組んだ。タウロンはそれを手伝い、アイナとエーデは宿屋の仕事をした。
そして今日、レッコーは数ヶ月を過ごした宿屋を後にした。
「ところで、レッコー君」
賑やかな通りを歩きながら、タウロンが言った。
「自分を許してやることはできたのか? いや、あの置手紙に書いていたことだが」
少し考えてから、レッコーは答えた。
「もう、どうでも良いんです、そんなことは」
「ほう?」
「大好きな人に、どうしようもないくらいに許してもらったんですから。おれが許すかどうかなんて、些細なことですよ」
「なに、のろけてんのよ!」
そう言いながら、エーデがレッコーに蹴りを入れた。アイナが頬を赤らめる。
「……それはそうと」
レッコーは背中をさすりながら、ふと後ろを振り向いた。
「フィオーナ、いつまで付いてくる気だ!」
すると、物陰から、宿屋の長女が姿を現した。
「でへへへえ、ばれてた?」
「町外れまで見送ってくれる……つもりなら、隠れることないよな」
「うーんと、そうじゃなくてえ……」
フィオーナが、モジモジしながら言いよどむ。
「ほら、いつでも遊びに来いって、言ってくれたじゃない。だから今から、タルーブへ行ってみよっかなって、思ったり……」
「駄目だ」
レッコーがきっぱりと言う。
「おれがいなくなって、宿屋はしばらく大変だろう。君が手伝わないでどうする」
「ええー……」
「甘えた声出しても、駄目だ。まったく、トロスとピネイがいないと、途端に甘えっ子になるんだから……」
「まあまあ、レッコー」
アイナが口を挿んだ。
「フィオーナ、お父様とお母様のお許しはもらったの?」
「うん。そしたら、ぜひ行ってこいって。『みすみす逃がす手はない』だって」
「逃がす……?」
「ううん、なんでもない。とにかく、喜んで送り出してくれたわ」
「そう、それじゃ……」
そう言いながら、アイナはちらりとタウロンの顔を窺った。タウロンが頷く。
「一緒に行きましょう」
「やった!」
フィオーナは、嬉しそうに声を上げた。
(危機感ゼロ? アイナ様、余裕ね……)
エーデは思った。フィオーナのレッコーに対する気持ちは、この数日間の態度でばればれである。
「アイナ様優しい!」
上機嫌で言いながら、フィオーナはレッコーの方を見やった。
「レッコーさんも、頑固なことばっか言ってないで、アイナ様を見習ったら?」
「ああああ……!」
アイナはその言葉を聞いた途端、何に感激したものか、声を震わせながらフィオーナを抱きしめた。
「なんて良い子なの……なんて良い子なの!」
「はっはっは、これは良い!」とタウロン。
フィオーナは途惑いながら、大笑いしているタウロンとエーデ、苦笑しているレッコーを順々に見回した。
「でも」
と言って、アイナは突然、フィオーナを解放した。
「レッコーは渡さないわよ」
そう言いながら、アイナはレッコーの右腕に、自分の左腕を絡めた。
(苦しみを飲み込んで、みんな生きていくのね)
レッコーとアイナの横顔を見ながら、エーデは思った。
レッコーは照れ隠しの仏頂面、アイナは弾けるような笑顔であった。
おわり
レッコー君とアイナさんの物語は、これにておしまいです。最後までお読みくださり、ありがとうございました。
何かひとつでも、皆様の心に残るセリフやエピソードがありましたら、幸いです。
ひょっとしたら、登場人物の誰かを主人公にして、外伝を書くかもしれません。……『ぼくらのアキレス』『二人の烈公』『ロアークの休日』は書きませんが。
よろしければ、また、次の物語で。
そして大切なAへ
この物語を、君の入学祝いに




