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ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第四章 最後の嘘
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ある初夏の日の午後

 ある初夏の日の午後、とある町の食堂を兼ねた一軒の宿屋。店の主人夫婦が、食堂の椅子に腰かけて話をしていた。

 昼食には遅く、夕食には早すぎるため、客はひとりもいない。

「レッコーの奴も、大分仕事を覚えてきたな」

「そりゃそうだけどねえ、どうも給仕には向かないよ、あの子は。愛想が悪いし、お世辞のひとつも言えやしない」

「まあな。しかし、誠実で良い奴じゃないか」

「悪い子だなんて言ってないよ。ただねえ、どうせなら、もっと愛想の良い子を雇えば良かったかななんて、思わないでもないのさ」

「いや、あいつはなかなか大したもんだよ。頭も良いし、物識りだしな。それで、子ども達の家庭教師もやらせて、給金は給仕の分だけで良いって言うんだからな」

「まあね、それに関しちゃ、まったくお買い得だったね。しかし、魔法を教えてくれるのは良いが、歴史なんて勉強して、何の役に立つんだか」

「大事だろう、この国の歴史を学ぶのは。お前はほんとに、何も分かっちゃいねえな」

「あんたこそ、分かったような顔ばっかしてんじゃないよ……でもま、レッコーが大事だって言うんだから、大事なのかもねえ。とにかく、教師としては合格だよ、子どもらも懐いてるし」

「懐いてるなあ……特に、フィオーナは……」

「やっぱり、あんたもそう思うかい?」

 夫人が、夫の顔を覗き込む。フィオーナとは夫婦の一番上の娘であり、下に弟と妹がいる。

「あの子、レッコーに気があるみたいだねえ」

「そういう歳になったんだなあ」主人が、しみじみと言った。「……十四だっけ?」

「十五だろ、フィオーナは。トロスが十三、ピネイが十……そんなことより、レッコーが相手ならもうぶんないよ。あの子、フィオーナとくっついて、この店を継いでくれないかねえ」

「お前、さっきは、あいつじゃ給仕も務まらないようなこと言ってたじゃないか」

「給仕に必要なのは愛想、店主に必要なのは金勘定さ。その点、あの子なら間違いなしだよ」

「なるほどね。しかし、なんとなくだが……レッコーは、いつまでもここにいるつもりはないような気がするんだよな」

「そのうち、出ていっちゃうってことかい?」

「あるいは」

「フィオーナを連れて?」

「知らないよ……お前がひとりで、勝手なこと言ってるだけだろう。……おや、こんな時間から、誰か来たぞ」



「そこで、ジャッカス一世は言った――」

 宿屋の裏手にある離れで、レッコーは三人の子ども達に歴史の講義をしていた。もっともその様子は、物語を語っているようでもあった。

「『ボンナーの勇者達よ! 今や、我らの手によって、邪神バルガムは封じられた。しかし、この地が小国に分かれている限り、真の平和は訪れない。我らの次の使命は、ボンナー統一国家の建国である!』そしてジャッカス一世は、ボンナーの小国家群を統一し、初代国王となった。戦士リゴルは、ジャッカス一世に代わって、ボンナー兵団の兵団長となった。しかし大賢者ハーンは、邪神バルガム封印の後、二人の仲間の手伝いをすることはほとんどなかった。それは、政治に興味がなかったからとも、王国の建国に反対だったからとも、他に重要な仕事があったからとも言われている」

 そこで、レッコーは話を終えた。

「今日はここまで。明日は、ボンナー王国建国の詳しい経緯についてだな」

「ええー」

 三兄弟の一番下の妹、ピネイが、不満げな声を上げた。

「この後は魔法のお勉強でしょ? もっとお話がいい!」

「お話……歴史の勉強なんだけど」

「魔法つまんない!」

「ぼくも、歴史の方が良いなあ」

 ピネイが駄々をこねていると、真ん中のトロスも口を開いた。

「もっと派手なことができたら、魔法も面白いんだろうけど。毎日毎日、魔力を扱う訓練ばかりじゃ、飽きちゃうよ」

「だけど、この訓練は大切なんだ」とレッコー。「おれの友達で、基礎をちゃんと勉強できなかったために、大変な思いをした人がいるんだよ……けどまあ、あと十日も訓練すれば、もう大丈夫だな。そうしたら、色んな呪文を教えてあげるよ」

「やった!」とトロス。「それならぼく、火を操る術が良いな」

「それなら、この前使ってたじゃないか」

 レッコーが苦笑する。このトロス、度々どこかで中途半端な呪文を覚えてきては、騒ぎを起こすのである。この時は、庭で火の魔法を使って、ボヤを出しかけたのだった。

「あたしは、物探しの呪文!」

 ピネイが元気良く言うと、姉のフィオーナが呆れたような顔をした。

「あんた、また何か無くしたんでしょう」

「えへへへえ」

「そう言うフィオーナは」とレッコー。「何か習いたい魔法はないのか?」

「わたしは、レッコーさんが教えてくれる順に、何でも勉強するわ」

 フィオーナは、大きな目を細めて言った。

「だって、レッコーさんがわたしのために、色々考えて教えてくれてるって、分かってるもの」

「そうか。フィオーナは素直だなあ」

「でへへへえ」

 フィオーナが、整った顔をほころばせる。

「笑い方がちょっと、だらしないけど」

 そう言ったレッコーの足を、フィオーナは思い切り踏みつけた。

「わたし『達』のために、考えてくれるのよね?」

 ピネイがトロスに訊くと、兄は小声で答えた。

「良いんだよ、その辺は、どうでも」

 そして三兄弟は、レッコーの指示で、まず魔力の流れを穏やかにする訓練を始めた。

「ところで、先生は」

 しばらくしてから、トロスが口を開いた。

「魔物って、見たことある?」

「あるよ」

「え! それじゃ、戦ったことは!?」

 レッコーが答えると、今度はピネイが身を乗り出してきた。

「ピネイ、魔力の流れが乱れてるぞ。感情の平静を保つんだ」

「はーい」

「うん、大分素早く魔力を抑えられるようになったな。上達してるぞ」

「えへへへえ」

「笑い方も可愛いな」

 そう言ったレッコーの足を、フィオーナの足が襲った。しかしレッコーは、足をさっと引っ込めてかわした。

「……魔物と、戦ったこともある」レッコーは話を戻した。「聴きたければ、話してあげよう」

「話してくれるなら、わたし、聴きたいわ」

 フィオーナが、少しモジモジしながら言う。

「レッコーさんのことなら、何でも知りたいもの」

「そうか。フィオーナは、他の土地のことに興味があるんだね」

 レッコーの足を、フィオーナの右足が襲う。レッコーが足を引っ込めてかわす。しかしフィオーナは、さらに左足を伸ばし、今度こそレッコーの足を捉えた。

(ひどいことをしている、おれは)

 呻き声を上げながら、レッコーは思った。

(ここは好きだし、フィオーナは可愛い。しかし、いつまでも同じ場所にとどまるわけにはいかないんだ。むしろ、ここには長くいすぎたかもしれない)

「ただ――」とレッコー。「古い物語ならともかく、戦いの実体験なんて、聴いて楽しいものじゃない。魔族との戦いで、おれは大切な人を失い、大切なものを失った。そういう話だよ」

「それって……」

 トロスが、ためらいがちに言った。

「フィネッタさんって人のこと?」

「……どうして、その名前を?」

「先生が寝言で言ってるのを聞いたんだ。何度か」

「そうか」

(フィネッタ……そうだ、ずっと引っかかっている)

 レッコーは、妹のように可愛がっていたその少女の顔を、思い浮かべた。丸い顔に長い髪の、痩せた、おとなしい少女。十歳になったばかりなのに、料理が得意だった少女。ウェインと、結婚の約束をしていた少女。

 おれが死なせた……!

(そうか、おれはフィネッタの名前を口にしたのか。司祭でもカルエレ様でもなく、エーデやブラドロやタウロン師でもなく、アリーシャさんでもなく)

 そこでレッコーは、今度はふと、アリーシャの最期の言葉を思い出した。

 ――生き抜いて、あなたの聖女を、ずっと……。

(あの人は、おれが逃げ出すつもりだということに、気付いていたのだろうか)

「おれは何重にも罪深い……」

 レッコーは小さく呟いたが、三人には良く聴き取れなかった。

「レッコーさん、どうしたの?」

 フィオーナが、心配そうに言った。

 その時、三兄弟の父親が、扉を開けて入ってきた。

「レッコー、お前にお客さんだぞ」

 そして主人の後から、マントを羽織った若い男と、フィオーナと同じくらいの年恰好としかっこうの少女が入ってきた。




金沢健「とうとう次回で最終回だ」

ピネイ「お兄さん、誰?」

金沢健「それにしても、レッコーの奴……成長したなア」

トロス「泣かないでよ。誰か知らないけど」

金沢健「ぐすぐす……そうだ、ところで、おれの一番お気に入りの登場人物は、ヘレお姉様だぜ!」

フィオーナ「何の話よ……」



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