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ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第四章 最後の嘘
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少年がいない朝

「どういうこと、レッコーがいないって」

 広間へ飛び込むように入ってきたアイナが言った。ここは寺院にある建物のひとつ、カレド村の面々が住居としている宿坊である。その広間に、レッコーを除くカレド村の者達が集まっていた。

「兄さんが起きてこないから」

 カドルが答える。

「おかしいと思って、部屋に入ってみたんだ。そしたら、物がいくつか減ってて、こんな手紙が……」

 カドルはそう言いながら、折り畳まれた紙をアイナに手渡した。

 上に「アイナ司祭へ」と書いてある。

「中は見た?」

 アイナが訊くと、カドルは首を横に振った。

「宛名があったから」

「そう、それじゃ、わたしが読んでみるわね」

 アイナはそう言って、手紙に目を走らせた。しかし、いくらもしない内に手がひどく震えだし、倒れるように座り込んでしまった。

 しばらく苦しそうに息をついてから、カドルに手紙を差し出す。

「カドル、みんなに聞こえるように、読み上げてくれないかしら」

 カドルは頷き、手紙を受け取った。



アイナ司祭

 この町を離れます。ご恩の数々にもかかわらず、このような勝手をすること、本当に申し訳ありません。

 おれはあの日、町の人達を最大限助ける方法を考え、町の人達を騙しました。結果として、犠牲を最小限に抑えることができたと思っています。

 しかし、嘘は嘘であり、誓いは誓いなのです。誓いを破った今、おれは司祭の顔を見るだけでひどく辛いのです。その辛さに耐えて、この町で再び嘘をついた自分と向き合うことをしないのは、ただただ、おれの弱さゆえです。

 司祭の幸せを、いつも祈っています。しかし、おれのことはどうかお忘れください。

 あの日「自分を許す」と言いましたが、あれは嘘です。司祭との誓いを破った自分が、どうしても許せません。

 あれがおれの、最後の嘘です。最後まで罪を重ね、弁解のしようもありません。

 みんなにも、申し訳ないとお伝えください。

   レッコー



「なによ、『最後の嘘』って!」

 アイナが涙を流しながら、悲鳴を上げた。それから、ハッと顔色を変えて、立ち上がった。

「どこへ行くんだい?」

 カルエレが訊く。

「タウロン様の所へ」

 涙を拭いながら、アイナが答える。

「きっとまた、お知恵を貸してくれます。わたしでは……」

 再び泣きそうになるのを、ぐっとこらえる。

「わたしでは、あの子を捕まえられませんから」

「まったく、とんだいたずらっ子だねえ」

 そう言いながら、カルエレは悲しげにほほえんだ。

「ぼくも行くよ」

 と言って、カドルが椅子を立った。

「あたしも」とエーデ。

「ぼくも行く」

 最後に、ウェインが立ち上がった。

 四人を見送った後、カルエレはふと、かつてアイナが言った言葉を思い出した。

 ――神とここにいる人々が、あなたの誓いを聞き届けました。ただし、これで罪が消えるわけではありません。いずれ神が、あなたの誓いをお試しになるでしょう。

「神は何をお試しになったものか……しかし何にせよ、レッコー、お前のしたことは正しい。そんなことは、お前も分かっているだろうに」

 カルエレが呟いた。

「エーデの言う通りね」

 女の子のひとりが、寂しそうに言った。

「お兄ちゃん、ギチギチに考えすぎるのよ」



「わたしは、『早まるな』と言った……!」

 タウロンはアイナに手紙を返しながら、呻いた。そして、アイナ、エーデ、カドル、ウェインの顔を順々に見回す。

 一同は、タウロンが滞在している宿屋の食堂にいた。

「とにかく、手分けして探そう。まずは町の周囲を見張っている人達に訊くんだ。それから、町の中だ」

「隊長さんに言って、馬を借りてはどうでしょう?」とカドル。「兄さんは多分、イースに向かったんじゃないでしょうか」

「すでにこの町を離れたというのは、おそらくその通りだと思う。だが、馬を借りることはできん」

「なんでですか!?」

 アイナが噛みつくように言う。

「司祭、あなたが取り乱してどうする」

「……すみません」

 タウロンがなだめるように言うと、アイナはうなだれた。

「……魔族の襲撃があったばかりで、警戒態勢が敷かれている。レッコー君ひとりのために、馬を借りるわけにはいかないんだ」とタウロン。「そして、徒歩で追っても追いつけん、準備もしていないしな。それに彼は、馬で追っても捕まらないような気がする。それよりも、今は情報を集めた方が良い。どちらの方角へ向かったか、とかな」

「分かりました、そうしましょう」

 言って、カドルが立ち上がった。

 その時、突然、エーデが悲鳴を上げた。

「なんでいないのよ!」 

 他の四人が、静かに少女の顔を見る。

「だって、朝起きたら、いつだってあいつが先に起きてて、おはようって言ってくれたのに……おかしいじゃない! こんなこと、今までなかったのに!」

(わたしが取り乱していたものだから、我慢していたんだ)アイナは思った。(レッコーがいない朝なんて初めてで、不安でたまらなかったはずなのに)

 アイナは泣きじゃくるエーデを、そっと抱きしめた。

「少しここで休んでから、寺院に戻りなさい。レッコーは、わたし達が探すから」

 見付けるから、とは言えなかった。レッコーが相手では、その見込みはなさそうだ。

「ウェイン、一緒にいてあげてね」

 そう言って、アイナはタウロンやカドルと共に宿屋を後にした。

 がらんとした食堂に、エーデとウェインの二人が残された。

「兄ちゃんには、言いたいことがあったのにな」

 しばらくしてから、すすり泣くエーデの隣で、ウェインが呟くように言った。

「こんなことになるなら、早く言っとけば良かった」

「言いたいこと……?」

 エーデが不思議そうな顔をして、ウェインを見た。



 正午頃、アイナは宿坊に戻った。タウロンとカドルは、すでにそこへ来ていた。

 そこへ、ちょうど、カルエレが小さい子ども達を連れて帰ってきた。やはり、町の中を探し回っていたのだった。

 エーデとウェインも、結局あちこち回っていたのだという。

 皆、何かをせずにはいられなかった。

「やはり、もうこの町にはいないようだな」

 タウロンが言った。

「でも、東の門で訊いてみたら、昨夜は誰も出入りしていないということでした」

 アイナが言った。

 他の場所でも、誰かが町から出るのを見た者はいなかったらしい。

「兵隊さん達が魔族を警戒して見張っているのに、こっそり抜け出せるものでしょうか」

 カドルが、疑問を口にする。

「幻術だな」とタウロン。「姿を消して、すり抜けたんだ。魔術師の侵入を警戒しているわけではないからな、誰にも気付かれまい」

「ですが、レッコーは幻術は使えないはずです。教えていませんから」

 アイナが言った。カレド村にいた頃は、いたずらに使わないようにという理由で教えなかった。それを知っていたレッコーは、タウロンに魔法を習うようになってからも、なんとなく幻術は避けていた、はずだった。

 が、タウロンは首を横に振った。

「ところが、使えるんだ。彼がせがむので、おととい、わたしが教えた。いつになく熱心だったが、まさか、このためだったとはな……」

 タウロンはそこまで言って、一同が自分を何ともいえない目で見ていることに気付いた。

「なんだ、わたしが悪いのか?」

「そんなこと言ってませんわ」と、不満げな顔のアイナ。「ただ、いつも疑うことがどうのこうのとおっしゃってるのに、なんで気付かないのかしらと思いまして」

「……それはそうと、他に何か、手がかりになりそうなことはあったか?」

「それなんですが」

 と、カドルが口を開いた。

「昨日、魔法具屋さんに兄さんが来たそうです。それで、先生が作った着火石を出して、お金に換えてほしいと……新品同様だったし、何かわけありの様子だったので、四百コーム渡したそうです」

「わたしが作った? あの、我々が出会った時のやつか」

 タウロンが、呻くように言う。

「我々との思い出まで、捨てていこうというのか……」

「レッコーは、お金が必要だっただけです」

 タウロンの言葉を打ち消すように、強い調子でアイナが言った。

「物は物です。感傷的なことをおっしゃって、らしくありませんわ」

 タウロンが、小さく笑い声を立てた。

「その通りだ。これは参ったな……それで、これからどうする?」

「レッコーを追いかけます。どこへ行ったか分かりませんけど、必ず見つけます」

 アイナが、きっぱりと言った。

「それなら、あたしも行く」

 エーデが言った。そして、慌てたように付け加える。

「だって、ほら、アイナ様ぼーっとしてて、心配だもの」

「きっと、そう言うだろうと思ってたよ」

 そう言いながら、カルエレはテーブルの上に、青紫色の石がはまった指輪を置いた。

「これを持っておいき」

「これは……サファイアですか?」

 タウロンの言葉に、カルエレが頷く。

「売れば三万にはなるでしょう」

「カルエレ様、でも、大切な物なのでは?」

 アイナがためらうように訊くが、カルエレは首を横に振った。

「あなた達も、レッコーも、わたしには家族と同じ。家族より大事な宝石など、ありませんよ」

「……分かりました。頂戴します」

 アイナは、指輪をそっと手に取った。

「しかし」

 ふと、タウロンが険しい表情で言った。

「その指輪があるにしても、あなた方二人で、というのは、いかにも無謀だな」

 タウロンの言葉に、全員、暗い顔になって沈黙する。まさしくその通りであり、そのことは誰もが分かっていた。

 と、タウロンが表情を緩めて、言葉を続けた。

「そこで、だ」

 一同、タウロンの顔を見る。

「わたしも行くことにしよう」

 途端、全員がほっとしたような表情になった。

「……あまり驚かないのだな?」

「だって、きっとそうするって、分かってたもの」とセリア。

「そうそう」とカドル。「それなのに、勿体ぶっちゃってさ」

「……やっぱりやめようかな」

 タウロンはぼそりと言ったが、黙殺された。

「ところでアイナ、あの子を見つけたら、まず何と声をかけるつもりだい?」

 カルエレの言葉に、アイナは少し考えてから、答えた。

「黙って、抱きしめてあげようと思います」

「そうかい。そうだね」

「そして油断したところで、投げ飛ばしてやりますわ」

 アイナの言葉に、子ども達は目を丸くし、カルエレは愉快そうに笑った。

「けど、それは結構、重要な問題かもね」

 カドルが言った。

「兄さんはどうしたら、戻ってきてくれるだろう」

「メイザさんなら、気絶させて引きずってくるところだけど」とアイナ。

「引きずって?」とセリア。

「いいえ、何でもないわ」

 と言ってから、アイナはタウロンの方へ顔を向けた。

「タウロン様、何と言えば、レッコーを説得できるでしょうか。どうすれば、レッコーを許してやることになるのでしょうか」

 タウロンはしばらく考え込んでから、答えた。

「それは、あなたが考えなければならないように思う」

「……そうですね。きっと、その通りです」

 そう言うアイナを見ながら、タウロンはちょっと笑った。

「まあ、今のところは、投げ飛ばすという方針で良いんじゃないか?」



 翌朝、アイナ、エーデ、タウロンの三人は旅立った。

 その二日後、タルーブの町に初雪が降った。




 レッコー君の名前の由来は、いくつもの光に導かれて闇の中から飛び出し、やがて自ら激しく輝きだす人……すなわち「烈光」です。



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