本心
いよいよ体力の尽きたタウロンと別れ、レッコーは二人の兵士と共に西へ向かった。タウロンと負傷したブラドロ、エーギム、そしてエーデとカドルは、集会場を目指した。
タウロン達がたどり着いた時、集会場の前にはマコスとメイザが立っていた。そして、二人が撃ち落とした空飛ぶ魔物、ダーズルの死体がそこここに転がっていた。
「体力の乏しいダーズルだけで強襲とは、強引な真似をする」
「まあ、けっこう危なかったですけどね」
マコスとメイザが、それぞれに言った。二人が無傷であったことには、全員が驚いた。
そこへ、青い顔をしたミカラが、集会場からふらふらと出てきた。
「もう、駄目かと思いましたよ……」
ミカラは、左手に剣を握ったままだった。
一方、レッコー達三人がロッセ中隊長のもとへたどり着いた時、魔族はすでに撤退を始めていた。
ブラドロは他の負傷者達と共に、集会場の中で横になっていた。そこへ、レッコーとタウロンがやってきた。
「ブラドロ」
声をかけながら、レッコーは友人の左腕に目をやった。肘から先が、なくなっていた。
「ファルゴ様のことだけど」
「うん」
「ひどい怪我だけど、命に別状はないようだよ。今は寺院で休んでる」
「そうか、良かった……」
そこへ、カルエレがやってきた。
「どうだい、加減は」
「おかげさまで、大丈夫そうです」
ブラドロが答える。
「外の魔法陣、使わずに済んだようですね」
タウロンが、カルエレに言った。何のために用意してあったものかは、すでにマコス達から聞いている。カルエレの覚悟についても。
「ご無事で何よりでした」
レッコーが言った。
「ええ、本当に。あんなものを用意したけど、わたしも、死にたかったわけじゃないからね」
「同感ですね」
カルエレの言葉に、ブラドロが応じる。
「ぼくも、死なずに済んで良かったですよ。あの時、カドルが治癒術をかけてくれなかったら、危なかった」
「教えたかいがあったというものだな、わたしとしても」とタウロン。「そういえば、そのカドル君は?」
「治癒術の腕が良いっていうんで、引っ張りだこですよ」レッコーが答える。「エーデも、それを手伝っているようです」
「そうか。わたしも手伝いたいところだが、さすがにもう何もできん。まあ、弟子に任せておこう」
そう言いながら、タウロンは椅子から立ち上がり、改めてブラドロの顔を見た。
「君も、ゆっくり休みなさい」
「あれ、いつもはサボるなって怒られてるのに。たまには怪我をするのも、悪くないですね」
「何を馬鹿なことを……」
タウロンが苦笑しながら言っている間に、ブラドロは眠り込んでしまっていた。
(アリーシャさんが亡くなったこと、いつ伝えようか)
友人の寝顔を見ながら、レッコーは思った。
(落ち込むだろうな)
「アイナ、わたしのお尻、叩いてみてくれない?」
集会場の片隅で、沈鬱な表情のヘレが、アイナに言った。
「そしたら、元気が出るかも……」
アイナは黙ったまま、ヘレの顔をじっと見ていたが、ややあってから平手でひとつ、友人の尻を叩いた。
「もうちょっと強く」
ヘレが言った。アイナはもう一発、叩いてやった。
乾いた音が響く。
「違うの、もっとこう――」
「無理よ」とアイナ。「誰も、死んだ人の代わりにはなれないわ」
途端、ヘレが泣きそうな顔になる。
「どうして、そんなこと言うの……?」
「ほら、お尻叩けなんて言う元気があるなら、心配してくれてる人達に顔を見せてらっしゃい」
アイナはそう言って、ヘレを外へ追いやるように、もうひとつ尻を叩いた。
(ごめんね。あなたと一緒に泣いてあげる前に、確かめなきゃいけないことがあるの)
アイナは思った。
(ひどいわがまま……)
レッコーとタウロンが集会場の前の広場へ出てくると、そこでは盛大な宴会が催されていた。
「みんな元気ですね」
「まったくな」
レッコーの言葉に、タウロンが頷く。
そこへ、マコスとメイザがやってきた。
「やあ、タウロン師にレッコー君」
マコスが声をかけてくる。
「もう町の周囲に敵はいないようだ。安心して、飲み食いすると良い。できればおれも、加わりたいところだが……」
「駄目です」
メイザがぴしゃりと言った。
「普段怠けているんですから、こんな時くらい働いてもらいます。それに、ただでさえ――」
ふと、メイザが言いよどむ。
「そうだな。アリーシャの代わりは、なかなかきくものじゃない。せめて、おれ達がしっかりしていなければな」
そこまで言って、マコスは、ヘレが歩いてくるのに気が付いた。
「ヘレ、ちょっと来てくれ!」
そう呼びかけてから、レッコーとタウロンの方へ顔を戻す。
「ところで、アリーシャのことで、あなた方に話しておきたいことがあるんだ」
「何でしょう」
タウロンが答える。
そうこうしている内に、ヘレもやってきた。
「以前タウロン師に、『監視しているのか』と訊かれたことがあったが」とマコス。「ヘレからあなた方のことについて報告を受けて、おれはアリーシャを差し向けた。探りを入れるためにな」
マコスの言葉を聴いても、タウロンは表情ひとつ変えなかった。レッコーも、さほど驚いた様子ではない。
最も驚いていたのは、ヘレだった。
いつかタウロンがヘレのことを「素直な人」と言ったのを、レッコーはふと思い出した。
「ヘレの発言に対する謝罪という名目で行かせたが、このことはヘレも知らなかったんだ。だから、彼女は責めないでやってほしい」
「ええ、それはもちろん」とタウロン。
「そうか。さて、アリーシャはあなた方について、『不審な様子はなし』という報告をよこした。おれも、再度の調査は命じなかった。ところが、知っての通り、あれはその後も度々あなた方を訪ねた」
「はい」とレッコー。
「それがなぜだったのかは、おれにも分からん。あれも、本心を表に出さない奴だったからな。ただ、あなた方のことを気に入っていたのは、間違いないと思うんだが」
「……なぜ、そんなことを教えてくださるのです?」
タウロンが訊いた。
「いや、あなた方に変に疑われたままでは、アリーシャも面白くなかろうと思ってな」
マコスはそう答えると、「君はもうしばらく休んでいろ」とヘレに言って、メイザと共に立ち去った。
「結局アリーシャさんは、何のために我々のところへ通っていたんだろうな」
タウロンが、誰にともなく言った。
「多分……」
少し間を置いてから、レッコーが口を開いた。
「おれと司祭、それにブラドロや子ども達の苦しみを見抜いて、寄り添っていてくれたんだと思います。……そう、信じたいと思います」
「わたしも、そう信じる」
ヘレが言った。心なし、表情が穏やかになっているようだった。
「アリーシャ、お節介だったし。わたしのことも、いつも気にしてくれてた」
「そうだな。そういう人だった」
タウロンも頷いた。
「わたしもそう信じることにしよう」
アリーシャはわたしにとって、一番お気に入りの登場人物です。
皆様にも、お気に入りの登場人物がいますでしょうか。誰かひとりでも好きになってくださっていたら、とても嬉しいです。




