決戦
ブラドロは二人の男性兵士と共に、単身で戦線を突破して町に入り込んだオーバを追っていた。
角が片方欠けていた。以前レッコーが話していた、大魔族に違いない。
「どこ行きやがった!」
「ブラドロさん、探査術で追えないか?」
二人の兵士が、次々に言う。
「この辺りで、〈魔力攪乱〉の術を使ったようです」
ブラドロが答える。
「ごく狭い範囲しか探れないんです。面倒な真似を……」
「そうか。奴の狙いは、おそらくこちらの指揮所だろう。集会場へ行くか」
「しかしそれでは、かえって敵を案内することになりかねん。奴は、すでに集会場の位置を把握しているのだろうか」
「こちらの伝令の動きを探って、おおよその見当は付いているかもしれません。近くまで行かれれば、人の気配で見付かってしまいます」
ブラドロがそう言った時だった。
「ブラドロさん!」
少女の声と共に、二人の小柄な人間が走ってきた。
「エーデにカドル!」
「あっちで、タウロン様とレッコー兄さんが、オーバと戦ってます!」
カドルが急き込んで言う。
「角の一本欠けた?」
兵士の一方が訊くと、エーデとカドルが激しく頷いた。
「ぼく達もそいつを追っているんだ。案内してくれ」
ブラドロに言われて、エーデとカドルは再び駆けだした。
それに続きながら、しかしブラドロの頭には、ひとつの不安がよぎっていた。
(まだ、そこにいてくれれば良いけど……)
(西側が全滅したわけじゃない。もしそうなら、もっとたくさん敵が来るはずだ。単独突破して、指揮官を討つつもりなんだ)
レッコーが隠蔽術の呪文を唱えつつ、そんなことを考えながら細い路地を進んでいると、先ほどまでいた辺りからタウロンの怒鳴り声が聞こえてきた。
「魔族の首領に訊きたい! なぜ、この町を襲うのか!」
すると、いくらか間を置いてから、答えが返ってきた。
「冬を越すために、食料が必要だからだ」
魔族が人間と同じ言葉を話すということは、レッコーも知識として知っていた。しかし、実際に耳にすると、ありえないものを聞いてしまったという感じがした。
「なぜ人間を襲うのか」
タウロンが、なおも問う。
「我ら魔族は、貴様ら人間によって、実り多き地を追われ、実り少なき地へ追いやられた。糧を得るには、人間に挑む他ない」
大魔族の低い声が答える。先ほどよりも、タウロンに近付いているらしい。
「ここ数年というもの、各地で魔族の動きが活発化している。そのこととは関係ないのか」
「我ら魔族は、貴様ら人間によって、交通を遮断されている。他の地のことは知らぬ」
こうも言葉が通じるのに、なぜ争っているのだろう。レッコーは、ふと思った。
それに答えるかのように、タウロンがさらに叫んだ。
「お前達のこの町を襲う理由、全くもって道理だ。しかし、我々は我々で、生き延びねばならない!」
「無論、それは承知している」
そう答えた片角のオーバの左後方で、レッコーは息をひそめながら敵の背中を睨み、機会を窺った。
大魔族の声を頼りに、敵の右手やや後方に出たブラドロは、エーデとカドルにささやいた。
「良いか、何があっても、お前達は手を出すなよ」
そして、オーバに向かって右腕を伸ばした。口からゆっくり息を吐き出し、鼻から大きく吸い込む。
呪文を唱える。
ブラドロが放った魔力弾の威圧感に、二人の兵士は少なからずひるんだ。
オーバはブラドロの方へ振り向き、右腕を上げると、素早く呪文を唱えた。空中に魔力障壁が展開し、魔力弾を受け止める。だが、威力が予想以上だったのか、体がわずかにのけぞった。しかし、体勢を崩したまま、さらに別の呪文を唱えた。
自分に向けられたオーバの右手が光るのを、ブラドロは見た。
(しまった!)
ブラドロは両腕で頭をかばった。
タウロンが通りの真ん中に立って大魔族と向き合った時、オーバの右手の方から一発の魔力弾が飛んできた。
(あの鋭さ――ゲーン師?)
オーバは魔力障壁でそれを防いだが、やや体勢を崩した。しかし、すぐに一発撃ち返す。
するとそちらから、さらに二発、魔力弾が飛んできた。これも、魔力障壁で弾く。
そこへ、反対の方から、短剣が一本飛んでくる。しかしオーバは、素早く体を捻りながら左手の大剣を振り上げ、それを弾き返した。
と、今度はオーバの左後方から、石つぶてが襲った。さすがによけきれず、頭に直撃する。
その瞬間、右手から二人の兵士が、短剣の飛んできた方からエーギムが、石が飛んできた所からレッコーが飛び出し、オーバに殺到した。
「羊番をなめるな!」
レッコーが叫んだ。
オーバは四人の敵を薙ぎ払うように、大剣を大きく横薙ぎに振った。体の大きさのために予想よりリーチが長く、レッコーはとっさに跳びのく。兵士の一方が剣でその攻撃を受けたが、剣は折れ、兵士は吹っ飛ばされた。
その時、オーバの眼前に、タウロンが五人になって現れた。五人のタウロンは横一列に並び、左手を突き出しながら走ってくる。オーバは、五人になったタウロンを薙ぎ払うように、大剣を振るう。
しかし、剣が触れたと見えた瞬間、タウロンの姿は跡形もなく消えた。
大振りの攻撃で隙ができたところへ、レッコーは体をぶつけるように突進し、大魔族の腹に剣を突き刺した。
ほぼ同時に、オーバの背後へ、突然タウロンが現れた。タウロンは素早く呪文を唱え、光をまとった杖の先端を、オーバの首筋に打ち下ろした。
大魔族の首が飛んだ。
レッコー、タウロン、エーギムと二人の兵士は、地面にへたり込んだ。
「今のは……幻術ですか」
息を切らしながら、レッコーが訊いた。
「そうだ。便利なものだよ、色々と」
タウロンが答える。
「さすが先生だ」とエーギム。「敵と話したこともな。大声で話しかけて時間を稼ぎつつ、味方を呼び寄せるとは」
「エーギムさんが近くにいるかもしれないと思いましてね。まさか、こんなにぞろぞろ出てきてくれるとは、予想外でしたが」
タウロンの言葉に、二人の兵士が苦笑する。
「ところで、レッコー君」とタウロン。
「はい」
「さっき、なぜ怒鳴った?」
「いや……なんとなく、とっさに出てしまって」
「剣で仕掛けるつもりでも、余計なことは口にしないことだ。魔法を使う気がないのがばれる」
「……」
戦術の講義を始めようとするタウロンに絶句していると、脇道から少女が飛び出してきた。
「レッコー!」
「エーデ?」
抱き着いてきたエーデを、レッコーは座ったまま受け止めた。
「何考えてんのよ、あんなのと戦って!」
エーデはそう叫ぶと、レッコーの胸に顔をうずめた。
タウロンは何か言いたそうな顔をしたが、エーギムが「余計なこと言うもんじゃない」と目で合図したので、黙っていた。
(危ない危ない、また、余計なことを言うところだった)
タウロンは思った。
(誰かがやらねばならなかった……理屈としてはそうだ。しかし、理屈以上のものが、人にはあるものな。わたしにもようやく、それが分かってきた)
しばらくの間、エーデはレッコーにしがみついたまま、すすり泣いていた。
しかし、ふと顔を上げると、レッコーの顔をじっと見て言った。
「ところで、何よ、『羊番をなめるな』って」
「……」
片角「あたし達って、しゃべれたの!? 聞いてないわよ!」
カドル「まあ、確かにね」
エーデ「ていうか、あんた、雌だったんだ……」




