片角の大魔族
レッコー達が東の門で戦っていた頃、集会場にヘレを送り届けたエーギムは、負傷した兵士の円盾を借り、東の門を目指していた。
そこへ、道の向こうから、魔物が五頭やってきた。緑の魔物、ギマランが三頭、ギマランより一回り大きいオーバが二頭である。
さらにその後ろから、人間が三人走ってくる。
(強引に突破した奴を、追いかけてきたのか)
エーギムは右手で腰の剣を抜いた。
オーバの一方が呪文を唱え、エーギムに魔力弾を撃ってきた。エーギムは踏み込みながらそれを盾で弾き、先頭を走っていたギマランの一頭に斬りつけた。そして、素早く跳びのく。
槍を持ったオーバが、エーギムを追い、槍を突き込んでくる。エーギムはそれを剣で払って、盾をぶつけるように体当たりをした。相手の意外な動きに反応できず、オーバは後ろへよろめき、ギマランの一頭とぶつかった。
魔物達の動きが鈍ったところへ、追いかけてきた三人の人間が突っ込み、乱戦となった。
と、ギマランの一頭が、隙を見てエーギムの脇をすり抜けた。エーギムはとっさに剣を地面に突き刺すと、短剣を抜いて投げつけた。短剣が背中に刺さり、ギマランがよろめく。
「あいつはぼくが!」
三人組のひとりがそういって、手負いのギマランの方へ駆けだした。
(妙な動き方をする)
エーギムは考えながら、剣を引き抜き、持ち直した。
(集会場を目指している……? 目的は指揮官の排除、ないし一時的な指揮の攪乱か)
エーギムはオーバと向き合い、隙を窺った。同時に、他の敵や味方の位置関係を素早く確認する。
「ここを通すわけにはいかん!」
レッコー達三人は、町の北寄りを東西に延びる通りを、西へ進んだ。そして、ギムデ寺院の近くまでやってきた。
遠くから、戦いの音が聞こえてくる。
「突破はされていないようだな」
辺りをさっと見回してから、タウロンが言う。
「気にはなるが、騎兵隊も来ているはずだし、ここは素通りして西へ行くか」
「タウロン師、今気付いたんですが」
ふと、レッコーが口を開く。
「奴をまだ見かけていません。〈片角のオーバ〉を」
「君達が去年見たという、大魔族か」
タウロンの言葉に、レッコーが頷く。
一年前、レッコーとアイナがマコス達と共にカレド村の滅亡を見届けた時、村には魔族のリーダーと思しき、一頭の大きなオーバがいた。目の良いレッコーは、その白い魔物の羊のような角が、片方欠けているのを確認していた。
後にそれをマコス達に話したことから、その大魔族は〈片角のオーバ〉と呼ばれるようになっていた。
「できればお目にかかりたくないですね」
東の門で借りた弓を持ち、矢筒を背負ったミカラが言った。
「おそらく、後方で指揮を執っているのだろう。大魔族は普通の魔物と比べて、知能が格段に優れているというからな――」
「何か来ます!」
レッコーが前方に目を凝らしながら、鋭く言った。タウロンとミカラも、通りの向こうを見据える。
白い影が、右腕を持ち上げたように見えた。
「いかん、隠れろ!」
タウロンが叫ぶとほぼ同時に、一発の魔力弾がミカラの右腕に当たった。
ミカラは顔をしかめながらも、取り落とした弓を左手で拾おうとする。
「構うな!」
言いながら、タウロンはミカラの左腕を掴んで横道へ引きずり込んだ。
その瞬間、二発目の弾によって、弓が真っ二つに折れた。
「なんて精度だ……」
レッコーが呻いた。
ゲーン助法官は、寺院の建物のひとつに登り、寺院に侵入してくる魔物を狙い撃ちしていた。一時は寺院の外縁で激しい攻防戦が繰り広げられたが、先ほどイースからの援軍の騎馬部隊が現れたことで、敵の勢いは弱まっていた。
そこでゲーンは、周辺の状況を確かめるため、探査術の呪文を唱えた。
(町の側に、何かいる……?)
ゲーンは建物の南側へ行き、窓から外の通りを睨んだ。
(あれはタウロン殿達と……レッコーが言っていた大魔族か!)
ゲーンは敵を認めると、右腕を伸ばして呪文を唱えた。通常の魔力弾を遥かに上回る速さで、光の塊が片角の大魔族を襲う。
しかしオーバが素早くゲーンの方へ右腕を向け、何か呪文を唱えると、ゲーンの撃った弾は空中で弾けて消えた。
間髪入れずに、オーバの右手が光るのを、ゲーンは見た。
「なんと!」
ゲーンはそう言いながらのけ反り、床に尻餅をついた。ほぼ同時に、先ほどまでゲーンの胸があった辺りを魔力弾が通過し、後ろの壁に穴を開けた。
「わしの弾を防いだ上に、早撃ちでこの精度……しかし、援護くらいは――」
「助法官!」
突然、ひとりの女性僧侶が部屋へ駆け込んできた。
「北西から、ダーズルの群れが突っ込んできました! ファルゴさんがやられました!」
「何、ファルゴが――分かった、すぐに行く」
ゲーンは窓から姿をさらさないように注意しつつ、部屋の入口へ向かった。
(なぜこんなタイミングで……統制が取れていない? いや、ひょっとすると、あの大魔族から目を逸らさせるために……)
「何よ、あれ……」
脇道から顔を出し、こちらに背を向けているオーバを見つめながら、エーデが言った。魔物の頭を良く見ると、角の一方が欠けていた。
「あれ、ひょっとして、レッコーが言ってた大魔族?」
「そうみたいだね」
カドルが答える。
「で、その向こうにいるのは――」
「あれ、レッコーとタウロン様じゃない!」
悲鳴のような声を上げて飛び出そうとしたエーデを、カドルが引き止めた。
「ぼくらが出てっても、何にもならないよ!」
「そりゃそうだけど――」
「助けを呼んでくるんだ。ここから寺院へ回り込むのは無理だから、西へ行こう」
緊張を顔に浮かべながらも、カドルは冷静に言い、通りに背を向けた。
「な、なによ、意外と頼りになるじゃない……」
エーデはそう言いながら、カドルの後を追って駆け出した。
レッコーとタウロンはオーバの行く手を阻むように立ち、かつてヘレを相手にやったように、魔力を相手に叩きつけていた。オーバは右腕を上げて同じことをしながら、少しずつ迫ってくる。左手には、幅広の大剣を持っていた。
レッコーとタウロンの表情が、徐々に険しくなっていく。
タウロンが手振りで合図し、二人は再び横道に飛び込んだ。
「ここは退くぞ」
そう言って駆け出したタウロンに、レッコーとミカラが続く。
「大魔族に押し合いで勝てるとは思っていなかったが、予想以上の力だ。魔法の撃ち合いでは勝てん」
数回道を曲がって、やや歩調を緩めてから、タウロンが言った。
「なら剣ですね」
ミカラが、左手を剣の柄にかけながら言った。右腕は骨が折れていた。籠手を付けていなければ、腕が吹き飛んでいただろう。
「左手でもやれます」
「いや、それよりメイザさんを呼んできてくれ。あの人がいれば対抗できる」
「……分かりました」
ミカラは頷き、駆け出した。
「素直ですね」
レッコーが言う。
「左手ではやれないと、分かっているのさ。おどけているが、頭は良いからな」
「なるほど。それはそうと、片角は、なぜ一気に距離を詰めてこないんでしょう」
「やはり、剣を警戒しているのだろう。三対一でもあるしな」
「すると、細い路地の多いこの辺りの方が、集会場まで逃げるよりこちらに有利ですね」
冷静な顔のレッコーに目をやって、タウロンはちょっと笑った。
「そんなことを言って、司祭のいる所へあいつを連れていきたくないのだろう」
「……」
「愛する人のために、ここはちょっとやってみるか。わたしが奴の注意を引く、回り込め」
「はい!」
主要登場人物を総合的な戦闘能力の高い順に並べると、おおよそ次のようになります。
タウロン > メイザ > ヘレ > マコス > アリーシャ > ブラドロ > エーギム > ファルゴ > ゲーン > レッコー > ミカラ
ただし、戦闘時の役割や相性といった問題もあるので、実際はかなり複雑です。




