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ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第四章 最後の嘘
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お姉さんが守ってあげるから

「うん、状況は分かった」

 急ごしらえの寝台に横たわったフォンケルに、マコスが言った。集会場の中では、他にも数人の負傷者が呻き声を上げている。

「君はゆっくり休め」

「はい……」

 フォンケルが、沈んだ表情で答えた。

「しかし、隊長」

 と、メイザが口を開く。

「タウロン師達が向かった後、どうなったかが分かりません。コルソトの伝令は、まだ来ませんし」

「そうだな。それに、状況把握の大部分をフォンケルに頼っていたから、このままでは他の地区がどうなっているかも把握できん。代わりの伝令を立てなければ」

「わたしが行きましょうか? ただそうなると、ここで戦えるのは、実質隊長ひとりになってしまいますが」

「うーん、もしもの時も、おれと君の二人いれば、ある程度なんとかなると考えていたんだが……」

 マコスが考え込む。

「しかし、やむを得んか……」

「隊長さん」

 ふいに、エーデがマコスに声をかけた。隣には、カドルもいる。

「あたし達に、行かせてください」

「何?」

 マコスは、二人の顔を順に見つめた。

「……君らは、今いくつだ」

「あたしが十五、カドルは十三です」

「レッコー兄さんは――」

 マコスが何か言う前に、カドルが口を開いた。

「十三歳の時、投石紐でオオカミを追い払いました」

「レッコーは十五の時、ギマランを二頭倒したわ」

 エーデも言う。

「あたし達を守るために!」

 マコスは、そばへやってきたカルエレとアイナに目をやった。二人が頷く。

 副官の顔に目を向けると、メイザも頷いた。

「分かった、行ってもらおう。南へ行って、できればコルソトに会って状況を聴き、すぐに戻ってくるんだ。敵に出くわしたら、ここへ逃げてこい。おれ達が何とかする」

「必ず、戻ってくるんだよ」

 マコスとカルエレの言葉に頷いて、エーデとカドルは集会場を後にした。



 タルーブの町の東には、大きな門がある。門といっても外枠だけで、扉が付いているわけではないのだが、石造りの、かなり頑丈なものだった。そこから出た街道は北東へ向かい、イースという町まで伸びている。イースには、この国の東部を守備する第三師団の本部、東方司令部がある。マコスの部下のイーバーとネモフが、イースを指して馬で門をくぐったのは、作戦会議より前のことであった。

 今、タルーブの東の門では、激しい射撃戦が繰り広げられていた。

「アリーシャさん、状況は?」

 東の門へたどり着いたタウロンが、指揮を執っているアリーシャに訊いた。

「あんまり良くないわね」

 アリーシャが答える。

「門を利用して何とか食い止めてるけど、数で負けてるわ。火を使ってこないから、何とか持ってるってところね」

「敵の目的は、食料の確保らしいからな」

「あたし達を町ごと丸焼きにしたら、元も子もないってことですか」

 ミカラが、ぞっとしたように言う。

「門の外はかなり開けているから、狙うにはこちらの方が有利なんですけどね」

 投石紐を取り出しながら、レッコーが言う。

「敵の攻撃が激しすぎて、顔もろくに出せないのよ。ところでタウロン師、気付いた? 敵は魔力弾ばっかりで、矢が飛んでこないの」

「何?」

 怪訝な顔をしながら、タウロンは敵と味方を見比べた。人間達は、魔力の弾丸も飛ばせば、弓も使っている。一方、魔族の側からは魔力弾ばかりが飛んできていた。

「確かにな」

「最初は矢も使ってたんだけどね」

「矢が尽きたわけか」

「そういうこと。そこへタウロン師が来てくれたのは、ちょうど良かったわ。良い? 作戦はこうよ――」

 そう言って、アリーシャは自分の作戦を説明した。

 アリーシャとタウロンが先頭に立って、門の幅いっぱいに魔力障壁を張る。そして敵の攻撃を完全に防いだところで、魔力障壁の影響を受けない矢を、門の幅に入るだけの人数で一気に射かける。アリーシャとタウロンの体力が尽きたら、別の魔術師二人と交代する……。

「うまくいけば、効果的だと思う」とタウロン。「ただ、これまで隠れながら戦っていたのが、敵の前に身をさらすことになる。我々が障壁で守るとはいえ、その恐怖に耐えられるか?」

「さあ、それは、訊いてみなくちゃ分からないわね」

 そう言ってから、アリーシャは声を張り上げた。

「みんな、聴いて! 作戦はこうよ――」

 そして、タウロンに話した作戦のあらましを説明する。

「みんな、良い? お姉さんが守ってあげるから、どーんとやっちゃって!」

「おお!」

 兵士も町の人々も、力強く答える。どの顔も、アリーシャへの信頼に満ちているのを、レッコーははっきりと見た。

「いけそうね」

 ちょっと嬉しそうな顔をして、アリーシャが言う。

「そうだな。大したものだ……」

 そう言ってから、タウロンはアリーシャや二人の魔術師と、いくつか細かい点を打ち合わせた。

「それと、レッコー君にはこれだ」

 そう言って、拳ほどの大きさの石を拾い、何か呪文をかける。

「〈爆弾術〉だ。一度、見せたことがあるだろう。後ろの方の敵を狙え」

 レッコーは頷き、石を受け取った。

「それじゃ、タウロン師、よろしくて?」

「ああ、やってみよう」

 そう言葉を交わして、タウロンとアリーシャは、呪文を唱えながら敵の眼前に躍り出た。門を塞ぐように、光の壁が出現する。

 同時に、レッコーがタウロンから渡された石を飛ばす。石は一頭の白い魔物、オーバに命中すると、轟音と共に炸裂した。破片と爆風で、数頭の魔物が倒れる。

 そして、弓を構えた者達がタウロンとアリーシャのそばへ進み、一斉に矢を射かけた。魔物が次々に倒れていく。

 敵の魔力弾は、光の壁に弾かれて届かない。

(うん、上出来じゃない)

 壁越しに魔力弾の圧力を感じながらも、アリーシャは思った。

 その時、レッコーが警告するような声を発した。

「弓です!」

 タウロンは数頭のオーバとギマランが弓を構えているのを認め、控えている二人の魔術師に、手で合図をした。二人が進み出て、タウロンとアリーシャの前に対物障壁を張った。数本の矢が、その壁に弾かれる。

 しかしその直前、アリーシャの胸に矢が二本、突き立っていた。

「アリーシャさん!」

 レッコーが叫び、倒れたアリーシャを引きずっていく。

(しまった……!)

 魔力障壁を張っているのがひとりになった分、増した圧力に顔を歪めながら、タウロンが怒鳴る。

「一旦退け!」

 そして、障壁を維持しつつ自分も後ずさる。

「アリーシャさん!」

 門の陰までアリーシャを引きずってきたレッコーが、必死に呼びかける。

 その声を認めたものか、アリーシャが、閉じていた目をわずかに開いた。

「レッコー君……生き抜いて、あなたの聖女を、ずっと……」

 ささやくようにそれだけ言って、いつも賑やかだったその女性は、静かに事切こときれた。



「タウロン師……タウロン師!」

 女性兵士のひとりが、壁に寄りかかって座り込んでいるタウロンを揺さぶった。すぐそばでは、なおも射撃戦が続いている。

「うん……何だ、どうなった?」

「気絶しておられたんです、ちょっとだけ」

「やあ、ザーニャさんか……それで、状況は」

 意識がはっきりしてきたらしいタウロンが、尋ねる。

「アリーシャは駄目です」

 ザーニャと呼ばれた女性兵士が答える。

「けど、戦果は予想以上です。敵は約半数が行動不能、残り約二十。こちらの被害は、アリーシャひとりです」

「そうか」

 タウロンが、よろよろと立ち上がる。

「では、もう一度同じことをやろう。あちらが態勢を立て直す前に」

「無理です、その体では!」

「さっきバックアップをしてもらった二人に、今度は障壁を張ってもらう。バックアップには、わたしとレッコー君が当たる。それで、もう一回できるはずだ」

 その時、突然誰かが叫んだ。

「馬だ! 騎馬隊が来るぞ!」

「イーバー達が、戻ってきたんだわ!」

 ザーニャが、顔を輝かせる。

「敵をこちらに引きつけ、背後から一気に蹴散らしてもらう! もう一度、さっきのをやるぞ!」

 タウロンが怒鳴り、レッコーと二人の魔術師が頷いた。



 矢を浴びてひるんだ魔物の群れに、二十騎ほどの騎馬部隊が突っ込んだ。槍や魔法で、魔物を蹴散らしていく。門の中からも、剣や槍を持った者達が飛び出していった。

 全ての敵が片付くと、騎馬の内の二騎が門のそばへやってきた。

「ネモフ!」

 ザーニャが、その内の一方に駆け寄る。

「イーバーは?」

「イーバーはやられた」

 タルーブからイースへ向かった兵士のひとり、ネモフが、沈痛な表情で答える。

「おれを、行かせるために」

 途端、ザーニャが「嘘よ!」と叫び、泣き崩れた。

「騎兵隊の指揮を執る、フェズです」

 ネモフの隣の男が、口を開いた。

「二個歩兵中隊が、後から来ます。こちらの状況は?」

「タウロン師、他の所はどうなっている?」

 タルーブの兵士のひとりが訊く。

「彼らには、どこへ行ってもらえば良い?」

「北から回り込んで、西を目指してください」

 タウロンが答える。

「北側が苦戦しているようなら、そこの援護を。大丈夫そうなら、西へ回って、敵主力の後ろを突いてください。それで終わりです」

 フェズは頷き、部下を連れて駆け去った。



「我々も、北側の様子を確認しつつ、西へ向かうぞ」

 タウロンが言い、レッコーとミカラが頷く。三人は再び門をくぐり、町の内側へ入った。

 しかしそこで、レッコーがふと立ち止まった。

「どなたか、アリーシャさんを集会場へ連れていってあげてください」

 レッコーの言葉に、周囲の人々が途惑うような表情を浮かべる。

「レッコー君、それは……」

 ミカラが何か言いかけて、言いよどむ。

「レッコー君」

 代わりに、タウロンが言う。

「死んだ者にかまっていられるほど、人手に余裕はない」

「タウロン師!」

「今は!」

 言い返そうとするレッコーを、タウロンが遮る。

「生きている者のために戦うんだ」

 悲痛な面持ちのまま、レッコーは頷き、タウロンの後に続いた。

「……先生、お体は大丈夫なんですか」

 ミカラがタウロンの隣に並び、気遣わしげに訊く。

「わたしは大丈夫だ……ふふ、アリーシャさんの置き土産だな」

「え、何ですか?」

 ミカラが不思議そうな顔をする。

「いつか、話したことがあっただろう。わたしはあの人が来る度に、長時間、結界を張らされていたんだ。今のわたしは、持久力なら誰にも負けん」

 どこか愉快そうに、タウロンは言った。

「さあ、終わらせるぞ」

「はい」

 レッコーとミカラが、揃って答えた。




イーバー「死んじゃったよ、おれ! 四話目でちらっと登場したきりだったのに」

アリーシャ「セリフ、『了解』だけだったわねえ」



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