お姉さんが守ってあげるから
「うん、状況は分かった」
急ごしらえの寝台に横たわったフォンケルに、マコスが言った。集会場の中では、他にも数人の負傷者が呻き声を上げている。
「君はゆっくり休め」
「はい……」
フォンケルが、沈んだ表情で答えた。
「しかし、隊長」
と、メイザが口を開く。
「タウロン師達が向かった後、どうなったかが分かりません。コルソトの伝令は、まだ来ませんし」
「そうだな。それに、状況把握の大部分をフォンケルに頼っていたから、このままでは他の地区がどうなっているかも把握できん。代わりの伝令を立てなければ」
「わたしが行きましょうか? ただそうなると、ここで戦えるのは、実質隊長ひとりになってしまいますが」
「うーん、もしもの時も、おれと君の二人いれば、ある程度なんとかなると考えていたんだが……」
マコスが考え込む。
「しかし、やむを得んか……」
「隊長さん」
ふいに、エーデがマコスに声をかけた。隣には、カドルもいる。
「あたし達に、行かせてください」
「何?」
マコスは、二人の顔を順に見つめた。
「……君らは、今いくつだ」
「あたしが十五、カドルは十三です」
「レッコー兄さんは――」
マコスが何か言う前に、カドルが口を開いた。
「十三歳の時、投石紐でオオカミを追い払いました」
「レッコーは十五の時、ギマランを二頭倒したわ」
エーデも言う。
「あたし達を守るために!」
マコスは、そばへやってきたカルエレとアイナに目をやった。二人が頷く。
副官の顔に目を向けると、メイザも頷いた。
「分かった、行ってもらおう。南へ行って、できればコルソトに会って状況を聴き、すぐに戻ってくるんだ。敵に出くわしたら、ここへ逃げてこい。おれ達が何とかする」
「必ず、戻ってくるんだよ」
マコスとカルエレの言葉に頷いて、エーデとカドルは集会場を後にした。
タルーブの町の東には、大きな門がある。門といっても外枠だけで、扉が付いているわけではないのだが、石造りの、かなり頑丈なものだった。そこから出た街道は北東へ向かい、イースという町まで伸びている。イースには、この国の東部を守備する第三師団の本部、東方司令部がある。マコスの部下のイーバーとネモフが、イースを指して馬で門をくぐったのは、作戦会議より前のことであった。
今、タルーブの東の門では、激しい射撃戦が繰り広げられていた。
「アリーシャさん、状況は?」
東の門へたどり着いたタウロンが、指揮を執っているアリーシャに訊いた。
「あんまり良くないわね」
アリーシャが答える。
「門を利用して何とか食い止めてるけど、数で負けてるわ。火を使ってこないから、何とか持ってるってところね」
「敵の目的は、食料の確保らしいからな」
「あたし達を町ごと丸焼きにしたら、元も子もないってことですか」
ミカラが、ぞっとしたように言う。
「門の外はかなり開けているから、狙うにはこちらの方が有利なんですけどね」
投石紐を取り出しながら、レッコーが言う。
「敵の攻撃が激しすぎて、顔もろくに出せないのよ。ところでタウロン師、気付いた? 敵は魔力弾ばっかりで、矢が飛んでこないの」
「何?」
怪訝な顔をしながら、タウロンは敵と味方を見比べた。人間達は、魔力の弾丸も飛ばせば、弓も使っている。一方、魔族の側からは魔力弾ばかりが飛んできていた。
「確かにな」
「最初は矢も使ってたんだけどね」
「矢が尽きたわけか」
「そういうこと。そこへタウロン師が来てくれたのは、ちょうど良かったわ。良い? 作戦はこうよ――」
そう言って、アリーシャは自分の作戦を説明した。
アリーシャとタウロンが先頭に立って、門の幅いっぱいに魔力障壁を張る。そして敵の攻撃を完全に防いだところで、魔力障壁の影響を受けない矢を、門の幅に入るだけの人数で一気に射かける。アリーシャとタウロンの体力が尽きたら、別の魔術師二人と交代する……。
「うまくいけば、効果的だと思う」とタウロン。「ただ、これまで隠れながら戦っていたのが、敵の前に身をさらすことになる。我々が障壁で守るとはいえ、その恐怖に耐えられるか?」
「さあ、それは、訊いてみなくちゃ分からないわね」
そう言ってから、アリーシャは声を張り上げた。
「みんな、聴いて! 作戦はこうよ――」
そして、タウロンに話した作戦のあらましを説明する。
「みんな、良い? お姉さんが守ってあげるから、どーんとやっちゃって!」
「おお!」
兵士も町の人々も、力強く答える。どの顔も、アリーシャへの信頼に満ちているのを、レッコーははっきりと見た。
「いけそうね」
ちょっと嬉しそうな顔をして、アリーシャが言う。
「そうだな。大したものだ……」
そう言ってから、タウロンはアリーシャや二人の魔術師と、いくつか細かい点を打ち合わせた。
「それと、レッコー君にはこれだ」
そう言って、拳ほどの大きさの石を拾い、何か呪文をかける。
「〈爆弾術〉だ。一度、見せたことがあるだろう。後ろの方の敵を狙え」
レッコーは頷き、石を受け取った。
「それじゃ、タウロン師、よろしくて?」
「ああ、やってみよう」
そう言葉を交わして、タウロンとアリーシャは、呪文を唱えながら敵の眼前に躍り出た。門を塞ぐように、光の壁が出現する。
同時に、レッコーがタウロンから渡された石を飛ばす。石は一頭の白い魔物、オーバに命中すると、轟音と共に炸裂した。破片と爆風で、数頭の魔物が倒れる。
そして、弓を構えた者達がタウロンとアリーシャのそばへ進み、一斉に矢を射かけた。魔物が次々に倒れていく。
敵の魔力弾は、光の壁に弾かれて届かない。
(うん、上出来じゃない)
壁越しに魔力弾の圧力を感じながらも、アリーシャは思った。
その時、レッコーが警告するような声を発した。
「弓です!」
タウロンは数頭のオーバとギマランが弓を構えているのを認め、控えている二人の魔術師に、手で合図をした。二人が進み出て、タウロンとアリーシャの前に対物障壁を張った。数本の矢が、その壁に弾かれる。
しかしその直前、アリーシャの胸に矢が二本、突き立っていた。
「アリーシャさん!」
レッコーが叫び、倒れたアリーシャを引きずっていく。
(しまった……!)
魔力障壁を張っているのがひとりになった分、増した圧力に顔を歪めながら、タウロンが怒鳴る。
「一旦退け!」
そして、障壁を維持しつつ自分も後ずさる。
「アリーシャさん!」
門の陰までアリーシャを引きずってきたレッコーが、必死に呼びかける。
その声を認めたものか、アリーシャが、閉じていた目をわずかに開いた。
「レッコー君……生き抜いて、あなたの聖女を、ずっと……」
ささやくようにそれだけ言って、いつも賑やかだったその女性は、静かに事切れた。
「タウロン師……タウロン師!」
女性兵士のひとりが、壁に寄りかかって座り込んでいるタウロンを揺さぶった。すぐそばでは、なおも射撃戦が続いている。
「うん……何だ、どうなった?」
「気絶しておられたんです、ちょっとだけ」
「やあ、ザーニャさんか……それで、状況は」
意識がはっきりしてきたらしいタウロンが、尋ねる。
「アリーシャは駄目です」
ザーニャと呼ばれた女性兵士が答える。
「けど、戦果は予想以上です。敵は約半数が行動不能、残り約二十。こちらの被害は、アリーシャひとりです」
「そうか」
タウロンが、よろよろと立ち上がる。
「では、もう一度同じことをやろう。あちらが態勢を立て直す前に」
「無理です、その体では!」
「さっきバックアップをしてもらった二人に、今度は障壁を張ってもらう。バックアップには、わたしとレッコー君が当たる。それで、もう一回できるはずだ」
その時、突然誰かが叫んだ。
「馬だ! 騎馬隊が来るぞ!」
「イーバー達が、戻ってきたんだわ!」
ザーニャが、顔を輝かせる。
「敵をこちらに引きつけ、背後から一気に蹴散らしてもらう! もう一度、さっきのをやるぞ!」
タウロンが怒鳴り、レッコーと二人の魔術師が頷いた。
矢を浴びてひるんだ魔物の群れに、二十騎ほどの騎馬部隊が突っ込んだ。槍や魔法で、魔物を蹴散らしていく。門の中からも、剣や槍を持った者達が飛び出していった。
全ての敵が片付くと、騎馬の内の二騎が門のそばへやってきた。
「ネモフ!」
ザーニャが、その内の一方に駆け寄る。
「イーバーは?」
「イーバーはやられた」
タルーブからイースへ向かった兵士のひとり、ネモフが、沈痛な表情で答える。
「おれを、行かせるために」
途端、ザーニャが「嘘よ!」と叫び、泣き崩れた。
「騎兵隊の指揮を執る、フェズです」
ネモフの隣の男が、口を開いた。
「二個歩兵中隊が、後から来ます。こちらの状況は?」
「タウロン師、他の所はどうなっている?」
タルーブの兵士のひとりが訊く。
「彼らには、どこへ行ってもらえば良い?」
「北から回り込んで、西を目指してください」
タウロンが答える。
「北側が苦戦しているようなら、そこの援護を。大丈夫そうなら、西へ回って、敵主力の後ろを突いてください。それで終わりです」
フェズは頷き、部下を連れて駆け去った。
「我々も、北側の様子を確認しつつ、西へ向かうぞ」
タウロンが言い、レッコーとミカラが頷く。三人は再び門をくぐり、町の内側へ入った。
しかしそこで、レッコーがふと立ち止まった。
「どなたか、アリーシャさんを集会場へ連れていってあげてください」
レッコーの言葉に、周囲の人々が途惑うような表情を浮かべる。
「レッコー君、それは……」
ミカラが何か言いかけて、言いよどむ。
「レッコー君」
代わりに、タウロンが言う。
「死んだ者にかまっていられるほど、人手に余裕はない」
「タウロン師!」
「今は!」
言い返そうとするレッコーを、タウロンが遮る。
「生きている者のために戦うんだ」
悲痛な面持ちのまま、レッコーは頷き、タウロンの後に続いた。
「……先生、お体は大丈夫なんですか」
ミカラがタウロンの隣に並び、気遣わしげに訊く。
「わたしは大丈夫だ……ふふ、アリーシャさんの置き土産だな」
「え、何ですか?」
ミカラが不思議そうな顔をする。
「いつか、話したことがあっただろう。わたしはあの人が来る度に、長時間、結界を張らされていたんだ。今のわたしは、持久力なら誰にも負けん」
どこか愉快そうに、タウロンは言った。
「さあ、終わらせるぞ」
「はい」
レッコーとミカラが、揃って答えた。
イーバー「死んじゃったよ、おれ! 四話目でちらっと登場したきりだったのに」
アリーシャ「セリフ、『了解』だけだったわねえ」




