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ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第四章 最後の嘘
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彼女の悲しみ

「ホルムをあらかた潰して、敵の打撃力は弱まった」

 ロッセ中隊長が、レッコー達に言った。

「後は我々で支えられる。タウロン師達は、東の門を見てきてほしい」

「やれやれ、西の外れから東の外れへか」

 エーギムがぼやくように言った。

「タウロン師の魔法は破格です。最大限、利用させてもらいます」

 タウロンがいかに強力な魔術師であるかは、アリーシャによってすでに知れ渡っていた。

「まあ、そういうことだな」

 ロッセの言葉にエーギムが頷いたところで、レッコー達四人は東へ向かって歩きだした。



「魔法は連続して使うと消耗が激しい。歩きながらでも、こうして回復できるのは助かるな」

 がらんとした通りを進みながら、タウロンが言った。

 集会場から西へ向かった時は、何人もの人とすれ違ったが、今はすっかり静まり返っている。

「北と南は大丈夫でしょうか」

 レッコーが言った。

「北はロッセ中隊の小隊のひとつを中核として、寺院を拠点に守っている」

 会議に出ていないエーギムとミカラのために、タウロンが説明した。

「敵は町の北側を回り込んで、北東の街道を押さえるものと思われるから、退路を確保するためにも、北からもある程度の数を出してくるはずだ。だが、それに対抗するためにこちらもそれなりの数を出しているし、寺院の塀は頑丈で、周りは見通しが良いから、守りやすいはずだ。対して南は、敵も大した数を回してこないと踏んで、こちらもあまり数を出していない。その代わり、ヘレさんを置いているわけだが……」

「嫌なものだな。ひとりで十人分働かせるようで」

 エーギムがぽつりと言う。

 その時だった。

「タウロン師!」

 横道から、傷だらけの男がひとり、飛び出してきた。

「フォンケルさんか!」

「タウロン師、ヘレを――ヘレを助けてくれ!」

 マコスの部下のひとり、フォンケルが、必死の形相で訴える。

「南は、苦戦しているのか」

 エーギムが訊く。その間に、タウロンはフォンケルの傷に治癒術をかけてやる。傷が塞がり、血が止まっていく。

「敵の数が予想以上だったんだ。それを食い止めるために、ヘレが無茶苦茶に魔法を連発している。あんな戦い方してたら、死んじまう!」

(予想が外れた? いや、そもそも総数が多いのか)

 レッコーが考える。

「分かった、そちらへ行こう」とタウロン。「フォンケルさん、ひとりで集会場まで歩けるか」

「おれも一緒に――」

「腕も足もやられている、もう戦えない。それに、あなたは伝令だろう。隊長に、状況を知らせるんだ」

「分かった――タウロン師、ヘレをお願いします」

「承知した」



 四人はフォンケルの言った、商店の並ぶ通りまでやってきたが、そこには敵も味方もいなかった。

 ただ、敵と味方の死体が、いくつも転がっていた。

「移動しているな。レッコー君、探査術だ」

 タウロンに言われて、レッコーは探査術の呪文を唱えた。魔力の流れを通して、一帯の人間と魔族の気配を読み取る。

 ひとつ、際立って大きい魔力の集結点があった。

(この感じ……痛々しい優しさ、この感じは……)

「向こうだな」

 タウロンが、確認するように言う。

「急ぎましょう! あの人の力の本質は、悲しみなんだ」

 レッコーの言葉に、タウロンはぎょっとして少年の顔を見つめた。

「魔力から感情を読み取った……!? いや――とにかく行こう」



 レッコー達は、人間と魔族が入り混じって戦っている所へやってきた。数では押されているが、ヘレが後方からものすごい勢いで援護攻撃を行っていることで、なんとか戦況が拮抗しているらしい。

「ヘレさんを止めないと!」

 レッコーの言葉に、タウロンが首を横に振る。

「いや、敵を何とかするのが先だ」

「よし、おれ達も行くぞ!」

 そう言ってエーギムが駆け出し、レッコーとミカラもそれに続いた。

 三人の接近に気付いて、緑色の魔物、ギマランが二頭、向かってきた。その二頭の腹の辺りに、それぞれ一発ずつ魔力弾がめり込んだ。なぜかレッコーには、それがヘレの撃ったものであることがはっきりと分かった。

 敵がひるんだところで、一方にエーギムが、もう一方にミカラが、剣を突き込む。レッコーはさらに進んでから立ち止まり、二人を守るように周囲に目をやった。

「タウロン師!」

 ヘレのそばへやってきたタウロンに、ひとりの男性兵士が駆け寄ってきた。南部地区を担当している小隊の隊長、コルソトである。

「コルソト隊長。何か、ギマランばかり残っているように見えるのですが」

「手強い奴は、ヘレが先に片付けてくれたのです。しかし、そろそろ限界のようです」

「なるほど――ヘレさん。わたしが手伝う、ペースを落とすんだ」

「もう少しやれる」

 ヘレはそれだけ言って、援護のための呪文を唱え続けた。

「頑固なのは、ひとりで充分なんだが……」

 タウロンは呻くように言いながら、レッコー達の方へ走った。



「そいつで最後だ、逃がすな!」

 誰かがそう叫ぶのと同時に、短い槍を持ったギマランの頭を、タウロンの魔力弾が打った。

(町の中では、色々制限があるな。火も風も使いにくい)

 タウロンがそんなことを考えている間に、二人の男が魔物を槍で突き、ミカラが剣でとどめを刺した。

「片付いたか……」

 エーギムが、息を切らしながら呟く。

 その時、レッコーが叫び声を上げた。

「ヘレさん!」

 ヘレの体が、ゆっくりとうずくまるように倒れる。

 人々が、それに駆け寄った。

「レッコー君……」

 自分を抱き起こした少年の顔を認めて、ヘレが言う。

「ごめんね、あなた達の信仰を、馬鹿にするようなこと言って……」

「え、何です、何の話です?」

 レッコーの問いかけには答えず、ヘレはうわごとのように続けた。

「昔ね、とっても正直な男の人がいたの……とっても良い人だったのよ……とっても素直で……素直すぎて、死んじゃった……」

 レッコーはふいに、いつかマコスが言ったことを思い出した。

 ――素直すぎる軍人は、早死する。

(同じ人のこと……? 恋人か何かだったのか? いや)

「その話は、また今度聴かせてください。司祭にも聴いてもらいましょう――それと、今のヘレさんには、ブラドロがいますよ」

 ぼんやりとしていたヘレの目が、一瞬鋭くなり、レッコーを睨んだ。それから、見たことのないような笑顔をふわりと浮かべ――それきり、気を失った。

「良く分からんが、何としてもみんなを守りたかったんだな」

 わずかな沈黙の後、タウロンが言った。

「ところでレッコー君、そこは、フォンケルさんと言うべきでは?」

「あっと、そうか、しまった――」

 そう言いつつ、レッコーはエーギムを振り返った。

「それはそうと、エーギムさん、ヘレさんを集会場まで連れていっていただけませんか」

 途端、エーギムが渋い顔をする。

「おれはまだ戦えるぞ。君こそ、ヘレさんを運んで、ついでに少し休んでおいたらどうだ」

「お言葉ですが、今、より不足しているのは、魔法が使える者です」

「なんだと……」

 エーギムは一旦厳しい表情を浮かべたが、すぐに諦めたように頷いた。

「いや、君の言うことが正しいな。その通りにしよう」

「そうしていただけると助かります」とコルソト隊長。「我々は残りの戦力で、防衛線を作り直さなければなりませんから」

 エーギムはまた頷き、ヘレを背負って歩いていった。

「ここへさらに敵が来るかどうかは、分からないが――」

 タウロンが言う。

「そう多く来ることはあるまい。我々は予定通り、東の門へ向かうことにしよう」

 レッコーとミカラが頷き、三人はコルソト達に別れを告げた。



「アヒャヒャヒャヒャヒャ……」

 しばらく歩いたところで、ミカラが奇妙な笑い声を上げ始めた。

「何だね、馬鹿みたいな笑い方をして」とタウロン。

「だって、あのおっかないエーギムさんが、しょげたような顔しちゃってさ……」

 そう言いながら、ミカラはレッコーの首に左腕を回してきた。

「やるわね、レッコー君!」

「はあ」

 レッコーが困ったように答える。

「あ、残念ね、胸当て付けてるから、柔らかいのが感じられなくて」

「はあ」

「あたし、結構おっきいのよ?」

「はあ」




アイナ「また頑固って言った!」

エーデ「え、何、どうしたの?」

アイナ「また言われた……ような気がするのよねえ……」

エーデ「???」

アイナ「ふふふ、気配で分かるのよ……?」

エーデ「!?」



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