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ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第四章 最後の嘘
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責任の取れない大人など、次の世代にとってゴミでしかない

 第三章ではレッコー君達に、信頼するとはどういうことなのか、考えてもらいました。

 対話と内省の第三章が終わって、いよいよバトルの予感の第四章、始まります。



「どういうことだ、それは!」

 ゲーベル老人が、集会場の大テーブルを叩いた。

「レッコー君! 君はあの時、何でもないと言ったじゃないか!」

「『ほら吹きレッコー』の噂は聞いていたが、今になってこれとはな」

 別の老人がそう言って、フンと鼻を鳴らす。

「だから、魔族はすぐそこまで迫っているんだ」

 タルーブの町長、ガイトが言った。

「すぐに逃げたところで、年寄りの足ではまず逃げ切れなかったはずだ」

「わしら年寄りなど放っておいて、若い者だけで逃げれば良かったんだ!」

 ゲーベルが怒鳴る。

「それでも、レッコー君が『魔族が来る』と触れ回っていたら――」とマコス隊長。「混乱が生じ、逃げ遅れる人が出たはずです。そうなると、人が分散してしまい、我々も守ることができません」

「だから、年寄りが食われている間に、他の者は順次逃げ出せば良かったんだ」

「小さな子どもは? 妊婦は? 病人や足の悪い者は?」とガイト町長。「そういう者達も、犠牲になれば良かったと言うのか」

「しかし、レッコー君のおかげで、元気な若者が逃げる機会さえ失った」

 そう言って、ゲーベルはレッコーを睨んだ。

「それを決める権利が、君にあったのか!」

「権利なんて、ありません」

 レッコーが、静かに答える。

「それでも、おれは決めたんです。なるべくみんなが助かる道を採ろうと」

「あまり思い上がったことを言うなよ、レッコー君」

 そう言って、マコスが居並ぶ人々の顔を見回した。

「決定したのは、町長とわたしです。レッコー君は、我々に意見を述べただけです」

「しかし――」

「もう良いだろう、ゲーベルさん」

 中年の男が言った。

「過ぎたことより、今後のことだ。確認するが、今から逃げることはできないんだな?」

「はい」とマコス。「斥候の報告、それに去年のカレド村襲撃の方法を考えると、敵はこの町を包囲し、誰も逃がさないような布陣をとるはずです。特にイースに通じる北東の街道には、相当の数を回しているものと思われます。どういう仕組みか、去年よりずっと数が増えているようですし」

「この町へ来るのは、確実なんだろうか」

「絶対確実とは言えません。しかし、今のところそういう動きを見せています」

「それで、隊長さんはどうするべきだと考えているんです?」

 中年の女が言った。

「町までおびき寄せて迎え撃つのが、最善だと考えます。その際、こちらはまだ敵の存在に気付いていないように見せかけ、なるべく油断させることができれば理想的です」

「それしかないだろう」

 先ほどの中年の男が言う。

「戦える者は、隊長さんの指示に従って、各地区を守る。戦えない者は、この集会場に集まる――ここはちょうど、町の中心だからな。そして移動の際は、できるだけ落ち着いて、奴らの存在にまだ気付いていないふりをするんだ」

「敵を全滅させる必要はありません」

 マコスの副官、メイザが口を開いた。

「師団本部からの増援が来るまで、敵の突破を防ぐことができれば、我々の勝ちです」

 集まった面々は頷き合い、戦力の振り分けについて打ち合わせ、それが終わると集会場を出ていった。

「隊長さん……」

 レッコーがマコスに声をかけた。

「レッコー君、君の判断は、おそらく最善だった。責任くらいは、我々に取らせてくれ」

 そう言いながら、マコスはニヤッと笑った。

「責任の取れない大人など、次の世代にとってゴミでしかないからな」

「……はい」

 レッコーは、神妙な顔をして頷いた。そして、町長に借りたチェインメイルなどの防具を、素早く付けていった。



「レッコー、そんなに思いつめた顔をしなくても良いぞ」

 集会場を出たところで、ゲーンが声をかけてきた。

「君がそんなに気を張らなくても、大人達がちゃんと戦う。このわしもな」

「助法官も?」

「そうだ。ちょっと、その辺の小石を放り投げてみろ。なるべく高くな」

 言われて、レッコーは小石を一個拾い、力いっぱい投げ上げた。それを待ち構えていたゲーンが、右の手の平を空へ向け、呪文を唱えた。ゲーンの手の平から魔力の弾丸が放たれ、見たこともないような速さで一直線に飛び、小石を粉砕した。

「〈狙撃術〉ですね」

 傍らにいたタウロンが言った。

「連射性を犠牲にして、精度、射程、弾速を極限まで高めた魔力弾」

「その通り。どうだ、心強いだろう」

「……では、寺院のある北側の守りは万全ですね」

 レッコーはそれだけ言うと、ゲーンに背を向けて歩きだした。

「レッコー!」

「ゲーン師」とタウロン。「彼ほど戦える者を、遊ばせておく余裕はありません」

「分かっている。しかし、あの顔を見なさい。今にも死のうというようではないか」

「レッコー君はわたしのそばに置き、無茶はさせません」

「……頼みましたぞ」



「レッコー君、早まるなよ」

 追いついてきたタウロンが、言った。

「分かっています。今度こそ、みんなを守りきらなくちゃいけないんですから」

「まず、自分を大事にしろと言っている」

「……ええ」

 気のない返事をするレッコーに、タウロンがもどかしげな表情をする。

 その時だった。

「レッコー」

 そう言いながら、アイナが歩み寄ってきた。

「司祭……」

 呟くレッコーのすぐそばまでやってきて、若い司祭は少年の目を見つめた。すると、やや見上げるような格好になった。

「レッコー……大きくなったわね。去年は、わたしより小さかったのにね」

 瞬間、レッコーの脳裏に、この一年間の様々な出来事がよぎった。寄り添ってくれた人々、学んだこと、そして自ら考えたこと……。

 レッコーの目が、理性の光を取り戻した。表情はあくまで引き締まったまま、しかし、どこかしら穏やかになっていた。

「必ず戻ります」

「ええ」

 二人は短く言葉を交わして、別れた。




 スナイパー僧侶。



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