責任の取れない大人など、次の世代にとってゴミでしかない
第三章ではレッコー君達に、信頼するとはどういうことなのか、考えてもらいました。
対話と内省の第三章が終わって、いよいよバトルの予感の第四章、始まります。
「どういうことだ、それは!」
ゲーベル老人が、集会場の大テーブルを叩いた。
「レッコー君! 君はあの時、何でもないと言ったじゃないか!」
「『ほら吹きレッコー』の噂は聞いていたが、今になってこれとはな」
別の老人がそう言って、フンと鼻を鳴らす。
「だから、魔族はすぐそこまで迫っているんだ」
タルーブの町長、ガイトが言った。
「すぐに逃げたところで、年寄りの足ではまず逃げ切れなかったはずだ」
「わしら年寄りなど放っておいて、若い者だけで逃げれば良かったんだ!」
ゲーベルが怒鳴る。
「それでも、レッコー君が『魔族が来る』と触れ回っていたら――」とマコス隊長。「混乱が生じ、逃げ遅れる人が出たはずです。そうなると、人が分散してしまい、我々も守ることができません」
「だから、年寄りが食われている間に、他の者は順次逃げ出せば良かったんだ」
「小さな子どもは? 妊婦は? 病人や足の悪い者は?」とガイト町長。「そういう者達も、犠牲になれば良かったと言うのか」
「しかし、レッコー君のおかげで、元気な若者が逃げる機会さえ失った」
そう言って、ゲーベルはレッコーを睨んだ。
「それを決める権利が、君にあったのか!」
「権利なんて、ありません」
レッコーが、静かに答える。
「それでも、おれは決めたんです。なるべくみんなが助かる道を採ろうと」
「あまり思い上がったことを言うなよ、レッコー君」
そう言って、マコスが居並ぶ人々の顔を見回した。
「決定したのは、町長とわたしです。レッコー君は、我々に意見を述べただけです」
「しかし――」
「もう良いだろう、ゲーベルさん」
中年の男が言った。
「過ぎたことより、今後のことだ。確認するが、今から逃げることはできないんだな?」
「はい」とマコス。「斥候の報告、それに去年のカレド村襲撃の方法を考えると、敵はこの町を包囲し、誰も逃がさないような布陣をとるはずです。特にイースに通じる北東の街道には、相当の数を回しているものと思われます。どういう仕組みか、去年よりずっと数が増えているようですし」
「この町へ来るのは、確実なんだろうか」
「絶対確実とは言えません。しかし、今のところそういう動きを見せています」
「それで、隊長さんはどうするべきだと考えているんです?」
中年の女が言った。
「町までおびき寄せて迎え撃つのが、最善だと考えます。その際、こちらはまだ敵の存在に気付いていないように見せかけ、なるべく油断させることができれば理想的です」
「それしかないだろう」
先ほどの中年の男が言う。
「戦える者は、隊長さんの指示に従って、各地区を守る。戦えない者は、この集会場に集まる――ここはちょうど、町の中心だからな。そして移動の際は、できるだけ落ち着いて、奴らの存在にまだ気付いていないふりをするんだ」
「敵を全滅させる必要はありません」
マコスの副官、メイザが口を開いた。
「師団本部からの増援が来るまで、敵の突破を防ぐことができれば、我々の勝ちです」
集まった面々は頷き合い、戦力の振り分けについて打ち合わせ、それが終わると集会場を出ていった。
「隊長さん……」
レッコーがマコスに声をかけた。
「レッコー君、君の判断は、おそらく最善だった。責任くらいは、我々に取らせてくれ」
そう言いながら、マコスはニヤッと笑った。
「責任の取れない大人など、次の世代にとってゴミでしかないからな」
「……はい」
レッコーは、神妙な顔をして頷いた。そして、町長に借りたチェインメイルなどの防具を、素早く付けていった。
「レッコー、そんなに思いつめた顔をしなくても良いぞ」
集会場を出たところで、ゲーンが声をかけてきた。
「君がそんなに気を張らなくても、大人達がちゃんと戦う。このわしもな」
「助法官も?」
「そうだ。ちょっと、その辺の小石を放り投げてみろ。なるべく高くな」
言われて、レッコーは小石を一個拾い、力いっぱい投げ上げた。それを待ち構えていたゲーンが、右の手の平を空へ向け、呪文を唱えた。ゲーンの手の平から魔力の弾丸が放たれ、見たこともないような速さで一直線に飛び、小石を粉砕した。
「〈狙撃術〉ですね」
傍らにいたタウロンが言った。
「連射性を犠牲にして、精度、射程、弾速を極限まで高めた魔力弾」
「その通り。どうだ、心強いだろう」
「……では、寺院のある北側の守りは万全ですね」
レッコーはそれだけ言うと、ゲーンに背を向けて歩きだした。
「レッコー!」
「ゲーン師」とタウロン。「彼ほど戦える者を、遊ばせておく余裕はありません」
「分かっている。しかし、あの顔を見なさい。今にも死のうというようではないか」
「レッコー君はわたしのそばに置き、無茶はさせません」
「……頼みましたぞ」
「レッコー君、早まるなよ」
追いついてきたタウロンが、言った。
「分かっています。今度こそ、みんなを守りきらなくちゃいけないんですから」
「まず、自分を大事にしろと言っている」
「……ええ」
気のない返事をするレッコーに、タウロンがもどかしげな表情をする。
その時だった。
「レッコー」
そう言いながら、アイナが歩み寄ってきた。
「司祭……」
呟くレッコーのすぐそばまでやってきて、若い司祭は少年の目を見つめた。すると、やや見上げるような格好になった。
「レッコー……大きくなったわね。去年は、わたしより小さかったのにね」
瞬間、レッコーの脳裏に、この一年間の様々な出来事がよぎった。寄り添ってくれた人々、学んだこと、そして自ら考えたこと……。
レッコーの目が、理性の光を取り戻した。表情はあくまで引き締まったまま、しかし、どこかしら穏やかになっていた。
「必ず戻ります」
「ええ」
二人は短く言葉を交わして、別れた。
スナイパー僧侶。




