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ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第三章 信頼するということ
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先を歩む者

 タウロンは黙ったまま、ブラドロが言葉を続けるのを待った。

「ご存知の通り、ぼくはロアークのギムデ寺院から、ここタルーブへ修行に来ました」

 ブラドロが言う。

「そして今は、タウロン師のご指導の下、ロアーク拳法の訓練を行っています……このことについて、疑問に思われたことがあるのではありませんか?」

「まあね」

 タウロンが頷く。

 レッコーもまた、その点については不思議に思っていた。ブラドロはタルーブの寺院で他の修行を行いながらも、常にロアーク拳法の技能を向上させようとしていた。そこでファルゴが指導を試みたのだが、あまりうまくいかなかった。もしレッコーがタウロンを連れてこなかったら、ほとんど上達は望めなかったはずである。

 ロアーク拳法に習熟するなら、ロアークにいた方が都合が良いに違いない。ではなぜ、ブラドロはタルーブへやってきたのだろうか。

「なぜ、お訊きにならなかったんですか」

 ブラドロが訊いた。

「……そうだな。いつか話してくれるような気がしたから、かな」

 タウロンが答える。

 ブラドロはちょっとほほえんだ。

「ぼくは三年ほど前に、ロアークの寺院に入りました。ロアーク拳法の師範は、ぼくの素質――魔法力の高さを見抜かれて、周囲からは、優れた遣い手になることを期待されていました」

 ブラドロが話を続ける。

「でも、センスがなかったんですね……同輩と比べて、ぼくはちっとも上達しませんでした。先輩達がなんとか教えようとしてくれたんですが、やっぱりうまくいかなくて、そのうち怒りだしちゃう先輩もいて、同輩からは馬鹿にされたりして、自信を失って……それで段々、真面目にやらなくなっちゃったんです。そしてロアークにいづらくなって、逃げ出してきて、なのにここでも、半端な修行をしているんです。――それが、ぼくが今、ここにいるわけです」

「……生徒がうまくできなくて怒りだすというのでは、いかにも未熟だ」

 タウロンが言った。

「また、相手が思い通りにならないことに苛立つというのは、神官としてあるまじきことだ。いいかね、慰めるためにこんなことを言うんじゃないぞ。君もいずれ教える側になるだろうから、良く憶えておいてほしい」

「……はい」

 ブラドロが頷く。

「おれ達の先生は辛抱強くて、助かってますよ」

 とレッコーが言ったので、タウロンはちょっと笑い声を上げた。

「未熟というなら、わたしのことだ」

 ふいに、ファルゴが口を開いた。

「中途半端な指導しかしてやれず、何の役にも立てなかった」

「そんなことはありません」

 ブラドロが言った。

「ファルゴさんは、ぼくがどんなにできなくても、いつも丁寧に教えてくれました。それで、失っていたやる気を、少しだけ取り戻せたように思います」

「……そうか」

 ファルゴは呟くように言った。

「それから、タウロン師が魔法理論を基礎から教えてくださり、ちょっとずつできるようになりました。そこでぼくは、ようやく自信を取り戻せたんです。本当に感謝しています……でも、駄目なんです。以前のようには気力が出ないんです。がんばろうと思うのに、かんばれないんです……今は、周りがみんな味方なのに……」

(今は、周りがみんな味方……)

 レッコーは思った。

(ロアークでは、よほど辛い思いをしていたのか?)

「正式にここの僧侶になって、ロアーク拳法はあきらめようとは思わなかったのかね」

 タウロンが訊いた。

「それを考えたこともあります。でも、それをしてしまうと、もう何に対しても気力を出せなくなっちゃう気がして。今でも、何をするのにも無理に気力を引き出しているような感じですけど、そこでさらに逃げてしまったら、どうしようもなく自分が嫌いになってしまうように思ったんです」

「そうか」

「でも、その気力が出ないというのを人に知られるのもなんだが嫌で、みんなの前では、わざとふざけてみせてたんです。やる気が出ないってことを、明るく振る舞って、ごまかして……タウロン師達の前で、ぼくはずっと、自分を偽っていたんです」

「……君のことではあるが、しかし、それはどうかな」とタウロン。「人間は多面的な存在だ。ある場面と別の場面で異なる顔を見せるのは、全く不自然なことではない。その意味で、『本来の性格』などというものはないのだ。――だが、ともかく、それが君の中の欺瞞、というわけか」

「はい――そしてもうひとつ。ロアークの寺院でやる気を失っていたぼくは、拳法の師範に言ったんです。他の寺院で修行してみたい、知らない土地で自分を試してみたいって。でもそれは嘘で、ただ、そこにいるのが辛いから、逃げ出したかっただけなんです。本当は、何とか気力を出して、ロアークで修行を続けた方が良いって、分かってたんですけど……」

「それで、許されたのか」

「はい、それで得られるものもあるだろうといって、寺院の長の大法官にも話を通してくれて……でも師範は、本当は、それは問題の本質から逃げているだけだって、分からせるために許してくれたんだと、今は思います」

「――それが理解できたなら、お前は充分に立派だよ」

 いきなり、少し離れた所から声がした。いつ入ってきたのか、ゲーン助法官がそこにいた。

「ロアークの師範に対して偽りを言ったのは、なるほど、欺瞞といえる。しかしその人は、お前の心を見抜いていたのだろう、お前が考えている通りにな。だが、『それで得られるものもある』と言ったのも、おそらくは本心だったのではないかな。そして今、お前はその『先を歩む者』の意図を理解して、こうして己の中の欺瞞と向き合った。がんばろうと思うのにがんばれないという現状、そして、それをごまかしてきたという現状と、向き合った。堂々と、みんなの前で――出せずにいた『意思』を発揮してな」

 ゲーンは、タウロンの使った言葉を持ち出して話した。

「それは、なかなか立派なことだ」

 タウロンはゲーンの言葉に頷きながら、ちらっと周りを見回した。

 若い僧侶達が、気まずそうな顔をしている。

「誰と比べて、という話ではない」

 ゲーンが、かすかにほほえみながら言った。

「人と比べるべきことではない、とも思う。一人一人、それぞれで立派になってもらいたいものだな」

 そこここで、返事の声が上がった。僧侶達は年齢も色々、男もいれば女もいるが、一様にすっきりとした表情をしていた。

(基本的に素直なのだ、ここの人達は……)

 タウロンは思った。ギムデの信徒を、以前は苦手に感じていたものだが、いつからか、すっかり好きになっていた。

 ゲーンがブラドロのそばへ歩み寄り、また口を開いた。

「自分に今できることを、じっくりと探るのだ。以前のようにできないからといって、嘆くことはない。お前が今、己の意思の力でひとつ成長したことは、みんなが見届けたのだからな。そしてお前は、幸運にも、素晴らしい『先を歩む者』に恵まれている」

 ブラドロは泣きそうな顔で、頷いた。そして、ファルゴとタウロンに、丁寧に頭を下げた。

 タウロンはそれに、軽く頷いて応えた。それから、レッコーとアイナの顔をそっと見やった。

(次は、君らの番かもしれないな……)



 次の日から、ブラドロが訓練中に勝手に手を止める頻度が、いくらか減ったようだった。

(しかし何より、魔力の流れがのびやかになっている気がする)

 とレッコーは思った。

(精神と魔力の関わり、か)



カドル「先達がいつも後進より賢いとは、限らないんだけどね」

タウロン「うわ、余計なこと言うなあ……その通りだけど」


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