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ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第三章 信頼するということ
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レッコー対ブラドロ

「戦ってみろって――」

 最初に言葉を返したのは、レッコーだった。

「あれを食らったら、死んじゃいますよ!」

「ぼく、まだ前科者にはなりたくありませんよ」とブラドロ。

「わたしも、ブラドロさんに前科が付くのは見たくありませんわ」とアイナ。

「いやいや、そこじゃないでしょ。おれの心配をしてよ」

「大丈夫だ、対策は取るから」

 タウロンが、苦笑しながら言った。

「攻撃魔法の威力を抑える結界を張る」

 そう言って、タウロンは呪文を唱え始める。すると、少し離れた平坦な場所に、半透明の壁のようなものが出現した。かなり広い面積を、四角く囲っている。

「あの中では、攻撃魔法の威力が低く抑えられる」

 説明しながら、タウロンは壁の方へ歩き出した。レッコー、アイナ、ブラドロもそれに続く。

「また、〈魔力障壁〉を兼ねているから、中で使った魔法は外に届かない。……ちょっと二人で、入ってみたまえ」

 言われて、レッコーとブラドロは光の壁を通り抜けた。壁に触れても、何の感触もない。ただ、魔力の流れが普通と異なっていることが、二人にはなんとなく感じられた。

「ブラドロ君、魔力刃を使ってみろ」

「はい」

 答えて、ブラドロは呪文を唱えた。右手から肘にかけてを、淡い光が覆う。その範囲も光の強さも、三ヶ月前に比べて広く強くなっていた。

 威力を抑えるというので、術の様子も何か異なるものと予想していたが、見た目はいつもと同じである。

「で、レッコー君は、ちょっとそれに触ってみろ」

「えええ……まあ、信じますけどね……」

 そう言うと、レッコーは恐る恐る、光を放つブラドロの右腕に指を近付けた。

「――熱い! 痛い!」

「だが、皮膚が裂けるほどではない。では次に、魔力弾でブラドロ君を撃ってみるんだ」

 そう言われて、ブラドロはレッコーから少し距離を取り、嫌そうな顔をしながら左手を横に伸ばした。その手に、レッコーが魔力の弾丸を撃ち込む。

「けっこう痛いですよ!」

「だが、せいぜいあざができるくらいだ。まあなるべく、防ぐかよけるかするんだね――では要領が分かったところで、模擬戦を始めよう。使って良い攻撃魔法は、ブラドロ君はロアーク拳法だけ、レッコー君は魔力弾だけだ。攻撃魔法でなければ何を使っても良いが、結界に干渉するような術は使うな。で、動けなくなるくらいの攻撃を受けたとわたしが判断したら、負け、というわけだ――では始め!」

 タウロンの宣言を聞いて、レッコーとブラドロはとっさに距離を取った。

(しまった!)

 しかし、ブラドロはすぐに自分の失敗に気付いた。自分は接近戦しかできないのだ。

 そこへレッコーが、容赦なく魔力弾を撃ってくる。ブラドロは斜め後ろに跳んで一発目をかわし、呪文を唱えて右腕に魔力刃を発動させると、二発目をそれではじいた。以前ブラドロが説明したところによれば、ロアーク拳法は攻撃魔法を防ぐのにも用いる、攻防一体の技なのである。

 魔力弾の弾道を見切って右腕で防ぎつつ、ブラドロが距離を詰める。

 レッコーは、射撃をやめて逃げ始めた。そしてしばらく、逃げ回りながら何か考えているようだったが、突然、屈み込んで地面に右手を付け、呪文を唱えた。その途端、レッコーの周囲がもうもうと砂煙に覆われた。

 ブラドロは立ち止まり、様子を見る。と、そこへ、砂煙の中から魔力弾が飛んできた。ぎりぎりのところで、右腕を使って防ぐ。

 ブラドロはなおも砂煙を睨んでいたが、やがてハッと顔色を変えて、駆け出した。



「二人とも、段々楽しくなってきたな」

 結界の外で二人の様子を見ていたタウロンが、言った。

「レッコー君の探査術は精度が良いから、見えなくても狙えるわけだ。おまけに、射撃の動作が見えないから、ブラドロ君はタイミングが計れない……おや、ブラドロ君は素早く動いて……そうか、探査術を解いてから弾を撃つまでのタイムラグで、狙いを外そうというんだな」

「あんなに砂まみれにして……服を洗うのが大変ですわ」

 隣に立っていたアイナが言った。

「やんちゃな弟を持って、苦労するね。カドル君も生意気で、なかなか手強いが」

「……先ほど『やってみないと分からない』とおっしゃっていましたが、タウロン様のご見識があれば、こんなことをやらせる必要はなかったのではありませんか?」

「おや、疑うことを覚えてきたな。良い兆候だね」

 そう言ったタウロンを、アイナがものすごい顔で睨んだ。

「……いや、大した考えがあるわけでもないんだがね。ひとつには、ブラドロ君もレッコー君も、訓練の成果を試してみたいだろうと思ってな。そこで模擬戦というわけだ。それと……どうも二人とも、頭で考えてばかりいるきらいがあるようで、ちょっと気になっていてね。頭で考えてばかりだと、発想が偏る。たまには、体も動かした方が良い」

「……ブラドロさんもですか?」

 ブラドロのいつものとぼけた言動を思い出しながら、アイナが訊いた。

「あれはあれで、何か抱えているように見えるな」

「それで、こんな運動を……」

「司祭も、たまにジョギングでもしたら、少しはマシになるかもね、頑固なのが」

 途端、アイナがタウロンの足を踏みつけた。タウロンが呻き声を上げる。

「タウロン師!」結界の中で、ブラドロが怒鳴る。「今一瞬、結界が揺らぎましたよ!」

「そんなことまで感じ取れるとは、大した成長だ!」

 タウロンが大声で返事をした。

「冗談じゃありませんよ! 死んじゃいますよ!」とレッコー。

「大丈夫だ! 今のはちょっと、司祭がいたずらしただけだ!」

「えええ……!?」

 アイナが愕然とする。

「――それに、レッコー君だ」

 タウロンが急に、話題を戻した。

「レッコー君ももうちょっと、柔軟になった方が良いと思わないかね。頭は良いのに、発想が不自由だよ。なんだか、いつも他人の心配ばかりして、自分のことはほったらかしで……」

「……いつか、カルエレ様がレッコーのことを、『賢いから賢く生きられない』とおっしゃっていました」

 それを聴いて、タウロンは大声で笑いだした。

「それは良い! あの少年のことを、いかにも適切に表しているな――まったく、うまく言ったものだ」

 その時である。

「何なの、これ……」

 突然、二人の後ろで声がした。アイナが驚いて振り返ると、ヘレが唖然とした様子で、タウロンの張った結界を見つめていた。

「やあ、あなた方か」

 タウロンが、振り向きもせずに言った。

 ヘレの隣にいたアリーシャが、一瞬、鋭い視線を結界とタウロンに向けた。が、その顔は、すぐにいつもの人懐こそうな表情に戻っていた。


 設営、審判、解説、タウロン師。

 いたずら、アイナ司祭。


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