レッコー対ブラドロ
「戦ってみろって――」
最初に言葉を返したのは、レッコーだった。
「あれを食らったら、死んじゃいますよ!」
「ぼく、まだ前科者にはなりたくありませんよ」とブラドロ。
「わたしも、ブラドロさんに前科が付くのは見たくありませんわ」とアイナ。
「いやいや、そこじゃないでしょ。おれの心配をしてよ」
「大丈夫だ、対策は取るから」
タウロンが、苦笑しながら言った。
「攻撃魔法の威力を抑える結界を張る」
そう言って、タウロンは呪文を唱え始める。すると、少し離れた平坦な場所に、半透明の壁のようなものが出現した。かなり広い面積を、四角く囲っている。
「あの中では、攻撃魔法の威力が低く抑えられる」
説明しながら、タウロンは壁の方へ歩き出した。レッコー、アイナ、ブラドロもそれに続く。
「また、〈魔力障壁〉を兼ねているから、中で使った魔法は外に届かない。……ちょっと二人で、入ってみたまえ」
言われて、レッコーとブラドロは光の壁を通り抜けた。壁に触れても、何の感触もない。ただ、魔力の流れが普通と異なっていることが、二人にはなんとなく感じられた。
「ブラドロ君、魔力刃を使ってみろ」
「はい」
答えて、ブラドロは呪文を唱えた。右手から肘にかけてを、淡い光が覆う。その範囲も光の強さも、三ヶ月前に比べて広く強くなっていた。
威力を抑えるというので、術の様子も何か異なるものと予想していたが、見た目はいつもと同じである。
「で、レッコー君は、ちょっとそれに触ってみろ」
「えええ……まあ、信じますけどね……」
そう言うと、レッコーは恐る恐る、光を放つブラドロの右腕に指を近付けた。
「――熱い! 痛い!」
「だが、皮膚が裂けるほどではない。では次に、魔力弾でブラドロ君を撃ってみるんだ」
そう言われて、ブラドロはレッコーから少し距離を取り、嫌そうな顔をしながら左手を横に伸ばした。その手に、レッコーが魔力の弾丸を撃ち込む。
「けっこう痛いですよ!」
「だが、せいぜい痣ができるくらいだ。まあなるべく、防ぐかよけるかするんだね――では要領が分かったところで、模擬戦を始めよう。使って良い攻撃魔法は、ブラドロ君はロアーク拳法だけ、レッコー君は魔力弾だけだ。攻撃魔法でなければ何を使っても良いが、結界に干渉するような術は使うな。で、動けなくなるくらいの攻撃を受けたとわたしが判断したら、負け、というわけだ――では始め!」
タウロンの宣言を聞いて、レッコーとブラドロはとっさに距離を取った。
(しまった!)
しかし、ブラドロはすぐに自分の失敗に気付いた。自分は接近戦しかできないのだ。
そこへレッコーが、容赦なく魔力弾を撃ってくる。ブラドロは斜め後ろに跳んで一発目をかわし、呪文を唱えて右腕に魔力刃を発動させると、二発目をそれで弾いた。以前ブラドロが説明したところによれば、ロアーク拳法は攻撃魔法を防ぐのにも用いる、攻防一体の技なのである。
魔力弾の弾道を見切って右腕で防ぎつつ、ブラドロが距離を詰める。
レッコーは、射撃をやめて逃げ始めた。そしてしばらく、逃げ回りながら何か考えているようだったが、突然、屈み込んで地面に右手を付け、呪文を唱えた。その途端、レッコーの周囲がもうもうと砂煙に覆われた。
ブラドロは立ち止まり、様子を見る。と、そこへ、砂煙の中から魔力弾が飛んできた。ぎりぎりのところで、右腕を使って防ぐ。
ブラドロはなおも砂煙を睨んでいたが、やがてハッと顔色を変えて、駆け出した。
「二人とも、段々楽しくなってきたな」
結界の外で二人の様子を見ていたタウロンが、言った。
「レッコー君の探査術は精度が良いから、見えなくても狙えるわけだ。おまけに、射撃の動作が見えないから、ブラドロ君はタイミングが計れない……おや、ブラドロ君は素早く動いて……そうか、探査術を解いてから弾を撃つまでのタイムラグで、狙いを外そうというんだな」
「あんなに砂まみれにして……服を洗うのが大変ですわ」
隣に立っていたアイナが言った。
「やんちゃな弟を持って、苦労するね。カドル君も生意気で、なかなか手強いが」
「……先ほど『やってみないと分からない』とおっしゃっていましたが、タウロン様のご見識があれば、こんなことをやらせる必要はなかったのではありませんか?」
「おや、疑うことを覚えてきたな。良い兆候だね」
そう言ったタウロンを、アイナがものすごい顔で睨んだ。
「……いや、大した考えがあるわけでもないんだがね。ひとつには、ブラドロ君もレッコー君も、訓練の成果を試してみたいだろうと思ってな。そこで模擬戦というわけだ。それと……どうも二人とも、頭で考えてばかりいるきらいがあるようで、ちょっと気になっていてね。頭で考えてばかりだと、発想が偏る。たまには、体も動かした方が良い」
「……ブラドロさんもですか?」
ブラドロのいつものとぼけた言動を思い出しながら、アイナが訊いた。
「あれはあれで、何か抱えているように見えるな」
「それで、こんな運動を……」
「司祭も、たまにジョギングでもしたら、少しはマシになるかもね、頑固なのが」
途端、アイナがタウロンの足を踏みつけた。タウロンが呻き声を上げる。
「タウロン師!」結界の中で、ブラドロが怒鳴る。「今一瞬、結界が揺らぎましたよ!」
「そんなことまで感じ取れるとは、大した成長だ!」
タウロンが大声で返事をした。
「冗談じゃありませんよ! 死んじゃいますよ!」とレッコー。
「大丈夫だ! 今のはちょっと、司祭がいたずらしただけだ!」
「えええ……!?」
アイナが愕然とする。
「――それに、レッコー君だ」
タウロンが急に、話題を戻した。
「レッコー君ももうちょっと、柔軟になった方が良いと思わないかね。頭は良いのに、発想が不自由だよ。なんだか、いつも他人の心配ばかりして、自分のことはほったらかしで……」
「……いつか、カルエレ様がレッコーのことを、『賢いから賢く生きられない』とおっしゃっていました」
それを聴いて、タウロンは大声で笑いだした。
「それは良い! あの少年のことを、いかにも適切に表しているな――まったく、うまく言ったものだ」
その時である。
「何なの、これ……」
突然、二人の後ろで声がした。アイナが驚いて振り返ると、ヘレが唖然とした様子で、タウロンの張った結界を見つめていた。
「やあ、あなた方か」
タウロンが、振り向きもせずに言った。
ヘレの隣にいたアリーシャが、一瞬、鋭い視線を結界とタウロンに向けた。が、その顔は、すぐにいつもの人懐こそうな表情に戻っていた。
設営、審判、解説、タウロン師。
いたずら、アイナ司祭。




