魔法の剣の伝説
「レッコー君、助けてくれ!」
エーデと共に食堂へ戻ってきたレッコーに、タウロンが言った。
「どうしたんです?」
「子ども達に話をせがまれたので、兵団の階級にはなぜ色の名前が付くか、という話をしたのだが……」
「タウロン様のお話、つまんなーい!」
「つまんなーい!」
子ども達とアリーシャが、口々に言った。
「おまけに、アリーシャさんまでこの調子で、助けてくれないし――」とタウロン。「ブラドロ君はニヤニヤ笑って見ているだけだし、ヘレさんは……まあ、役に立たないだろうし」
ヘレが一瞬タウロンを睨み、また目を逸らした。
レッコーは、タウロンのいつもの話し方を思い出してみた。
「……駄目ですよ、子ども達相手に、事実を淡々と語るだけでは」
「そういうものか。わたしには姉と弟がいるのだが、姉がしっかりしていたから、弟の面倒などほとんど見てやらなかったからなあ……話題は良かったと思うんだが……」
タウロンが、言い訳ともつかない言い訳を始める。
「ねえ、お兄ちゃんがお話して!」
男の子のひとりが言う。
「あたしがしてあげよっか?」
エーデが得意気な顔をして、申し出た。
「やだ! エーデもお話、下手だから」
そう言うと同時に、男の子は椅子を蹴って走り出した。エーデがそれを、猛然と追い回す。周りで見ていた僧侶達が、二人を囃し立てる。
「みんな、おもしろー!」
アリーシャがヒイヒイいいながら笑っている。
「うーん、お話ね」
レッコーが考え込む。
「参ったな……ところでタウロン師、なぜニヤニヤ笑いながら、みんなと一緒に座ってるんですか」
「いや、お手並みを見せてもらおうと思って」
「……古の魔法が生きていた時代、空を飛ぶ島があった、という話はしたことあったかな?」
「前に聴いたよ」
女の子のひとりが答える。
「それじゃあ、鳥と話すことができた女の子の話は?」
「それも、前に聴いた!」
「そうだ、前に聴いたぞー!」
アリーシャが声を上げる。その隣で、ヘレが困ったような呆れたような顔をしていた。
「それじゃ、魔法の剣の力で不敗だった戦士が、お嫁をもらうために剣を手放してしまう話は?」
「それも聴いたことあるよ」
「わたしも聴いたことがあるぞ」とタウロン。
「調子に乗らないでください」とレッコー。
「すまん……」
「うーん、困ったな……」
レッコーが唸っていると、アイナが食堂へ入ってきた。
「どうしたの、レッコー」
「みんなにお話をせがまれてるんだけど、おれが話せるようなのは、今までにもう聴かせちゃってるんだよ」
「そういうのは、知らんぷりして、何度も同じ話をすれば良いのよ」
アイナは、ニッコリと笑って言った。
「あなたにも魔法の剣のお話を三十回くらいしたけれど、その度に大喜びしていたわ」
「……」
「ウェイン、みんなと一緒にお話を聴かないのかい?」
レッコー達から少し離れた所でひとり座っていた少年に、カルエレが話しかけた。
ウェインは、タウロンの話は皆と一緒に聴いていたのだが、レッコーがやってくると、話の輪から外れたのだった。五ヶ月間、ずっとこの調子でいることを、カルエレは知っていた。
「みんなどうして、あんな楽しそうにしていられるのかな……」
ウェインが口を開いた。
「ぼくは兄ちゃんのこと、許せないよ」
(ウェインは、結婚の約束をしていたフィネッタを失った)
カルエレは思った。
(この子の傷は、特別深い……いや、人と比べられるものではないけれど)
「みんな兄ちゃんのこと、嫌いにならないのかな……」
黙ったままのカルエレに、ウェインがまた言った。
「……お前は、わたしのことは嫌いにならないのかい?」
「カルエレ様は悪くないよ。アイナ様も……そんなの、みんな分かってるよ」
「そうかい……」
「悪いのは、兄ちゃんだけさ」
「……それでも、みんな、レッコーのことが大好きだったからね」
「うん」
「心から好きだった人を嫌いになるって、難しいものさ」
「……うん、それ、ぼくにも分かるよ。後になって嫌いになるって、それは、本当は好きじゃなかったってことなんだ。嫌いだった人を好きになることはあるけど」
ウェインはそこでちょっと黙り込み、また口を開いた。
「ぼくも兄ちゃんのこと、嫌いじゃないんだと思う。だから、許せるようにしてみるよ」
カルエレが、驚いたような表情をする。
「お前、そんな必要はないんだよ。怒りも憎しみも、人として当たり前の感情なんだ」
「ぼくのためでもあるんだよ。好きだった人を許せないって、しんどいからさ」
「そうかい。お前も賢いね……」
そう言って、カルエレはウェインの頭を優しくなでた。
どうすれば、自分の心の内を、こうも素直に言葉にできるのだろうか。
「子どもはみんな、賢いのかもしれないね」
タウロンが来るようになって、三ヶ月経った。ブラドロのロアーク拳法はかなり上達し、レッコーとアイナも魔力の扱いが格段にうまくなっていた。
この日も、四人はいつもの丘の上に集まっていた。
「うん、大分、出力が安定してきたな」
タウロンはそう言いながら、ブラドロが削り続けてきた岩をなでた。一定の力で角張った所を削ってきたため、一旦ボコボコになった表面は、今は滑らかになっている。その中で、タウロンの穿った穴が目立っていた。
「ロアーク拳法は戦いの術ですが、このくらいで実戦にも通用するんでしょうか」
レッコーが訊いた。
「うーん、実戦となると瞬発力も必要になるからな。やってみないと、なんとも……」
タウロンはそこで、少し考え込んでいたが、ややあって顔を上げた。
「よし、ブラドロ君、レッコー君と戦ってみようか」
レッコー、アイナ、ブラドロが、ぎょっとしてタウロンの顔を見た。
カルエレは「子どもはみんな賢いのかもしれない」と言いましたが、これは、ウェインが特別賢いのです。自分の気持ちを言葉にできない、認識することもできないというのが、普通の子どもです。そして、それでも気持ちを素直に言葉にしようと努めるのが、子どもの偉いところだと思います。
「空を飛ぶ島」は『ガリバー旅行記』、「鳥と話す人」は中国の伝説、「魔法の剣」は北欧神話が元ネタです。




