表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第三章 信頼するということ
16/36

魔法の剣の伝説

「レッコー君、助けてくれ!」

 エーデと共に食堂へ戻ってきたレッコーに、タウロンが言った。

「どうしたんです?」

「子ども達に話をせがまれたので、兵団の階級にはなぜ色の名前が付くか、という話をしたのだが……」

「タウロン様のお話、つまんなーい!」

「つまんなーい!」

 子ども達とアリーシャが、口々に言った。

「おまけに、アリーシャさんまでこの調子で、助けてくれないし――」とタウロン。「ブラドロ君はニヤニヤ笑って見ているだけだし、ヘレさんは……まあ、役に立たないだろうし」

 ヘレが一瞬タウロンを睨み、また目を逸らした。

 レッコーは、タウロンのいつもの話し方を思い出してみた。

「……駄目ですよ、子ども達相手に、事実を淡々と語るだけでは」

「そういうものか。わたしには姉と弟がいるのだが、姉がしっかりしていたから、弟の面倒などほとんど見てやらなかったからなあ……話題は良かったと思うんだが……」

 タウロンが、言い訳ともつかない言い訳を始める。

「ねえ、お兄ちゃんがお話して!」

 男の子のひとりが言う。

「あたしがしてあげよっか?」

 エーデが得意気な顔をして、申し出た。

「やだ! エーデもお話、下手だから」

 そう言うと同時に、男の子は椅子を蹴って走り出した。エーデがそれを、猛然と追い回す。周りで見ていた僧侶達が、二人をはやし立てる。

「みんな、おもしろー!」

 アリーシャがヒイヒイいいながら笑っている。

「うーん、お話ね」

 レッコーが考え込む。

「参ったな……ところでタウロン師、なぜニヤニヤ笑いながら、みんなと一緒に座ってるんですか」

「いや、お手並みを見せてもらおうと思って」

「……いにしえの魔法が生きていた時代、空を飛ぶ島があった、という話はしたことあったかな?」

「前に聴いたよ」

 女の子のひとりが答える。

「それじゃあ、鳥と話すことができた女の子の話は?」

「それも、前に聴いた!」

「そうだ、前に聴いたぞー!」

 アリーシャが声を上げる。その隣で、ヘレが困ったような呆れたような顔をしていた。

「それじゃ、魔法の剣の力で不敗だった戦士が、お嫁をもらうために剣を手放してしまう話は?」

「それも聴いたことあるよ」

「わたしも聴いたことがあるぞ」とタウロン。

「調子に乗らないでください」とレッコー。

「すまん……」

「うーん、困ったな……」

 レッコーが唸っていると、アイナが食堂へ入ってきた。

「どうしたの、レッコー」

「みんなにお話をせがまれてるんだけど、おれが話せるようなのは、今までにもう聴かせちゃってるんだよ」

「そういうのは、知らんぷりして、何度も同じ話をすれば良いのよ」

 アイナは、ニッコリと笑って言った。

「あなたにも魔法の剣のお話を三十回くらいしたけれど、その度に大喜びしていたわ」

「……」



「ウェイン、みんなと一緒にお話を聴かないのかい?」

 レッコー達から少し離れた所でひとり座っていた少年に、カルエレが話しかけた。

 ウェインは、タウロンの話は皆と一緒に聴いていたのだが、レッコーがやってくると、話の輪から外れたのだった。五ヶ月間、ずっとこの調子でいることを、カルエレは知っていた。

「みんなどうして、あんな楽しそうにしていられるのかな……」

 ウェインが口を開いた。

「ぼくは兄ちゃんのこと、許せないよ」

(ウェインは、結婚の約束をしていたフィネッタを失った)

 カルエレは思った。

(この子の傷は、特別深い……いや、人と比べられるものではないけれど)

「みんな兄ちゃんのこと、嫌いにならないのかな……」

 黙ったままのカルエレに、ウェインがまた言った。

「……お前は、わたしのことは嫌いにならないのかい?」

「カルエレ様は悪くないよ。アイナ様も……そんなの、みんな分かってるよ」

「そうかい……」

「悪いのは、兄ちゃんだけさ」

「……それでも、みんな、レッコーのことが大好きだったからね」

「うん」

「心から好きだった人を嫌いになるって、難しいものさ」

「……うん、それ、ぼくにも分かるよ。後になって嫌いになるって、それは、本当は好きじゃなかったってことなんだ。嫌いだった人を好きになることはあるけど」

 ウェインはそこでちょっと黙り込み、また口を開いた。

「ぼくも兄ちゃんのこと、嫌いじゃないんだと思う。だから、許せるようにしてみるよ」

 カルエレが、驚いたような表情をする。

「お前、そんな必要はないんだよ。怒りも憎しみも、人として当たり前の感情なんだ」

「ぼくのためでもあるんだよ。好きだった人を許せないって、しんどいからさ」

「そうかい。お前も賢いね……」

 そう言って、カルエレはウェインの頭を優しくなでた。

 どうすれば、自分の心の内を、こうも素直に言葉にできるのだろうか。

「子どもはみんな、賢いのかもしれないね」



 タウロンが来るようになって、三ヶ月経った。ブラドロのロアーク拳法はかなり上達し、レッコーとアイナも魔力の扱いが格段にうまくなっていた。

 この日も、四人はいつもの丘の上に集まっていた。

「うん、大分、出力が安定してきたな」

 タウロンはそう言いながら、ブラドロが削り続けてきた岩をなでた。一定の力で角張った所を削ってきたため、一旦ボコボコになった表面は、今は滑らかになっている。その中で、タウロンの穿った穴が目立っていた。

「ロアーク拳法は戦いの術ですが、このくらいで実戦にも通用するんでしょうか」

 レッコーが訊いた。

「うーん、実戦となると瞬発力も必要になるからな。やってみないと、なんとも……」

 タウロンはそこで、少し考え込んでいたが、ややあって顔を上げた。

「よし、ブラドロ君、レッコー君と戦ってみようか」

 レッコー、アイナ、ブラドロが、ぎょっとしてタウロンの顔を見た。


 カルエレは「子どもはみんな賢いのかもしれない」と言いましたが、これは、ウェインが特別賢いのです。自分の気持ちを言葉にできない、認識することもできないというのが、普通の子どもです。そして、それでも気持ちを素直に言葉にしようと努めるのが、子どもの偉いところだと思います。


 「空を飛ぶ島」は『ガリバー旅行記』、「鳥と話す人」は中国の伝説、「魔法の剣」は北欧神話が元ネタです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ