面白い人
「烈公」とは「おくりな」、死んでから与えられる名前です。「二人の烈公」……レッコー君、異世界(十九世紀の日本)で死ぬんでしょうか?
そんなことはともかく、第三章、始まります。
タウロンが風の神の教義について語ってから、さらに一ヶ月ほどの時が経った。四人とも、あれ以来あの日の問答については触れず、アイナは相変わらず些細なことでタウロンに悪態をつき、タウロンは彼女のことを「頑固だ」と言ってはからかっていた。そういう時、ブラドロがレッコーの様子を窺うと、彼は決まって何か考え込むような顔をしていた。
その日も、四人は寺院の裏手の丘に集まっていた。
ブラドロが、魔力刃を発動させた状態の右手で、岩に触れた。そして、ゆっくりと鼻から息を吸う。岩の表面が、激しく削れていく。
その様子をじっと見ていたタウロンが、口を開いた。
「うん、大分、出力を引き上げられるようになったな」
「はい」ブラドロが答える。
「では今度は、出力を高いままで保つ訓練だな。魔力刃は継続式発動だから、真価を発揮するためには、高い出力を維持しなければならない。そこで、集中力を維持しつつ、かつ疲れないように――」
「あれ、誰か来ましたよ」
ふいに、レッコーが言った。
「話の途中なんだが……」
そう呟きながら、タウロンは寺院の方角へ目をやった。男と女が一人ずつ、登ってくる。
男の方はマコス隊長、女は彼の副官メイザだった。
「はじめまして、タルーブ駐在部隊隊長、マコスです」
マコスが、タウロンに言った。
「どうも、風の神セイルの使者、タウロンです」
「……使者、とは?」
マコスがけげんな顔をする。
「神官の一種で、司祭でも僧侶でもない者のことです」
「はあ、それは、存じませんでした」
「……」レッコーが呆れたようにタウロンを見る。
タウロンがこの「使者」なる名称を思い付いた時、レッコーは「胡散臭いからやめろ」と主張したのである。しかし、ブラドロが「かっこいい」と言って賛成したので、タウロンはそう名乗るようになってしまった。
ちなみにアイナの意見は、「人物が胡散臭いからちょうど良い」とのことだった。
マコスに続いて、メイザがタウロンの前に進み出た。
「いつもお世話になっています」
「いつも?」ブラドロが不思議そうな顔で言った。
「少し前から、町の剣術道場で〈魔法剣術〉の指導をしているんだ」タウロンが説明する。「メイザさんはそこでの生徒の一人、というわけだ」
「あれ、そんなことされてたんですか?」とレッコー。
「アリーシャさんが、わたしの噂を広めてくれたようでね。あちらから声がかかった」
「なるほど」
そう言ったレッコーの顔、そしてアイナの顔を、メイザがじっと見た。
「……司祭もレッコー君も、元気そうね」
アイナとレッコーが、驚いたような顔をする。
「心配してくださってたんですか?」レッコーが訊く。
「ちょっとね」
「それは、ありがとうございます」
「わたし達のことは、どうかご心配なく」
レッコーとアイナが、礼を述べる。冷たい印象しかなかったからちょっと驚いた、とは、二人とも言わなかった。
「カレド村へ一緒に行った時のことだけど……」
やや唐突に、メイザがレッコーに言う。
「別に、あなたのことが嫌いだからあんなきついこと言ったわけじゃないのよ」
「ええ、それは、分かっています」
答えながら、レッコーは五ヶ月前のことを思い出した。衝動的に動こうとするレッコーを、メイザは厳しい口調で引き止めた。それがレッコーや他の者達を守るためだったということは、良く分かっている。
「……え、ひょっとして、ずっと気にされてたんですか?」
「ちょっとね。――わたしが言いたいのは、それだけよ」
メイザはそう言うと、マコスの後ろに下がった。
「はあ」
「……それで、ご用件は?」
タウロンが訊いた。
「いや、用というほどのことはないのですが」
マコスが答える。
「このメイザから、優れた魔術師だと聞いていましたし、それにアリーシャが『面白い人だから会ってみろ』というので、一度お会いしたいと思っていたのです」
「あの人のわたしに対する評価が、『面白い』……」
タウロンは、複雑そうな表情で呟いた。
「それにしても、みなさん、良くいらっしゃいますね」レッコーが言った。「アリーシャさんとヘレさんはしょっちゅう来るし、この前はフォンケルさん達も来たし……暇なんですか?」
「はっきり訊くなあ……」
マコスが苦笑する。
「知っての通り、カレド村の一件以来、この町には一個中隊が増員された。つまり、十二人しかいなかったのが六十六人になったわけで……」
「暇になったわけですね」とブラドロ。
「まあ、そういうことだ」
マコスが認めた。
「暇じゃありません」
と、メイザが口を開いた。
「兵士がいきなり五十人も増えて、住居や当番を管理するわたしとアリーシャは大変なんです。町の人達とのいざこざもありますし」
「いざこざといっても、タルーブはのんきな町だから、他と比べれば楽なもんだよ」とマコス。
「そう言って、わたし達に任せきりじゃないですか。隊長はここの司令官なんですよ」
「六十何人しかいないのに、司令官もないもんだ」
マコスが軽く笑った。
「あれ、マコス隊長が司令官なんですか?」
レッコーが訊く。
「中隊長よりおれの方が階級が上だからね。一応、中隊はおれの指揮下にある。小隊と中隊だと、そういうこともあるんだ」
「それなのに、増えた仕事はわたしとアリーシャに任せっぱなしなのよ」
メイザが、不満そうに付け加える。
「そのような状況なのに――」
タウロンが、急に厳しい表情になって言う。
「あなた方もアリーシャさんも、ここへ来る。率直に訊きます。我々を監視しているのですか?」
「何か、事を起こすおつもりですか、タウロン師?」
マコスが平然とした顔のまま、逆に訊いた。
「まさか」
「では、どちらでも良いではありませんか」
「なるほど……」
タウロンが笑い声を上げた。
「ただ、ひとつだけ、伺っておきたいことがあります」とマコス。「我が兵団に入るおつもりはありませんか」
レッコー、アイナ、ブラドロが、やや緊張した表情になる。油断ならない存在ならば、いっそ味方に引き込んでしまおうというのだろうか……?
「わたしは風の神の信徒、自由を好む性分です。軍にはきっと、合わないだろうと思います」
タウロンが顔に笑みを残したまま、答える。
「そうですか。分かりました」
と、マコスはあっさり引き下がった。
「さて、よろしければ、ここで少し見学させていただきたいのですが」
「構いませんよ。ただ、魔法を教えているだけですからね」
マコスとタウロンの言葉を聞いて、ブラドロが少し不安そうな顔のまま、いつもの岩の所へ戻っていった。
「ブラドロ君、感情はなるべく平静を保つんだ。魔法を使う時はね」
タウロンが、後ろから声をかけた。
レッコーとアイナはしばらくの間、なんとなくマコスやメイザと共にブラドロの様子を眺めていた。
ふと、レッコーがマコスに話しかけた。
「隊長さん」
「うん?」
「おれは、兵士に向いているでしょうか」
マコスは、アイナとタウロンをちらっと見てから、レッコーに目を戻した。
「……実を言うと、君の様子は、アリーシャから聴いていた。その限りで言うと、君は、素直すぎるな。素直すぎる軍人は、早死する」
「そうですか」
レッコーは短く言った。アイナとタウロンは、聞こえていないかのような顔で、黙っていた。
「君は、神官になるものと思っていたがな」
マコスが言う。
「おれが、神官……?」
「寺院の仕事を手伝っているんだろう? それに君の、嘘をつかないという誓い……正直さは、神官にとっては美徳だろう」
「……」
レッコーは、何も答えなかった。
(嘘によって人々を死なせた自分が、神官など、というわけか)
マコスは思った。
「正直さは、何者にとっても美徳ですわ」
アイナが、静かに言った。
翌日、丘の上の四人のところへ、アリーシャとヘレがやってきた。
「そう、隊長達、来たの」
アリーシャが、いつも通りの明るい声で言った。
本当に今知ったのだろうか。レッコーはふと思ったが、それ以上考えることはしなかった。「人を信じよ」というのが、ギムデの教えである。
その日の夕方、タウロンはブラドロに請われて寺院を訪れた。もはや当たり前というように、アリーシャも付いてきた。ヘレもそれに付いてくる。
食事の後、レッコーとアイナはそれぞれ用事があると言って、食堂を出ていった。
と、カレド村の子ども達が、タウロンのそばに寄ってきた。
「タウロン様、何かお話して」
男の子のひとりが言った。
「お話?」
「レッコー兄ちゃんが言ってたよ。タウロン様は、面白いお話をいっぱいしてくれるって」
「カドルは、そんなお話聞いたことないっていうけど」
別の女の子が言う。
タウロンは時々、カドルのために寺院を訪れ、治癒術を教えていた。
「ブラドロさんはぼくと違ってサボってばかりだから、仕方なくそんなお話をしてくれるのさ」とカドル。
(ブラドロ君……!)
タウロンは、心の中で呻いた。が、ブラドロは平気な顔をしている。
「ねえ、良いでしょ、面白いお話!」
さっきの女の子が言う。
「わたしも聴きたーい!」
とアリーシャが言ったので、子ども達は嬉しそうに笑い声を上げた。
「……やれやれ、また『面白い』か。まあ、そんなに期待されても困るが、それならひとつ、やってみるか」
そう言って、タウロンは子ども達の顔を見回した。
「ところでみんなは、マコス隊長の階級を知っているかな?」
「えっと……」
「ぼく知ってる! 緑士だよ」
「そうだな。では、アリーシャさんは?」
「黒兵!」
そう言った女の子を、アリーシャが後ろから抱きしめた。女の子が嬉しそうに悲鳴を上げる。
「その通りだ。では、兵団の階級を上から順に、誰か言えるかな」
「えっと、一番偉いのが……白将!」
「ハクショーイ!」
一番年少の女の子、セリアが、突然くしゃみをした。
「風邪か?」
「ううん、大丈夫」
「そうか……それで、白将の次が?」
「えっと、黒将、緑将、青将、赤将……それから……」
「白士だよ。それで、黒士、緑士、青士、赤士、それから白兵、黒兵、緑兵、青兵、赤兵」
「良く知っているな。それでは、なぜ兵団の階級には色の名前が付くか、誰か知っているかな?」
「知らなーい!」と子ども達。
「知らなーい!」とアリーシャ。
「嘘……!?」
ヘレが信じられないという顔をしながら、アリーシャに小声で言う。兵士にとっては、常識である。
「嘘に決まってるでしょ」
アリーシャが小声で返す。
「この二人にしゃべらせた方が、面白いのでは……まあ、良いか。それでは、兵団の階級の名称、その由来について話すことにしよう。さて、三百年前、かの大戦争の時のことだが……」
セリア「メイザさんって、『つんでれ』ってやつ?」
エーデ「別に、あんたのこと嫌いなわけじゃないんだからね!?」
カドル「何か間違ってるような……それってツンなの、デレなの?」




