表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第二章 地の神と風の神
14/36

神の存在を疑う

 タウロンがやってくるようになって一ヶ月ほど経ったある日、レッコーはふと、風の神の神官に尋ねた。

「タウロン師、風の神の教えとはどういうものですか?」

 タウロンはちょっと、アイナとブラドロの方を見やった。が、すぐにレッコーの方へ顔を戻した。

「……地の神ギムデの教えが『とにかく信じろ』ということなら、風の神セイルの教えは『まずは疑え』だと言える。セイルは知恵の神であり、『自分自身で考える』ということを最も重んじる」

「疑えという教義ですか?」

「そうだ。これはなかなか徹底していて、教義さえ疑え、ということになっている。わたしの理解では、セイルの教義で最も重要なのは、『気を付けよ、教義の中にさえ悪魔の言葉が紛れ込む』というものだ」

「それでは、何を信じたら良いんですか?」

「教義を全て学び、その上で、それぞれについてそれが神の真意かどうかを考える。そうして一人一人が、真の教義を見極めなければならない、ということになっている。そもそも教義とは、偉大なるいにしえの預言者が神より預かった言葉のことだが、預言者が神の意図を正しく受け取ったという保証はないし、その教義が今に至るまで正しく伝えられているという保証もない。そこは、疑ってかからなければならないのだ。預言者達の他に、神の言葉を聴いた者もいないわけだしな」

「神の言葉を聴いた、という話なら、結構あるんじゃないですか? 〈聖剣の勇者〉とか」

「確かにそれはそうだ。だから、『いない』と言うわけにはいかなかったな。だが、そういった者達が本当に神の言葉を聴いたかどうか、それは判らないわけだ。聖剣の勇者ホルガトロは火の神ヴァンの信徒だったが、ヴァンは狂気の神でもあるしな……ホルガトロは結局、魔族の巣窟にひとりで乗り込んで、帰ってこなかったわけだし……」

「ひどい言われようですね、聖剣の勇者」

 いつの間にか手を休めていたブラドロが、口を挿んだ。だが今日のタウロンは、『訓練を続けろ』とは言わなかった。

 アイナも、少し離れた所で話を聴いている。

「ともかく、セイルの信徒は、教義の真偽を自分で考えなければならないわけだ。これはなかなか、苦しい修行だよ。で、そのための手段のひとつとして、他の神の教義を学んだりする」

「他の神の教義ですか?」

「そうだ。ギムデの教義に『信仰の違いによって他者を攻撃するな』というのがあるが、セイルの教義では、さらに積極的に『異なる信仰から学べ』といっている。他の神の教義と比べてみることで、セイルの教義の妥当性が検証できる、こともある、というわけだな。だからわたしも、地の神ギムデの教義、火の神ヴァンの教義、水の神レムドクの教義、光と闇の神ハンワーンの教義と、おおよそ学んで把握している」

「それでギムデの教義を、頑固だなどとおっしゃったんですね」とアイナ。

「だから、それは撤回するよ。司祭は頑固だけど」

「また頑固って言った!」

「……このように、『まずは疑え』というのが、セイルの教えだ」

 タウロンが、少し厳しい表情になって、話を続ける。

「もちろん、疑うのは教義ばかりではない。常識、慣習、既存の制度、そして人の言葉」

 アイナが一瞬、びくっと体を震わせた。

「――しかし、疑うことは、目的ではない。疑うことは、より良く生きるための手段だ。常識や慣習、既存の制度を疑うことで、人は、自身や社会をより良くすることができる。そして人の言葉を疑うのは、その人を否定することではない。その人のことを良く理解し、向けるべき信頼を向けるために、まず疑ってみることが必要なのだ。人をただ丸ごと信じるというのでは、相手を否定もしていないが、肯定することもできないのだ。そのような信頼は、あってないのと同じだ」

「いや……」

 震えながら、アイナが呻いた。『神を信じよ、同様に人を信じよ』――それが、彼女がずっと守ってきた教えである。

 だがタウロンは、レッコーに向かって話し続けた。

「そして、人にとって疑うということは、ごく自然なことでもある。地の神の神殿で育った君には、違和感があるかもしれないが……自分に関わるものを疑い、より良く生きようとするのは、人の人たる証とさえ言える。そして、神を身近に感じようと思えば、神をも疑うことになる」

「神を疑う?」

「そうだ。古の預言者は、セイルの言葉を預かった。しかし、それが本当だと、どうやって確かめられる? また、それが確かめられないのなら、セイルの存在を信じる根拠は何だ?」

「それは……」

「レッコー、それは、考えてはいけないことよ!」

 突然、アイナが叫んだ。

「他の神の信徒にとっては、そうだ」タウロンが、平然とした顔で続ける。「だがセイルの教義では、考えてはならないこと、疑ってはいけないものはない、とされている。たとえ、神の存在についてでもね」

 そう言って、タウロンはレッコーの顔をじっと見た。

「……おれ達は、神と直に接することはできません」

 レッコーが、考えながら答える。

「だから神の存在は、証明することも、否定することもできないんだと思います。それでもおれは、神の存在を信じたいと思います。それは、『信じる』というより『受け容れる』といった方が近いかもしれませんが」

「これは面白い。わたしと同じ考えに行き着いたな。わたしも、神の存在は、信じるものではなく受け容れるものだと思っている。神の存在を疑いながら、しかし受け容れる、それがわたしの信仰だ。つまりわたしは、神官なのに、神の存在を『信じていない』わけだな。……ところで、今話したことは、セイルの教えについてのわたしなりの理解だ。わたしは風の神の神官だから、君には、わたしの話をも疑うことを勧める」

 そこでタウロンは、少し考えるように間を置いた。

「……今日はこれで、解散にしようか」

 そう言って、アイナとブラドロの方へ目を向ける。つられるように、レッコーもそちらを見た。

 アイナは引きつった表情で屈み込み、かすかに震えていた。ブラドロが心配そうな顔をして、寄り添っている。

 タウロンは、厳しい顔つきのまま、立っていた。

「地の神と風の神……」

 レッコーが呟いた。




ほら吹き次回予告


 幕末の水戸藩に迷い込んだレッコーは、水戸烈公こと徳川斉昭と共に幕府の改革に乗り出す。しかし斉昭は幕府を追われ、他方では倒幕の動きが勢いを増していた……!

 次回、『ほら吹き少年と司祭』第三章「二人の烈公」

 お楽しみに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ