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ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第二章 地の神と風の神
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お姉さんに良いトコ見せなさい

「昨日はこの子が失礼なことを申し上げて、申し訳ありませんでした」

 女性兵士のアリーシャはそう言うと、レッコー達に深々と頭を下げた。その隣で、ヘレも神妙な顔をして頭を下げる。

「いや、わたしは別に気にしておりませんが……」

 タウロンはそう言いながら、アイナとブラドロの方へ目をやった。

「わたしども兵団が、皆様の信仰をないがしろにすることは決してありません。それはどうかご理解ください」

 そう言って、アリーシャはまた頭を下げた。そして、突っ立ったままのヘレの尻を叩く。ヘレも再び頭を下げる。

「わたしももう、気にしていませんわ」アイナが穏やかに言った。「どうか、頭をお上げください」

(おや? わたしの時と、随分態度が違うな……)

 タウロンは思ったが、口には出さずにおいた。

「タウロン様のからかうようなおっしゃりようも、いけなかったのですし」とアイナ。

「なるほど、それなら仕方ありませんね」

 ブラドロも頷いた。

「……」

 怒っていなかったはずのタウロンが、憮然とした顔付きになる。

「お許しいただき、ありがとうございます」とアリーシャ。「昨日、この子、なんだか困ったような顔をして帰ってきたんですの。それで、どうしたのか訊いたんですが、なかなか言わないもので……二、三発お尻をひっぱたいたら、ようやく白状しましたわ」

「はあ」

 なにやら急に快活にしゃべりだしたアリーシャに、タウロンが返事をする。

 レッコーは、二人の女性兵士を見比べた。アリーシャは、ヘレと歳はそう違わず、二十五歳くらいと見える。また、二人とも整った顔立ちをしているが、雰囲気はまるで違っていた。ヘレは無口で無表情、対してアリーシャは活発そうである。

 月と太陽。レッコーはふと、そう思った。

「ところが、この子ったら意地っ張りで――」すっかり明るい表情になったアリーシャが、話を続ける。「謝りに行かなきゃいけないって分かってるのに、ひとりじゃ行けないんですの」

「わたしは、ひとりで行くって言った」ヘレがぼそっと言った。

「そう?」とアリーシャ。

 ひとりではやっぱり来られなかったんじゃなかろうか、とレッコーは思った。

「ともかくそういったわけで、ヘレの付き添いとして伺ったわけです。これでもわたし、マコス隊の副官を務めておりますので」

「なるほど、わざわざどうも」とタウロン。

「あれ、確かメイザさんも、マコス隊長の副官でしたよね?」

 ふと、レッコーが口を挿んだ。メイザのことはある程度知っているが、このアリーシャと話したことはほとんどない。

「そうなのよ」とアリーシャ。「でも、役割が違うの。メイザは、隊長の参謀兼護衛。そしてわたしは、隊長がいない時、隊を分けた時の指揮ね」

「なるほど」

「つまり隊長は、メイザをそばに置いといて、わたしは遠ざけてるってわけね!」アリーシャが、いたずらっぽい顔になって言う。「ねえ、これどう思う? わたしって魅力ないのかしら?」

「ええと……」

「やだ、冗談よ!」

 そう言いながら、アリーシャは声を立てて笑った。

 レッコー、アイナ、タウロンが途惑ったような表情を浮かべる。

「アリーシャさんは綺麗ですけど、メイザさんはもっと美人ですよね」

 ブラドロが言った。

「あら、随分正直じゃない」と言って、アリーシャがまた笑う。

「まあ、一番綺麗なのはヘレさんですけどね」

 そう言ったブラドロを、ヘレが黙って睨んだ。

「……良いから君は、訓練を続けたまえ」

「はーい」

 タウロンに言われて、ブラドロはいつもの岩に向かう。

「それにしてもヘレったら、何か訊き出す時も、この調子なんだから――」

 言いながら、アリーシャはまた、無表情なヘレの尻を叩いた。なぜ叩いたのか、レッコーには分からなかった。

「何か意図があるって、ばれても仕方ありませんよね。騙すならもっと、うまく騙さないと」

「……あなた、何しに来たんです?」

 タウロンが、疲れたように訊いた。

「いやだ、冗談ですわ!」

 アリーシャはまた、笑い声を上げた。そして、「ちょっと見物させてもらおうかしら」と言いながら、ヘレを引っ張ってブラドロのそばへ行ってしまった。

「あの二人……」

 ふいに、タウロンがレッコーにだけ聞こえるように言った。

「我々を見張りに来たのかもしれないな」

「そうなんですか?」

「分からんが、わたしはヘレさんに警戒されているし、それに、魔力刃は戦いの術としてはかなり強力だからな。何より、彼女らもそう暇ではあるまい」

 タウロンはそう言いながら、ヘレとアリーシャの方へ目をやった。ヘレはブラドロのロアーク拳法を、興味深そうに観察している。

「ほら、お姉さんに良いトコ見せなさい!」

 そしてアリーシャは、術の威力が低いのがつまらないのか、しきりにブラドロを励ましている。

「やりづらいなあ……」

 ブラドロがぼやいた。

「見ててもあんまり面白くないわね。ブラドロさん、なんか他のことやらないの?」

 そんなことを言い出したアリーシャを、ヘレが「邪魔したら駄目よ」と黙らせようとする。

「いや……」

 タウロンが、途惑いながら言った。

「暇なのかな?」



「なんであなたが、ここにいらっしゃるんですか?」

 アイナが不機嫌そうな顔で、タウロンに訊いた。同じ日の夕方、場所は寺院の広い食堂である。

「ブラドロ君の指導の礼にと、ファルゴ殿にお呼ばれしたんだ。というか、さっきブラドロ君がそう言っていただろう」

 タウロンが答える。

「気に食わないから、言ってみただけですわ」

 きっぱりと言うアイナに、タウロンが苦笑する。

「あの方と一緒だと、アイナは少し元気になるようだね」

 少し離れた所で、カルエレがレッコーに話しかけた。

「お前、ひょっとして、あの方を連れてきたのは、アイナを元気付けるためというのもあったんじゃないのかい?」

「……アイナ司祭は普段、周りの心配ばかりして、自分の感情を外に出しません。怒りや苛立ちでも、出せる相手がいるなら、出した方が良いんです。タウロン師は、うまく受け止めてくださっています」

 前日のゲーンとの一件以来、レッコーとブラドロはタウロンを「タウロン師」と呼ぶようになっていた。半分は敬意、半分は冗談である。

「なるほどね、お前は本当に賢いよ。その賢さを、自分のために使えたら良いんだが……気持ちを押さえ込んでいるのは、お前の方じゃないのかい?」

「おれのことは良いんです。本当なら、アイナ司祭が怒りをぶつけるのはおれのはずだけど、そうはしてくれないから、せめて、少しでも元気になってくれれば……」

「だが、お前が元気にならなくては、アイナも元気が出ないかもしれないね。あの子は、お前のことがお気に入りだから」

「司祭が、おれのことを?」

「そうさ。みんなに分け隔てなく接しようとしているが、良く見ていると、そういうふうに見えるね」

「……」

「二人で、何話してるのよ?」

 ふいに、エーデがレッコーとカルエレの間に割り込んできた。

 みんなエーデのことが大好きだって話さ。レッコーはそう言おうとしたが、嘘をつかないという誓いを思い出し、黙ってエーデの頭をなでた。

「ちょっと! 子ども扱いしないでくれる!?」

 エーデは真っ赤になってわめいた。

「ごめんなさいねえ、わたし達までお呼ばれしちゃって」

 アリーシャが、誰にともなく言った。そのそばで、ヘレが居心地悪そうにたたずんでいる。

「……呼んだのですか?」

 タウロンが、ファルゴとブラドロにだけ聞こえるように言った。

「いや、わたしが呼んだのは、タウロン殿だけだが」

 ファルゴが首をひねる。

「ぼくもそう言ったはずなんですが、なんだか、いつの間にか、付いてきちゃって……」とブラドロ。

「まあ、一人二人増えても構わないさ」

 ファルゴがこともなげに言った。

(寺院の内情を探りに来た……?)タウロンは思った。(いや、いくらなんでも考えすぎか……)

「あら、アリーシャ! どうしたの?」

 と、女性の僧侶が一人やってきて、アリーシャに声をかけた。

「ヴェネ! 久しぶりね!」

 アリーシャが答える。

 そこへもう一人、女性の僧侶が加わった。互いに、近況を語り始める。寺院の最近の動向が、あっという間に明らかになった。

(スパイがいるぞ……!)

 タウロンは思ったが、口には出さずにおいた。



 この日以来、タウロンは度々、寺院で夕食を共にするようになった。その際、なぜかアリーシャとヘレもやってくることがあった。アリーシャの明るく闊達かったつな性格は、カレド村の子ども達に歓迎された。子ども達が喜ぶので、僧侶達の方でもなんとなく「まあ良いか」ということになっている。

「食費が浮いて、助かるわあ」

 ある日、レッコーはアリーシャがそう言うのを耳にしたような気がしたが、聞かなかったことにしておいた。


カドル「なんだかまた、強い人が来たね」

セリア「アイナ様もかなり強くなってるのにね」

エーデ「男どもはもうちょっと、頑張った方が良いわね」


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