お姉さんに良いトコ見せなさい
「昨日はこの子が失礼なことを申し上げて、申し訳ありませんでした」
女性兵士のアリーシャはそう言うと、レッコー達に深々と頭を下げた。その隣で、ヘレも神妙な顔をして頭を下げる。
「いや、わたしは別に気にしておりませんが……」
タウロンはそう言いながら、アイナとブラドロの方へ目をやった。
「わたしども兵団が、皆様の信仰をないがしろにすることは決してありません。それはどうかご理解ください」
そう言って、アリーシャはまた頭を下げた。そして、突っ立ったままのヘレの尻を叩く。ヘレも再び頭を下げる。
「わたしももう、気にしていませんわ」アイナが穏やかに言った。「どうか、頭をお上げください」
(おや? わたしの時と、随分態度が違うな……)
タウロンは思ったが、口には出さずにおいた。
「タウロン様のからかうようなおっしゃりようも、いけなかったのですし」とアイナ。
「なるほど、それなら仕方ありませんね」
ブラドロも頷いた。
「……」
怒っていなかったはずのタウロンが、憮然とした顔付きになる。
「お許しいただき、ありがとうございます」とアリーシャ。「昨日、この子、なんだか困ったような顔をして帰ってきたんですの。それで、どうしたのか訊いたんですが、なかなか言わないもので……二、三発お尻をひっぱたいたら、ようやく白状しましたわ」
「はあ」
なにやら急に快活にしゃべりだしたアリーシャに、タウロンが返事をする。
レッコーは、二人の女性兵士を見比べた。アリーシャは、ヘレと歳はそう違わず、二十五歳くらいと見える。また、二人とも整った顔立ちをしているが、雰囲気はまるで違っていた。ヘレは無口で無表情、対してアリーシャは活発そうである。
月と太陽。レッコーはふと、そう思った。
「ところが、この子ったら意地っ張りで――」すっかり明るい表情になったアリーシャが、話を続ける。「謝りに行かなきゃいけないって分かってるのに、ひとりじゃ行けないんですの」
「わたしは、ひとりで行くって言った」ヘレがぼそっと言った。
「そう?」とアリーシャ。
ひとりではやっぱり来られなかったんじゃなかろうか、とレッコーは思った。
「ともかくそういったわけで、ヘレの付き添いとして伺ったわけです。これでもわたし、マコス隊の副官を務めておりますので」
「なるほど、わざわざどうも」とタウロン。
「あれ、確かメイザさんも、マコス隊長の副官でしたよね?」
ふと、レッコーが口を挿んだ。メイザのことはある程度知っているが、このアリーシャと話したことはほとんどない。
「そうなのよ」とアリーシャ。「でも、役割が違うの。メイザは、隊長の参謀兼護衛。そしてわたしは、隊長がいない時、隊を分けた時の指揮ね」
「なるほど」
「つまり隊長は、メイザをそばに置いといて、わたしは遠ざけてるってわけね!」アリーシャが、いたずらっぽい顔になって言う。「ねえ、これどう思う? わたしって魅力ないのかしら?」
「ええと……」
「やだ、冗談よ!」
そう言いながら、アリーシャは声を立てて笑った。
レッコー、アイナ、タウロンが途惑ったような表情を浮かべる。
「アリーシャさんは綺麗ですけど、メイザさんはもっと美人ですよね」
ブラドロが言った。
「あら、随分正直じゃない」と言って、アリーシャがまた笑う。
「まあ、一番綺麗なのはヘレさんですけどね」
そう言ったブラドロを、ヘレが黙って睨んだ。
「……良いから君は、訓練を続けたまえ」
「はーい」
タウロンに言われて、ブラドロはいつもの岩に向かう。
「それにしてもヘレったら、何か訊き出す時も、この調子なんだから――」
言いながら、アリーシャはまた、無表情なヘレの尻を叩いた。なぜ叩いたのか、レッコーには分からなかった。
「何か意図があるって、ばれても仕方ありませんよね。騙すならもっと、うまく騙さないと」
「……あなた、何しに来たんです?」
タウロンが、疲れたように訊いた。
「いやだ、冗談ですわ!」
アリーシャはまた、笑い声を上げた。そして、「ちょっと見物させてもらおうかしら」と言いながら、ヘレを引っ張ってブラドロのそばへ行ってしまった。
「あの二人……」
ふいに、タウロンがレッコーにだけ聞こえるように言った。
「我々を見張りに来たのかもしれないな」
「そうなんですか?」
「分からんが、わたしはヘレさんに警戒されているし、それに、魔力刃は戦いの術としてはかなり強力だからな。何より、彼女らもそう暇ではあるまい」
タウロンはそう言いながら、ヘレとアリーシャの方へ目をやった。ヘレはブラドロのロアーク拳法を、興味深そうに観察している。
「ほら、お姉さんに良いトコ見せなさい!」
そしてアリーシャは、術の威力が低いのがつまらないのか、しきりにブラドロを励ましている。
「やりづらいなあ……」
ブラドロがぼやいた。
「見ててもあんまり面白くないわね。ブラドロさん、なんか他のことやらないの?」
そんなことを言い出したアリーシャを、ヘレが「邪魔したら駄目よ」と黙らせようとする。
「いや……」
タウロンが、途惑いながら言った。
「暇なのかな?」
「なんであなたが、ここにいらっしゃるんですか?」
アイナが不機嫌そうな顔で、タウロンに訊いた。同じ日の夕方、場所は寺院の広い食堂である。
「ブラドロ君の指導の礼にと、ファルゴ殿にお呼ばれしたんだ。というか、さっきブラドロ君がそう言っていただろう」
タウロンが答える。
「気に食わないから、言ってみただけですわ」
きっぱりと言うアイナに、タウロンが苦笑する。
「あの方と一緒だと、アイナは少し元気になるようだね」
少し離れた所で、カルエレがレッコーに話しかけた。
「お前、ひょっとして、あの方を連れてきたのは、アイナを元気付けるためというのもあったんじゃないのかい?」
「……アイナ司祭は普段、周りの心配ばかりして、自分の感情を外に出しません。怒りや苛立ちでも、出せる相手がいるなら、出した方が良いんです。タウロン師は、うまく受け止めてくださっています」
前日のゲーンとの一件以来、レッコーとブラドロはタウロンを「タウロン師」と呼ぶようになっていた。半分は敬意、半分は冗談である。
「なるほどね、お前は本当に賢いよ。その賢さを、自分のために使えたら良いんだが……気持ちを押さえ込んでいるのは、お前の方じゃないのかい?」
「おれのことは良いんです。本当なら、アイナ司祭が怒りをぶつけるのはおれのはずだけど、そうはしてくれないから、せめて、少しでも元気になってくれれば……」
「だが、お前が元気にならなくては、アイナも元気が出ないかもしれないね。あの子は、お前のことがお気に入りだから」
「司祭が、おれのことを?」
「そうさ。みんなに分け隔てなく接しようとしているが、良く見ていると、そういうふうに見えるね」
「……」
「二人で、何話してるのよ?」
ふいに、エーデがレッコーとカルエレの間に割り込んできた。
みんなエーデのことが大好きだって話さ。レッコーはそう言おうとしたが、嘘をつかないという誓いを思い出し、黙ってエーデの頭をなでた。
「ちょっと! 子ども扱いしないでくれる!?」
エーデは真っ赤になってわめいた。
「ごめんなさいねえ、わたし達までお呼ばれしちゃって」
アリーシャが、誰にともなく言った。そのそばで、ヘレが居心地悪そうにたたずんでいる。
「……呼んだのですか?」
タウロンが、ファルゴとブラドロにだけ聞こえるように言った。
「いや、わたしが呼んだのは、タウロン殿だけだが」
ファルゴが首をひねる。
「ぼくもそう言ったはずなんですが、なんだか、いつの間にか、付いてきちゃって……」とブラドロ。
「まあ、一人二人増えても構わないさ」
ファルゴがこともなげに言った。
(寺院の内情を探りに来た……?)タウロンは思った。(いや、いくらなんでも考えすぎか……)
「あら、アリーシャ! どうしたの?」
と、女性の僧侶が一人やってきて、アリーシャに声をかけた。
「ヴェネ! 久しぶりね!」
アリーシャが答える。
そこへもう一人、女性の僧侶が加わった。互いに、近況を語り始める。寺院の最近の動向が、あっという間に明らかになった。
(スパイがいるぞ……!)
タウロンは思ったが、口には出さずにおいた。
この日以来、タウロンは度々、寺院で夕食を共にするようになった。その際、なぜかアリーシャとヘレもやってくることがあった。アリーシャの明るく闊達な性格は、カレド村の子ども達に歓迎された。子ども達が喜ぶので、僧侶達の方でもなんとなく「まあ良いか」ということになっている。
「食費が浮いて、助かるわあ」
ある日、レッコーはアリーシャがそう言うのを耳にしたような気がしたが、聞かなかったことにしておいた。
カドル「なんだかまた、強い人が来たね」
セリア「アイナ様もかなり強くなってるのにね」
エーデ「男どもはもうちょっと、頑張った方が良いわね」




