肩書き
その翌日も、四人は寺院の裏手の丘の上に集まった。ブラドロは魔力刃を発動させながら、岩をさする。レッコーは息を吸ったり吐いたりしながら、精神の緊張と弛緩を繰り返す。もう少し練習すれば、魔力の流れをなんとなく感じられるようになるらしい。
アイナも、二人の様子を眺めながら、レッコーと同じ訓練をするようになった。が、タウロンが声をかけると嫌そうな顔をするので、タウロンは口を出さないことにした。
「まあ、司祭はある程度魔力の流れを意識できるようだし、問題あるまい」
タウロンは、ちょっとつまらなそうに言ったものだった。
アイナはここへ来る前に、再びカドルを誘ってみたのだが、やはり来なかった。
「そういえば……」
ふと、レッコーが口を開いた。精神の緊張と弛緩は、話しながらでも訓練できる。むしろ、どんな状況でも魔法を使えるためには、そのくらいはできなければならない。
「タウロン様は、司祭ですか、僧侶ですか?」
「これは難しいことを訊く」とタウロン。
「いや……難しいことを訊いたつもりは、全くありませんが」
「では逆に訊くが、司祭と僧侶の違いは何かな」
「え……?」
レッコーは言葉に詰まった。司祭も僧侶も身近にいるが、そんなことは考えたこともない。
「司祭と僧侶の違いですって?」
いつの間にか手を休めていたブラドロが、近寄ってきた。
「君は分かって当然だろう。良いから、訓練を続けたまえ」
「はーい」軽い返事をして、戻っていく。
「司祭は、神殿にいて……」レッコーが、考え考え言う。「僧侶は寺院にいると思います」
「うん、まあ、その通りだな。では、神殿と寺院はどう違う?」
「ええと……」レッコーはまた考え込んだ。「神殿は石造りですが、寺院は主に木で建てられています。それに、柱の並び方や、屋根の形も違います」
「うーん、それは祀っている神や地域によって色々だし、何より本質ではないな」とタウロン。「神殿は祭祀を主な目的とした施設であり、対して寺院の主たる役割は修行の場であることなのだ。また、神殿は多くの人が訪れるが、寺院には部外者はあまり入らない。従って、司祭の役割は人々の助けとなること、僧侶の目的は己を高めること、と見なすことができる。もっとも、寺院でも当然祭祀を行うし、神殿で行う修行というのもあるけどね」
「なるほど、そう言われると良く分かります」
レッコーが頷く。確かに、カレド村の神殿にも村の人々が度々やってきて、カルエレに相談事をしたりしていた。
「それで結局、タウロン様は何なんですか?」
「……わたしは今のところ、神殿にも寺院にも属していないんだ。まあ、以前神殿で修行していたから、どちらか、といえば司祭かなあ。あるいは、司祭と僧侶を合わせて『神官』と呼ぶが、これならわたしも含まれるだろう」
「なんだか曖昧ですね」
「そもそもわたしは、司祭と僧侶という区別を、大して重要とは思っていないんだ。神を祀り、教えを説き、困っている人がいれば助ける。そして己を修める。肩書きはどうあれ、やるべきことは変わらないからね」
「しかし、司祭や僧侶には細かい階級があって、お互いに肩書きを気にしているようですが」
「それは神を信仰せず、地位を信仰しているのだ。真の信心があれば、人の定めた肩書きなど、神の御前では無意味ということが分かるはずだ。……そうだな、例えば君の司祭は、『今は司祭補だけど、いずれは正司祭、高司祭になりたい』などと言ったことがあるかね」
レッコーはアイナの方を振り向いた。アイナは黙って、二人の話を聴いている。
「いえ、アイナ司祭がそんなことを言うのは聞いたことがありません」
「そうだろうと思う。それは、人の定めた地位などにこだわっていないからだ。そしてわたしもそうなのだ」
「なるほど、これは耳が痛い」
突然すぐそばから声がかかったので、四人はびっくりして振り向いた。いつからそこにいたものか、六十歳ほどと見える男がひとり、立っていた。
「助法官!」
ブラドロが声を上げた。タルーブのギムデ寺院の長、ゲーン助法官である。
「いや、失礼。ブラドロの様子を見にきたのですが、興味深いお話をされているようだったので、ここで拝聴していました」
ゲーンがタウロンに言う。
「ブラドロのことは、わしも気になっておったのです。しかし、時間を取ってやることもできずにいたのですが――それが、優れた魔術師の指導を受けることになったというので、ちょっと様子を見にきたのですが、なかなか丁寧に見ていただいているようで、安心しました」
「恐縮です」
「それにしても、先ほどのお話、実に耳が痛い。このわしもなかなか欲心が捨てきれず、今は助法官だが、いずれは法官から大法官、助法正くらいにはなりたいもの、などと考えてしまいます。この歳になると、皆から尊敬されたい、などという欲が出てくるのですな」
「……」
タウロンは少し焦ったような顔をして、聴いている。
「しかし、タウロン師――」
「『師』などと……おやめください」
「では、タウロン殿とお呼びしよう。タウロン殿、『自分は地位になどこだわらない』と自分で言うというのも、それはそれで、なかなか胡散臭いものです。それは、行動によって、周囲が判断することではありませんか」
「……おっしゃる通りです。恐れ入りました」
そう言って、タウロンは頭を下げた。
ゲーンは、ほほえみながら頷いた。
「なかなか、人物もできた方のようだ。この者達のこと、よろしくお願いいたします」
そう言うと、ゲーンは寺院の方へ引き返していった。
「すごい人物がいたものだ……」
タウロンが、心から感心したというように言った。
「ゲーン師のおっしゃる通りだ。さっき言ったようなことは、口に出して言うべきことではなかったのだ。どうも、調子に乗って余計なことを言ってしまうのが、わたしの欠点だな」
「それで司祭とも喧嘩になってますしね」とレッコー。
「そうだな。まあ半分は、司祭が頑固だからだけどね」
「またわたしのこと頑固って言った!」
「これは失礼……おや、また誰か来るぞ」
タウロンの言葉に、レッコーは再び寺院の方へ目をやった。女性が二人、登ってくる。
「あれは、ヘレさんと……アリーシャさん?」
「タウロン氏!」
「『氏』などと……わたしはそういう人種じゃない!」
「wwww」




