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ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第二章 地の神と風の神
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肩書き

 その翌日も、四人は寺院の裏手の丘の上に集まった。ブラドロは魔力刃を発動させながら、岩をさする。レッコーは息を吸ったり吐いたりしながら、精神の緊張と弛緩を繰り返す。もう少し練習すれば、魔力の流れをなんとなく感じられるようになるらしい。

 アイナも、二人の様子を眺めながら、レッコーと同じ訓練をするようになった。が、タウロンが声をかけると嫌そうな顔をするので、タウロンは口を出さないことにした。

「まあ、司祭はある程度魔力の流れを意識できるようだし、問題あるまい」

 タウロンは、ちょっとつまらなそうに言ったものだった。

 アイナはここへ来る前に、再びカドルを誘ってみたのだが、やはり来なかった。

「そういえば……」

 ふと、レッコーが口を開いた。精神の緊張と弛緩は、話しながらでも訓練できる。むしろ、どんな状況でも魔法を使えるためには、そのくらいはできなければならない。

「タウロン様は、司祭ですか、僧侶ですか?」

「これは難しいことを訊く」とタウロン。

「いや……難しいことを訊いたつもりは、全くありませんが」

「では逆に訊くが、司祭と僧侶の違いは何かな」

「え……?」

 レッコーは言葉に詰まった。司祭も僧侶も身近にいるが、そんなことは考えたこともない。

「司祭と僧侶の違いですって?」

 いつの間にか手を休めていたブラドロが、近寄ってきた。

「君は分かって当然だろう。良いから、訓練を続けたまえ」

「はーい」軽い返事をして、戻っていく。

「司祭は、神殿にいて……」レッコーが、考え考え言う。「僧侶は寺院にいると思います」

「うん、まあ、その通りだな。では、神殿と寺院はどう違う?」

「ええと……」レッコーはまた考え込んだ。「神殿は石造りですが、寺院は主に木で建てられています。それに、柱の並び方や、屋根の形も違います」

「うーん、それはまつっている神や地域によって色々だし、何より本質ではないな」とタウロン。「神殿は祭祀さいしを主な目的とした施設であり、対して寺院の主たる役割は修行の場であることなのだ。また、神殿は多くの人が訪れるが、寺院には部外者はあまり入らない。従って、司祭の役割は人々の助けとなること、僧侶の目的は己を高めること、と見なすことができる。もっとも、寺院でも当然祭祀を行うし、神殿で行う修行というのもあるけどね」

「なるほど、そう言われると良く分かります」

 レッコーが頷く。確かに、カレド村の神殿にも村の人々が度々やってきて、カルエレに相談事をしたりしていた。

「それで結局、タウロン様は何なんですか?」

「……わたしは今のところ、神殿にも寺院にも属していないんだ。まあ、以前神殿で修行していたから、どちらか、といえば司祭かなあ。あるいは、司祭と僧侶を合わせて『神官』と呼ぶが、これならわたしも含まれるだろう」

「なんだか曖昧ですね」

「そもそもわたしは、司祭と僧侶という区別を、大して重要とは思っていないんだ。神を祀り、教えを説き、困っている人がいれば助ける。そして己を修める。肩書きはどうあれ、やるべきことは変わらないからね」

「しかし、司祭や僧侶には細かい階級があって、お互いに肩書きを気にしているようですが」

「それは神を信仰せず、地位を信仰しているのだ。真の信心があれば、人の定めた肩書きなど、神の御前みまえでは無意味ということが分かるはずだ。……そうだな、例えば君の司祭は、『今は司祭補しさいほだけど、いずれは正司祭せいしさい高司祭こうしさいになりたい』などと言ったことがあるかね」

 レッコーはアイナの方を振り向いた。アイナは黙って、二人の話を聴いている。

「いえ、アイナ司祭がそんなことを言うのは聞いたことがありません」

「そうだろうと思う。それは、人の定めた地位などにこだわっていないからだ。そしてわたしもそうなのだ」

「なるほど、これは耳が痛い」

 突然すぐそばから声がかかったので、四人はびっくりして振り向いた。いつからそこにいたものか、六十歳ほどと見える男がひとり、立っていた。

「助法官!」

 ブラドロが声を上げた。タルーブのギムデ寺院の長、ゲーン助法官である。

「いや、失礼。ブラドロの様子を見にきたのですが、興味深いお話をされているようだったので、ここで拝聴していました」

 ゲーンがタウロンに言う。

「ブラドロのことは、わしも気になっておったのです。しかし、時間を取ってやることもできずにいたのですが――それが、優れた魔術師の指導を受けることになったというので、ちょっと様子を見にきたのですが、なかなか丁寧に見ていただいているようで、安心しました」

「恐縮です」

「それにしても、先ほどのお話、実に耳が痛い。このわしもなかなか欲心が捨てきれず、今は助法官だが、いずれは法官ほうかんから大法官だいほうかん助法正じょほうせいくらいにはなりたいもの、などと考えてしまいます。この歳になると、皆から尊敬されたい、などという欲が出てくるのですな」

「……」

 タウロンは少し焦ったような顔をして、聴いている。

「しかし、タウロン師――」

「『師』などと……おやめください」

「では、タウロン殿とお呼びしよう。タウロン殿、『自分は地位になどこだわらない』と自分で言うというのも、それはそれで、なかなか胡散臭いものです。それは、行動によって、周囲が判断することではありませんか」

「……おっしゃる通りです。恐れ入りました」

 そう言って、タウロンは頭を下げた。

 ゲーンは、ほほえみながら頷いた。

「なかなか、人物もできた方のようだ。この者達のこと、よろしくお願いいたします」

 そう言うと、ゲーンは寺院の方へ引き返していった。

「すごい人物がいたものだ……」

 タウロンが、心から感心したというように言った。

「ゲーン師のおっしゃる通りだ。さっき言ったようなことは、口に出して言うべきことではなかったのだ。どうも、調子に乗って余計なことを言ってしまうのが、わたしの欠点だな」

「それで司祭とも喧嘩になってますしね」とレッコー。

「そうだな。まあ半分は、司祭が頑固だからだけどね」

「またわたしのこと頑固って言った!」

「これは失礼……おや、また誰か来るぞ」

 タウロンの言葉に、レッコーは再び寺院の方へ目をやった。女性が二人、登ってくる。

「あれは、ヘレさんと……アリーシャさん?」



「タウロン氏!」

「『氏』などと……わたしはそういう人種じゃない!」

「wwww」


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