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ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第二章 地の神と風の神
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精神と呼吸

「魔力とは何か、知っているかな」

 タウロンが、レッコーとブラドロに問うた。

「ええと、魔法を使うのに必要な力、ですかね」

 ブラドロが答える。

「では、その力はどこから得られる?」

「自分の中から湧き出てくるものじゃないんですか?」

 今度はレッコーが答えた。

「ふうん、やはり君も、ほとんど原理を知らないんだな。魔法を誰に教わった?」

 タウロンに問われて、レッコーは、アイナの方をちらっと見やった。アイナが目をらす。

「……では司祭も、良く聴いておくと良い。魔力とは、大自然を循環する力だ。魔力は常に流れ、あらゆるものの中に入り、また出ていく。この魔力を利用して何らかの現象を起こす技術、それが魔法だ」

 タウロンはそこで二人の顔を見、また話を続けた。

「さて、ここで重要なのは、魔力の総量は常に一定だということだ。人が魔法を使っても、魔力は増えもしなければ減りもしない。魔力はただ、その流れによって何らかの現象を起こすだけなのだ。……しかし我々は、無制限に魔法を使い続けることはできない。それは、魔法のエネルギー源が使い手の体力だからだ。走り続ければ息が切れる。魔法を無限に使えないのは、それと全く同じことなのだ」

 タウロンはまた、レッコーとブラドロの顔を見た。ここまでのことは理解できているらしい。なかなか賢い、と思った。

「では次に、『魔法力』について説明しよう。魔法を使うためには、それに必要な魔力を、自分の体に取り込まなければならない。自然に流れ込んでくる魔力で足りれば良いのだが、それでは足りない場合も多い。また、自然に流れ込んでくる魔力の量には、個人差がある。この個人差を、『魔法力』という。つまり、魔法力が高いとは、多くの魔力が流れ込み、また出ていくということだ。これだと、大量の魔力を必要とする魔法を比較的楽に使える」

「すると、ブラドロのロアーク拳法の威力が低いのは、その魔法力が低いからですか?」

 レッコーが質問する。

「と、思うだろう? ところがブラドロ君の魔法力は、かなり高い。わたしほどではないが、司祭よりずっと上だし、レッコー君よりも高いな」

「あれ、司祭よりおれの方が上なんですか?」とレッコー。「司祭の方が、魔法は得意ですが」

「それは技術の問題だ。ブラドロ君についてもね。つまり訓練を積めば、意識的に魔力を集められるようになるのだ。ただし、そうやって集められる魔力の量にも、魔法力が関わってくる。つまり、魔法力が高いほど、集められる魔力の量、すなわち一度に使える魔力の量も多いわけだな。そしてこの魔法力は、訓練で高められないこともないが、おおよそ生まれつきで決まる……が、ブラドロ君はその点、心配する必要はない。では最後に、その意識的に魔力を集める方法だが――」

 タウロンはそう言いながら、大きな岩のそばへ歩み寄った。

「――人間の場合、精神状態が魔力の流れ込む量に影響を与える。普通、精神を緊張させると魔力の流れが多く、激しくなる。これは多くの人が、経験的に知っていることだな。意識を集中させると攻撃魔法への耐性が上がるというのも、魔力の流れが激しくなって、体の周囲に流れの乱れが生じるからだ。……しかし実は、ブラドロ君の場合、緊張するばかりだからまずいんだね。弛緩している時もないと、魔力の勢いが高まりきらず、かつ不安定になるんだ。精神は呼吸と同じだ。吸ってばかりでは、息が詰まる」

 タウロンが、杖の先を岩に向ける。

「まず精神を落ち着け、魔力の流れを穏やかにし……」

 そう言って、タウロンは大きく息を吐いた。レッコーとブラドロも、それに倣う。アイナもつられて、息を吐き出した。

「それから一気に集中力を高める」

 タウロンが鼻から大きく空気を吸い込み、目を見開いた。レッコー、ブラドロ、アイナも、その真似をする。(ちょっと愉快な光景だな)とレッコーは思ったが、口には出さずにおいた。

 息をぐっと止めていたタウロンが、呪文を唱える。と、杖の先が光に包まれた。タウロンはそのまま、ゆっくり杖で岩を突いた。杖が、何の抵抗もなく岩に突き刺さっていく。

 タウロンはそこでまた口から息を吐くと、杖を引き抜いた。光はすでに消えており、岩には、杖の太さより一回り大きな穴が穿たれていた。

「精神の弛緩と緊張をうまく行うと、魔力刃まりょくじんは、まあこの程度の威力にはなる」

「すごい!」

 ブラドロが感激して言った。

「すごい!……けど、なんというか……」レッコーが、ちょっと首をかしげる。「魔法の発動様式の話は、要らなかったのでは?」

「そんなことはないよ」とタウロン。「魔力刃の修行に直接の関係はなくても、魔法一般に関する基礎知識があるのとないのとでは、大分違う。それは、おいおい実感できるはずだ……では、今日はここまでにしようか。今晩寝る前に、今日学んだことを思い返してみるように」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 タウロンに礼を言ってから、ブラドロは先ほどの岩に近付き、タウロンの穿った深い穴に指を突っ込んでみた。

「ふうん、ぼくも修行すれば、このくらいできるようになるのかなあ……あ!」

「どうした?」

 いきなり大声を上げたブラドロに、レッコーが訊く。

「いや、この岩、寺院の庭石にしようかって話が……」

「……」



 翌日から、ブラドロはタウロンの指導の下、魔力刃の出力を高める訓練を始めた。タウロンはブラドロに、ほとんど魔力刃だけを練習させ、また自分の見ていない所でロアーク拳法を使うことを禁じた。「魔力を扱う練習にはちょうど良いが、危険な術ではあるからな」というのが、タウロンの言う理由だった。

 レッコーはブラドロの訓練を見物しながら、自分も魔力を扱う訓練をし、時々タウロンに見てもらっていた。アイナはそんなレッコー達の様子を不機嫌そうな顔で眺めていたが、タウロンが優れた魔術師であることは認めているらしかった。

 タウロンが来るようになって五日ほど経ったその日も、ブラドロは魔力刃を発動させながら、タウロンが穴を穿った岩をさすっていた。時々瞬間的に出力が高まるらしく、その度に岩の表面が削れる。

「ボコボコになっちゃったけど、良いのか……? ところで、アイナ司祭――」

 呼吸に合わせて精神の弛緩と緊張を繰り返す練習をしながら、ブラドロの訓練を見ていたレッコーが、アイナに声をかけた。

「カドルに、〈治癒術〉を教えているらしいね」

「ええ、あの子が、習いたいって言って」

 アイナが答える。

「そうなんですか? それなら、ここで一緒にやれば良いのに」

 いつの間にか手を休めていたブラドロが、言った。

「良いから君は訓練を続けたまえ。君はあまり、時間も取れないことだし」とタウロン。「それはともかく、もう一人くらいなら見てやれるぞ」

「わたしもそう言ったのですが、カドルは、『戦いのための魔法は見たくない』と申しまして……」

「なるほど、まあ、気持ちは分かるな」

 タウロンが頷く。カレド村のいきさつについては、おおよそ話してある。

「だが、〈治癒術〉は危険な術でもあるのだ。魔力を多く使うからな。正しく使わないと、自分の命を縮めることになる……よし、近い内に、行って見てやろう」

「そうしていただけると、助かりますわ」

「いやなに、ものはついでだ」

「まあ、暇ですしね、レッコーのおかげで」

「やかましいよ……おや、誰か来るな」

 タウロンの言葉に、一同は丘のふもとの寺院の方角へ目をやった。女性が一人、登ってくる。

「あれはヘレさん……?」

 レッコーが言う。

「ははあ、すごい魔術師がやってきたって聞きつけて、あれをしに来たんだな」

「……あれとは?」

 タウロンがそう訊いている間に、ヘレは坂道をどんどん近付いてきていた。

「あなたが、神官のタウロン様?」

 ヘレが訊く。

「いかにもそうですが、あなたは?」

「わたしは、この町を守るマコス隊の隊員で、ヘレといいます」

 少し厳しい表情、淡々とした口調で、ヘレが言う。

「わたしと立ち合っていただきたい」


 この世界の魔法は、水車のイメージです。水はその流れによって水車を回しますが、水そのものは増えも減りもしないわけです。

 それでは、海の水が蒸発して雲に戻るという現象は、何に当たるのでしょうか。そのあたりに、精霊の秘密があるのかもしれません。


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