転生したらレジ横のホットスナックコーナーだった件
ある朝、七瀬純一が気がかりな夢から目ざめたとき、自分がコンビニのレジ横のホットスナックコーナーに変わってしまっているのに気づいた。
右側にはフライヤーがあった。
油温は百七十度だった。
なぜ分かるのかは分からなかった。ただ、百六十九度でも百七十一度でもなく、百七十度であることだけは確かだった。
正面には保温ケースがあり、ななチキが四枚、揚げ鶏が二枚、からあげ棒が六本、アメリカンドッグが三本、牛肉コロッケが三個並んでいた。
どうやら、からあげ棒が三十円引きのセール中らしい。
純一はしばらくそのことについて考えた。
からあげ棒が三十円安いことと、自分がホットスナックコーナーになってしまったことのどちらを先に問題にすべきか、判断がつかなかった。
とりあえず身体を動かしてみようと思った。
動かなかった。
もう一度やってみたが、同じだった。
手も足もなかった。
正確には、手や足に相当する部分がどこなのかが分からなかった。フライヤーは自分であるように思えたし、その横に積まれている紙袋も、自分の一部のような気がした。しかしトングについては、少し違った。自分のものではあるが、自分ではないようだった。
声も出なかった。
これが本当のコンビニ人間ってわけね、と嘯いてみても状況は変わらないのだった。
純一は四十一歳だった。
妻と、小学四年生の娘がいた。
三十五年で組んだ住宅ローンはまだ二十九年残っていた。変動金利だった。固定へ切り替えるべきかどうか、これまで三回ほど調べたことがあったが、三回とも結論は出なかった。
新NISAでは毎月五万円を積み立てていた。長期投資なので価格を頻繁に見る必要はないと理解していたが、大きく下がった日は見るし、大きく上がった日にも見ていた。
健康診断では、去年からLDLコレステロールに小さな印がついていた。再検査というほどではなかった。したがって、何もしていなかった。
今年から人間ドックにしてもよかったのだが、胃カメラを鼻から入れるか口から入れるか決めかねて、予約画面を閉じたままになっていた。
有給休暇は十六日残っていた。
会社からは取得を促されていた。
休む日の仕事を誰がやるのかについては、特に案内がなかった。
娘の中学受験については、妻と二度話した。娘本人はまだよく分かっていなかった。塾の費用を調べたところで、二度目の話し合いは終わった。
父は七十二歳で、まだ車に乗っていた。母はもう運転をやめさせたいと言っていた。父は来年にはやめると言っていた。
去年も同じことを言っていた。
実家のことも、いずれ三歳下の妹と話さなければならなかった。
こうしたことを一通り思い出してから、純一は、どれも今はどうにもならないことに気づいた。
それより、ここがどこなのかを確認する必要があった。
店内ではなかった。
そもそも店がなかった。
正面には舗装されていない道が一本あり、その向こうには草原が広がっていた。少し離れたところに林があり、見たことのないほど幹の太い木が何本も生えている。
空は晴れていた。
電線もなかった。
駐車場もなかった。
看板もなかった。
電源コードもなかった。
それでもフライヤーは動いていた。
純一はこの点について少し考えたあと、考えるのをやめた。
大学生のころ、純一は三年ほどコンビニでアルバイトをしていた。
駅前の店だった。
夕方から夜にかけて入ることが多く、レジ、品出し、清掃、宅配便、公共料金、たばこ、ホットスナックと、一通りのことはやった。
特別に楽しいアルバイトではなかった。
酔った客も来たし、レジ袋が有料になる前から袋の入れ方に文句を言う客はいた。
からあげ棒を落としたこともあった。
油の処理は夜勤の仕事だった。大変だという話だけは何度も聞いていた。
それでも今、ケースの中の商品を眺めていると、どの時間帯にどの程度の数を並べておけばいいかという感覚が、妙に鮮明に残っていることに気づいた。
今は朝らしかった。
この時間なら、からあげ棒六本は少し多い気がした。
そのことを考えていると、下部の冷凍庫らしき扉が開いた。
中から、まだ白く霜のついたコロッケが三個出てきて、フライヤーにセットされていた金属製の籠へ収まった。
その上から、押さえ網が被さった。
純一はそれを覚えていた。コロッケには必要だった。
扉が閉じた。
少しして、籠が油の中へ下がった。
誰もいなかった。
純一は驚くべきところなのだろうと思った。
しかし、コロッケを揚げるならこうするほかないので、特に不自然だとも思わなかった。
規定時間が経つと、籠は自動で上がった。
油が切られた。
それから三個のコロッケは、空いていたバットへ移された。
その一連の工程には、店員の手だけがなかった。
純一には、それが正しい仕込みなのだと分かった。
昼に備えたのだろう。
誰が備えているのかは分からなかった。
しばらくすると、道の向こうから人が来た。
最初、純一はずいぶん背の高い女性だと思った。
次に、耳が長いことに気づいた。
革の外套を着て、大きな荷物を背負っている。髪は薄い金色で、腰には短剣があった。
女は純一を見つけると立ち止まった。
そのまま十分ほど動かなかった。
純一も動かなかった。
動けなかった。
女はゆっくり近づいてきた。
正面からケースを覗き込み、横へ回り、背面を調べ、また正面へ戻った。
フライヤーから音がすると、一歩下がった。
その反応が、純一には少し懐かしかった。
新人アルバイトも最初は油を怖がるものだった。
女は三十分ほど純一の周囲を歩き回った。
最後に、背面のスライド扉を開いた。
開くのだ、と純一は思った。
女はトングを持った。
からあげ棒を一本取った。
匂いを嗅いだ。
しばらく考えた末に、先端を少しだけ齧った。
それから、全部食べた。
「……おいしい」
女は言った。
純一には聞こえた。
声が聞こえるということは、自分には耳に相当する機能もあるらしかった。
女はもう一本取ろうとしたが、やめた。
代わりにアメリカンドッグを一本取った。
そちらも食べた。
ケチャップとマスタードは使わなかった。
純一は少し気になった。
女はその日、金を払わなかった。
もっとも、レジはなかった。
翌日、また来た。
今度は男を一人連れていた。
三日目には三人になった。
一週間すると、純一の前で食べ物を口にすることに、誰もそれほど警戒しなくなった。
最初のエルフは、レジーナという名前らしかった。
他の者がそう呼んでいた。
彼女は毎日のように来た。
からあげ棒をよく食べた。
二週間ほどすると、彼女は木箱を持ってきて純一の横に置いた。
客は食べ物を取る前に、そこへ銅貨を入れることになった。
レジーナが客にそう説明していたので、決めたのもおそらく彼女だった。
値段も彼女が決めたらしい。
純一の身体には値札がついていた。
しかし、この世界で百九十八円がいくらに相当するのかは分からなかった。
レジーナはその辺を適当に処理したようだった。
それから、純一の横で飲み物を売り始めた。
陶器の壺に入った薄い果実酒と、水だった。
飲み物はよく売れた。
ホットスナックは喉が渇くので、当然だった。
純一は大学時代、飲料とホットスナックを同時購入する客が多いことを知っていた。
レジーナも間もなく知ったらしかった。
翌月には、小さな屋台ができた。
半年後には屋根ができた。
屋根は純一の上まで延びていた。
雨がケースに当たらなくなったので、純一としても悪いことではなかった。
一年ほどすると、道の反対側に宿が建った。
さらに一年すると、鍛冶屋と雑貨屋ができた。
純一の周囲を通る人間は増えていった。
昼になると列ができた。
列を整理する者が雇われた。
レジーナはもう自分で飲み物を売っていなかった。
代わりに若い人間の男が二人、同じ色の前掛けをして働いていた。
純一には、制服のように見えた。
三年目には、地面が石畳になった。
馬の蹄の音が変わった。
五年目には、衛兵が立つようになった。
七年目には、純一を囲うように、正面を広場へ開いた大きな建物が建った。
正面の梁には、純一を簡略化したらしい紋章が掲げられていた。
フライヤーと保温ケースを図案化したものだった。
かなり違っていた。
ただ、伝えたいことは分かった。
そのころになると、純一のことを「聖櫃」と呼ぶ者が増えていた。
なぜ聖なのかは分からなかった。
ななチキは以前と同じだった。
魔術師も来た。
神官も来た。
石板を持った学者も来た。
彼らは純一の周囲に器具を並べ、呪文を唱え、油を少量採取し、紙袋を持ち帰った。
「魔力がない」
「だが動いている」
「食物が尽きない」
「神の御業ではないか」
結局、そういう話になった。
純一としては、神の御業というより業務用厨房設備だった。
しかし説明する方法はなかった。
十年目の冬、初めて肉まんが現れた。
純一自身も少し驚いた。
朝になると、それまで存在しなかった中華まんスチーマーが左側に増えていた。
そこには肉まんとピザまんが入っていた。
神官たちは大騒ぎした。
冬の到来に合わせて聖櫃が新たな恵みを授けた、と発表された。
純一は冬季商材だと思った。
その年から、冬の祭りが始まった。
肉まんを最初に買う権利を巡って、かなり高額の寄付が集まった。
純一には関係のないことだった。
そのころには、レジーナは会頭と呼ばれていた。
最初に着ていた外套はもう着ていない。代わりに細かな刺繍の入った服を着て、いつも三、四人を連れていた。
それでも、ときどき一人で純一のところへ来た。
そしてからあげ棒を一本取った。
彼女は昔から、からあげ棒を好んだ。
⸻
二十年ほど経つと、純一の周囲は完全に町になっていた。
町の名前には、純一の知らない古い言葉で「聖なる油」とか「恵みの炉」とかいう意味が含まれているらしかった。いくつか説があり、案内人によって説明が違ったので、純一は途中から気にしなくなった。
朝になると、近所の者が仕事へ行く前に寄っていった。昼は職人や荷運びの男が多く、夕方になると商店を閉めた者や旅人が増えた。子供はアメリカンドッグをよく欲しがった。年寄りにはコロッケがよく出た。
午後五時を過ぎると、からあげ棒の売れ行きがよくなる。
その傾向は二十年前と変わらなかった。
人間の生活というものは、世界が違っても夕方になると腹が減るらしい。
売れ方に合わせて、仕込みも勝手に変わった。夕方が近づくと朝より多い本数がまとめてフライヤーへ入り、油を切ってからケースへ並べられた。雨の日は少なく、祭りの日は多かった。
純一自身は、その判断に一度も参加していなかった。
参加していないのに、今日は少ないとか、この時間ならもう一度仕込んでもよさそうだとかいうことだけは分かるようになっていた。
たいてい、その少しあとに身体の方が同じ判断をした。
自分より自分の方が仕事ができる、と純一は思った。
⸻
何年かすると、広場の向こうで大規模な工事が始まった。
石を運ぶ荷車が朝から何度も往復し、細かな埃を舞い上げた。
最初は新しい市場でも作るのかと思っていた。
完成したのは城壁だった。
純一のいる場所を囲うには大きすぎた。町そのものを囲ったらしい。
草原まで続いていた景色の一部が石壁で塞がれ、出入口には大きな門がついた。
そのころ、レジーナが通ると門の衛兵が敬礼するようになった。
彼女の馬車にも紋章がついていた。
純一を図案化したものとは別の紋章だった。
もう、荷物を自分で背負って歩くことはなかった。
⸻
その後、広場の近くに白い石の神殿が建った。
塔の鐘が朝と夕方に鳴った。
神殿には純一を模した像が置かれ、フライヤーらしき部分から炎が上がっていた。
純一のフライヤーから炎が上がったことは一度もなかった。
冬になると、その像には肉まんが供えられた。
買ったばかりのものをそのまま置いていくので、冷めるともったいないと純一は思った。
翌年からは、供えたあとで食べてもよいという決まりになったらしい。
その方がよかった。
⸻
人間たちは、少しずつ入れ替わっていった。
最初に純一の前で列を整理していた若者は、いつの間にか腹が出ていた。
やがて髪が白くなり、立ち仕事をしなくなった。それでも時々店先に出てきて、若い者のやり方に口を出していた。
ある日を境に来なくなった。
代わりに、顔のよく似た男が仕事を取り仕切るようになった。その男が子供のころから純一は見ていたので、たぶん息子だった。
その男にも子供ができた。
気づけば、その子供が前掛けをつけて働いていた。
純一は彼らの名前をすべて覚えてはいなかった。
顔は分かった。
ある日の昼、白髪の老人が小さな男の子を連れてきた。
「爺さんも、お前くらいのころ、ここで初めて食べたんだ」
老人はアメリカンドッグを指さした。
純一には、その老人のことが分かった。
昔、アメリカンドッグを食べ終えたあと、棒まで齧ろうとして母親に止められた子供だった。
老人は孫にアメリカンドッグを買った。
孫は最後まで食べて、棒を捨てた。
その方が正しかった。
⸻
広場にレジーナの像が立ったのは、その少し後だった。
石像の彼女は長い外套を翻し、片手を遠くへ伸ばしていた。
純一が最初に会ったとき、レジーナは大きな荷物を背負って、からあげ棒を食べるかどうか三十分近く迷っていた。
そのあたりは像には反映されていなかった。
除幕式には本人もいた。
像より本人の方が若く見えた。
エルフは長寿だと、ずいぶん前から聞いていたが、本当らしかった。
少し前まで会頭だったはずなのに、周囲の者は彼女を「公爵閣下」と呼んでいた。
式典が終わると、彼女は純一のところへ来た。
この日は一人ではなかった。
後ろにいた男が代金を払い、レジーナはからあげ棒を一本だけ取った。
像の除幕式の日くらい、無料でもよいのではないかと純一は思った。
もっとも、最初に値段を決めたのも彼女だった。
⸻
戦争が始まったことを、純一は誰かから正式に知らされたわけではなかった。
ある時期から、鎧を着た男が増えた。
広場に馬が何十頭も並び、鍛冶屋は夜遅くまで音を立てていた。いつも客を整理している者とは別に、兵士が純一の周囲へ配置されるようになった。
兵士には、からあげ棒がよく売れた。
片手で食べられるのがよいのだろう。
アメリカンドッグもそれなりに出たが、ケチャップとマスタードを鎧に落とす者が何人かいた。
遠征へ出る前の日には、仕込み量が目に見えて増えた。
純一の身体は何を根拠に翌日の需要まで知っているのか分からなかったが、翌朝になると本当に長い列ができた。
兵士たちは町を出ていった。
しばらくすると、戻ってくる者が増えた。
出ていったときより人数が少なく、怪我をしている者が多かった。
そのうち、町の外から人が押し寄せるようになった。
広場には布を張っただけの寝床が並び、神殿の前にも怪我人が寝かされた。
パンも肉も足りないという話を、純一は何度も聞いた。
純一のところだけは、何も変わらなかった。
客が増えたので、仕込みが増えた。
からあげ棒も、ななチキも、コロッケも、必要なだけ用意された。材料が尽きることはなかったし、油が不足することもなかった。
食料が不足している間、純一の前には朝から夜まで列ができた。
フライヤーは休まず動いた。
純一はいつもより忙しかった。
忙しいという表現が正しいのかは分からなかった。
本人は何もしていなかった。
⸻
戦争が終わると、広場で式典があった。
鐘が一日中鳴り、花が撒かれた。
純一の前にも立派な服を着た者が何人も並び、長い演説をした。
どうやら純一は町を救ったことになっているらしかった。
純一には、いつもより多く揚げただけのように思えた。
記念像を建てるという案もあったようだった。
しかし、純一自身がすでにそこにいるため、像をどこへ置くのかで揉めた。
最終的に像は作られなかった。
代わりに屋根が新しくなった。
以前のものより高く、柱も太かった。
純一はその方が実用的だと思った。
⸻
さらに何十年か経ったころ、レジーナは「殿下」と呼ばれるようになっていた。
その少し後、昔から王都と呼ばれていた遠方の都市から、一団がやってきた。
馬車には金色の装飾があり、兵士の数もこれまでとは違った。
その中心にいた男が、レジーナの前で跪いた。
周囲も一斉に静かになった。
何か重要なことが起きているらしい。
その日は揚げ鶏がよく出た。
しばらくして、レジーナを「陛下」と呼ぶ者が現れた。
最初は何かの聞き違いかと思った。
何度か聞いたので、そうではなかった。
⸻
百年ほど経ったころには、純一が最初に見た草原はどこにもなかった。
林もなくなっていた。
代わりに石造りの建物が何重にも並び、広場には大きな噴水があった。街道だった道は、何台もの馬車が同時に通れる大通りになっている。
純一を見るためだけに、遠くから訪れる者もいた。
案内人が何十人かの客を集め、純一を指した。
「こちらが、建国以前から存在する聖なる厨房でございます」
いつの間にか建国もしていたらしい。
そう言われてみれば、広場の向こうに掲げられた旗には、フライヤーと保温ケースを図案化した紋章が入っていた。
以前から見ていたので、純一は町の旗だと思っていた。
国旗だった。
レジーナは、今ではめったに来なかった。
来る日は事前に分かる。
朝から衛兵が増え、広場の掃除がいつもより念入りになり、一般の客が一時的に別の列へ誘導された。
やがて大きな馬車が止まり、レジーナが降りてくる。
最初に会ったころより多少大人びてはいたが、人間ならせいぜい十年か十五年ほど年を取ったようにしか見えなかった。
最初の日、彼女が着ていた外套の肘には小さなほつれがあった。
純一はまだそれを覚えていた。
今では、彼女が歩くだけで何十人も後ろについてきた。
それでも、ごく稀に人払いをして一人で残ることがあった。
ケースを開ける。
からあげ棒を一本取る。
最初の一口だけ、少しゆっくり噛む。
百年前と同じだった。
⸻
純一は日本のことを忘れたわけではなかった。
ただ、思い出す頻度は減っていた。
もし日本でも同じだけの時間が経っているなら、妻はもう生きていないだろう。
娘も、おそらくそうだった。
住宅ローンについて心配する必要も、もうなかった。
自分が突然いなくなったあと、あのローンが実際にはどう処理されたのかは知らない。団体信用生命保険が使えたのか、失踪扱いになったのか、そのあたりの制度を純一はきちんと調べたことがなかった。
新NISAの口座がどうなったのかは少し気になった。
父の車も、さすがにもう処分されているはずだった。
実家を妹がどうしたのかも知らない。
人間ドックの予約は結局しなかった。
今になって考えると、胃カメラが鼻からでも口からでも大した違いではなかった気がする。
妻の顔は覚えていた。
娘が九歳のときの顔も覚えていた。
ただ、声を思い出すのに、ときどき少し時間がかかるようになった。
そのことは悲しかった。
純一はしばらく考えた。
しかし、悲しさには処理の仕方がなかった。
人間だったころにも、似たようなことは多かった。
住宅ローンを固定にするべきか。
娘に受験をさせるべきか。
父から車を取り上げるべきか。
管理職を目指すべきか。
休みを取るべきか、仕事を終わらせるべきか。
老後のために金を残すべきか、それとも元気なうちに使うべきか。
どれも、どの状態が正しいのかよく分からなかった。
一方で、油には適温があった。
商品には適切な数があった。
売れる時間帯があり、次を仕込むべき頃合いがあった。油が古くなれば交換され、汚れれば清掃された。
少なければ増えた。
多ければ増やさなかった。
何かが起これば、それに対して何をするべきかが決まっていた。
しかも、純一自身が決める必要さえなかった。
それが幸福なのかは、結局よく分からなかった。
ただ、正常であることだけは分かった。
*
ある日の午後、広場に小さな女の子が来た。
母親らしい女と手をつないでいた。
女の子はケースを覗き込み、すぐにアメリカンドッグを指さした。
「これがいい」
「昨日も食べたでしょう」
「今日も食べたい」
母親は少し迷ったあと、金を払った。
包みを受け取った女の子は、嬉しそうに広場の端へ走っていった。
純一は、娘も同じくらいの年齢のころ、コンビニへ行くとアメリカンドッグを欲しがったことを思い出した。
ケチャップとマスタードは半分くらい余らせていた。
一度、自分で開けたいと言って、服に飛ばしたことがあった。
妻が笑った。
娘も笑った。
純一も笑ったはずだった。
あれは何年前だっただろう。
百年以上前だった。
純一はしばらくそのことを考えていた。
その間にも、客は来た。
ななチキが二枚売れた。
からあげ棒が三本売れた。
コロッケは一つしか売れなかった。
午後の客足から見て、コロッケはこれ以上増やさなくていいようだった。
しばらくすると、フライヤー脇の籠が動き始めた。
からあげ棒が六本、次の仕込みに入った。
純一には、それがちょうどいい数だと分かった。
油温は百七十度だった。
今日も適正だった。




