その21:絶望と小さな歩み
――通りがかりの僅かな水辺の近く。
宿から出て1日、天気は快晴だけど
目的地へ急ぐ為、次の日はを通り過ぎ野宿する道を選んだ。
一晩私とアサコが雪洞で過ごした後の朝。
自分の姿を見た”アサコ”が泣いてしまった。
だから私…草田が前に出て涙を抑えていた。
氷の下で流れる川と氷にわずかに反射したその姿。
以前と同じ黒い鎧と兜にサングラスという感じだった。
兜を外すと…すごく頭が寒くて。
そして…"みじんも"学校時代、そして髪の痕跡がなかった。
こんなの、ひどすぎるって私も思う。
だってさ、私ですら、すれ違っても気が付かない。
全く同じ身長なのに…魔法のアームガードで
腕が少し太く見えるし、体は鎧がごつすぎる。
これじゃたぶん、天才のフィエル君ですら見逃すし…
見た目的にこれじゃ絶対に結婚出来ないだろう。
つまり偶然の希望もなくして”アサコ”は泣いていた。
「そこは危険よ。離れなさい黒騎士。」
サバイバル番組でも言ってたっけ。
氷の上…落ちるようなところに行くなって。
クレバス…そうだ氷の溝にも注意しないと。
魔法がある分マシだけど…転落骨折は勘弁。
「戻りました、隊長!」
敬礼がこの世界のルールに適応するか分からず、
直立して話す。
雪原に少し覗く青い氷…その下に川。
赤い服と黒い鎧は目立つ、急いで移動しないとさ。
危険だよね。
「…泣いてるわよ。」
わたしか”アサコ”が泣いていれば勝手に涙が出てしまう…
すこし不便だね。ア…サコは擦り切れてないからさ。
「歩きましょう、その間に泣かせてください。」
――そしてしばらくして。
大雪原から緩やかな雪林地帯まで降りてきた。
ここまで来れば、雪崩の危険も薄くなってきた。
焚火を囲みながら、風を避けつつ体を温めていた。
私も…アサコの悲しみに当てられて
何もしゃべれない状態になってしまった。
ずっと同じ体で見守っていた私ですら見通せなかった。
あの時と同じだ。
軍で戦うという夢を失いかけて、それで脚が動かなくなった時と同じだ。
…縋るものが無いんだ。
この子、すごく優しくて真面目だから。
私とヤハリン隊長にしか、縋れないんだ。
…かわる?
返事がなかった。
せめて出てくれば、ヤハリン隊長に甘えられると思ったけど
それじゃだめみたい。
11年間から呪いに関わる物事を除くと
もう二人しか。
空想の中ですら縋れなくて、ただただ泣いているんだ。
この子の気を引けるものは何だろう。
私はヤハリンさんの荷物入れを見て…
「アントワーヌ。元気?」
人形を握りながら、語りかけた。
"草田さん、名前…あ、人形…"
顔も手足もない、ぶっちゃけ髪の束。
それでもこの子は昔、自分を模したお人形を
心の支えにしていた。
随分、何もかもなくしちゃった見た目だけど
これが今の"アントワーヌ"。
そして私は…細めの石を見つけて、人形にぶっ刺した。
これが手。
「あら…アントワーヌにアントワーヌ7番を繋げたの。
面白い見た目じゃない。アサコ。」
ヤハリンさんが不思議なことを言い出した。
「アントワーヌ7番?」
「そこらじゅうの石に名前を付けてるのよ。
沢山アントワーヌを作るの。」
"ぶっ"
アサコが笑った…そうだ、私の能力を伝えないと。
「何故かはわかりませんけど、出来ることがあるので伝えたいです。
名前を付けていない手ごろな石はありますか?」
ヤハリンさんはそこら辺の石を拾って、差し出してきた。
拾って、雪で付いた土をひと拭き…効果があるかは知らない。
魔力をこめて熱々にして…冷まして、チートパンを作った。
千切ってみせて、口に入れる。
「こうやって過ごしてきたんです。
食べ物が全くなくて、1か月ぐらい。」
ヤハリンさんは私を驚いて見つめていた。
私は石パンをその手に私、
ヤハリンさんは呆然と渡された石パンの感触を確かめていた。
口の中がムニムニ、握っても気持ちいいかもしれない。
※食品ではなく、信頼できる健康に害のないものを握ってください。
真似しないようにね!
"石パン食べたい。"
それを聞いて、主導権をアサコに渡した。
――空気がきれいだ。
草田さんのお陰で、少し立ち直れたかな。
揺らめくあったかい火の近くだと安心する。
たとえ魔法の鎧があっても、顔の近くはずっと寒い。
片手に残った石パンを剣を抜いて挿して、焚火に近付ける。
鉄の容器で水を沸かすヤハリン隊長がそのパンを少しずつ食べていた。
なんて、暖かいんだろう。
あれ…私、ショックで…半分記憶喪失になってる。
草田さんの言っていることがよくわからなかった。
それぐらい…昔のことが本気で思い出せない。
まるで自分で思い出さないって決めたら
頭が本当に一晩で全て片付けてしまったような状態。
でも、火の揺らめきも雪の煌めきも冷たく舞い踊る風も
この不思議なパンも剣も鎧も。
全てが…えっと…私を幸せの方に手招いていた。
何だか体が軽い。
こんなに空気が軽い。
草田さん、高所だと空気が薄いって言ってたけど
多分そういう事じゃなくて。
うん、今ここで立って走っても
多分見える範囲なら誰も咎めない、だから軽いんだ。
髪が無いからでも無いと思う。
禿サングラスでも、鎧の重量は感じるから。
"少しずつ重量には慣らしてきたもんね。
私からその軽さの正体、教えようか?"
うんん、自分で考える。
その方が軽い気がするから。
"わかってんじゃん。"
へへ。
――このパンは…
私初めてこんな魔法を見たわ。
一応、魔法使いを今やってるんだけど…私。
クサダの魔法…これは凄いわ。
本当に、食料になるのなら…というより
これぐらいしないと生き残れなかったという事かしら。
ムニムニとした食感。
こんな石を食事に、ほんとに?
「この石だけを食べてここまで過ごしたの?」
草田は首を振った。
黒い鎧だけ見るとまるで大人が隣にいる様に錯覚するけど
11歳なのよね。
「1か月。幼虫と、みみずと動物の血も食べた。」
ポトリ…とパンが手から落ちた。
この子はどれほどまでに、絶望の日々を過ごしたのだろうか。
ギルドに居た2時間ではそこまで詳しく聞いていなかった。
家から数日間、歩いて逃げてきた位の感覚だった。
そんな私を気にも留めず、剣を持ち上げて炙ったパンを引き抜くクサダが
急に尊く見えた。
ただの元貴族の子供じゃない。
必死で…強い子だ。
っち、ヤハリン。
何適当に考えてたのよ。
この子を呪いから避難させたら、学園か実家に殴り込んででも
呪いを解消させてやるべきでしょうが。
それぐらいの覚悟でやりなさい。自分に言い聞かせる。
その時、焼かれたパンが私に差し出された。
「落ちたのは焼いて食べます。
こっちを食べますか?
食感が変わって美味しいですよ。」
上目遣いのサングラスの下からのぞく青と緑の瞳が
ただただ美しく感じた。




