第8話 戦闘:ゴブリン
「カーク! 君は右をカバーしろ!」
「了解!」
ゼイン殿下はアルバルド様に指示を出し、自らの腰にあった剣を抜いた。
「風よ、我は断つ! エンチャント!」
続けて、流れるように魔術式を描く。
魔術式の構築と詠唱を同時に行い、最後は二本の指で剣の腹を撫でた。
すると、殿下の剣に風が纏う。
あれは第四階梯特殊魔術『エンチャント・ウィンド』だ。
剣に鋭利な風を纏わせ、剣の切れ味を上げる魔術である。
「ギャギャギャ!」
準備を終えた殿下に向かってゴブリンが迫る。
ゴブリンは片手に持った棍棒を振り上げ、殿下の頭部を狙うが――
「ハァァッ!!」
ゴブリンの一撃を鮮やかに躱し、返しに相手の胴体を一刀両断。
「す、すご……」
王族の方ってこんなにも凄い戦いをしちゃうの?
一緒に戦っている騎士や冒険者よりも一撃が鋭いように見えるのだけど……。
ただ、殿下以上に猛威を奮っているのがアルバルド様の方だった。
「フッ!」
二体掛かりで迫るゴブリン達に対し、短く息を吐いたアルバルド様は一刀で二体を切り裂く。
スポポーンっと二つの首が宙を舞ったのだ。
更に彼が一歩踏み出すと、また襲い掛かってきたゴブリンの首がスポーンと飛ぶ。
すごいを通り越して怖すぎる……。
「私も援護しますわよ!」
「え!? クロフト様も!?」
やる気満々のクロフト様は右手で黄色い宝石? のような物を握り締めて――
「来たれ、巨人の剛腕! クリエイト・ゴーレム!」
黄色の魔力で魔術式を構築し、詠唱を終えると彼女が握っていた黄色い宝石が発光する。
それを空中で手放した瞬間、地面にあった土が宝石へ吸い込まれるように集まっていって。
完成したのは、まさしく巨人の腕と言わんばかりの大きな片腕。
「汚らわしい魔物め! 私が退治して差し上げますわ!」
土で作られた剛腕はクロフト様の動きに合わせて動き出し、彼女がその場でパンチを繰り出すと……。
「ギギ、ギ――」
巨大な拳がゴブリンの顔面に叩き込まれる!
メキョッ! って音が似合うほど、強烈な一撃を喰らったゴブリンは来た道を引き返すように飛んでいき、後方にあった太い木に激突してしまう。
激突しても尚、衝撃は収まらず……。ゴブリンの体は地面を何度もバウンドした上、衝突した木にはトマトをぶつけたような跡が残っていた。
「は、はわわ……」
威力だけで言えば、クロフト様の一撃は殿下やアルバルド様を超えているだろう。
「鬱陶しいですわね!」
彼女が煙を払うように手を振れば、それに連動した巨大腕がゴブリンをバシバシと弾き飛ばす。
と、とんでもない……。
あれは魔術なのだろうか? それともクロフト侯爵家が築き上げた錬金術の一つ?
「僕も何かした方が……」
見ているだけでは、と思いながら周囲を見やる。
僕達の後方には馬車を運転していた御者さんとホープライン様がいて、二人は鞄から瓶を取り出していた。
あれは薬かな?
後に備え、僕も治療の準備を手伝った方がと考えた時――視界の端に違和感が映った。
そちらをよく見れば、木の陰に隠れながらクロフト様を狙うゴブリンの姿が。
「クロフト様!」
彼女は気付いていない!
「ギャギャギャッ!」
ゴブリンが奇襲をかけるべく、木の陰から飛び出した瞬間。
僕は焦りながら彼女の元へ走る。
「危ない!」
「え!?」
クロフト様へ抱き着くように飛び込み、彼女を片手で抱き抱えて。
もう片方の腕は無意識にゴブリンへと伸びる。
――助けに入ったが、どうする!?
非力で戦闘経験皆無の僕が、ここからどうやってゴブリンを退ける!?
自問自答すると、すぐに答えが出た。
僕の中にいるもう一人の僕が囁くのだ。
『ゴブリンを燃やせるだけの種火を作ればいい』
その答えに応じるべく、脳と体は自然に動き出す。
「燃えろッ!!」
掌から飛び出したのは、拳サイズの種火――いや、もはやこれは火球だ。
第一階梯攻撃魔術『ファイアボール』に似た火の玉がゴブリンとの間に生み出され、相手がそれに接触した瞬間――
「―――」
ゴブリンは断末魔すら上げられないくらい、一瞬で灰に。
この現象について驚きはない。
もっと重要なのはクロフト様の方だ。
「大丈夫ですか!?」
「え、ええ……」
クロフト様は目を点にしながら縮こまっていらっしゃる。
そりゃ当然だ。
どれだけ凄い魔術を使おうとも、家が爵位を持っていたとしても、彼女は僕と同い歳の女性なのだから。
ゴブリンに殺されそうになれば恐怖もしよう。
「ギャギャギャッ!!」
恐怖するクロフト様を恰好の獲物と見たのか、更にゴブリン達が姿を晒して向かってくる。
「クロフト様、大丈夫ですからね!」
僕が守らなきゃ。
さっきと同じようにすれば、僕にだってゴブリンを倒せるはずだ。
「火球……」
先ほどと同じ大きさ、火力を持った火球を生み出して、相手が来るのを――待ってられない。
飛ばす!
「いけッ!」
火球に飛べと命じると、それは凄まじい速さで真っ直ぐ飛んでいく……が。
「は、外れた!?」
僕のコントロールが悪いのか、実技授業で的に当てる皆のようにはいかなかった。
「ま、まだだ!」
下手な狩人も数撃ちゃ当たるって言葉があるじゃないか!
とにかく、当たるまで撃つ!!
「飛べ、飛べ、飛べ! 当たれ、当たれ、当たれ!」
火球を連射、連射、連射!
連射した甲斐もあってか、三発に一体くらいは命中する。
当たったゴブリンは灰になるのだが、外れた火球が命中した木も灰になってしまって。
命中した木も即座に灰へと変わるので火事にはならないのが幸いかな……。
視界に映る木の数がどんどん減っていくことは……気にしないでおこう。
人命第一! これは自衛による正当防衛!
そう自分に言い聞かせ、次々に現れるゴブリンへ火球を連打!
「クロフト様、僕が守りますから!」
「は、はい……」
彼女を安心させようと声をかけると、ちゃんと返事が返ってくるが声が震えているように聞こえる。
ええい! 許すまじ、ゴブリン!
絶え間なく魔術を繰り返し続けていると、森の奥から一際大きな影が近付いてくるのが分かった。
徐々に明らかとなる影の正体は、通常のゴブリンよりも二回りは大きい個体。
両手にぶっとい棍棒を持った筋肉質なゴブリンだ。
もしかして、あれは……主か!?
ヌシとはダンジョン内に充満した魔素で異常成長した個体を差し、同時にダンジョン内を牛耳る魔物達のリーダー的な存在であることが多いと考えられている。
異常成長、リーダー格というだけあって、通常個体の魔物とは比べ物にならないほどの戦闘能力を持つ個体だ。
ゴブリンのヌシ個体は騎士団一個小隊を当てないと討伐できないと考えられており、冒険者ギルドでは冒険者達に『発見次第、即時撤退』を徹底周知させるほど。
……僕達に向かって来るヌシを、僕は倒せるのか?
『僕なら燃やせる』
僕の中の僕が囁く。
燃やせる。火力は十分にある、と。
「一撃で倒せないなら……」
何度もぶち当ててやる!
「やれるッ!! 気合入れろ、カイル!」
自分に喝を入れて、高鳴る心臓を抑え込むように息を吐いて。
「いけッ! いけッ! 燃えろッ!!」
ぽん、ぽん、ぽん、と三発の火球をリズムよく飛ばす。
――最初の一発目は外れた。
ヌシが何かを叫んでいるがよく聞こえない。
――二発目も、三発目も外れ。
ヌシの声だけじゃない。周りの音も消えて聞こえない。
聞こえるのは、自分の心臓の音だけ。
「当たれッ!!」
四発目。
ようやくヌシの胴体に火球が突っ込む。
衝突した瞬間、ヌシの体は一瞬で灰になった。
「あ、やった……」
ヌシを灰に変えた瞬間、僕の世界に音が戻った。
聞こえてくるのは虫の鳴く音と風に揺れる草花のざわめき。
遅れて鳥が大慌てで飛び出す羽ばたきが聞こえてきたところで、僕は周囲を見回した。
……どうやらゴブリンはもう来ないみたい。
「大丈夫ですか? クロフト様。もうゴブリンは出てこないと思われますが」
「え、ええ……」
僕の腕の中で縮こまる彼女の顔は何故か真っ赤だった。
「立てますか?」
「え、ええ。大丈夫ですわ」
彼女が立つまで支え、僕も立とうとした時……。
「カイルさん、貴方は大丈夫――」
「オロロロロッ」
盛大に吐いた。
「カイルさん!?」
ギリ下を向いたのでクロフト様の服は無事だと思う。




