第7話 野外実習
学園に入学して今日で六日目。
何とか一週間を乗り切ることができそうで、本日は朝からマリューさんとのお喋りタイムとなっていた。
「一週間過ごしてみてどうじゃった?」
「想像以上に勉強が難しいです」
今週受けた授業は三つ。
必修授業の『魔術基礎』と『歴史』に加え、選択授業の『礼儀作法』だ。
礼儀作法の授業を受けた理由としては、殿下方から「受けておいた方が良い」と強く勧められたからである。
「特に礼儀作法の授業がですね……」
Sクラスからは誰も参加していないので単身で乗り込んだのだが、僕は授業を通してボロボロだった。
尖がったメガネをかけたお婆ちゃん先生が厳しいのなんのって。
『背筋が曲がっているザマス!』
『カップを置く時は音を鳴らさない!』
などなど。
とにかく、ず~っと指摘されていたので精神的に疲れ果ててしまった。
孤児院に帰ってもぐったりしてしまい、チビ達のタックルに耐えられず床に突っ伏してしまうほどだ。
「しかし、礼儀作法を学んでおくのは正解じゃな。今後、必ず必要になるぞ」
「出来れば必要にならないで欲しいです……」
授業だけでも大変なのに、実際に本番となれば絶対に失敗しちゃうよ。
「魔術の授業はどうじゃ?」
「そのことに関してなんですが、本当にテンプレートを覚えなくていいんですか?」
魔術基礎に関してだが、マリューさんから助言があった。
お前はテンプレートを一切覚えなくてよい、と。
「覚えなくていい。魔術というものがどういうものなのかを理解するだけで十分じゃ」
魔術とは、という基本概念と知識。テンプレート魔術という技術がどういったものか、その仕組みと基礎。
それに加えて、魔術がどういった歴史を歩んできたのかを知ればいい――マリューさんが僕に求めているのはこれだけ。
テンプレート魔術がどういうものかを理解しつつも、それ自体は一切使えなくても構わないとさえ言われてしまった。
「何度も言うが、私とお主は魔法使いに一番近い存在だ。魔術の知識は必要だったとしても、現代魔術師に必要とされるテンプレートはいらん」
「それは将来的に、僕もマリューさんと同じく魔術を開発する側になるからですか?」
テンプレート魔術の中にはマリューさんが開発した風の魔術も含まれている。
かなり上位の魔術だけどね。
これはマリューさんの使う魔術を元に、多くの研究者が携わって作られたものだと授業で学んだ。
「あれは私の魔術を見た研究者達が同じ魔術を再現できないかと研究した結果じゃな」
研究者側の要望に応えてやっただけ、と彼女は語る。
「私達は既存の概念に囚われない魔術の使い方を第一とする。師匠としての願いは――お主にはお主だけのオリジナル魔術を作り上げて欲しい」
「オリジナル魔術ですか?」
「そうだ。お主しか使えん魔術だ」
僕にしか使えない魔術――それって国のためになるのだろうか? 僕にしか使えなきゃ、規格化を優先する現代魔術的には意味がないんじゃ?
「我々は規格を生み出す者ではないぞ。むしろ、今の規格をぶっ壊す魔術を生み出すことで技術を更なる段階へ引き上げるのじゃ」
常識を超える魔術を作りだす、あるいは本当に魔法と思えてしまうような魔術を作りだす。
「我々は魔術の先を世に示す存在じゃ」
それが僕達『アレテイア・ホルダー』に求められることだという。
「……そっちの方が難しいと思いますけど」
「いいや、お主はいずれやるよ。私がそうであったようにな」
いつもの如く、マリューさんは確信するかのように小さく笑った。
「さて、今日はこれくらいにしておこう」
マリューさんは手をパチンと鳴らしてソファーから立ち上がる。
「週明けは楽しいイベントがあるからな。休日はよく休んでおくといい」
「楽しいイベントですか?」
「ああ、とっても楽しいぞ」
彼女の笑みは邪悪だった。
……とても嫌な予感がする。
◇ ◇
週明け、僕の予感は大当たりだった。
「ま、魔物退治をするんですか!? 野外実習で!?」
朝から教室に集められ、そこで明かされたのは今日の朝から行われる野外実習の内容だった。
なんと、今から王都の外に出て夕方までキャンプするらしい。
場所は魔物の住処ともなっている近くの森の外だ。
「魔物とは戦わないって言いましたよね!?」
「ん? ああ、弟子になれと誘った時の話か? 確かに言うたが、あれは学園を卒業した後の話だ」
ニヤニヤしながら言うマリューさんを見て確信した。
先週のお喋りタイムの時から「どんな顔するんじゃろうなぁ~」なんて思っていたんだ!
「お主はまだ学生の身じゃからの~。実習で魔物退治を経験するのも必要なことじゃからの~」
ニヤニヤしやがって!
このぺったんこロリババエルフめ!!
「今、私のことをロリババと言ったじゃろ?」
「い、言ってませんよ」
絶対に心を読む魔術使ってるだろ……。
「しかし、この実習も必要なことなのだよ」
間に入ったのは殿下だった。
「現代において、街の外に出れば魔物との遭遇は避けられない。いざという時の場合に備えて心構えは必須だ」
僕らが暮らす王都近郊は魔物被害らしい事件はそう起きない。
ただ、王都じゃなくて別の領地はどうだろう? その領地に向かう道程ではどうだろう?
これには平民も王族も貴族も例外はない。
魔物は人間の立場に関係無く襲い掛かるのだから。
魔物の他にも野盗なんかも街道沿いには現れるわけで、そういった連中は貴族の方々を狙うことが多い。
そういった事情からも、殿下だけじゃなく貴族令嬢であるお二人も自衛手段の確保や実際に起きた場合を想定して訓練することが推奨されているらしい。
というわけで全員参加。
殿下も例外ではなく、Sクラス全員で森へと向かうことになってしまった……。
「まぁ、他のクラスよりも安全ですわよ」
学園の外に駐車されている馬車へ向かう途中、クロフト様が苦笑いを浮かべながらそう仰った。
「安全なんですか?」
「ええ。だって、こちらには殿下がおりますし。それに風の魔女が同行しますのよ?」
万が一に備えて騎士と冒険者も現地に配備されているだけじゃなく、国内最強と名高い風の魔女が護衛する。
これほど安全な布陣はない、とクロフト様は語った。
「さぁ! 乗れい! 楽しい遠足じゃあ!」
僕にはマリューさんが遠足に向かうちびっ子にしか見えないのだが。
――馬車に乗り込み、森の入口まで向かう途中。
「まさか、殿下達が幌馬車に乗り込むとは思いませんでした」
移動に使う馬車はまさかの幌馬車。
しかも、絶妙に使い込まれたボロ馬車だ。
「王族の方々はワイバーンで移動するのが日常だと聞いていましたが」
「ワイバーン? あれは緊急伝令の際にしか使わないぞ」
この世にはワイバーンに乗って空を飛び回る騎士がいるのだが、王族が移動の際に相乗りすることは滅多にないらしい。
特にワイバーンは維持費も高く、同時に調教も難しいので保有しているのは数頭のみとのこと。
「貴族令嬢の方々はユニコーンが引く馬車に乗るって聞いていますけど、それも嘘なんですか?」
「全くの嘘ですわね。そもそも、私はユニコーンを一度も見たことありませんわ」
「私は薬の材料としてユニコーンの角を見たくらいです」
クロフト様とホープライン様はふるふると首を振った。
「ユニコーンは確かに女性を背に乗せることもあるが、気分屋で扱いにくいし数も少ない――というか、国内には生息していないはずだ」
アルバルド様は「ユニコーンも分類上は魔物だぞ」と。
「平民の間ではそういった話がされているのか?」
殿下は面白そうに笑う。
「うちの妹達は貴族の女性やお姫様はみんなユニコーンに乗って移動していると思っていますよ」
「私達ってそういうイメージを持たれていましたのね……」
クロフト様は苦笑いを浮かべる。
「ところで、カイルさんは冒険者ギルドに就職しようとしていたのでしょう? なら、魔物の知識はありまして?」
「はい。ただ、王都周辺に生息する種類だけですが」
冒険者ギルドは所属する冒険者達の管理とサポートが主な業務となっているため、周辺に生息する魔物の情報を提供することも業務内容の一つだ。
そのため、準職員試験には魔物の知識も試験内容に含まれている。
「魔物の弱点や習性は頭に叩き込みました。あとはダンジョンに関してですかね?」
ダンジョンとは大昔から存在する謎の建造物だ。いつ作られたかも未だ解き明かされていない。
外観や内部の構造は一つ一つ異なっているのだが、共通することはダンジョンの内部に魔素――魔力の素となるモノが充満しやすいということ。
魔物は種類によって様々な習性を持つが、どの種類も魔素を好むことは一貫している。
そのため、ダンジョン内は魔物が住むに適した環境となっており、ダンジョン内では熾烈な縄張り争いが繰り広げられているのだ。
「今から行く森の中にも王都唯一のダンジョンがありますよね。中はゴブリンの巣窟と聞いていますが」
王都唯一のダンジョンは既に最深部まで攻略済み――といっても、最大で地下二階までしかないのだが。
内部にはゴブリンが棲みついており、魔素に惹かれて入り込んだ他の魔物を駆逐して居座っているという状態。
因みに冒険者ギルドが定めたゴブリンの危険度はCランク。
騎士も冒険者も熟練者が三人一組を最低限として戦うことを推奨しているレベルだ。
初心者が戦うなんて自殺行為。遭遇したら即逃げろ、と言われているくらい危険。
「そのため、森にはブラウンボアやブランチディアーといった動物型の魔物が多く生息しています」
ダンジョンという安住の地を追われた二種、それぞれの危険度はDランク。
一人前の冒険者なら狩れて当然、という感じだ。
とはいっても、油断は禁物だけど。
「どちらの種類も弱点はご存じなのね?」
「ええ」
「これは頼りになりそうですわね」
ニコリと笑うクロフト様の笑顔がとても美しく、その笑みを見ていると顔が何だか熱くなってきてしまう。
「あ、あはは……。戦闘以外なら」
顔が赤くなっていることを自覚した僕は、それを隠そうと俯いた――瞬間だった。
「おい! 何か様子がおかしい!」
御者台にいたマリューさんが荷台の僕らへと叫ぶ。
「どうしました!?」
「騎士と冒険者が戦闘中じゃ!」
問うた殿下はそのまま御者台へと向かい、僕らは荷台から顔を出して前方を窺う。
すると、確かに騎士と冒険者達が魔物と戦っている。
「ゴブリン!?」
なんと、相手はゴブリンだ。
普段はダンジョン内にいて、森の外には出てこないはずの魔物がどうして!?
「我々も応戦する!」
マリューさんは御者に「急げ!」と指示を出した。
「カーク! 私達も援護に入る!」
「了解だ!」
僕達を乗せた幌馬車は少し離れた場所に停車すると、荷台にいたアルバルド様が剣を片手に飛び出して行った。
「私達も外へ出ますわよ! マリィは治療の準備!」
「はい!」
マリィさんは持ち込んでいた茶の鞄を肩に掛ける。
「は、はい!」
クロフト様に促され、僕も二人の後に続きながら現場へと走った。




