第40話 未だ影アリ
事件から一夜経ち、朝の連絡事項を伝える場で殿下が手を挙げた。
「先日の事件について報告がある」
そう言う殿下の表情は険しく、何となく嫌な予感がした。
「捕まった犯人だが、昨晩の尋問中に死亡した」
しかも、衝撃的だったのは『殺された』という事実だ。
「犯人の体内には命魂結晶が埋め込まれていた。尋問官が組織について質問し、それに答える寸前で死亡したとのことだ」
騎士団は組織による口封じであると結論付けた。
「今回の犯人が黒き月の導き手に所属していたこと、ヘルガ・ギミットによる指示で我が国の研究成果を奪おうとしていたところまでは判明した」
「ちょ、ちょっと待って下さい。ヘルガ・ギミットって本当に生きているんですか? 前に聞いた話は単なる噂じゃなくて?」
黒魔術の事件あるところにヘルガ・ギミットの影がチラつく――黒魔術を生んだ始祖、二百年前に生きていた人物が未だ生きているという噂。
初めて聞かされた時は信じられなかったけど、今回も他の事件と同様に名前が挙がったということは……。
「いや、名前が出ただけだ。実際に生きているとは……私も思いたくはない」
本当に生きているかは謎だ。
単に組織内で名前を襲名しているだけ、という可能性もある。
「しかし、犯人が死亡したということは、事件自体は解決したということでよろしいのかしら?」
他にも仲間が王都に潜んでいるのか否か、それを確認する前に犯人は死亡してしまった。
「まだ安心はできない。研究所の警備は継続して続ける予定だ」
何か情報があれば報告する、と殿下はため息交じりに告げる。
どうにもお疲れの様子だが……。
「実は精霊教からの突き上げが激しくてね」
「精霊教ですか?」
「ああ。今回の事件は黒魔術が関わっているだろう? 精霊教から聖火隊を派遣したいと要請があって……」
最初は王国側も黒魔術師が関わっている件を伏せていたようだが、精霊教が黒魔術師の関与を独自に突き止めたらしい。
その後、王家には事実確認が行われた。
「下手に隠すと我が国が精霊教を疎ましく思っているとも捉われかねない。向こうも善意で活動を続けている以上、余計な疑いや諍いは抱えたくないからね」
精霊教は敵じゃないのだ。
良き隣人として付き合っていきたいというのが王家の本音。
「しかし、聖火隊は……。少々、強引なところがあってね」
殿下が何とも言えない表情を見せると、マリューさんが「フンッ」と鼻を鳴らす。
「正直に言えばよい。聖火隊の介入は尻拭いが面倒だ、とな」
「尻拭い?」
どういうこと? と首を傾げていると、マリューさんが聖火隊について語り出した。
「聖火隊は黒魔術の撲滅を専門とする部隊であると前にフロストが語ったな?」
「ええ」
「その任務に没頭するあまり、奴らは周囲を気にはせんのじゃ」
聖火隊は黒魔術を撲滅するために存在する。
そのためなら他の犠牲を伴わないし、活動中に起きた周辺被害も我関せずを突き通す。
建物が壊れようとも、無関係の人が戦闘に巻き込まれて死亡しようとも。
彼らの目的は『黒魔術の撲滅』これに尽きるからだ。
「……つまり、任務遂行のためなら容赦がない?」
「そういうことじゃ。そして、発生した被害を収めるのはその国になる」
加えて、もう一つ。
「中には苛烈な手段を用いる聖職者も存在していてね……」
それらの行動に対し、国民が怯えてしまったケースや承認国の想定していた範疇を越えた行動などを起こすというケースも。
「いや、そんなになんですか?」
「ああ。過去の報告を読み返したのだが、戦闘現場が黒魔術師達の血で真っ赤に染まっていた、なんて話もあって」
神である精霊を冒涜する黒魔術を許さない。黒魔術を使う異端者を許さない。
その信仰心が発揮された現場を見た者は、現役の騎士でさえも恐怖を感じてしまうという。
「為政者からすればヒヤヒヤするようなことも多くて……。かと言って、黒魔術の脅威を排除したいのも事実だからね」
あまり強く言えない、と殿下は苦悩を口にする。
「なるほど、だから尻拭い……」
「そういうことじゃ。出来ることなら自国の騎士団で解決したいってわけじゃな」
話を聞く限り、ちょっと面倒そうな相手であることは分かった。
だからこそ、関わりたくないって気持ちが大きくなる。
僕は過去に精霊教へのトラウマを抱えている分、特に。
「精霊教に関しても動きがあれば皆に知らせよう」
朝の連絡事項はこれで終了。
午前中の授業を受けた後はリゼさんの手伝いだ。
「精霊祭も近くなってきましたけど、リゼさんの進行具合はどうですか?」
淹れたての紅茶を机に置くと、レポートを書いていたリゼさんが笑みを浮かべる。
「おかげ様で順調ですわ。精霊祭までには終わりそうですわね」
「そうですか。なら、当日は楽しめそうですね」
「ええ。カイルのエスコート、楽しみにしていますわ」
なんてプレッシャーを与えられつつも、帰りは彼女を家まで送って。
夕日で照らされるメインストリートを歩きつつ、孤児院へ向かっていると――
「あ、そうだ。今日は帰りにトマト買わなきゃ」
グロリア先生からのお願いを思い出し、途中で市場に寄りながら買い物を済ます。
トマトの入った紙袋を抱えながら帰路を歩いていると、ふと横の脇道から唸り声のようなものが聞こえた気がした。
最初は野良犬か何かか? と思ったのだけど、暗い脇道をよく観察してみると……。
奥にはフラフラと動く人影がある。
その足元にはもう一つ影があって、よく見ると倒れた人間のようで。
「え……」
まさか、と思った。
脳裏に過った瞬間、フラフラと動く人影が握る何かがギラリと光る。
ナイフだ。
凶器だ。
足元にある影は、刺された人間だ。
そこまで認識した瞬間、人影の頭部がカクンと横に傾く。
「ウオァァ、アアア!!!」
そして、奇声を上げた人影が僕に向かって走り出した。
「ちょ、え!? と、止まって!!」
咄嗟に脇道の入口を塞ぐように炎の壁を展開し、相手に止まるよう叫ぶが……。
「ウオアアアッ!!」
止まらないどころか、炎の壁を突き破って飛び出してきた!!
「嘘でしょ!?」
炎の壁を強引に突破したせいで、相手が身に着けていた服が燃えている。
だというのに、全くもって気にしていない。
錯乱しているであろう男性は依然と奇声を上げながら、両手を上げて僕へ襲い掛かる――瞬間、視界の端から長い棒のようなものが登場する。
「止まりなさい!!」
横から突き出されたのは槍だ。
警邏中だったであろう騎士の一人が、石突で相手の脇腹を思いきり突く。
吹っ飛ばされた男性は地面をゴロゴロと転がり、その隙に仲間の騎士が燃えた服を消火しながら拘束を始める。
「大丈夫ですか!? あれ!? 貴方は……」
「あ、え? ああ、この前の……」
僕を助けてくれたのは、前に事情聴取を行った若い騎士さんだった。
顔見知りということもあって、彼は状況を素早く把握してくれたのだけど……。
「まだ、終わってない……」
そう、まだ終わっていない。
黒魔術を使って研究資料を盗もうとしていた犯人は死んだ。
だけど、黒魔術で錯乱しているであろう人間が――僕の目の前に現れたのだ。
「…………」
まだ、この街のどこかに黒魔術師は潜んでいる。
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