第39話 犯人逮捕後
ライリー君と協力して犯人を拘束した後、報告を聞きつけた騎士達が現場に到着。
僕らは無事に犯人を引き渡したのだが、その場で状況確認が始まった。
「えーっと、初めから再確認しますね。階段を登っていた際に犯人を見つけて、犯人が第一錬金術研究室に入りそうになっていたと」
「はい。中にはリゼさんもいたので、人質に取られる心配もあったので声を掛けました」
僕の証言を聞いたベテラン騎士は「良い判断でした」と頷く。
「その後は炎の壁を作り出して退路を塞ぎ、ライリー氏と共に相手を確保した――というわけですね」
「はい」
「ええ」
頷く僕の隣に立つライリー君は、何故か筋肉を見せつけるようにポージング。
「うーむ。まさか学生が犯人を逮捕してしまうとは」
「学生と言っても、アレテイア・ホルダーに将来有望な騎士見習いの二人だ。やれんことはないだろう」
ベテラン騎士達は「国の未来は明るいな」と笑みを浮かべる。
「と、ところで……。ちょっと心配ごとがあるんですけど……」
炎の壁を展開したせいで焦げてしまった廊下と壁も大丈夫かと気になるんだけど、もっと気になるものがある。
「ん? 何でしょう?」
首を傾げる騎士に対し、僕は恐る恐る――灰に変えてしまった甲冑を指を差す。
現場が第一錬金術研究室付近だったということもあり、研究室に所属している錬金術師達が慌てながら様子を見に来ていたのだが。
どうにも彼らは灰になった甲冑に殺到している。
廊下にあったランプは市販品だったこと、飾られていた肖像画はクロフト家の初代当主を描いたものであったこと。
これら二つはリゼさんから明かされた内容だ。
僕としては肖像画を灰にしてしまった件が一番問題になるかと思っていたのだけど、意外にもこちらは特に気にする様子はなく。
クロフト家の一員であるリゼさんも「ただの肖像画ですし」といったリアクション。
しかし、甲冑の方は違う。
錬金術師達はこんもりと積もった灰に顔を近付けては「まさか」「嘘だろう」なんて言葉を漏らすものだから……。
「こ、高級な物だったのでしょうか?」
「……いや、我々には分かりません」
騎士達に問うも、彼らは揃って視線を逸らしてしまう。
「じゃ、我々はこのへんで」
しかも、そそくさと現場から退散しようとしているではないか!
ま、待って! 行かないで!
騎士が逃げるほどの高級品だったの!? 僕はまだアレテイア・ホルダーとしてのお給料を受け取っていないんですけど!?
「あ、あの~、すいません……。そ、その、甲冑を灰に変えてしまった本人なのですけど――」
「君が!? じゃあ、君が三人目のアレテイア・ホルダー!?」
正直に自己申告すると、若い研究者は勢いよく立ち上がって僕の肩を掴んだ。
絶対に逃がさない、と言わんばかりの力で……。
「え、ええ、はい……」
もはや、逃げられない。
いや、逃げるつもりなんてないけど。
「その、甲冑って高級な物だったんですよね?」
弁償額はいくらだろう。
払えなかったらマリューさんに泣きつくしかないぞ。
「高級品? いや、あれは対魔術防御用のコーティング剤を塗布した甲冑なんだ」
「対魔術防御……?」
コーティング剤? つまり、錬金術で作り出した物ってことかな?
「そう。性能をとことん突き詰めたもので、第四階梯攻撃魔術への耐性を確立した自慢の発明品さ!」
昨今の戦闘では魔術が軸となっているが、それは戦争でも変わらない。
万が一の事態に備えて対魔術用の防御策を練ることは必要不可欠であり、要求されるスペックも非常に高くなっている。
それをクリアしたものが甲冑に塗布されていた、というわけらしい。
「コーティング剤の効果は実用範囲まで届いたんだけどね。製造コストが馬鹿みたいに高いんだ」
甲冑全体をコーティングするだけで金貨百枚以上かかるとのこと。
そのため、唯一の試作品として完成したものを廊下に飾っていたと彼は語る。
「えっと……。金貨百枚するコーティング剤を贅沢に使った、世に一つだけの甲冑ってことですか?」
「ん~、まぁそうなるかな?」
研究者が肯定した瞬間、僕は滑らかな動きで土下座した。
「すいませんでしたー!」
額を床に擦り付けていると「何事だ!?」と馴染みのある声が聞こえてくる。
「カイル、またどうして土下座しているんだ?」
殿下だ。
隣にはリゼさんがいる。
彼女が呼んできたのだろう。
「いえ、世に一つしかない甲冑を灰に変えてしまったので……」
「甲冑?」
金貨百枚かぁ……。
マリューさんに泣きついて払ってもらうしかないけど、代わりにどんな要求をされるのだろう。
弟妹達よ、お兄ちゃんはとんでもない試練を受けるかもしれません。
もうおしまいです。
「なんだ、研究所の試作品か」
研究者から詳しい話を聞いた殿下は僕に立ち上がるよう命じる。
「甲冑を灰にしたくらいで弁償しろなんて言わないさ。むしろ、犯人を逮捕できたのだから安いものだ」
「そうですわ。コーティング剤なんてまた作ればいいだけですし」
「ほ、本当ですか」
よかった……。
マリューさんに弁償代を借りた結果「イッヒッヒッヒッ! 今からお前は私の実験体じゃあ! 魔法の謎を解き明かすまでコキ使ってやるぞ~!」なんて言われなくて済みそう。
「研究室を丸ごと灰に変えてしまったのかと思って焦ったよ」
そう言いながら苦笑いする殿下。
「ま、まさか。そんなことは――」
いや、森を丸ごとを焦土に変えた前科があるし……。
殿下がそう思ってしまうのも仕方ないのかもしれない。
「あの、すいません!」
と、ここで若い研究者が大興奮しながら割り込んで来る。
「今度、コーティング剤の実験に付き合ってくれませんか!?」
曰く、アレテイア・ホルダーの魔術にも耐えられるほど性能が向上すれば、騎士団にも『絶対防御の切り札』として売り込めるかもしれない、と。
「は、はい。構いませんよ」
「やったー!」
罪悪感もって了承すると、若い研究者はぴょんぴょん跳ねながら仲間の元へ行ってしまう。
マリューさんはあまり他人のお願いを聞かないとも言っていたし、彼らにとってアレテイア・ホルダーの実験参加は貴重なのかもしれない。
「ねぇねぇ、カイル。またあの時の喋り方をしませんの? 本当にダメ?」
今度はリゼさんがスススと寄ってきて、僕の服をちょんと摘まみながら上目遣いで言ってくる。
これで何度目の要求だろう……。
「……もうしませんよ」
「えーっ!」
そんな絶望的な顔をしてもやりませんよ! 恥ずかしい!
「一体、なんの話だ?」
「いえ、殿下は気に――」
「よくぞ聞いてくれましたわ! ゼインからも言って下さいまし!」
目を輝かせるリゼさんは殿下に演技の件を説明し始めてしまう。
説明を終えると、彼女はまたキザったらしく髪をかき上げて……。
「お前はもうチェックメイトだぜ☆ とか言って! すっごくカッコ良かったんですのよ!?」
言ってない! そんなセリフ言ってない!
「……へぇ~」
殿下は体を小刻みに震わせながらも、必死に表情が崩れないよう耐えていた。
今にも爆笑しそうだが、僕に気を遣って耐えていらっしゃる!
「言ってません! 言ってませんよ!?」
「言ってましたわよ! まるでロマンス小説に出てくる王子様役のキャラクターみたいでしたわ!」
もしかして、そのロマンス小説はマリィさんから借りてませんか!?
「どうですの!? 今から性格を変えるのはいかが!? ハイクラスデビューってやつですわ!」
所謂、学年が上がったタイミングでキャラクターを激変させる人達のことである。
グイグイと迫るリゼさんを押し返しながらも、僕は殿下に「助けて」と目で訴える。
「と、とにかく! 犯人が捕まってよかったよ! これで一安心だ!」
殿下はポンと手を打ちながら話題転換を試みる。
「そうですよね! あー、良かった! 安心したら喉が渇いちゃったなー!」
その機会を逃すまいと、僕は二人にレストランでお茶しようと提案する。
「いいね!」
「構いませんことよ。ああ、そうだ。マリィとカークも呼びましょう」
「そうしましょう、そうしましょう!」
さぁ、行きましょう! と二人の背中を押しながら現場を後にした。
◇ ◇
拘束された犯人は騎士団本部へと連行されると、牢屋に入れられることなく地下二階にある特別な部屋へと連れて行かれた。
騎士団本部地下二階、そこにあるのは特殊尋問室と呼ばれる場所だ。
頭に「特殊」と付いているだけあって、一般的な犯罪者が連れて行かれることはない。
ここに案内されるのは国防を脅かす重大な罪を犯した者だけ。
そして、尋問を担当する者も通常とは違った手段を用いる。
「吐けッ! お前がッ! 王都で暗躍していた黒魔術師なのだろうッ!」
今回の尋問官はとにかく暴力を行使するタイプだった。
犯人の顔や体を殴る・蹴るの連続、とにかく痛みを与えて痛覚を刺激する。
「…………」
当然ながら相手は口を割らない。
となれば、次は水を使って責める。それでもダメなら爪を剥ぐ。それでもダメなら、また最初からやり直し。
これをとにかく続ける。相手の心が折れるまで、徹底的に。
特殊尋問官と呼ばれる彼らのやり方を熟知していない者の中には、もっとスマートなやり方があると異を唱える者もいるだろう。
しかし、今回の場合はこれが正解だ。
何故なら相手の情報が少ないから。
黒魔術の使い手、ということ以外は確定的な情報が無い。
まだ、この犯人がどこに所属しているかも不明な状態なのだ。
となると、相手の心理を突く尋問は不可能。
「喋らないか。ならば、また最初からだ」
だからこそ、体に聞く。
体を追い詰めて、精神を蝕んで、そこから始めるしかない。
尋問は数時間続き、時刻は深夜を回った。
三ステップの尋問は遂に十三巡目を迎えると――
「お前の、所属は?」
尋問官は相手の髪を掴みながら顔を持ち上げ、ボロボロになった顔を覗き込みながら問う。
「お、俺は……。く、黒き月の導き手に……」
遂に認めた。
相手は黒き月の導き手に所属していると吐いたのだ。
「お前に与えられた任務は?」
亀裂の入った心を塞がせまいと、尋問官は質問を続ける。
「け、研究成果……。ま、魔術と錬金術の成果を、う、奪えと……」
「ほう。そうか、そうか」
まるで信じていない。
そんな口振りを見せる尋問官は、相手の手を机の上に固定する。
そして、よく研いだナイフを手に突き刺した。
「ぎゃあああ!!」
「本当のことを言えばナイフを抜いて治療してやろう」
「ほ、本当だ! 本当なんだよぉ……!」
もはや、相手の心は崩壊寸前。
惨めったらしく静かに泣く相手のリアクションを見て、尋問官は仲間と一緒に小さく頷いた。
ここからはスムーズに進むぞ、と。
「誰に指示されたんだ?」
「……ヘルガ・ギミット」
その答えを聞き、尋問官の眉がぴくりと小さく跳ねた。
恐らく内心では「嘘だろう?」と動揺したに違いない。
「ヘルガ・ギミットは大昔に生きていた人間だ。今も生きているはずがない」
嘘をつくな、と相手へ伝えるために手に刺さったナイフをゆっくりと揺らす。
揺れるナイフとシンクロするように、相手は悲鳴を上げるが……。
「やつは、生きている……! 生き続けている……!」
「生き続けている?」
「そ、そうだ! あいつは、黒魔術の始祖は――」
遂に黒魔術組織のリーダー、黒魔術犯罪の頂点に位置する男の詳細が語られる。
その瞬間だった。
「あ、あれ……。め、目が見えない……」
犯人は突然言い出して、続けて尋問官が顔を覗く。
すると、犯人の両目から涙のように血が流れていた。
「あ」
次の瞬間、犯人の口から呆けた声が漏れると――徐々に彼の頭部が膨らんでいく。
まるで風船のように。ぷくーっと膨張していくのだ。
「な、なにが――」
そして、破裂した。
犯人の頭部はパンと音を立てながら破裂して、尋問官は顔が真っ赤に染まるほどの返り血を浴びてしまう。
頭部を失った体は脱力して倒れ始めるが、ナイフの刺さった手だけがその場に残る。
「……クソッタレ! 黒魔術だ!」
唖然としていた尋問官だが、我に返ると悔しそうに浴びた返り血を手で拭った。
仲間の一人が死体に近付き、その場でしゃがみ込む。
「情報を吐きそうになったら発動するよう、保険が掛かってやがったのか」
飛び散った肉片、その中には鈍く光る命魂結晶が埋もれていた。




