第38話 僕はサイキョーだよ
午後の授業が終わった後、僕は一人で研究所へ向かっていた。
リゼさんは午後の授業が無かったため、一足先に研究室で作業を進めているはず。
今日は実演用の試作品も作ると言っていたし、彼女が集中できるよう手助けしないと。
「こんにちは」
研究所内を歩く研究者さんに挨拶をしつつも階段を登っていく。
第一錬金術研究室のある階まであと少し。
残り数段の階段を登って行き、視界に廊下が入ったところで――僕は目撃してしまった。
「…………」
たった今、僕の前を通過していった人物。
それは殺されたはずの男性。黒縁のメガネをかけた、例の男性研究者だ。
まさかとも思った。嘘だ、とも。
しかし、確かに見たのだ。
思わず悲鳴を上げそうになったものの、慌てて口を手で押さえる。
深呼吸をしつつ、自分に「冷静になれ」と言い聞かせて。
高鳴る心臓の鼓動が相手にバレないよう、普段の足取りを思い出しながら廊下に出る。
「…………」
「…………」
相手は僕のことなんて気にもしていない……ように見える。
白衣の背中をじっと見つめるが振り返りもせず、ただ淡々と廊下を歩いて行くだけ。
ただ、廊下を進む度に僕の心臓が大きく跳ねる。
――この先にあるのは、リゼさんがいるはずの第一錬金術研究室だからだ。
一歩一歩、研究室のドアへ近付いて行く度に「どうか違ってくれ」と思った。
相手の目的地が第一錬金術研究室じゃないように、と。
頼むからリゼさんと鉢合わせしないでくれ、と。
しかし、僕の祈りなど虚しく――相手は研究室の前でぴたりと足を止めたのだ。
まずい。
相手の手がドアノブに伸びていく中、僕の心臓は口から飛び出しそうなほどの猛烈に跳ねる。
伸びる手がスローモーションに見えるほど、相手の手に注目して……。
「あの」
僕の口からは自然と声が出た。
相手の顔が僕に向けられる。
「貴方、魔術研究室から資料を盗んだ犯人ですよね?」
「え?」
相手の表情は動かない。ぴくりとも。
「何を言っているんですか?」
まさしく、仮面を被っているような表情だ。
「僕、知っているんですよ」
僕は相手の顔を指差す。
「その顔、盗んだんでしょう?」
決定的な指摘。
一部の者しか知らない事実。顔を盗んだ本人なら知っている事実。
それを口にした瞬間、相手の頬に亀裂が入った。
「……どうしてそれを知っている」
頬の亀裂は徐々に大きくなっていき、裂けた顔が砂のように崩れていく。
そうして露出したのは犯人の素顔だ。
顔の彫りは深く、どう見てもクレセル王国人じゃない。
もっと西に存在する国に住む人の特徴だ。
「何も知らない学生だと思っていたのに。貴様、騎士団の関係者か?」
素顔を晒した犯人は白衣の中に隠していたであろうナイフを抜く。
廊下の窓から入り込んだ太陽の光を反射する銀の刃がギラリと光り、その切っ先は僕の喉がある高さまで持ち上げられた。
「…………」
近付かれたら殺される。
ただ、ここで逃がすわけにもいかない。
どうにか相手を拘束して時間を稼がないと――
『カイル、そこにいますの?』
相手との睨み合いが続く中、ドア越しにリゼさんの声が聞こえてきた。
「ドアを開けないでッ!!」
咄嗟に叫ぶと、一瞬の間が空く。
「ドアに鍵をかけてッ! 離れていて下さいッ!!」
その後、ドアの向こう側からは鍵をかけるような音が聞こえてきた。
だが、中のリゼさんは焦っているのかガチャガチャと金属音が鳴り続ける。
「―――ッ!」
同時に犯人の手がドアに伸びた。
恐らく、リゼさんを人質にでもしようと考えたのだろう。
それだけは絶対に許さない――そう決意した瞬間、僕の体は自然と動きだす。
掌に火種を生み出し、今まさに魔術を放たんとする挙動を敢えてみせる。
手の中でパチパチと小さな火種を炸裂させながらも相手に向かって走りだすと、相手の視線は僕の手、そして顔へと移る。
「チッ!」
思惑通り、相手はドアから大きくバックステップ。
その隙にドア前に陣取って、手の中に作り出した火種は……どうしよう?
ドアから遠ざけるという目標がすんなりと完遂してしまったためか、また僕の中に大きな焦りが舞い戻ってきてしまった。
……ええい! もうやってやれ!
このまま練習通りにやってやる、と相手の後方に炎の壁を生み出す。
「……逃がさないつもりか?」
ゴウゴウと燃える炎の壁をチラリと見た犯人は、握っていたナイフを逆手に持ち替えながら構える。
「クレセル王国の学生は随分と勇敢じゃないか。アレテイア・ホルダーを二人も抱えていると、そこらの学生まで強くなってしまうのかな?」
皮肉るように挑発してくる犯人だが「僕がそのアレテイア・ホルダーなんですよぉ」とは言えなかった。
しかし、同時に悟る。
これがライリー君の言っていた対人戦での読み合いってやつなのだろう。
如何に余裕を見せつけるか。相手の心情を探る心理戦。
焦りや不安を悟られた瞬間、向こうは僕を殺そうと容易く判断するはず。
「……本当に強かったらどうする?」
「なに?」
演じろ! 物語の主人公みたいに!
訓練の後、ライリー君が参考にと読ませてくれた『貴族家三男の天才剣士は剣一本で国を獲る!』の主人公を演じるように。
「本当にお前より強かったらどうするんだ? と聞いているんだ」
僕は片手で髪をかき上げ、余裕たっぷりの笑みを作る。
……作れているよね?
「……貴様、ただの学生ではないな」
作れてる! 作れてるっぽい!!
「大人しく降伏するんだな。僕の手を煩わせなければ生かしておいてやる」
次は脅し!
火の玉を作り出し、廊下に置かれていたランプへと発射する。
ランプが一瞬で灰に変わると、ほんの一瞬だけ犯人の眉がぴくんと吊り上がるのが見えた。
しかし、相手も負けない。
「ほう。なかなかの威力じゃないか。だが、脅しとしては二流だな」
小さく笑いながらも「今のは結構な魔力を消費したんじゃないか?」と指摘する。
「威力自慢の魔術師め。お前みたいなやつを何人殺してきたと思っている?」
ニヤリと笑う犯人に、僕は「フッ」と鼻で笑う。
「魔力の消費? 本気で言っているのか?」
僕は再び火の玉を作り出して……。
えーっと、次はどれに当てれば――あの肖像画に当てても大丈夫かな?
緊急事態だし、相手との心理戦中だもんね。灰に変えても許してもらえるよね。
そんな心配を抱きながらも、廊下に飾られていた肖像画を灰に変える。
「おっと、まだ心配か?」
続けて三発目。
今度は僕の後方に飾られていた、銀色の甲冑を灰に変える。
たぶん、肖像画よりは怒られないと思う。
「これで安心してくれるかな? 僕の魔力は無尽蔵だよ」
ここでライリー君と練習したキメ顔。
「三流。まだ戦う気概はあるか?」
犬歯を剥き出しにするような強気の笑み。
「…………」
効いてる? 効いてるよね!?
演技だってバレてました~、なんてオチだったら僕の精神がもたないよ!?
「……捕まるわけにも、死ぬわけにもいかないッ!!」
結果としては効きすぎてたようで。
相手はナイフを構えながら僕に向かって突っ込んで来た。
「どひ――ッ!!」
どひゃー! と叫びそうになるも、必死に耐えながら慌てて炎の壁を生み出す。
相手は足に急ブレーキをかけ、苦虫を潰したような表情を見せた。
「……もう分かっていると思うが、その壁に触れればお前は死ぬ。一瞬で灰に変わるぞ」
一応、威力は下げているから灰には変わらないと思うけどね。
自暴自棄になって自殺されても困るし。
「…………」
僕の警告が効いたのか、相手は必死に顔を動かしながら脱出路を探し始めた。
ただ、僕の方ものんびりとはしていられない。
どうにか研究所内に潜んでいるはずの騎士を呼ばないと――助けを呼ぶ手段を考えていると、後方から「ムッ!」という聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「カイル!」
「ライリー君!」
なんというタイミングだろう。
「こいつが犯人! 犯人だよ!」
「承知!」
もはや演技もクソもない僕が焦りに身を任せて叫ぶと、察してくれたライリー君は愛用の槍を片手に走ってくる。
今、僕の目にはライリー君の筋肉ムキムキシャツパッツンパッツンボディが神々しく見えているよ!
「カイル! 訓練通りに!」
「了解!」
僕が頷くと、ライリー君は「五! 四! 三!」とカウントダウンしながら走り続けて――
「ゼロッ!!」
彼が最後のカウントを口にした瞬間、炎の壁を消滅させる。
目の前にあった壁が消滅したことに驚く犯人。
「セェェェェッ!!」
同時に槍を振りかぶり、強烈な一撃を放つライリー君。
彼の放った槍の一撃、石突による突きが犯人の鳩尾に突き刺さる!
「グ、ゲェ……」
強烈な一撃を受けた犯人の体はくの字に曲がり、目がぐりんと白目を剥いた。
そのまま犯人は床に倒れ落ちてしまう。
一撃で犯人を気絶させてしまうなんて、さすがは毎日トレーニングを続けているライリー君だ。
……見ていた僕も気絶しちゃいそう。
「た、助かったよ。ライリー君」
犯人を拘束するライリー君に向かって礼を言うと、安堵したせいかドッと冷や汗が流れ出す。
「いやはや、俺もまさか本当に犯人を捕まえるとは思ってもみなかったぞ」
縄で手足を拘束する彼の顔にも、緊張を含んだ苦笑いが浮かぶ。
「だが、やはり訓練と筋肉は裏切らんな!」
彼が伸ばした大きな手をパチンと叩く。
「あ、そうだ! リゼさんは――」
背後にあったドアを振り返ると、半開きになったドアの隙間からはリゼさんの顔が見える。
その顔は蕩けたようになっていて……。
「か、かっこいい……! カイル、すごくかっこよかったですわ!」
彼女は僕の顔を見つめながらそう言った。
「ど、どこがですか?」
そう問うと、彼女は廊下に出てきて、僕が犯人へ演じたように前髪をかき上げる。
「三流。まだ戦う気概はあるか?」
そう言いながらも、リゼさんはフッとキザったらく鼻で笑う。
「そう言ってキメたところ!」
満面の笑みで言う彼女に対し、僕は顔を手で覆いながらも膝から崩れ落ちた。
今の僕は顔面から火の魔術が出ていると思う。




