第37話 人間を殺す可能性
翌日、再び殿下が僕らに事件の状況を語り始めた。
「昨晩、研究所から資料を持ち出したと思われる男性が死体となって見つかった」
「え……」
開口一番、ショッキングな事実が語られる。
てっきり、僕としては既に国外へ逃げ出していたと思っていたけど……。
「正直、我々もそう思っていたよ」
容疑者の家では慌てて出て行った様子があったと聞いていたし、研究者という身分は他国にも重宝される存在だと思い込んでいたが。
「発見されたのは王都の地下にある下水だ」
王都の地下には生活排水を処理する下水施設が存在する。
中は迷路のようになっていて、地図を持たずに入れば二度と出て来られない――なんて噂も。
まぁ、あくまでも噂なんだけどね。
昔、日雇い仕事で下水掃除に従事した時はそこまで複雑な構造はしていなかったし。
「今回の件は口外しないで欲しい。まだ騎士団の中でもごく一部しか知らない情報だ」
容疑者が死体で発見された件は、騎士団上層部と王族くらいしか知らない事実だという。
「騎士団の上層部しか知らないとなりますと、他の誰かが偶然見つけましたの?」
「いや、発見したのは特務隊だ」
質問したリゼさんは「あ~」と頷くが、僕は何のことかさっぱり分からない。
「王都騎士団の中には各分野のスペシャリストを集めた、特殊任務を専門とするエリート部隊が存在していてね」
彼らが行う任務の詳細だけじゃなく、構成員すらも明かされていない。
詳細を知るのは王家と騎士団上層部の一部であり、彼らは日夜『対外国国防任務』に従事しているという。
「今回も黒魔術が発覚した時点から捜査に当たっていて、そちらの面から捜査に当たっていると――」
「資料を持ち出した容疑者を発見した、というわけだ」
殿下の言葉をカーク君が引き継ぎながら頷く。
「特務隊が動いているという件もあるが、口外されたくない理由は他にもある」
そう語った殿下の表情は更に強張る。
「……容疑者の顔が剥がされていた」
「…………」
絶句だ。
既に詳細を知っているであろうカーク君以外、僕ら三人は小さな声すら漏らせない。
「か、顔が剥がされていたって……」
「顔の皮が綺麗に剥がされていたんだ」
聞かなきゃよかった。
思わず口に手を当ててしまう。
「黒魔術の中には他人の顔になりすます、という術もあるそうだ」
他人の顔になりすます、その方法は対象となる相手の『顔』が必要になるとのこと。
つまり、容疑者を殺害した犯人は『王都研究所所属の研究者』として行動できる術を持っている。
「……資料を持ち出した時点で顔を奪われていたということはありませんの?」
「軍医の検死によれば、死亡したのは一日以内だそうだ」
となると、あくまでも資料を持ち出したのは本人か。
「この事実は未だ研究所にも伝えていない。同時に容疑者は犯人候補から外れた、とも急ぎで伝達している」
「……あ! 誘い込むんですか?」
殿下が静かに頷いた。
相手が研究者の顔を奪ったことから、本人になりすまして研究所へ侵入するのではないか? という疑いが浮上する。
となれば、味方を騙すことで敢えて侵入させやすくしたらどうだろう?
極秘裏に警備を厚くしておいて、対象を見つけたら捕らえる――という作戦を進めたいってことか。
「カイルとリゼに明かした理由も作戦が関係している。もしも、対象を研究所内で見つけたら即座に通報して欲しい」
警備に従事する騎士は『第二魔術研究室』の一員に扮して研究所内に待機しているという。
他にも騎士を輩出している家の子供――現役学園生を助っ人として配置しているそうだ。
「学生達には警備アルバイトの一環として従事してもらう。学生なら研究所内にいても怪しまれないだろう?」
僕やリゼさんもそうだものね。
確かに学生を警備に当てるのは良い案かもしれない。
「仮に警備を呼べなかったら?」
「対象を殺してくれ」
殿下の言葉に一切の躊躇はなく、同時に迷いもない。
「国のためにも、灰にしてほしい」
言葉だけを聞けばお願いに聞こえるが、言葉に込められた感情は命令に聞こえる。
「……分かりました」
王子としての言葉、王家としての言葉に、僕は首を振ることも別の選択肢を提示することもできない。
「まぁ、捕まえられるのが一番だがね」
そう言いながら殿下は表情を崩すが、僕は上手く笑えなかったと思う。
◇ ◇
この日、僕は午後から授業無し。
リゼさんは午後の授業があるので、彼女が終わるまで時間を潰すことに。
よって、足を運んだのは魔術訓練場だ。
どうしても、殿下の言葉が頭から離れない。
いざって時に「人を殺してくれ」と言われたこと、その言葉に応えるだけの覚悟がどうしてもできない。
「僕にはちょっとね……」
人を殺せ、と命じられてすんなりと実行できる人がこの世にはいるのだろうか?
そういった訓練を受けた人でないと、迷いなく実行できないもんじゃないかなと思うのだけど……。
これが言い訳だと指摘されても、僕は素直に認めるつもりだ。
怖いよ、僕は。
人殺しなんて、怖すぎる。
だからと言って、殿下の言葉を無視するのも違う。
国のために役立つのは、今の僕に必要とされていること。
アレテイア・ホルダーとしての仕事、と言えるのだとも思う。
そこまでじっくり考えて、導き出した答えは――人を捕まえる魔術を作ろう、というものだった。
「でも、火の魔術で人を捕まえるって……」
答えを出しておきながらも、それを現実にする案はない。
魔術基礎の教本を参考に案を練ろうとしたものの、火属性魔術ってのはほとんどが攻撃性のあるものばかりだ。
火の矢を飛ばす、火の槍を飛ばす、炎の竜巻を起こす……などなど。とにかく、攻撃力を念頭に置いた魔術のバリエーションである。
「炎の縄で相手を縛る? いや、僕の場合は縄が触れた瞬間に灰へ変わっちゃうのかな……?」
敢えて威力を落としたらどうだろう? 火傷するくらいの威力なら捕まえられるか? それだと逃げられちゃうかな?
的を前にウンウン悩んでいると――
「お? カイルじゃないか! 自主練か!?」
声を掛けてくれたのはライリー君だ。
木造の槍を肩に担いだ彼は、いつもの笑顔を浮かべていた。
……そうだ。
ライリー君なら何かヒントをくれるかも。
以前と同じく彼に甘えることに。
「実はアレテイア・ホルダーになったら対人戦も視野に入れるよう言われて――」
事件のことは伏せつつも、対人戦で相手を拘束する魔術を作りたい。
そう伝えると、彼は太い腕を組みながら「うーむ」と悩み始める。
「火属性の魔術で、だよな?」
「そうですね。火の縄で拘束する、なんてことも考えたんですが」
魔術の威力を落とす、という条件を付けくわえながらも、もっと現実的な方法はあるだろうかと問うと……。
「威力を落としつつ、炎の壁で退路を塞げばいいんじゃないか?」
単純に逃げ道を塞げばいい、とライリー君は答えを出す。
「逃げ道を塞げば相手は逃げられない。あとはぶん殴るなりして気絶させるのが一番な気がするが」
「でも、僕はそこまで喧嘩が得意ってわけじゃないですし」
殴る蹴るの戦いなど、僕には不可能だろう。
せいぜい、同い歳の兄弟や同級生との取っ組み合いレベル。
「あ! 炎の壁で相手を囲ってしまうのはどうでしょう?」
逃げ道を塞ぐどころか、その場から動けなくしてはどうだろうか?
前も後ろも炎の壁で塞ぎ、最後は上まで塞いで――炎の箱に閉じ込めてしまうって案だ。
そう提案するも、ライリー君は首を振る。
「いや、それは止めた方がいい。前に一番上の兄貴が現場でそれをやったみたいなんだが、相手は窒息死してしまったようだ」
炎の竜巻で相手を閉じ込めたそうだが、相手は喉が焼けてしまったことが原因で窒息死となったようだ。
「ひっ……」
自分の発想が既に試されていたことよりも、その結果に恐ろしくなってしまった。
「だから、捕まえるという点を重要視するなら囲わない方がいい」
「なるほど……」
やはり、退路を塞ぐのが一番かな?
「そもそも、カイルは退路を塞ぐだけでいいんじゃないか? アレテイア・ホルダーと言えども、対人戦を行う際は誰か一緒に行動するだろう?」
僕が退路を塞ぎ、相手が困惑する隙に誰かがぶん殴る。
全部ひとりでやらなくてもいいんじゃないか? と、僕だけだったら絶対に思いつかない答えをくれた。
「あとは脅しだ」
「脅し?」
「ああ。退路を炎の壁で塞いだとしても、相手の覚悟が決まってたら壁を突き破って逃げようとするだろう」
発動しているのは威力を落とした炎の壁なのだから、相手が触れた瞬間に灰になることはない……と思う。ここは要検証だ。
仮定として、灰にならないなら逃げられてしまう可能性もあるわけだが、ここで脅しを一摘まみ。
「いつもの威力で魔術を放ってみせるんだ。近くにあるモノを一瞬で灰に変えるところを見せつけて、炎の壁に触れたら即死すると思わせる」
それを見た相手は躊躇するだろう、と。
「気が狂ってなきゃ死を怖がる。俺の先生はそう言ってたよ」
普通の精神なら死を恐れ、その場で足を止めてしまう。
「あるいは、術者を殺そうと向かってくるだろう」
次に、その状況から脱するため術者を殺す選択肢を選ぶ可能性は高い。
「そうなったら、自分と相手の間に炎の壁を作ってやればいい。そうすりゃ、相手は攻められない」
相手が死にたくない場合、死を恐れていた場合ならどう考えたって詰みだ。
「あとはゆっくり対処すればいいさ。仲間を呼ぶなりしてな」
「なるほど、参考になります」
「重要なところは脅しのところだ! 高威力の魔術を見せるのも大切だが、表情と態度も重要だぞ!」
「表情と態度ですか?」
「ああ。相手を脅すって時に体が震えていたら恐怖心を見抜かれるし、表情に余裕がなければ焦りを悟られる」
毅然とした態度を見せたり、笑みを浮かべて余裕さを演出したり。
そういった表面的な部分も重要だと。
「練習だ!」
ここからライリー君の「圧倒的な脅し! すごいぞ、アレテイア・ホルダー!」訓練が始まった……。
「まずは不敵な笑みで相手を圧倒だ! 暗黒微笑!」
「ふふ。僕の炎は全て灰に変える、最強の炎です」
僕は背筋をピンと伸ばしながら足を揃え、片手を腰に。
そして、人差し指を一本立てながら笑みを浮かべる。
……ぜっぜん似合わない。
僕を知っている人が見たら爆笑しそう。
「次は威圧的に! 殺意を相手にぶつける感じで!」
「その炎に触れた瞬間、お前の命は終わりだ……!」
訓練場の的を睨みつけながら言い放つ。
……恥ずかしい。
「次はシンプルに! 単純な死の宣告ほど恐ろしいものはない!」
「コロスッ!」
もはや、こちらの気がおかしくなったと思われそう。
前に仕事しすぎておかしくなったであろう商人が、道を歩きながら同じように叫んでいたけど、それに近しいものがある。
「どうだ!?」
「……魔術を作るよりも難しい気がします」
僕には演技力がないと改めて自覚する瞬間でもあった。




