第35話 黒魔術
「うーむ、しかし……。黒魔術か」
殿下の注意喚起を聞き終えると、マリューさんが腕を組みながら何か考え事を始める。
一方で、僕自身も黒魔術について疑問を抱く。
「そもそも、黒魔術って各国が厳しく取り締まっていますよね? 国だけじゃなく、精霊教も黒魔術撲滅の活動をしているってよく聞きますし」
殿下の話を聞くまではオカルトの類だと思っていたし、国が定めた法律は昔に制定されたものが残っているだけだと思っていた。
精霊教が声を大にして黒魔術撲滅を訴え続けるのも、再び黒魔術を世に復活させないためかと思っていたが……。
まさか、今も本当に使っている人がいるなんて思ってもいなかったよ。
……今まで僕が耳にしてきた黒魔術の噂も、いくつか本物が紛れていたのかな。
「確かにそうだ。我が国も黒魔術を使えば死罪は避けられない」
「精霊教に関しては、黒魔術撲滅を専門とする聖火隊もおりますわね」
リゼさんが語った聖火隊を一言で表すと「黒魔術絶対許さない部隊」だろうか。
精霊教において禁忌とする黒魔術の撲滅を専門とし、対黒魔術に特化した人員で構成された聖職者部隊。
各国での活動承認を得た上でだが、他国内で黒魔術に関する情報を収集し、仮に黒魔術行使の噂を聞きつければ、該当国の軍隊と共に黒魔術使用者の拘束を行っている――とリゼさんが語ってくれた。
「黒魔術を使ったとしても見つかれば終わりじゃないですか? なのに無くならないってのも凄い話ですよね」
「それは黒魔術こそが真の魔術と信奉している者達がおるからじゃな」
黒魔術は魔術を元に開発されたと言われている。
「根っこにある基礎部分自体は魔術と変わらず、黒魔術も魔術式の構築を必要とする技術じゃ。魔術的な基礎技術・理論の部分から派生したものが黒魔術と言えよう」
魔術研究者が魔術の魅力に囚われるように、黒魔術もまた人を魅了する。
魅了された者の中には狂信的な者もいて、黒魔術こそが真の魔術であると豪語する者もいるという。
ただ、魔術と絶対的に違う部分は――
「命魂結晶を触媒として使うところじゃな」
国際的にも禁止されている命魂結晶の使用。ここが魔術と絶対的に違うところであり、黒魔術が禁忌とされる理由でもある。
「精霊教が黒魔術を禁忌とする理由はこちらにある。精霊教において、命魂結晶は生命の源とされておるからのう」
以前、研究者の中には命魂結晶を『魂が具現化した物質』と称する者も少なくはないとも語ったが、その考えは精霊教という宗教が関係している。
故に教会は『魂』を生贄のように使用する黒魔術を絶対的に許容していないということだ。
「大陸内には命魂結晶の使用を許容する国もありますよね?」
マリィさんは大陸の西端にある『ジャマラ王国』を例に挙げた。
「あの国は大昔から命魂結晶を使用する伝統があるからのう」
ジャマラ王国では、建国以前の部族時代から命魂結晶を使用する文化がある。
これは死亡した他者の命を自身に取り込み、他人の力を得ることで更に自身を強くする――という、大昔から続く元狩猟民族伝統が理由だ。
ジャマラ王国に関して、他国の感情としてはグレーだろうか。
悪用していないなら……と、悪い言い方をすれば見て見ぬフリをしているという感じ。
「じゃが、黒魔術に使用するのは倫理観に反するといったところか。人の魂を犯罪行為に使っている、と言われたら誰もが嫌な気持ちになるじゃろう?」
自分の身内が死んだあと、残った命魂結晶を犯罪に使われたらどう思う? とマリューさんは皆に投げかける。
当然、全員が嫌な顔をした。
「黒魔術が禁忌とされるのは命魂結晶を使用している点も多く注目されるが、更に悪名を轟かせたのはヘルガ・ギミットの存在だろう」
ヘルガ・ギミット? と首を傾げていると、殿下が頷く。
「黒魔術を生んだ始祖黒魔術師だ」
ヘルガ・ギミットは今から二百年前に誕生し、元は魔術師として活躍していた。
当時の大陸は戦争が頻発しており、ヘルガは傭兵魔術師として戦場を駆け回っていたという。
「魔術師としての技量は高く、戦場では初見の魔術を一目見ただけで模倣できたという逸話がある」
彼は戦場という魔術の展覧会で他者の知識を吸い取っていく。
魔術師としての才能に溢れた彼は、戦争が終わると一つの答えに辿り着いたようだ。
「魔術を越える魔術とは何か? 常に周りにはそう口にしていたらしい」
僕やマリューさんの場合、魔術を越えるモノは魔法だと言うだろう。
それと同じようにヘルガ・ギミットも魔術の先を見つけようとしたのかもしれない。
「戦場から姿を消したヘルガが再び表舞台に現れたのは十年後。彼は黒魔術という新技術を携えて現れた」
先ほども語った通り、黒魔術には命魂結晶が触媒として用いられる。
命魂結晶は魔石と同じく魔力を内包しているが、内包量と魔力濃度は魔石の数倍。
これを触媒として用いることで術者の魔術効果を数倍引き上げる作用があるという。
「黒魔術も自身の魔力を使うが、同時に命魂結晶を使うことで消費魔力の補助とするのじゃ。複雑な魔術を使用するには術者の魔力量も高くなければならんが、黒魔術はそれを命魂結晶で補っている」
その増幅効果は正統派魔術における階梯を二つ繰り上げるほど。
第一階梯魔術を使用する魔力量で第三階梯魔術が放てる、というわけだ。
「普通の魔術師は難しいことも、黒魔術師ならば簡単にやってのけてしまうのじゃよ」
「並の魔術師が生贄を捧げることでエリート級になってしまう、ということですわね」
これも立派な問題であるが、黒魔術が危険視されるのは魔力的な差だけじゃない。
「黒魔術が危険視される明確な理由は、黒魔術のほとんどが他人に影響を与える効果ばかりなんだ」
「他人に影響を……。あ、人を錯乱させる……」
「そう。今回の事件を起こした容疑者のように、他人の意識を奪って操る術などが多い」
魔術のように攻撃魔術やら日常的に使う魔術やらじゃなく、他人の身体へ直接影響を及ぼす類が多いのも黒魔術の特徴。
「戦争上がりのヘルガ・ギミットは黒魔術を用いて犯罪行為を続け、有名な話だと小国の王を操りながら破滅へと導いたというものもある」
ヘルガは王の精神を侵略し、意のままに操りながら――それこそ、王様のような暮らしを実現したという。
他にも大陸全土で犯罪行為を続け、次第に彼は国際的な指名手配犯となっていく。
彼の悪意は個人だけに留まらず、後に黒魔術を使用する犯罪組織『黒き月の導き手』を結成。
そういった経緯から『黒魔術 = 悪』というイメージが出来上がっていった。
「未だに黒き月の導き手は存在している。今も黒魔術に関する噂が途絶えないのも、この犯罪組織が存在しているせいだ」
しかも、と殿下は言葉を続ける。
「黒き月の導き手が何かしらの犯罪を犯した時、必ず『ヘルガ・ギミット』の名と姿が上がってくるんだ」
「え? ヘルガって人は二百年前に生きていた人なんですよね?」
「ああ。だが、関連する事件が起きた国では必ず彼の名前と目撃情報が挙がっているんだ」
これまで起きた黒き月の導き手関連における事件の裏では、当時の姿そのまま――ヘルガ・ギミットとしか思えない人物の姿、あるいは名前が報告書に記載されているという。
「く、黒魔術で幽霊になって生き続けているとか?」
「や、やめて下さいまし!」
僕が素っ頓狂は推測を口にすると、リゼさんは顔を青くしながら声を上げる。
そのまま僕の服を掴んで離さない。
彼女は幽霊が嫌いなのか。
今後は口にしないでおこう……。
「黒魔術組織が何らかの秘密を抱えていることは確かじゃろうし、奴らを支援する国があるという話も真実なのじゃろうな」
大陸に存在する国の中に黒魔術組織を支援する国もあるんじゃないか?
黒き月の導き手を使い、犯罪行為に見せかけて他国を攻撃しようと目論んでいる国もあるんじゃないか?
そんな臭い行動を見せる国も存在するという。
「クレセル王国が敵国認定している国の中にも、黒魔術組織と手を組んでいるんじゃないか? と疑わしい国は存在するよ」
つまり、戦争の傭兵感覚で犯罪組織を召し抱えているってこと?
怖すぎる話――と考えたところで、国王陛下が言っていた『アレテイア・ホルダーによる抑止力』を思い出す。
そういった外部の脅威から国を守るためにも、直接戦争が勃発しないためにも、僕達のような存在が必要不可欠ということなのだろうか。
「話を戻しますけど、今回の事件も黒魔術組織が関わっているんでしょうか?」
今回の事件は組織的な犯行なのだろうか?
あるいは、黒魔術を会得した個人の犯行?
「騎士団はどちらの可能性も捨てずに捜査している。仮に組織の犯行だった場合、国はアレテイア・ホルダーに支援を要請するかもしれない」
黒魔術組織が関わっていた場合、一網打尽にするのが望ましい。
その場合は騎士団だけじゃなく、魔術師の先を行くアレテイア・ホルダーの力も必要になる可能性が高いと。
「……人間と戦うってことですか?」
魔物ならまだしも、同じ人間と戦うという行為。
人を殺す可能性もあるという現実に僕の体震えてしまった。
「いや、お主は戦わん……というか、戦えん」
「え? そうなんですか?」
「うむ。だって、相手を灰にしてしまうじゃろ」
マリューさんの発言を聞いた殿下は「あ」と漏らす。
「確かに相手を灰にしてしまっては情報が取れませんからね」
「相手からすれば悪魔のような存在だろうな。一撃で灰になる魔術を底なしの魔力で連射されるのだから」
殿下とカーク君は僕を見ながら大きく頷く。
そんなの僕だってやりたくないですよ!
そう反論しようとしたところで、鐘の音が聞こえてくる。
午前中の授業が開始する十分前を告げる音だ。
「とにかく、外では注意してくれ。何か情報を得られたら教えて欲しい」
殿下のお言葉でその場は〆られ、各自の授業へと向かうことになった。
◇ ◇
その後、僕は一日の授業を終えて。
「リゼさん、今日はどうしますか?」
「今日はレポートを進めますわ」
授業を終えた後、僕はリゼさんの助手に早変わり。
彼女と共に研究室へ向かっていると――何やら研究所がいつもより騒がしい。
研究所一階にある研究室からは「あったか!?」などという焦りの声が聞こえてくる。
「どうしたんですかね?」
「さぁ……。何があったか聞いてみましょう」
リゼさんと共に研究室へ歩み寄り、たった今室内から飛び出して来た中年男性へ声を掛ける。
「もし。何かありましたの?」
「ああ! クロフトさん!」
リゼさんが声を掛けると、中年男性は青くなった顔を手で覆う。
「研究室の資料が紛失していました……」
「え!? 何ですって!?」
驚くリゼさんを余所に、僕は研究室のプレートへ視線を向ける。
『第一魔術研究室』
研究室を表すネームプレートにはそう書いてある。
……つまり、魔術の研究を記した資料を失くしてしまったということかな?
誓約書を必要とする情報が記されたものを?
「研究所外への流出は?」
「まだ未確定ですが……。あり得ないと思いたい……」
中年研究者は本気でマズいと感じているのか、今にも泣きだしそうな声だった。
「……カイル! 研究室へ急ぎましょう!」
「え? はい!」
リゼさんは自身の研究室へと走り出し、僕もその後を追う。
研究室に到着すると、扉には鍵が掛かっていた。
リゼさんは慌てた手つきで鍵を開け、自身の研究室へと飛び込む。
「――よかった!」
リゼさんの研究資料は残されていて、書きかけのレポートも机の引き出しに入ったまま。
部屋の状態も先日退室した時と変わっていないように見える。
「さっきの件、盗まれたってこともあるんでしょうか?」
「あり得なくはありませんわ」
だから焦っていたのだろう。
しかし、無事だったことに改めて安堵する。
「やっぱり、部屋の中を片付けた方がいいんじゃないですか?」
「…………」
リゼさんは研究室の中をじっくり見回す。
そして、大きなため息を吐いた。
「お掃除しますわ」
「えらい!」
孤児院の子供達を世話する癖でリゼさんの頭を撫でてしまうと、彼女の顔がみるみる赤くなっていく。
「こ、子供扱いしないで下さいまし!」
「す、すいません。つい癖で……」
慌てて手を離そうとするも、リゼさんの頭まで一緒についてくる。
「リゼさん?」
終いには僕の手を掴んで頭の上に乗せてしまった。
「リゼさん?」
「…………」
彼女は何も言ってはくれなかった……。




