第33話 彼女の野望
さて、楽しい精霊祭を満喫するためには――まず、リゼさんの研究を知ることだろう。
何をしているのか分からなければ手伝いようがない。
まぁ、彼女の研究を理解できるのか? って疑問は置いておいてね!
「リゼさんの研究って僕も見ることが出来るんですか?」
学園の敷地を通って研究所へ向かう途中、リゼさんに問うてみる。
一応、研究所の中で行われているものの中には外部へ出せないようなこともあるみたいで、目撃してしまえば『誓約書』にサインしなきゃいけないと殿下に脅されてしまったから。
これは僕やマリューさんのようなアレテイア・ホルダーも例外ではなく、守秘義務が発生する研究には必須の対応となっているらしい。
「カイルは既にご覧になっておりますわよ」
「え?」
ただ、僕は既に知っているという。
この場合、誓約書はどうなるんだろうか……。急に怖くなってきちゃったぞ。
「私の研究はゴーレムですわ」
「ゴーレム……。というと、リゼさんがいつも使っている魔術ですか?」
「ええ。それに関連していますの」
研究所内に入って廊下を進む。
途中、大量のバインダーを抱えた若い男性の研究者とすれ違い様に会釈して。
「おっとっと!」
「大丈夫ですか?」
研究者さんは転びそうになるも、抱えたバインダーを落とすことなくバランスを取った。
「あはは……。すいません」
彼は黒縁メガネの位置を直しつつも、僕の顔に視線は向けなかった。
その時にチラリと見えたのは、首元にある火傷の跡。
彼は僕の視線に気付いたのか、襟で隠すようにして早足でその場から離れていく。
そんな彼の後ろ姿を見送りつつも、僕らは第一錬金術研究室に到着。
研究室の扉を開くと――
「相変わらず独特な室内ですね」
前よりも汚部屋感が増していて、テーブルの上に積まれた紙が床に落ちて広がり放題。
それに研究途中っぽい機材も出しっぱなしだし、何故か魔石が水槽の中に沈殿しているという状況まで。
一体、この部屋では何が行われているんだ……。
続けてリゼさん専用の部屋に進入すると、こちらも相変わらずの汚部屋である。
「足の踏み場にお気をつけて」
彼女は部屋に入るなり、床に散らばっていた紙達をひょいと避けながら進んでいく。
「足の踏み場を考える前に片付けません?」
「何仰っていますの? これが完璧な配置ですのよ?」
それって汚部屋量産者特有の言い訳じゃあ……。
「とにかく、今の研究が区切りをつけるまでは掃除しませんわ」
それほどスケジュールが圧迫しているのだろうか? 精霊祭を楽しむ余裕なんて、本当は無いんじゃ……? なんて考えたのだけど。
「もうこの配置で覚えてしまっていますの。今から変えたらもっと時間が掛かりますわ」
「そうですか……」
ただ、面倒臭いだけっぽい。
「さて、私の研究を見せましょう」
「おっ、待ってました!」
彼女は足を伸ばしながら床に散らばる紙を避けていき、部屋の奥にあった黒板へと近付いていく。
「私の研究における最終目標は『完全自立型ゴーレム』の完成ですわ!」
「完全自立型ゴーレム?」
当然、僕は首を傾げてしまう。
「ゴーレムという名称は、正しくは人の形を模した人形を指しますの」
土や粘土、あるいは金属。土属性と関係が深い物質を用いて、人型の人形を生成すること。
それがゴーレムと呼ばれる物である。
「ゴーレム生成技術は既に世へ広まっていますわね」
「そうですね。冒険者ギルドの案山子として使われていたりしますし」
ゴーレム生成という魔術は単体だとそこまで効果的ではない。
何故なら、土などで人形を作りだすだけの魔術だからだ。
形や大きさは術者の思い通りに生成できるが、そこから先の使用用途が限られているのが昨今の状況。
主な使い方としては、先ほど僕が口にした案山子の代わりだろうか。
他には、戦場で囮役の人形として使われたり。
はたまた、服屋さんのトルソー代わりに使われるって話も聞いたことがある。
とにかく、形や大きさが自在な人形を作り出せたとしても、使用用途自体が限られるという話だ。
「ただ、私はこのゴーレム生成技術に可能性を見出しましたのよ」
幼少期の頃、彼女はゴーレム生成技術に惹かれたという。
「形も大きさも思いのままになるゴーレム生成を用いて、お人形遊びするのが始まりでしたわ」
いつものように数体のお人形を生成し、おままごとをして遊んでいると――小さなリゼさんはふと気付く。
『お人形が一人でに動き出したら、もっとおままごとにリアリティが増すんじゃない?』
とてもじゃないが、僕には無い発想だ。
その考えが過った頃、同い年の僕は何も考えずに外を走り回るだけだったと思う。
「原点はお人形遊びでしたけど、錬金術を学んでいく過程で新たな使用用途に辿り着きましたの」
完全自立――生成したゴーレムが勝手に動き出す、という要素は幼少期の頃に得た発想であるが、主な使用用途に関してはちゃんと現実的だと彼女は前置きする。
「勝手に動くゴーレムを人の代わりに働かせますの。特に危険な仕事に従事させるのですわ」
例えば、鉱山の採掘作業。
崩落の危険がある鉱山内での作業、あるいは坑道を拡張する際に使う爆発物の使用を代わりに行ってもらうなど。
例えば、危険地帯や危険な場所への侵入。
毒の空気が充満する危険な火山地帯、危険な魔物が潜んでいる未知なる場所。そういったところへ『最初の一人』として進む偵察の代わり。
などなど、とにかく人の命が係わるような危険なシーンにゴーレムを投入する。
「ああ、なるほど。ゴーレムは再生成が可能ですものね」
「ええ」
危険な作業に従事する者のリスクを減らし、より安全に作業してもらうこと。
対魔物戦や対策に関してもリスクが減れば、平和を守る騎士団にも喜ばれるはずだ。
「特に目指したいのは鉱山での作業ですの。当家は鉱山作業員と密接な関係ですし、その危険性も承知しておりますから……」
危険性を知りながらも、国一番の錬金術一家として素材の買取を行っているという現実。
リゼさんは相手の背負うリスクを知っているからこそ、錬金術師という立場だからこそ、もっと安全に過ごせる環境を作りたいと思っているのだろう。
「リゼさんは偉いですね。立派です」
「そ、そう……」
ほんのりと頬を赤くした彼女は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「と、とにかく! 私は人の役に立つゴーレムを作りたいと考えていますの」
「なるほど。完全自立型の使い道は十分に理解できました」
目標と目的は理解した。
しかし、リゼさんは「ただ!」とやや強めに強調した。
「最終目標は完全自立型ですが、今の私では難しいですわ」
「え? そうなんですか?」
「ええ。ゴーレムが一人でに動く、勝手に考えながら動くというのは……。正直、夢物語と言ってもいいでしょう」
これは「人に限りなく近い、人ならざる者」を創造することに等しい、と彼女は語る。
「外見はゴーレム。中身は人間。そう考えると難しいと思いませんこと?」
「まぁ……。確かに」
それって『人』とどう違うんだろう? という疑問が浮かんでしまう。
「よって、最初は命令型のゴーレムを作ろうと考えましたの」
ここからが現実的な話。
完全自立型は難しすぎる。まだ研究を続ける必要がある。
そこでまず到達すべきは、人の命令を受けることで動くゴーレムの完成だ。
「例えば、床に落ちたチョークを拾って? とか。床掃除をして? とか。とにかく、最初は簡単な命令を達成できることから始めようと思いましたの」
ゴーレム生成技術と魔道具の融合。
クロフト家が培った錬金術技術、魔道具製造技術を用いたゴーレム生成技術の発展型。
「勝手に考えて動くよりも簡単そうに聞こえてきますね」
これを現実的な目標とし、リゼさんは今日まで研究を続けてきたという。
「最初は四肢の稼働を考えましたわ」
人と同じように手を動かすため、精密な手を生成する術式の構築から開始して。
「もしかして、リゼさんが戦闘で使うゴーレムの手が?」
「そう。あれも研究の過程で生み出しましたの」
クオリティの高いゴーレムの手を生成できるようになった後、その腕に命令を下すための魔術式を開発しようと試みたようだ。
その副産物として誕生したのが、リゼさんの腕の動きに合わせて動く『巨腕』である。
「全部繋がっていたんですね」
「ええ」
そして、遂にリゼさんはゴーレムに命令を下すための魔術構造を作り上げることに成功。
「これが試作品ですわ」
彼女は中サイズの魔石――土属性の魔力が詰まった魔石を僕に見せてきた。
それを専用のソケット――台座から棒が伸びて宙に浮かんでいるような形――が設けられた魔道具に差し込む。
小さなスイッチレバーをパチンと弾くと、ソケットに刺さった魔石がピカピカッと小刻みに光り出して――
「お、おお!」
ソケット台座の下にあるお皿の中に盛られた土が宙へ浮いていく!
宙に浮いた土は魔石へ吸い込まれるように吸着していき、最終的には魔石とソケットを包み込むように『手』の形を作り上げる。
人の手首から先、正しく『手』と呼ぶに相応しいクオリティだ。
「お~」
完成した土の手と自分の手を見比べていると、土の手がピクピクと痙攣するように動き出す。
そして、勝手に「ピース」のハンドサインを作りだすよう動き出したのだ。
「まだ試作品なので指を動かす程度しか再現していませんけど、もっと大きな魔石を使って『腕』を作り出せば物を掴むことも可能ですわ!」
「ひゃー! すごー!」
「ただ、やっぱり問題もございまして……」
驚く僕に苦笑いを浮かべるリゼさんは、最大の課題が『大型化』と『燃費』だと明かす。
「人型のゴーレムを作りだすには、既存の魔石サイズでは難しいと判明しましたの」
同時に細やかな命令を下すための魔術式の量は膨大であり、それを刻むための魔術回路も大きくなってしまう。
「魔術回路って魔道具に入っている部品でしたっけ?」
「ええ。そうですわよ」
リゼさんが見せてくれたのは、小さなメモ帳サイズの銀板だ。
銀板には魔金と呼ばれる素材で描かれた魔術式がびっしりと描かれており、魔術回路に魔力を流すことで魔道具の機能が発揮される。
クロフト式錬金術には欠かせないパーツだ、と彼女は語った。
「私が目標としているゴーレムを作るには、市場に出回っている魔道具とは比較にならないほど大きな魔術回路が必要ですわ」
命令を下すために必要な魔術回路が大きくなればなるほど、要求される魔力量も増えてしまう。
となると、既存の規格化された魔石一つでは魔力も足りず。
動かすには多数の魔石を繋げ、発揮する魔力量を増やす装置まで取り付けなければならない。
「ただ! 小型化と魔力効率の向上に成功すれば!」
リゼさんの目標とする『命令型ゴーレム』の完成は近い、と。
だが、小型化と魔力効率の向上は次の目標。
「まずはここまでの成果をレポートに纏めて、実演披露用の試作品を作らないといけませんの。秋に行われる発表会で成果披露ができないと……」
「出来ないと?」
「専用の研究室が取り上げられてしまいますわ!」
そりゃ一大事だ。
「分かりました! リゼさん、僕はどんなことでもお手伝いします! だから、何でも言って下さい!」
リゼさんの研究も終わらせない。
精霊祭も楽しませたい。
全部叶えるためにも、僕に出来ることなら何でもしますよ! と鼻息荒く宣言した。
「な、何でも……。ですの?」
「ええ、何でも!」
自信満々に胸を叩くと、頬を赤くした彼女は一瞬だけ顔を伏せた。
そして、小さい歩幅で僕へと近付いてくると……。
僕の服をちょんと摘まみながら、上目遣いで要求を口にする。
「……私の助手になって下さいまし」
「助手ですか?」
……助手って何をするんだろう?
錬金術のれの字も知らない僕に務まるだろうか?
「わ、私が研究している間、私の要求を聞いて下さいまし!」
お茶が飲みたければお茶を淹れ、不要なものがあればゴミ箱へ入れる。
「あとは合間のお喋り相手ですわ!」
リゼさんが作業の手を止めたら、お喋りの相手になってあげること。
うん、完全に雑用係だ!
「分かりました。任せて下さい!」
むしろ、僕の得意分野と言えるだろう。
日々の家事、そして孤児院のチビ達を相手に培った能力を発揮してやろうじゃないか。
「あ、あと……。こ、これは絶対ですわ」
「ん? 何ですか?」
「わ、私の傍にいて……」
彼女は再び、上目遣いで要求してくる。
顔を赤くして、弱々しい彼女を見ていると――どことなく、熱を出した時の妹達に似ている。
今すぐ抱きしめて上げたくなる衝動に駆られるが我慢だ。
僕は下唇を噛んでグッと耐えた。
とにかく、僕は今日からリゼさんの助手になったのだ!




