第31話 疑問の答え
警邏中の騎士に助けられた僕は「事情を聞きたい」とのことで騎士団本部へ同行することに。
そこで自身の名前と身分を明かすと、担当騎士に「アレテイア・ホルダー!?」と盛大な驚きを与えてしまった。
同時に彼が「アレテイア・ホルダーなのにどうして助けを呼んだんだ……?」という疑問を抱くのも容易に読み取れてしまって……。
「……お主、アレテイア・ホルダーのくせに助けを求めたのか?」
保護者代理として呼び出されたマリューさんにも同じことを言われてしまう。
マリューさんが呼び出されたのは担当の騎士が僕の扱いに悩んだ末、同じアレテイア・ホルダーを呼んだ方がいいと考えたのかも。
それは置いといて、とにかく僕の考えも聞いて欲しい!
「いや、だって! 人に魔術を放っちゃダメでしょう!? 犯罪行為ですよ!?」
この世の誰もが小さい頃、親から「人に魔術を放っちゃいけません!」と学ぶだろう。
僕の場合は孤児院の兄と姉、それにグロリア先生だったけども。
とにかく、街の中で魔術をぶっ放すのは犯罪行為だし、人に向かって放つのなんて絶対にいけない行為。
常識中の常識。法律で決まっているダメなやつ。
それはアレテイア・ホルダーであっても例外じゃないはず。
「そりゃそうじゃが、今回のケースは明らかに向こうに非があるじゃろう」
お主、襲われそうになったんじゃろ? と。
「確かにそうですけど……。僕が魔術を使ったら相手が灰になっちゃうじゃないですか」
「……そうか。お主にかかれば完全犯罪の成立じゃな」
僕らの会話を聞いていた騎士がギョッとした表情を見せた。
しませんよ、しません! 絶対に!
「と、とにかく、本日はもうお帰りになって下さって大丈夫ですよ」
未だ口元が引き攣っている担当騎士が言った。
「相手はどうしてカイルを狙ったんじゃ? 金目当てか?」
「いえ、それが……」
マリューさんの問いに担当騎士は困惑の表情を見せる。
というのも、相手は錯乱しているような状態で話すことも出来ないらしい。
「ヤバい薬を摂取したのか、どうにも様子がおかしくて。今は牢屋に入っています」
誰がどう見てもヤバイやつ。
僕の証言を疑う余地もない、といった状態らしい。
また事情を聞く可能性もあるが、とにかく本日はお引き取り下さいとのことで、僕はマリューさんと共に騎士団本部を後にした。
「今日はもう授業に間に合わんじゃろ。午後の授業が無ければ帰ってもいいぞ?」
午後に授業は入ってなかったはず。
「マリューさん、この後暇ですか? アレテイア・ホルダーの件で質問があるんですけど」
だが、どうせなら僕の疑問を解消して欲しいと思った。
「ふむ。構わんぞ。私の部屋へ行こう」
◇ ◇
「僕達の魔術って魔術じゃないですよね?」
学長室で向かい合った後、自分の疑問を真っ直ぐぶつける。
さすがに言葉足らずだったかな? と思ったのだけど、意外にもマリューさんはニヤリと笑って。
「ほう、気付いたか。お主も成長したのう」
むしろ、嬉しそうな雰囲気を醸し出す。
「ヒュドラと戦った日、あの日に魔法の煌めきを見てから……。なんか自分の魔術に違和感を感じるんですよね」
そして、それは昨日の授業で確信に変わった。
「お主の言う通りじゃ。私達の魔術は純粋な魔術ではない」
「魔法でもないですよね?」
魔術じゃなければ魔法か?
否だ。煌めきが足りない。
「そうじゃな。魔法研究者としての仮説を語るのであれば、私達が扱う術は半分魔術で半分魔法といったところかのう」
マリューさんは淹れたてのお茶を一口飲む。
「アレテイア・ホルダーについて、前よりも少し踏み込んだ話をしようか」
そう前置きした理由は、魔法の煌めきを目撃した今の僕ならば理解できると感じたからだろう。
「まずは魔術のおさらいじゃ。魔術は魔術式を構築し、最近では詠唱を口にすることで完成させる」
これが現代魔術の基本。
「お主が魔法を使った際、空に魔術式のようなものが浮かんだじゃろう? あれは魔法陣と呼ばれるものだ」
魔法を発動させる際、必ず必要となるものの一つが魔法陣。
「詠唱も口にしたじゃろう?」
もう一つが魔法詠唱。
「ええ。魔法陣も詠唱も勝手に」
あの時、僕は無意識だった。
無意識に魔法陣を構築して、口が勝手に詠唱を読み上げた。
「私の場合もそうだ。慣れ親しんでいるように、スラスラと魔法陣の構築と詠唱を読み上げる」
アレテイア・ホルダーが魔法を発動する際、必ずこの二つが必要なる。
ただ、僕よりも長く生きていて、アレテイア・ホルダー歴も長い彼女もほぼ無意識にこの二つを行使しているという。
「魔術は魔法の模倣であるが、模倣した部分はここじゃな」
「ああ、詠唱も模倣ってわけですね」
魔術式は魔法陣を元に開発され、魔術詠唱も魔法詠唱を元に開発されたというわけだね。
「さて、ここからがお主の疑問についてじゃ。私達は魔法を使える。ならば、私達が使う魔術は魔法なのか?」
「いいえ、煌めきが足りません」
キッパリと否定すると、マリューさんも頷く。
「そう、私達が日常的に使う魔術には、お主の言う魔法の煌めきが足りない。しかし、他の者達が使う純粋な魔術とも違う」
彼女はそう言いながらも、手の平に小さな竜巻を作りだす。
「同時に発動プロセスが違い、テンプレートとして規格化されていないオリジナル魔術も作り出せる」
作り出した竜巻を握り潰し、今度は風を操ってティーカップを浮かせてみせる。
「ならば、このオリジナル魔術は何だ? 私が記憶の中から再現しているものは本当に魔術なのか?」
今、マリューさんがやってみせたモノも魔法ではない。
魔法の煌めきはなく、魔術に近い何か。
「私の考えが正しければ、これは自分自身が持つ魔法を自らが模倣しているのではないか?」
彼女は魔法研究者としての仮説を口にする。
「魔法を模倣している? 僕達が、ですか?」
「そうじゃ。他の者達が私達のオリジナル魔術を模倣するように、私達もまた自身の魔法を模倣して、魔術と称して使っているのかもしれない」
煌めきが足りない分を自身の魔力で補っている、あるいは魔力で無理矢理再現しているのではないか? と。
「お主の言う、空っぽの箱という例えは正しい。私も随分前から同じ感覚を覚えているからな」
本来、詰め込まれるべきは魔法の煌めき。
だけど、それを満たせないから『空っぽ』のように感じるのだ、と彼女は語る。
「となれば、私達が使う空っぽの魔術に魔法の煌めきを詰め込めるとしたらどうなる?」
「本物の魔法になるってことですか?」
その結果、威力やら効果範囲やら、実現可能範囲が段違い――まさしく、魔法と呼ぶに相応しいレベルになるのでは? と。
「恐らく。だから、半分魔術で半分魔法と表現したわけじゃな」
ここまでの理屈は分かる。
煌めきが足りないっていう原因は感じられるのだから。
しかし、問題はその煌めきをどう詰め込むのか、という方法だ。
「それが分かれば私も長年苦労しておらんよ」
「ですよね~」
マリューさんにも分からないことが、僕に分かるはずもなく。
しかし、ここでもう一つの疑問をぶつけてみることにした。
「魔法の煌めきって何なのでしょう? さっきマリューさんも言ってましたけど、魔力じゃないですよね?」
僕の感じたことを言葉にするなら、とんでもなく綺麗で、とんでもない力強さを持った光の粒の集合体といったところ。
魔力とは違う、別次元の何かということだけは肌で感じ取れるのだが。
ただ、これに関してはマリューさんが答えを持っていた。
「あれは精霊の力だ」
「精霊? 精霊って精霊伝説の? あの精霊ですか?」
「その精霊じゃよ。この世を創造した精霊じゃな」
人々が「精霊とは何か?」を説明する際、真っ先に口にするのは『精霊伝説』だろう。
この世界が誕生する前は四属性の精霊――火、水、土、風の精霊達だけが存在していた。
四精霊はお互いの力を融合させ、世界を創造する。創造された世界には精霊の力が宿り、世界には自然という土台が出来上がる。
その土台が人類を作り、人類は精霊の力を宿した自然を利用することで発展していった――というのが、精霊伝説の大まかな内容だ。
まぁ、要するに僕らの根底には精霊の力があって、そのおかげで豊かな生活が出来ているんですよ~ということ。
誰もが子供の頃に聞かされる伝承である。
「精霊伝説を元に宗教――精霊教が誕生したって話も理解していますけど……」
精霊教とは先に語った伝承を教え伝え、同時に世界創造を果たした神として精霊を敬う宗教だ。
大陸最大の宗教でもあって、総本山はクレセル王国から東にある『サルサリカ聖王国』に存在する。
我らがクレセル王国も精霊教信者は多く存在し、王都中央区に大きな教会が建設されている。
「本当に精霊っているんですか? って、ちょっと前の僕なら聞くんでしょうけど……」
普通の人なら神話に登場する魔法に対し、魔法って本当にあるんですか? と聞くのと同等の信憑性だと思う。
「そりゃおるじゃろう。私の記憶にも存在しておるし」
ただ、僕らは魔法を使えるわけで。
マリューさんの記憶に精霊が登場する、という内容も今となってはすんなり信じることが出来てしまう。
「もしかして、記憶の中にある精霊が魔法の煌めきを放っていたとか?」
「察しが良いな。その通りじゃよ」
これがマリューさんの確信たる証拠。
記憶の中にある「空を飛んでいた」というシーンで、共に飛んでいた風の精霊は長く綺麗な尾から魔法の煌めきを放っていたという。
「記憶にあったとしても……。マリューさんも魔法の煌めきを自由に使いこなすことは出来ないんですよね?」
「そうじゃな。魔法を発動させる際、勝手に使用される――いや、魔法の時に限り精霊の力を借りれると言えばいいじゃろうか?」
普段使う魔術に魔法の煌めきを詰め込むことはできない。
だけど、魔法を使用する際は勝手に魔法の煌めきが詰め込まれる。
……なんだこれ? どれも勝手に起こりすぎじゃない?
「そうは言ってものう。だから謎なんじゃが」
「そりゃそうか」
まだ解明されていないんだからしょうがないのだろうけども。
「精霊の力を自分の意志で借りることができたら、それは魔法の謎が解明されたって言ってもいいですかね?」
「うむ。私達の魔術が魔法足り得ないのは、精霊の力が作用していないからじゃからな」
マリューさんはウンウンと頷きつつもお茶を飲んだ。
「ただ、精霊が実在する証拠は新たに発見されたぞ」
「え? そうなんですか?」
どこかで発見されたんですか? と問うと、彼女は僕を指差す。
「お主が魔法を発動させた後、気絶したお主を炎の馬が運んで来たという話じゃよ」
「あ~、殿下が言ってた……」
そういや、殿下が「炎の馬について何か知っている?」って言ってたっけ。
…………。
「あれ精霊なの!?」
僕は口に含んだお茶を吹きだしそうになった。
「今さらか?」
呆れるようにため息を吐くマリューさんだったが、僕は気絶していて覚えていないんだからしょうがないじゃない……。
「私の記憶にある風の精霊は、あくまでも記憶の中に存在するだけじゃった。しかし、お主を運んだ炎の馬は多数の人物が目撃しておる」
これまで「精霊を見た!」と言う人は世の中に何人も存在していたようだが、どれも「幻覚じゃね?」と疑われることがほとんど。
しかし、リューグエンダ伯爵領で起きた件に関しては、多数の人物――この国の王子であるゼイン殿下までもが目撃しているのだ。
あの日の出来事は精霊が確実に存在している証拠として有力である、とマリューさんは語る。
「中央区の教会から詳細を聞かせてくれ、と申し入れがあったとも聞いておる」
「うわ、面倒臭そう」
僕は別に教会や宗教が嫌いってわけじゃないけど……。
小さい頃、精霊伝説の朗読会に参加した際に「もっと感情込めて!」とか「もっと敬う心を伝えるように!」とか滅茶苦茶スパルタなことを言われたのがトラウマなんだよなぁ……。
あれ、絶対に他の子もトラウマになってるよ。
「そう思って、私の方から制止をかけておいた。お主も万全な状態じゃない、とね」
「あら、優しい」
「そうじゃろう、そうじゃろう。まぁ、私も教会はあんまり好きじゃないからな!」
えへん、と胸を張るマリューさん。
ただ、精霊に関係する教会に対してあまり好意的じゃない点については意外だった。
「大昔、精霊に関する研究資料を読ませて欲しいとお願いしたら断られた。外部の者には明かさず、自分達だけで独占しようって気概も気に食わん」
ピシャリとお断りされた件を未だ根に持っているらしい。
「とにかくじゃ、魔法の謎を解明するヒントは精霊にある」
ここで話を戻して。
マリューさんが魔法研究者として謎を解き明かすためには、精霊の正体を明らかにすることも重要だと。
「精霊に助けられたお主には何かヒントが隠されているかもしれん。今後も精霊と接触する機会があったら、すぐに私へ報告するように!」
「それはまぁ、構いませんけど」
そう簡単に接触なんて出来ないだろうけど。
また魔法を使った時にも現れるのだろうか? いや、だとしたらマリューさんも精霊と出会っているだろうし……?
「よく分からないけど、見かけたら教えますよ」
「お主、家出した猫を探してくれと頼まれたくらいにしか思っておらんじゃろ?」
……へへっ!
僕は誤魔化すようにお茶を飲んだ。




