第30話 中身は早々変わらない
レストランで昼食を摂った後、午後からは必修授業である魔術基礎がスタート。
本日は魔術訓練場で実技授業――火属性第三階梯攻撃魔術『ファイアジャベリン』の発動を試してみましょう、という内容。
第三階梯ともなると、実際の戦闘でも多様される威力となってくる。
現に現場で活躍する魔術師達は息をするように第三階梯魔術を使いこなし、同時に現代の魔術戦においては軸となる階梯の魔術だ。
将来、騎士団所属の魔術師隊や上位ランクの冒険者を目指すならば習得必須。
騎士団の採用試験では「第三階梯が完璧に使えなきゃ話にならない」とさえ言われるレベルらしい。
つまり、第三階梯を使いこなせるか否かで平均の上か下かが決まる。
第四階梯まで使えれば優秀、第五階梯を使えたらエリート、といった評価が近年のスタンダートだという。
元々現場で戦っていた講師達も「最低でも一年間のうちに使いこなせるようになろう! じゃないと赤点だぞ!」とややハードな基準を口にするくらいなのだから、これくらい出来なきゃ魔術師としてやっていけないのだろう。
「ああ! 曲がった!」
「な、なんで発動しないんだ!?」
基準となるレベルなだけあって、それなりに才能と努力も必要となる。
特に平民出身の生徒は失敗する者が多く、講師に「まぁまぁ。まだ時間はあるから」と慰められる者は多い。
平民出身という括りだけで言えば、半分が成功させているって感じかな?
たぶん、成功している人達は魔術師を本気で目指している人達だ。
中には失敗しても肩を落とさない人もいて、そういった人達は実家の家業を継ぐことが決まっている人なのかも。商家の出身とかね。
次に貴族家出身の生徒達だが、こちらは九割が一発成功。
貴族家の人達は小さな頃から魔術の勉強していただろうし、平均より上であることが普通なんだろう。
中でも失敗している人――僕の知っている人だとライリー君あたりは……。
「ガハハ! やはり無理だな!」
魔術の炎がウンともスンとも出現しないにもかかわらず、豪快に笑い飛ばしていた。
「やはり、俺には槍が合う!」
意外だったのは、彼のように開き直っている人が結構いるってところだ。
そういった人は決まって筋肉モリモリ。制服のシャツがパッツンパッツン。
魔術よりも身体能力でキメるぜ! って人が多い。
「ファイアジャベリン!」
当然、Sクラスのメンバーはみんな一発合格。
もはや、このまま騎士団に所属しても何ら問題無いレベルだろう。
「じゃあ、次は君の番だよっ!」
男性講師――初めての授業で僕の魔術を見て、泡を吹いて倒れた人が目を輝かせながら僕を手招きしてくる……。
「史上三人目のアレテイア・ホルダー! その魔術を生で見れるなんて!」
くぅぅっ! と興奮しているけど、僕はファイアジャベリンを撃てません……。
魔術式も詠唱も全く覚えていません……。
とは言え、前回のように彼らが見たいのはアレテイア・ホルダーの魔術であるってことも分かってる。
「以前にお見せした火の猫を操る魔術でもいいですか?」
「ああ、学長から聞いているよ! あの猫を動かせるようになったんだって!?」
鼻息が荒い講師にやや気圧されながらも、僕は後方にいる生徒達の様子を窺った。
使う魔術は前回と同じ。
『大道芸みたい』
そう言われた魔術の発展版だ。
「やりますね」
掌に小さな種火を生み出し、それを徐々に大きくしながら猫の形へ。
空中に生まれた火猫はピョンと飛んで床に着地し、本物の猫のように体を伸ばす動作を見せる。
「ねこちゃん」
最初に声を上げたのはリゼさんだ。
前々から思っていたけど、彼女は猫が好きなのかもしれない。
「じゃあ、動かします」
僕が「ついておいで」と言えば火猫は僕の後ろをトコトコと着いてきて、ジャンプを指示すればその通りに動く。
主人にべったりな猫の姿を披露すると、リゼさんだけじゃなく後方の生徒からも「おおー」と歓声が上がった。
「獲物を仕留めてこーい!」
最後に的へ向かって走らせ、衝突と共に灰へ変わる威力を見せた。
「お見事!」
特別大きな声を上げたのはライリー君だ。
一緒に考えてくれた彼は満面の笑みでサムズアップしてくれて、僕もつられて笑顔になってしまう。
他の生徒達からは――
『的が灰になったぞ!?』
『本物の猫みた~い』
『やっぱり、アレテイア・ホルダーってすごいね~』
なんて声も聞こえてくるのだけど……。
正直に内心を明かすとすれば複雑な気分と言わざるを得ない。
たぶん、僕は上手く笑えていないだろう。
苦笑いになっていればいいのだけど。
そんな僕の肩を叩いたのは殿下だ。
「あまり気にするな」
恐らく、殿下は僕の内心を察したのだろう。
「大体の人はそういうものだよ。しかし、決して悪気があるわけじゃない」
「そうですわ。カイルの力に気付きやすくなった、と言えばよろしいのかしら」
アレテイア・ホルダーと正式に認められたことで信憑性を得た。
国からのお墨付きがあることで素直に認められるようになった。
廊下でお茶に誘われた件と同じだけど「こうも変わるものか」と実感する出来事だ。
「確かな肩書というものは、その人の立場を明確にするものだ。面倒なところもあるが便利でもある」
「疑われるより、ずっと楽だと思いますよ」
カーク君、マリィさんも僕が前向きに捉えられるよう言ってくれた。
「そうですね。確かに入学初日よりは居心地が良いと思います」
僕も素直に「肩書ってスゲーッ!」って考えた方がいいのかな。
むしろ、これまでが考えすぎだったのかも?
「ところで先生、まだ続けた方が――」
「あ、また泡吹いてますわ」
――泡を吹いた講師は再び医務室に運ばれ、代わりの講師が「もう一巡やりましょう」と指示を出す。
因みに僕は「あとは見てるだけでいいよ」と言われてしまい、訓練場の隅っこでポツンと膝を抱えている状態だ。
「うーん……」
ただ、見学も悪くない。
皆の魔術を見ていると、僕の中にあった疑問が確かなものになっていくのを感じる。
「僕の魔術ってみんなと違う」
抱えている疑問はこれだ。
僕はヒュドラと戦った時、魔法の煌めきを見た。
あれ以降、どうにも『違い』がハッキリと分かってしまう。
「たぶん、みんなの使う魔術は本物の魔術なんだよな……」
あくまでも違うのは僕。
――アレテイア・ホルダーという存在は、魔術式無しで魔術を行使できる。
皆との違いはあくまでもそこだけだと思っていたけど、行使する魔術の質と言えばいいのか、中身と言えばいいのか……。
自分でも何と表現すればいいのか分からないが、内に抱えている感情は『物足りなさ』だろうか?
的に向かってファイアジャベリンを放つ殿下を見ながらも、僕は手の中に種火を作りして見比べる。
「……煌めきがない」
当然だ。
この種火は魔法じゃない。
世間的には魔術と言われるものだけど……。
だけど、どうしても僕の生み出した魔術は中身の入っていない空っぽの箱に見えてしまうのだ。
「う~ん……」
疑問の答えは出ない。
やはり、マリューさんに聞くのが確実かな。
◇ ◇
「にーちゃん! 僕の靴下がない!」
「えーっ! 昨日用意してたでしょ!?」
翌日の朝、孤児院はいつも通りのカオス状態だ。
まだご飯を食べている途中だった弟の一人が急に「着替える!」と言い出したり、末っ子は半分寝たままスープを飲もうとしているし。
「あーっ! 私のリンゴ食べた!」
「食べてなかったじゃん!」
「後で食べるつもりだったのー!」
二番目の弟と上の妹はリンゴの取り合いで戦争をおっぱじめる始末。
「はいはい! 喧嘩しない! 僕のリンゴあげるからっ」
どうにか調停役をかって出るが、それでも戦争の遺恨が残り続けてしまうのが兄妹というものだ……。
「カイル、そろそろ時間じゃない? 大丈夫?」
グロリア先生に言われて時計を見ると、時刻は八時十分前。
いつもならとっくに孤児院を出ている時間である。
「やばっ! 遅れちゃう!」
「ここは私に任せて行きなさい」
先生まで戦場の兵士みたいなことを言いだしたが、それに甘える他なかった。
「行ってきます!」
慌てて靴を履き、ぐねぐねになったネクタイのまま孤児院を飛び出した。
鞄を脇に抱えながら全力疾走。
「向こうからの方が早いっ」
脳内に地図を広げ、同時に時間帯におけるメインストリートの状態を加味して。
馬車の通りが多くなる時間帯だから脇道を使った方が早いと判断し、すぐ近くにあった狭い脇道に向かって方向転換。
日陰になった狭い道は朝だというのに真っ暗だ。
途中で不法投棄されたゴミに躓きそうになるも、片足をケンケンさせながら態勢を整えて。
最初の脇道を抜け、更に次の裏路地に入ったところで――前に人の影が見えた。
その人は裏路地の壁にもたれかかっていて、何だかブツブツ独り言を言っているように見える。
朝から酒に酔っ払った人か、あるいは何か犯罪臭のする物体を摂取した人か。
現在地――平民街の奥にあたるこの場所では、ガラの悪い連中や犯罪に片足を突っ込んでいるような連中も珍しくはない。
ただ、今の僕はそれを気にしている暇はないのも事実。
最速で通り抜ければ相手も追って来ないだろうし、絡まれもしないだろうと思っていたのだけど。
「ウ、ウウ……」
人影はフラフラと動きだし、それはまるで僕の行く道を塞ぐように。
両手をだらんと垂らしながら、道の真ん中に立ち尽くしてしまった。
「…………」
何だか怖くなってしまい、僕は来た道を引き返そうとした瞬間――
「ウ、ウワアアアッ!!」
「うわああああッ!?」
人影が僕に向かって走り出したのだ。
しかも、奇声まで上げて。
「ひ、ひぃぃぃっ!!」
急いで来た道を戻り、裏路地の入口まで全力ダッシュ!
「ウオ、ウ、ウアアア」
しかし、向こうの方が早い!
僕の足が遅すぎるってわけじゃない! 向こうが異様に早い!
徐々に距離が縮まって来るのを背中で感じつつ振り返ってみると、僕が見たのは男の酷い有様だ。
口からは涎が垂れ、鼻からは鼻血が垂れていた。
しかも、両目は僕を見ていない。両目ともそれぞれ明後日の方向に向いている。
「ひ、ひ、ひぃぃ!」
それでいて、僕に両手を伸ばしながら向かって来るのだから恐怖しかない。
「た、助けてええええ!!」
辛うじて捕まる前にメインストリートへと脱出でき、恥も肩書も何もかもを投げ捨てて助けを乞う。
「何をしているッ!!」
日頃の行いが良かったのか、すぐ傍に警邏中の騎士隊がいてくれた!
騎士達は僕を追いかけていた男にタックルをぶちかまし、地面に倒れたところを素早く拘束。
「君、大丈夫か!? 怪我は!?」
「あ、ありませぇん……」
安心して気が抜けてしまったせいか、僕はヘロヘロと地面に座り込んでしまった。




