第29話 認定後
僕がアレテイア・ホルダーと正式に認められ、リューグエンダ伯爵領から帰って来て一週間が経過した。
この一週間は色々と忙しく、特に王城へ足を運ぶ機会がかなり多かったと思う。
「まさか王立銀行の偉い人が直々に会いに来るとは思いませんでした」
まず最初に王城から指示された内容は「アレテイア・ホルダーとしての銀行口座を開設しなさい」だった。
僕個人が銀行口座を所持していなかったということもあるが、これは国から出る報酬等を振り込むために必須だと。
そこまでは良かったのだけど、まさか王立銀行を管理する財務省のお偉い様が直々に僕の元へやって来て、とんでもないくらい深く頭を下げるものだから……。
「そりゃそうじゃろう。史上三人目のアレテイア・ホルダーである上にヒュドラ殺しの英雄様じゃからのう」
ため息を吐く僕とは対象的にマリューさんは「イーッヒッヒッ!」と上機嫌だ。
「……最近、嬉しそうですね?」
「当然じゃ! お主が活躍すれば私は研究に没頭できるからな! 煩わしい『お願い』を聞かずに済む!」
この調子でバンバン魔物をぶっ殺して来い、と彼女は大笑い。
冗談じゃない!
もうあんな目に遭うのはごめんだ!
「今後、何かしらの式典やらがある際もお主が出席してくれ。ああ、その時は国王から貰ったローブを着るんじゃぞ」
「嫌ですよ、マリューさんが出席して下さいよ……」
マナー授業を半分も消化していない僕が出たところで恥を掻くに決まってる。
そういった面倒事はつるぺたで恥の概念なんて持ってなさそうなロリエルフ師匠にお任せしたい。
「今、私のことをロリペタエルフだと言ったか?」
「言ってませんけど……」
マリューさんは「ふん」と鼻を鳴らしつつも「ところで」と話題を変える。
「ところで、お主が消滅させたヒュドラの件じゃが」
「何か分かったんですか?」
ヒュドラ討伐以降、リューグエンダ伯爵領では大規模な調査が行われた。
特に重点的に調査されたのは、成体となったヒュドラが出現した山だ。
「ヒュドラが出現した山じゃが、中にダンジョンがあった」
「山の中にダンジョンが!?」
ダンジョンというのは大体が何かしらの建造物として存在している。
外観が神殿ぽいものだったり、四角い箱のような形をした建造物だったり。
どれも外に建造物として存在しており、洞窟やら山そのものがダンジョンとなっている事例は存在していなかったと思うのだけど。
「お主の言う通りじゃ。山そのものがダンジョンとして成り立っている事例はこれまでに一度もない」
じゃあ、今回のケースは何なのか?
「ダンジョンが埋もれていたんじゃよ」
「埋もれていた?」
「そう。山の麓にダンジョンが存在していたようじゃが、土砂崩れか何かで覆い隠されてしまっていたんじゃ」
ダンジョンそのものが隠された状態になってしまっていて、意図せず何十年も放置された状態が続いていたという。
「ヒュドラが開けた穴から入って調査したらしいが、内部には小さな穴状の通路がいくつも発見されてな。恐らくはアリ型の魔物が最初に棲みついておったのじゃろう」
アリ型と魔物となると……。
王国に生息しているハガネアントかな? 鉱石を食べながら地中に巣を作る魔物だけど、埋まったダンジョンに棲みつきながら拡張していたのかもしれない。
「その後、ヒュドラが棲みついたってことですか?」
「たぶんな」
どこからか現れたヒュドラの幼体がダンジョンを奪取。その後、内部でぬくぬくと育って巨大化する成体まで成長。
その後は僕らが経験した通りってことだろうか。
「最初のヒュドラはどこから来たんでしょうね?」
「それは分からん。自然発生したのか、あるいは蛇型の魔物が進化したのか」
マリューさん曰く、研究所の魔物研究者も頭を抱えているらしい。
「ただ、頭を抱えていた魔物研究者にとっても嬉しい発見があったようでな。内部からヒュドラの卵と思われるモノが発見されたそうじゃ」
内部には孵化後と思われる卵の残骸や、ある程度の形を保っていたモノが発見された。
同時に数は少なく、最近になって討伐された個体の数と一致していると推測されているようだ。
「じゃあ、もう王国内には生息していないんですかね?」
「恐らく。まぁ、また出現したらお主の出番じゃよ」
イヒヒ! と笑うマリューさんだったが、僕は全く笑えなかった。
「ヒュドラの生態に関してじゃが、お主が殺したヒュドラは『マザー』であったと推測されておる」
僕が討伐したヒュドラは、王国内を騒がせた幼体の母であったという可能性。
マザーと呼称される個体は定住するダンジョンで卵を産み、孵化した幼体はダンジョンを巣立つ。
「どうして巣立つんでしょう? 母親と一緒にダンジョン内にいた方が成長が早そうじゃありません?」
魔力を大好物とするヒュドラなら猶更なんじゃないだろうか?
「研究者の仮説によると、母体の成長が第一に優先される習性みたいじゃな。母親がたくさん卵を産めるようにダンジョンの魔素を独占するんじゃよ」
そういった習性を持つ魔物は他の種類にも存在する。
数を増やして種の残す、という生物の本能と言える習性だ。
「巣立った幼体の中にマザー候補がいたら、新しいダンジョンに棲みつくんじゃないか? と言っておったな」
「となると、今回は運が良かったのかもしれませんね」
幸いにして幼体がダンジョンに棲みつくことはなかった。
仮に外に出た幼体を放置していると……。ダンジョンの外で成長して徐々に体を大きくしていくのか。
これは外で縄張りを広げる――範囲を広げることでマザーを守る役割でもあるのかな?
「そういえば――」
次は僕の疑問に答えてもらおうと思ったところで、王都中央にある巨大時計塔の鐘が窓越しに聞こえてきた。
「おっと、そろそろ飯の時間じゃな」
疑問に答えても貰いたかったけど、それよりもお腹を満たす方が重要だ。
何せ、レストランでどれだけ食べられるかが夕飯の量に直結するのだから。
アレテイア・ホルダーと認められたとしても節約の手は緩めない!
だって、今後何がどうなるかは未知数だからね! いきなり「お前はアレテイア・ホルダーに相応しくなァァい!」なんて言われて認定取り消しになる可能性もあり得るのだから。
マリューさんは「認定取り消しなんてあり得ん」って言ってたけど、いつも適当な大人の言うことを百パーセント信じるほど僕は馬鹿じゃないぞ!
「また今度、僕の疑問を聞いて下さい」
「うむ」
僕はソファーから立ち上がり、学長室を出る――直前で思い出す。
「そうだ。アレテイア・ホルダーとして認められましたけど、孤児院に寄付するお金はちゃんと下さいね」
「お主、相変わらず金の亡者じゃのう」
苦笑いするマリューさんに満面の笑みを見せつけて、今度こそ学長室を後にした。
学長室を出てからレストランに向かおうと廊下を歩いていると、たった今近くの教室から出て来た女子生徒二名を目撃する。
彼女達は「早く行こう!」と楽しそうに廊下へ出て来たのだが、そのうちの一人が僕の存在に気付いて。
続けて出て来たもう一人も僕を見つけるとピタリと足が止まる。
そして、僕の顔を見ながら小さく囁くんだ。
『ねぇ、あの人って』
『そうそう! 本物!』
囁き合う二人からは負の感情は見られない。
むしろ、好意的な視線が向けられる。
『どうしよ! 誘っちゃう!?』
『一緒にご飯とか食べてくれるのかな!?』
「…………」
横を通過しても声は掛けられなかったが、何とも気まずいというか、恥ずかしいというか……。
少し前までは『詐欺師!』とか『ホルダー候補というよりは大道芸の人なんじゃな~い?』なんて言われていたのに。
「あの!」
「え?」
横から声を掛けられ、振り向いてみれば貴族令嬢と思われる女性が三人。
彼女達はモジモジしながら僕に向かって言うのだ。
「こ、今度! 当家のお茶会に来て頂けませんか!?」
国から認められた、という事実は凄まじいものだと実感する。
こうも評価がガラリと変わるのか、と。
「い、いや、あの、その……」
とは言え、中身は孤児だ。
国から認められようと、魔法の煌めきを目撃したとしても、僕はどこまでいっても孤児なのだとも痛感する。
彼女達への返事に困ってどもってしまい、みっともなく焦ってかっこ悪い今が何よりの証拠。
「ぼ、僕は――」
「カイル!」
どうにか言葉を絞り出そうとした時、僕を助ける声が聞こえた。
もはや、その声は僕にとって救世の女神が発したものに等しい。
「カイル! 早く行きますわよ! 殿下がお待ちになっていますわ!」
ズンズンと近付いて来て、僕の手をガッチリ掴むのはリゼさん。
いや、救世の女神リゼ様だ。
「皆様、申し訳ありませんわ。彼は殿下に呼ばれておりますの。失礼しますわね」
貴族令嬢達にそう告げると、彼女は僕の腕を掴んだまま歩きだす。
「た、助かりました」
小さな声で礼を言うと、彼女はギロッと鋭い視線を向けてきた。
「もうっ! 気を付けなさいと言ったでしょう?」
「いや、本当に……。ここまでとは思わなくて……。リゼさんが見つけてくれて助かりました」
偶然だったとしても助かった。
ホッと息を吐きながら心情を明かすと、彼女の頬が若干ながら赤くなっていた。
「そ、そうですわ! 偶然ですのよ! 偶然!」
「やっぱり、リゼさんの傍にいないとダメですね。もっと気を付けます」
「……そうなさい」
小さな声で呟いた彼女は、僕に顔を見せようとせずに歩く速度が早くなっていく。
「と、ところで……。貴方、お茶に誘われていましたわよね? 私と会わなかったら誘いを受けるつもりでしたの?」
「まさか! 僕が行ったところで恥を晒すだけですよ!」
未だにティーカップを鳴らして怒られる人間ですよ!? そんな人間が貴族のお茶会に参加したところで笑い物になるのがオチ!
むしろ、大道芸師の真似事でもして笑いを取りにいった方がまだ報われるんじゃないだろうか。
「そ、そう」
頷いたところで、彼女は足を止めると僕に振り返った。
「なら、私とお茶しましょう。貴方のダメなところ、容赦なく指摘して差し上げますわ」
突然のお誘いに呆けていると、彼女は僕の腕を弱々しく引く。
「……だめ?」
上目遣いで問うてくる彼女にハッとなり、我に返った。
「いいえ、むしろ良いんですか?」
「も、もちろんですわ! 私と貴方は友達ですもの!」
ふむんと胸を張る彼女に、つい笑ってしまった。
「お手柔らかにお願いします」
「ふふ。それは貴方次第ですわねっ」
僕らは笑い合いながらレストランへ向かって歩きだす。
やっぱり、彼女とのやり取りは心地良いと改めて実感した。
前半部分が書き終わったので投稿再開します。
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