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その孤児は魔術の真理を知っている  作者: とうもろこし@灰色のアッシュ書籍版&コミカライズ版配信中
1章 真理を知る孤児

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第26話 アレテイア・ホルダー


 無事に森を抜けて領主街へと戻ったゼイン達は、伯爵と合流して領主街防衛の準備を始めていた。


「カ、カイル君は大丈夫でしょうか」


 街の入口付近に設置したタープの下、伯爵は祈るように手を合わせながら呟く。


「彼なら大丈夫だ。あの風の魔女が認めるアレテイア・ホルダー候補なのだからな」


 ゼインも不安は隠しきれない。


 表情が硬く、伯爵と共に指揮を執っている間も落ち着きがなかった。


「王都にはワイバーン騎士を飛ばしたし、防衛兵器もリゼの協力を得て順調に進んでいる」


 カークも現場の騎士や冒険者達と共に防衛方法を構築中。


 マリィは後方支援として医療品をかき集めながら、今後の対応法を街の医師や薬師と共に共有中。


 皆、出来ることを全力で行っている。


「準備が整い次第、攻撃部隊を連れて打って出る。三時間も時間を稼げば王領の駐屯地から第一陣の応援部隊が到着するはずだ」


 今頃はワイバーン騎士が最初の駐屯地に到着した頃だろうか。


 状況を聞いた騎士団は最速で応援に駆けつけてくれるに違いない。


 その後、王都からも本陣が出発するはず。


「とにかく、時間を稼ぐことが最優先だ」


 伯爵が頷く中、彼らの元へやって来た文官が「住民の避難が完了しました」と報告。


 街の住民には戦える者、医療従事者等を残して避難指示を出していた。


 先ほど、最後の住民を乗せた馬車が街を発ったという。


「よし、あとは――」


『あれは何だ!?』


 ゼインがそう呟いた時、街の外から深淵の森を見張っていた騎士達が声を上げる。


 それに釣られてゼイン達も森へ顔を向けると――


「あ、あれは……。巨大な魔術式……?」


 彼らが目撃した現象は、王国史において前例のないものである。


「ヒュドラの真上に浮かんでいますわ!!」


 外で防衛兵器の準備をしていたリゼは、ゼインの元へと駆け寄りながらも森を指差して言葉を続ける。


「カイルよ!」


 あんなことが出来るのは、アレテイア・ホルダー候補であるカイルしかない。


 そう叫ぶリゼの顔には希望の色がある。


「あれは何だ!?」


「カイル君ですか!?」


 遅れてカークとマリィも合流し、街に残っていた者全てが空に浮かぶ巨大な魔術式を見上げていた。


 そして、夕焼けの空と重なる赤い魔術式が煌めく。


 キラキラと星のように煌めいた瞬間――浮かぶ雲を吹き飛ばしながら赤い空が落ちた。


 その現象を知る者が語るならば、空から落ちたのは超極太のビームと表現するだろう。


 全てを焼く炎がヒュドラの頭上から降り落ちる。


 ヒュドラは炎に飲まれ、その姿が消え失せた瞬間――


「きゃああ!!」


「うおおっ!?」


 暴風が街を突き抜ける。


 それに耐えた皆が目を開けると、そこには……。


「う、嘘だろう……?」


 街の前方にあった深淵の森が消え去っていた。


 森があった場所は焦土に変わり、真っ黒な大地が残っているだけ。


 生い茂っていた木々や草も、ヒュドラの姿さえも消え失せてしまっていたのだ。


「……カイルは!?」


 皆が茫然とする中、リゼが声を荒げる。


「彼は生きていますの!?」


 リゼの悲痛な叫びに、誰もが応えられない。


 目の前にある焦土を見て、森の中にいたカイルが無事であることは考えられなかったからだ。


 しかし、深淵の森があった場所――森の奥地と呼ばれていた場所に小さな赤い点が灯る。


 その赤い点は徐々に街へと近付いて来て、数秒もすると正体が露わとなった。


「ほ、炎の馬?」


 それは炎で形作られた馬だ。


 炎のたてがみと尻尾を揺らし、背には何かを乗せている。


「カイル!」


 炎の馬が背負っていたのは気絶したカイルだった。


 ゼイン達が馬に近付くと、炎の馬はじっと彼らを見つめる。


『―――』


 そして、ゆっくりとその体を横に向けて。背負っていたカイルを差し出すようなリアクションを見せる。


「カイル!」


「無事ですの!?」


 ゼインとリゼが背からカイルを下ろし、彼の無事を確認した。


 リゼがカイルの体を抱きしめながら、再び炎の馬へ顔を向けると――


『―――』


 炎の馬は嘶きを上げ、来た道を戻るように走りだす。


 その姿は徐々に小さくなっていき、やがて小さな種火となって掻き消えてしまった。


「あ、あれは何だったんだ……?」


「ま、まさか、精霊?」


 お互いに言葉を漏らしたゼインとリゼは顔を見合わせた。



 ◇ ◇ 



 カイルが森で時間稼ぎを行っている頃、王都ではヒュドラ出現の報告が舞い込んでいた。


 その報告は学園にも伝えられ、マリューの元には国王からの出撃命令が届けられていたのだが……。


「マリュー様! 一体何をしておられるのです!?」


 既に西へ向かうためのワイバーンは用意済み。

 

 あとは騎手となる者の後ろにマリューが座るだけ。


 だというのに、マリューは未だ学長室にいた。


 補佐役であるカロンが焦り露わに部屋へ突撃してきても、マリューは鼻歌交じりに爪の手入れを続けている。


「ヒュドラが現れたのですよ!? 二百年前の最悪が、我が国に出現したのです! 貴女が行かずにどうしますか!?」


「分かっとる、分かっとる。とにかく落ち着け」


「落ち着いていられますか! 国家の危機な上に、現地には殿下も――カイル君もいるのですよ!? 貴女の弟子が! 史上三人目のアレテイア・ホルダー候補が!!」


 それをお前が助けに行かずどうする! とばかりに怒声を上げるカロンだったが、それでも尚マリューは動かない。 


「だからじゃよ」


「だ、だから!?」


「そう、あの場にはカイルがいる。だから私は不要だ」


「何を言って――」


 カロンが反論しようとした瞬間、マリューの肩がびくりと跳ねる。


「……ほっほー。こりゃ予想以上じゃな」


 一瞬驚いた表情を見せたマリューだが、すぐに笑顔を浮かべて窓へと向かう。


 窓を開けたマリューは西の空を見つめて、いつもの笑い声を上げた。


「カロン、お主は運がいい」


「え?」


「ほれ、部屋の隅にある望遠鏡を持って来て覗いてみろ」


 未だ怒りが収まらないカロンだったが、言われた通りに望遠鏡を移動させて。


 そして、指示通りに西の空を覗き込む。


「え、あ……。な、何です? きょ、巨大な魔術式が空に浮かんで見えるのですが……」


「あれは魔術式ではないよ。()()()だ」


 マリューの答えを聞いたカロンは、勢いよく望遠鏡から顔を離す。


 そして、心底信じられないという顔でマリューを見つめる。


「言ったろう? あやつはアレテイア・ホルダーだ。候補なんかじゃない。私と同じ本物なんじゃよ」


 イッヒッヒッヒッ!! と心底楽しそうに笑うマリュー。


「あやつは真理の先を現実のものとした。まぁ、こんなにも早く示すとは思わなかったがのう!」


 魔術の真理、その先にあるモノは魔法。


 真理を知る者の奥に眠る、正体不明の記憶。その中には例外なく『魔法』の姿がある。


 ――過去、彼女はカイルへ「我々は魔術の先を世に示す存在だ」と語った。


 いずれやる、とも言った。


 今がまさにその時だ。


「お主は運がいい。これから起きるは、火の真理。火の精霊を呼び起こし、万物を焼き尽くす神秘の煌めき」


 彼女がそう語った瞬間、西の空が煌めく。


 空に浮かんでいた雲は吹き飛び、王都の真上にあった雲さえも散っていく。


 魔法が発動された西の空は深紅に染まり、大地を焼いた炎の残滓が赤い魔力となって空高く舞い上がる。


 その光景はまさに神秘。


 アレテイア・ホルダーという特別な存在だけが起こせる、神の如き奇跡。

 

「イッヒッヒッ! イーッヒッヒッッ!!」


 煌めく空を見たマリューは腹を抱えて大笑い。


「まさに記憶の通りじゃ! 見たことがあるぞ! カイル、お主の魔法は確かに記憶の中にある!」


 もはや、彼女は狂気的とも言える表情で叫ぶ。


「お前も見たことがあるのじゃろう! ファーレンティカ! お前もどこかで、この煌めきを見ているのだろう!?」


 所在地不明となっている、もう一人のアレテイア・ホルダーに向かってマリューは問いかけた。


「はぁ~、長生きはするもんじゃな」


 満足とばかりに頷くマリューだったが、彼女は「ん?」と首を傾げる。


「いや、これを見るのも魔法が紡いだ必然か?」


 そう呟きながらもニヤリと笑う。


「あ、あの……」


 彼女の独り言を黙って聞いていたカロンがようやく声を出す。


 彼は今見た光景を「信じられない」と言わんばかりで、体を小刻みに震わせながら――いや、たった今腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。


「カロン、何を腰抜かしておる。さっさと国王に伝えて来い」


「な、何と……?」


 彼の問いに対し、マリューは再びニヤリと笑う。


「史上三人目となるアレテイア・ホルダーが誕生したことをじゃよ」


 この日、世界史上三人目となるアレテイア・ホルダー――火の真理を持つ青年は、その名を歴史に刻むこととなった。


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