第24話 深淵の森
「昨晩、偵察部隊が三体の魔物を発見した」
翌日、殿下は昨晩の偵察で得た情報を明かしていく。
「戦闘は無し。発見した時点で撤退したとのことだが……」
語る殿下の眉間に深い皺が寄る。
「三体とも二本足だったそうだ」
深淵の森の奥で発見された個体はどれも二本の足で立っていたという。
加えて、森の奥には魔物の死体が多数転がっていたという報告も。
「このまま野放しにするのは危険だ。我々も森に入って魔物を討伐する」
森の中に潜む例の魔物は三体だけなのか否か、それは不明であるがとにかく討伐することが最重要。
僕らは準備を行い、現地の領騎士団と冒険者の一団と共に森へ進入した。
「発見したのは協定ラインを超えた先です。目印として、大きな木があります」
樹齢数百年以上とされる大きな木、そこは元々深淵の森に君臨していたヌシの住処だ。
ヌシが殺された今、そこは例の魔物の住処になっていると予想される。
「遭遇した際、カイルが頼りだ。出来るか?」
「任せて下さい」
殿下の問いに力強く頷く。
「通常の魔物は我々で仕留めるぞ!」
道中、現れた魔物――例の魔物以外は殿下とカーク君、それに騎士と冒険者の活躍によって排除されていく。
普通の魔物に対しては、完全に数の暴力といった感じ。
それに加えて殿下とカーク君の優秀さが光る。
「そろそろか」
過去に設定された協定ラインを越え、目的地まで後数キロといったところで突如激しい衝突音が聞こえてきた。
直後に見えたのは太い木が折れる光景だ。
「大きいぞ!」
その場で屈んで状況を注視すると――見えたのは王都近郊に生息する個体よりも大きく成長したブラウンボアの姿。
体長は二メートルを超えており、口から生える牙も歴戦の戦士が得物とする槍のように鋭い。
成体から次の段階へ。ヌシ化に近い状態のブラウンボアは何かと戦っている。
「あれは……」
『ギィギィギィ!』
例の魔物だ。
目の無い頭部に二本足。独特な鳴き声を上げながらブラウンボアを威嚇している。
「ブモーッ!!」
対するブラウンボアは完全に怒り狂っていた。
縄張りを犯されたのが理由なのか、それとも森を支配していたヌシを殺された恨みか。
どちらかは不明であるが、頭を下げることで鋭利な角を突き出すブラウンボアは相手に向かって一直線に走りだす。
地面を抉るように突進するブラウンボアだったが、対峙する例の魔物は口からベッと粘液の塊を吐き出す。
「ブモーッ!?」
粘液を避けられなかったブラウンボアは顔面に浴びてしまい、そのまま苦しむように地面へと倒れ込む。
「ギィギィギィ!」
勝利した魔物は喜ぶようにその場で跳ね、顔が溶けたブラウンボアへ近付いて体に食らい付いた。
「……カイル」
「ええ」
殿下に合図を出された際、僕はこれまでの戦闘を思い出す。
あの魔物は魔術に反応するような素振りを見せてきた。
毎度気付かれたタイミングは僕が火猫を作り出そうとした瞬間ばかり。
奇襲という意味では失敗し続けている。
となれば……。
「…………」
「ギッ!」
やっぱり。
素早く火猫を生み出すと、肉を喰らっていた魔物がこちらに顔を向ける。
「行けッ!」
最初の一匹は真っ直ぐ走らせる。
全速力で走る火猫を目で追いつつも、そこから更に二匹目を生み出して。
「ギィ!」
最初の一匹に対し、魔物は粘液を吐いて対抗。
真っ直ぐ走っていただけなので火猫は粘液を浴びて相殺されてしまう。
想定通りだ。
相殺された瞬間、既に走り出していた二匹目が側面から仕掛ける!
「食らいつけ!」
二匹目が首に食らい付いた瞬間、待機させていた三匹目を走らせる。
最短で魔物へ向かう三匹目も首に食らい付き、首と頭部が燃える魔物は地面を転がるように暴れ回り始めた。
「トドメを刺しますか!?」
「いや、近付くな!」
騎士が距離を詰めようとするが、殿下がそれを制止する。
僕は暴れ回る魔物の様子を注視しながら、火猫を一匹、二匹、三匹と生み出して待機させて――
「やはり、二匹では足りなさそうですね」
追加でもう一匹を走らせて、最後のトドメとばかりに首へ食らい付かせた。
三匹の火猫が食らい付くことで、ようやく魔物は動かなくなる。
耐久力は前回の個体と同じだ。
「仕留めるには最低でも三匹。次はもっとスムーズにやります」
殿下にそう告げると、彼は真剣な顔で頷いた。
「その火猫、消さずに維持できますの?」
足元で毛づくろいを始めた火猫を指差すリゼさん。
……そういえば、試してなかったかも。
試しに一匹が消滅するイメージを作ると、その通りに消えてしまった。
ということは。
「僕についておいで」
猫が列を作って僕の後をついてくるイメージを作ると、足元にいた火猫は僕の後ろをチョコチョコとついてくる。
「……本物のネコちゃんみたいですわ」
リゼさんが「可愛い」と呟くと、冒険者隊の中にいた女性冒険者からも「何あれ可愛い」という声が聞こえてくる。
「このまま進みましょう」
火猫を待機させておけるのは便利だ。
見つけたらすぐに奇襲できる――いや、この場合はどうなるんだろう?
例の魔物は魔術を発動した瞬間を感知しているようだけど、既に発動している魔術にはどんなリアクションを起こすのだろうか?
これはこれで検証するべきだと思っていると……。
『ギィギィギィッ!』
森の奥から独特な鳴き声が聞こえてきた。
それは断続的に聞こえてきて、どんどんこちらに近付いて来る。
「近いぞ! 周囲警戒!」
騎士達と冒険者達が広がりながら武器を構えていると――
「正面!」
進行方向側にあった木々の隙間を縫うように例の魔物が現れる。
カーク君が剣を構えるも、魔物はそれに対して全く反応しない。
狙いは一つ。
どう考えても僕――いや、足元にいる火猫だ。
「行け!」
ならばと思い、一匹の火猫を斜め前方へ走らせる。
魔物とカーク君の間を通り抜ける形で疾走させると、魔物の顔は通り過ぎた火猫を追うように動く。
……一番近い魔術に反応する?
「全匹、突撃!」
じゃあ、複数体を付近に走らせた場合はどうか。
「ギッギッギッ!」
三匹の火猫が魔物の周囲をぐるぐる回ると、魔物はぴょんぴょんとジャンプしながら周回する火猫に顔をキョロキョロさせる。
あれは混乱しているのか?
「一気に襲撃!」
周回していた三匹が一斉に飛び掛かる。
一匹は粘液で相殺されたが、残り二匹に対応するのは難しい様子。
またしても地面を転がるように暴れ回る魔物に対し、トドメとして火猫を一匹走らせた。
今回も三匹の火猫で討伐が完了。
討伐が完了したタイミングで自分の推測を皆に明かすことに。
「もしかして、目が見えない代わりに魔術に反応しているんじゃないですか?」
人間の中にも目が見えない人は指先の感覚が鋭いとか、聴力が人よりも鋭いなんて話を聞く。
それと同じで目が無い魔物も、視力の代わりに魔術を検知する器官が優れているのではないか?
「……いえ、この場合は魔力なんじゃなくて?」
僕の推測を更に加えたのはリゼさんだ。
「魔術は魔力の塊ですわ。それに襲われた魔物の死体からは魔力が無くなっていたと報告があったでしょう?」
この魔物に襲われた魔物の死体はどれも『命魂結晶』が残されていない。
「そういえば、我々が見つけた死体からも命魂結晶は発見できませんでしたね」
そう付け加えたのは話を聞いていた騎士の一人。
深淵の森で見つかった死体からは、どれも命魂結晶が発見できなかったという。
「人も魔物も体内に魔力を秘めていますわ。だからどちらも襲われる。しかし、魔術は純粋な魔力の塊なのだから、目の前にいる人間や魔物よりも優先するんじゃないかしら?」
確かに火猫が真横をすれ違った瞬間、近くにいたカーク君よりも明確に惹かれる様子を見せていた。
「ここまでの報告と挙動を総合すると、あの魔物の主食は魔力なのではなくて? 今こそ肉も食らっているようだけど、それは成長したことで肉も必要になったからじゃないかしら?」
二本足になる前、殺された魔物の死体は捕食されていなかった上、死体から魔力が抜けた状態で発見されていた。
「……魔力を喰らうことで成長するのか?」
リゼさんの推測を元に考えると、例の魔物は魔力に反応している。
反応している理由は『大好物』だから、ということになる。
火猫に関しても大好物がこっちに走って来る! と認識していることになるのだろうか?
加えて、その大好物を喰らうことで体は成長する?
「形態の変化も魔力を喰らったせいとなると、他の魔物よりも成長スピードが早い可能性も?」
自分で言ってて恐ろしくなってくる。
つまり、この魔物は他の魔物がいればいるほど成長する。
他の魔物を喰らい尽くし、脅威的なスピードで成長していって――最終的にはヒュドラになる?
「いや……」
でも待てよ?
ハイシュペリア王国で出現したヒュドラはダンジョンから発生したって言ってたよね。
仮にこの魔物がヒュドラの幼体だった場合、どうしてダンジョン内にいないのだろう?
王都にあったダンジョンを支配していたゴブリンを追い出して、その場に居座ることもできたのに。
「何故、外にいるか……」
どうやら殿下も同じ疑問を抱いたらしい。
「……いや、今は残りの魔物を討伐することに集中しよう」
「はい」
◇ ◇
「ギィィーッ!!!」
深淵の森の最奥、ヌシの住処だった場所に到達した僕らを出迎えたのは更に形態を変化させた個体だった。
森の中で遭遇した個体同様『二本足』に加え、体には小さな腕のようなものが生えている。
尻尾もかなり伸びており、こちらを威嚇する際は四つ足で地面に立っているのだ。
「……もう決定的ではなくて?」
リゼさんの言う通りだと思う。
これは確実にヒュドラの幼体だ。
これ以上成長すれば未発達の前脚が完全となり、続けて体全体も大きく成長していくのだろうと推察できる。
「となると、一番成長した個体と言えるのかもしれないな」
「さっさと倒してしまいましょう」
最悪の状況を想像してしまった僕は素早く火猫を連続で生み出した。
更に成長した個体だということもあり、三匹の火猫を一気に走らせる。
一匹を囮に使いつつ、残り二匹で攻撃。続けて三匹の火猫を生み出して待機させていると……。
「ギィィィッ!!」
バラバラに走り出した火猫に対し、ヒュドラの幼体は絶叫するような鳴き声を上げる。
次の瞬間、喉元がボコッと膨らんだ。
そして、大きく口を開けて吐き出されたのは「ブレス」である。
ドラゴンほど驚異的な射程を持たないが、近付いて来た火猫を一気に薙ぎ払ってしまったのだ。
「ブ、ブレス!?」
ますます報告通りのヒュドラに近付いていることに驚いてしまったが、すぐに「早く討伐しないと」と焦燥感が我に返る手助けをしてくれた。
「行け!」
待機させていた火猫三匹を再び走らせる。
先ほどと同じルートで接近させると、ヒュドラの幼体も再びブレスを吐く動作を見せた。
「…………」
また薙ぎ払うつもりだろう。
だけど、そうはいかない。
僕は真ん中を走る火猫に集中してその時を待ち――
「ギィィィッ!!」
ブレスを吐いた!
「ジャンプ!」
左側から接近する火猫がブレスで消滅し、次は真ん中にブレスが向かう。
その瞬間に火猫をジャンプさせてブレスを躱した。
猫らしい跳躍を見せた火猫は宙を舞い、そのまま相手の頭部に衝突して燃え盛る。
「ギィギィ!?」
よし!
悶え苦しむ隙に四匹の火猫を生み出し、全速力で突撃させる。
生き残っていた火猫も合わせて五匹の火猫がヒュドラの幼体に纏わりつくと、その黒い体が徐々に火達磨へと変わっていく。
「ギィィィッ!!」
だが、その鳴き声は止まない。
「ギィィ、ギィィィッ!!!」
独特の鳴き声はどんどん大きくなっていき、森の中へ響き渡っていく。
その様子に嫌な予感を覚えた僕は、更に三匹の火猫を生み出して突撃させた。
「ギィィィィィッ!!!!」
最終的に鳴き声は空高くまで響き渡ったが、燃えた体が真っ黒に焦げ始めたところで止まった。
「……最後の鳴き声は何だったんだ?」
「まさか、仲間を呼んでいたとか?」
カーク君と殿下は顔を見合わせ、騎士と冒険者に周囲へ散開するよう命じる。
鳴き声に惹かれた個体が現れたらすぐに迎撃できるよう、僕も火猫を生み出して待機させていたのだが……。
「……来ないな」
五分、十分待っても新手は現れない。
結局、あの鳴き声はただの断末魔だったのか? と首を傾げる事態に。
「報告されていた数を仕留めたが、そのうち一体は先ほどの個体で合っているか?」
三体のうち一体は更に成長した個体だったのだろうか?
その件について殿下が問うも、騎士は「恐らく」と答えた。
夜の偵察だったこともあって、数は確認できたが姿形をハッキリ捉えたわけじゃない、と。
「よし、ここからは散開して捜索しよう。各隊に魔術師は最低でも四人入れることとする」
領騎士団に所属する魔術師、冒険者隊に所属する魔術師をバランスよく混ぜて三つの捜索隊を結成。
そこに僕らも加わることで、夕方まで四方をそれぞれ捜索することにした。
騎士と冒険者が捜索に向かった後、僕らは黒焦げになったヒュドラの幼体を囲む。
「これはヒュドラの幼体で間違いないな」
殿下の言葉に全員が頷く。
「ええ。姿もそうでしたけど、ブレスを吐くなんて」
「大昔の報告書通り……」
リゼさんはため息を吐き、マリィさんは自身の体を抱きしめるように体を震わせた。
「この個体が『α』だったんでしょうか?」
これまでで一番ヒュドラに近い形態をしていたのがこいつだ。
「だと良いのだが……」
これ以上、成長した個体が出現したらどうなるのだろう?
正直、もう僕らの手には負えないどころか、リューグエンダ伯爵領の戦力でも足りない気がする。
となれば、本格的にマリューさんの出番が来るんじゃないだろうか。
「よし、我々も捜索を再開――」
殿下が号令をかけた瞬間、地面が大きく揺れ始める。
「な、なんだ!?」
「地震!?」
大きな地震に立っていることもままならない。
「お、おい! あれを!」
揺れに耐えていると、カーク君が空を指差した。
いや、違う。
指差しているのは、木々の隙間から見える山。深淵の森の奥にある山の中腹だ。
山の中腹に雪崩が起きているのが見え、濃い土煙がその姿を覆い隠す。
『ギィィィァァァァッ!!』
土煙の中から鳴き声が聞こえた。
それはヒュドラの幼体が発していた鳴き声に似ているが、幼体のものよりも遥かに大きい。
徐々に土煙は晴れていき、崩れた山の中腹に姿を現したのは――
「う、嘘でしょ……?」
山の中腹にはぽっかりと穴が開いていて、そこから這い出ようとしているのは超大型の魔物。
マリューさんが僕らに語った、大昔に一度だけ出現したという『ヒュドラ』と全く同じ姿をしていた。




