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その孤児は魔術の真理を知っている  作者: とうもろこし@灰色のアッシュ書籍版&コミカライズ版配信中
1章 真理を知る孤児

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第23話 王子の友人


 高級宿で一泊した翌日、再び西部を目指して出発。


「ずっと小麦畑が続きますね」


 窓から見える景色は小麦畑一色。このまま地の果てまで続くんじゃないか、と思わせるくらい。


「王領西側は小麦の生産地となっているが、もっと凄いのは東部だよ」


 王国東部は国一番の食料生産地となっており、小麦や野菜などとにかく畑一色。


 今見ている景色以上に密集しているらしく、東部入口から最初の領主街までは小麦で作られた『黄金の道』と称されるほどらしい。


「今の景色も十分に黄金の道だと思えますよ」


「長さの問題なんだろうな。ほら、そろそろ畑の終わりが見えてきた」


 緩やかな坂の手前、そこで小麦畑は途切れてしまっている。


 坂を越えると、次に見えてくるのは小麦を挽くための風車群だ。


 近隣の村に住む人達が風車の近くで作業する様子が小さく見える。


「北部は魔石の採掘地なんでしたよね?」


「ええ。魔石だけじゃなく、魔鉄や魔銀なども採れますわね」


 北部は山岳地帯となっており、リゼさんが言った通り様々な鉱石が採掘される土地だ。


 現地にはドワーフ族が多く済んでおり、クロフト家も複数の採掘チームと契約を結んで金属資源を仕入れているという。


「一度行って見てみたいなぁ」


「北部はカークが詳しい。採掘地としてだけじゃなく、武器の生産も盛んだからな」


 採掘に従事するドワーフ達は仕事の合間に武器や防具などの作品作りも行っているようで、騎士や剣士からは『理想の武器に出会える場所』としても有名なんだとか。


「南部は海があって綺麗だと有名ですが、これから向かう西部はどうなんです? 森林資源がよく採れる土地とは聞いていますが」


「西部は林業と薬草栽培が盛んですわね。ホープライン家が出資する薬草栽培農家も多数おりましてよ」


 これから向かう西部はホープライン家の協力農家が多数存在していて、王都周辺では採れない貴重な薬草を専門栽培しているそうだ。


 採取された薬草は現地で加工され、王都には加工済みの素材として届けられるシステムが構築されているらしい。


 やっぱ大貴族ってすごいや。


「そろそろ駐屯地が見えてくるか?」


 窓から顔を出して街道の先を見ると、道の先には国旗を掲げる大きな施設が見えてきた。


 あれが馬の交換を行う騎士団駐屯地だ。


 騎士団駐屯地に到着すると、僕らを乗せた馬車は大きな馬房の近くへと案内される。


 そこで一旦、全員が下車すると――真っ先にやって来たのは駐屯地の司令官さん。


「殿下、旅は如何でしたか?」


「快適な旅と言いたいところだが、途中で手配中の魔物に遭遇した。既に王都から報告は来ているか?」


「ハッ! 研究所と騎士団から報告書が届けられております」


 殿下は司令官と共に駐屯所内へ。


「馬の交換は自分がやっておく」


 カーク君は顔見知りの騎士がいたのか、数人の騎士と共に交換用の馬を見に行ってしまった。


「ホープライン様!」


 今度はマリィさんを呼ぶ声が聞こえて振り返ると、彼女を呼んでいたのは白衣を着た女性だ。


「あ、ウチの薬師です。駐屯所に常駐しているんですよ」


 ホープライン製薬は騎士団とも連携しており、派遣された薬師さんは現地で薬を調合したり、傷や病気の診察も行っているとのこと。


「ホープライン様、先日届いた薬草について少々伺いたいことが」


「分かりました。診療所に行きましょう」


 マリィさんと薬師さんは少し離れた場所にある診療所へと歩いて行ってしまう。


「僕らはどう――」


 残されたのは僕とリゼさんだけかと思いきや。


「ああ、それは中の回路が壊れているんじゃなくて? 私が見て差し上げますわ」


「それはありがたい! 是非お願いします!」


 いつの間にかリゼさんも中年騎士さんに囲まれており、彼らの片手には魔道具らしき物が握られている。


 たぶん、騎士団で使う魔道具に不具合でも出たのだろう。


 そこに製造元のお嬢さんが現れたということで、直接話を聞こうということになったんじゃないだろうか。


「…………」


 残されたのは僕一人になっちゃった。


「…………」


 僕はその場で立ち尽くしてしまう。


 周囲を見回す顔も情けないことになっていただろう。


 駐屯所では騎士達が忙しそうに動き回り、その中にはリゼさん達の姿もある。


 こういった状況を見ると、僕が如何に役に立たないかを痛感してしまう。


 みんな、それぞれに役割がある。力や技術がある。得意分野がある。


 ……僕はどうだろう?


 今この場で皆の役に立てるものは何も持っていない。


 その現実がちょっと寂しさを感じてしまう――いや、寂しさを感じるなんて甘えだろうか?


 これまでの自分が如何に何もしてこなかったか、冒険者ギルドの準職員試験に備えた勉強程度じゃ全く足りない。


 アレテイア・ホルダー候補なんて呼ばれるけど、昨日遭遇した魔物も簡単に討伐することが出来なかったし……。


「カイル、どうした?」


 殿下に声を掛けられてハッとなる。


「い、いえ。お話は済んだのですか?」


「ああ。司令の話によると、深淵の森付近で例の魔物が複数体見つかったそうだ。それも、私達が遭遇した『二本足』だ」


 発生源と予想される深淵の森では、既に二本足を生やした個体と複数回遭遇。


 騎士団も冒険者も数名が犠牲になっており、現地では両組織の混合部隊が編制されている最中だという。


「我々も急ぎ向かう。リゼとマリィを呼んできてくれ」


「は、はい!」


 僕は駆け足で二人を呼びに行き、全員が揃うとリューグエンダ伯爵領への道を急いだ。


 

 ◇ ◇



 二日目の夜を宿屋で過ごした後、朝一番から再び出発。


 この日も途中で馬を変え、予定よりも半日早くリューグエンダ伯爵領へと入ることができた。


 夕方に差し掛かる頃には領主街へと到着し、僕らはリューグエンダ伯爵家領主邸を訪ねることに。


「殿下、遠路遥々申し訳ありません」


 領主であるリューグエンダ伯爵は今年で六十五になる方だ。


 クラスメイトである皆以外のお貴族様と初めて会うということもあって緊張していたのだけど、リューグエンダ伯爵の第一印象は……。


 失礼ながら、農家のおじさんと言えばいいだろうか?


 貴族らしい華美な洋服を着ているわけじゃなく、どこからどう見ても肉体労働者が愛用するツナギ姿であった。


 それに加えて、髭を生やした顔はとても優しそうで。


 そのお顔が困り果てた表情を見せると、僕の方が心苦しく感じてしまう。


「現在、魔物の件もありまして……。当家は領騎士と冒険者ギルドの支援を行っております。十分な歓待が出来ないことは心苦しく――」


「いや、歓待は無用だ。駐屯地でも聞いたが、伯爵家はよくやってくれている。王家の一員として礼を言いたい」


 ははーっ! と何度も何度も深く頭を下げる伯爵様。


 実に腰が低く、人の好さそうなリアクションだなと感じた。


「我々はどうした方がいい? 今日から動くか? 明日から動いた方がいいか?」


「現在、騎士団と冒険者の部隊が森を奥まで偵察しております。深夜には戻って来る予定ですので、そちらの報告を待ってから動いた方がよろしいかと」


「そうか。ならば、本日は疲れをとらせて頂こう」


「はい。部屋と食事をご用意しておりますので」


 と、僕らはそれぞれ個室に案内される。


 そこで荷物を置いたあと、伯爵様からの食事を頂くことに。


 ただ、伯爵様は遅れて食堂へ姿を現した。


 しかも、作業着姿で。


「遅れてしまった上、このような装いで申し訳ありません」


「いや、構わない。むしろ、私達の方こそ余計な手間を取らせてしまったな」


 殿下は「宿に泊まった方が良かったか」と口にするが、伯爵はブンブンと首を振って否定する。


 二人は互いに「申し訳ない」合戦を繰り返すと、ようやく着席して食事が再開された。


「殿下方が来て下さってありがたい限りです。殿下のお姿があれば騎士達も士気があがりますでしょうし、それに――」


 伯爵様は僕を見てニコリと笑う。


 彼は僕がアレテイア・ホルダー候補であることも把握しているのだろう。


「卿の大事な森は守り抜くつもりだ」


 殿下の言葉に内心で「大事な森?」と首を傾げていたのだが、どうやら僕は顔に出てしまっていたらしい。


「深淵の森は亡き妻との思い出の場所でして」


 伯爵は僕の顔を見て、寂しそうな表情を見せながら語る。


「あの森は私にとって初恋の森なんですよ」


 曰く、伯爵様は亡き奥様と深淵の森で()()したという。


「私の妻は元冒険者でして。私が若い頃に――若気の至りで森へ足を踏み入れた際、魔物に襲われてしまったのです」


 魔物に襲われ、逃げ出しても追いかけられ続けるという大ピンチ。


 そこに割って入ったのは、現役バリバリ冒険者だった奥様。


 槍の名手と名高い奥様は魔物を一閃。


 伯爵様を見事助けたという。


「当時、妻には迂闊に森に入るな! と大説教されましたよ」


 魔物と戦う奥様の姿がかっこよかったのもあるそうだが、自分に容赦なく説教してくれる姿にも惚れてしまったらしい。


 その後、伯爵様は奥様に五年ものアプローチを続けて結婚に至ったという。


「五年も相手を想い続けて口説き落とすなんて。素敵な話ですわね」


「はははっ! 何度も振られた甲斐がございましたよ! 私は今でも妻一筋でございます!」


 当時を思い出しながらも、奥様との思い出を語る伯爵の表情は穏やかだ。


「森にヌシがいたのはご存じですかな? あれに関しても妻が関わっておりまして」


 深淵の森に君臨していたヌシは、森の奥に住んでいて他の魔物達を統率していた。


 森の中には境界線が敷かれており、それを越えない限りは魔物に襲われないという話。


「その協定を築いたのも妻なのです。結婚前にヌシと戦い、引き分けと停戦協定を掴み取りました」


 奥様はヌシの角を一本。ヌシは奥様の片目を。


 両者傷を負い、勝負は互角。


 生き物として違う種類ではあるが、奥様は何かを感じ取ったのだという。


 それはヌシの方も同じだったのだろう。


 勝負を終え、両者は武器を下ろして対話へ。


 決して言葉は伝わらないが、奥様はヌシとの協定ラインを構築して戻って来た――という、魔物研究者もびっくりな実話である。


「王都の研究者達は信じられなかったでしょうね。人と魔物が理解し合うなんて驚きですわ」


「私も最初は信じられませんでしたよ。ただ、本当に協定は実在したのです」


 現にヌシが生きていた頃は、森での魔物被害はほぼ皆無。


 被害が出る場合は、必ずとして人間側が協定ラインを越えた場合のみだったという。


 まぁ、魔物って存在は言葉が通じないどころか、問答無用で人間を殺しにくるからね。


 研究者が「嘘だぁ!」と驚いても仕方ない話ではある。


「そういった事情もあって、私にとっては思い出の多い場所なのです。出来ればこれからも森を残していきたいのですが……」


 伯爵としては、これ以上大事な場所を荒されたくないのだろう。


 ただ、今回に限ってはどう転ぶか分からない。


 上手くバランスを築いていたヌシまで死亡してしまったという状況だ。


「ああ! もちろん、街の住民が無事であることが最優先ですからね! 大事な住民達の命を天秤にかけるわけにはいきませんから」


 とは言え、伯爵様の思い出も守って差し上げたいと思う。


 謎の魔物を討伐した上で、森との付き合い方も修復できればいいのだけれど……。



 ◇ ◇



 食事が済んだ後は伯爵家のお風呂を使わせて頂いて就寝。


 明日に備えて早く寝ないといけないのだけど、一人の夜を過ごすと……。


 僕は自分の中にあるモヤモヤと向き合うはめになって眠れない。


「……夜風にでも当たろうかな」


 廊下に出ると、先に人影があった。


 あれは殿下だ。


 夜遅くにどこへ行くのだろう、と思って後を追うと行き先は伯爵家の庭だった。


 殿下は庭にあった椅子に腰を下ろし、星空を見上げる。


「殿下?」


「ん? カイルか。どうした、眠れないのか?」


「ええ、はい……」


 殿下は「こっちに座らないか?」と僕を誘ってくれた。


 隣の椅子に腰を下ろして僕も星空を見上げていると――


「何か不安があるのか? 先日の夜から少し様子がおかしいだろう?」


 殿下にはバレていたらしい。


「私に喋ってみたらどうだ? 少しは気の利いたアドバイスをやれるかもしれない」


「実は……」


 僕は自分の中にあるモヤモヤを殿下に打ち明けた。


 駐屯所で見た景色、あの時感じた無力感。自分が如何に役不足であるかを。


「皆、すごいですよ。Sクラスに所属して当然で……。ただ、その中に僕がいていいのかとも思ってしまって」


 皆、それぞれ武器がある。得意な力がある。知識がある。


「アレテイア・ホルダー候補なんて言われて、火の真理を持っているなんて言われていますけど……。これはたまたま持っていただけで、僕が努力して得た力じゃありません」


 運が良かった。偶然持ち合わせていた力だ。


 しかも、まだ全然使いこなせていない。


 魔物の討伐に関しても、皆が期待している通りにはなっていないだろう。


「なるほど」


 殿下は星空を見上げたまま頷く。


「だが、その理論で言えば私もたまたま王族の一員として生まれただけだ」


 たまたま王家の子として生まれ、王子として育てられ、王子としての知識を身に着けただけのことだ、と。


「カークも、マリィも、リゼも同じだ。皆、貴族家にたまたま生まれて家を継承するために育てられた」


 生まれた家がそうだったから、それに相応しい人間になるよう教育されただけのこと。


「逆に言えば私達に選択肢は無かったとも言えるな」


 殿下達は親や周囲から「そう歩むべき」と生まれた瞬間に決定付けられてしまった人間でもある。


「しかし、自分の生まれに悔いたことはない。国のために尽くしたいと考えている今の気持ちは紛れもなく本物だ」


 彼の表情には誇りと自信の色がある。


「カイル、人を決めるのは家や境遇ではないと私は思っているよ。大切なのは身分や生まれよりも何を成し遂げるか、何をしたいか、それを貫く意志じゃないか?」


 殿下は僕の顔を見つめながら言葉を続ける。


「君もたまたま力を持って生まれた。その力を使って金を稼ぎ、弟妹の将来を明るくしたいと言っていたね。それでいいじゃないか。私は素晴らしいことだと思うよ」


 特別な力を持っていようと、いなかろうと、何かを成し遂げるために生きることこそが重要だと。


 生まれた家が大きかろうが、孤児だろうが、そこは関係無いなんじゃないか、と殿下は語る。


「描いた目標を達成するために努力するのが人生なのだと私は思う。今の君は無力感を感じているかもしれないが、これから自分自身の努力でいくらでも成長できるはずだ」


 たまたま王家に生まれた自分も、まだまだ努力が足りない。まだまだ知識と力が必要だ、と。


「私も自分の無力さ痛感する瞬間は多々あるよ」


「殿下……」


 殿下の弱々しい笑みを初めて見た。


 しかし、その表情はすぐに消える。


「ただ、確実に言えることは……。私は、カイルがアレテイア・ホルダーで良かったと思っている」


 ニコリと笑う殿下は言葉を続ける。


「私が魔物を討伐しに行くと言った時、君は不安だったろう。だけど、賛同してくれた。私の決意を聞いて理解できると言ってくれたのが嬉しかった」


「殿下……」


「君が友人になってくれて、私は嬉しいんだ」


 殿下は再び星空を見上げて、星を掴もうと手を伸ばす。


「こんな状況で言うのは不謹慎かもしれないが、私は今が楽しいんだ。君達と一緒に過ごす毎日がとても楽しい」


 殿下は遠くにある星を握り締めて、再び僕へ微笑む。


「私の毎日には君が必要だ。アレテイア・ホルダーのカイルじゃなく、私の友人であるカイルがいないと困る」


 真っ直ぐ、僕の目を見て殿下は言ってくれた。


 だが、直後に苦笑いを浮かべる。


「……偉そうに言い出したものの、気の利いたアドバイスとはいかなかったかもな。すまない」


 殿下は「私はまだまだだな」と自分にため息を吐いてしまう。


「いえ、そんなことありませんよ。殿下は優しいですね」


「そうか? 王家の教育を元に巧みな話術で君をそう思わせていたとしたらどうする?」


 ニヤリと笑う殿下に対し、僕はつい笑ってしまった。


「まさか。殿下はそういう人じゃありませんよ。そういう人間はわざわざ危険に飛び込むような馬鹿なマネはしないでしょうし、お兄さんとの約束を果たすためと本気で言うはずありません」


 僕の言葉を聞いた殿下はキョトンとしてしまう。


 直後、声を出して笑い始めた。


「はははっ! カイルも言うようになったな」


「殿下の友人ですから」


 僕らは笑い合いながら星空を見上げる。


 殿下と話して、僕は分かったんだ。


 僕は殿下達に相応しい人間にならなきゃいけない。彼らの隣にいても不自然じゃない人間にならないといけない。


 身分も、境遇も違う僕のことを友人と呼んでくれる人達の隣にいられるよう、もっと努力しないといけない。


 お金を稼ぐだけじゃなく、人としても弟妹達に誇れる人間にならなきゃいけないんだって。


 そう決意した夜だった。


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