第22話 男子トーク
本日の目的地である街に到着すると、一際大きくて豪華な宿へと馬車が進んで行く。
「あ、あの宿に泊まるんですか?」
「ああ、そうだ」
キャビンの窓から見える宿は三階建ての高級宿。
どう考えても僕のような人間が一生泊まることのないような宿だ。
「あの宿はクロフト家が出資している宿ですの」
「はぁ~……。リゼさんの家は魔道具を販売するだけじゃないんですねぇ」
殿下曰く、貴族は何かと商売をしていることがほとんどだが、その中でもクロフト家は多岐に渡って商売の手を広げているようだ。
「クロフト家の本筋は魔道具販売で間違いないのですけど、魔道具を売るのはそれぞれの家庭だけではありませんのよ」
平民・貴族問わず、日常生活に普及しつつある魔道具は各家庭だけじゃなく様々な施設にも設置されている。
王城や研究所はもちろんのこと、これから向かう宿にも。
宿に関してもグレード問わず、平民が宿泊する中ランクの宿にも魔道具化されたランプなどが採用されているわけで。
「なるほど。宿なんかは纏まった数を必要としますしね」
「ええ。ですので、宿を経営する商会に出資することでクロフト家が作り出した魔道具を採用してもらっていますの」
出資することで自家の魔道具を採用してもらい、実際に宿泊した客がクロフト家の魔道具を使用することで「これ家にも欲しいなぁ」と感じさせるアピールの場となるわけだ。
要は実際に体験してもらう広告効果みたいなものだね。
「私の家が出資する宿なので遠慮はいりませんわ。本日はゆっくりと休んで下さいまし」
そう言われながらも、馬車を降りた僕らは宿のエントランスへ。
「ひ、広い……」
エントランスだけで孤児院一つ分あるんじゃないかってくらいだ。
天井に吊るされたシャンデリアの光が神々しくてドキドキしてくる。
「まずは荷物を置きに部屋へ行きましょうか」
チェックインを済ませてくれたリゼ様が二つの鍵を見せながら言った。
どうやら男女で二部屋取ったらしい。
「殿下もカーク君も一人部屋じゃなくて良いんですか?」
「ああ、構わん。せっかくの機会だ。男同士で親交を深めようじゃないか」
ニコリと笑う殿下と静かに頷くカーク君。
むしろ、僕が粗相しそうで怖い。
従業員の案内に続いて宿泊する部屋へ向かうが、辿り着いたのは最上階のスイートルーム。
まぁ、これは予想していた。
クロフト家が出資する宿だし、そもそも殿下が宿泊するわけだし。
人生初のスイートルームに足を踏み入れると――正直、豪華すぎて感想が出てこない。
馬鹿みたいに大きなソファーとベッド、夜景を楽しむための窓も大きい。
部屋の中にはミニバーまであって、高級そうなお酒がこれでもかと並んでいる。
もはや、部屋の中に敷かれているカーペットを踏むことさえ怖くなってきた。
このカーペット、僕が一年間で稼ぐ金額よりも絶対高いでしょ……。
「さて、食堂へ行くか」
荷物を置いたあとは食堂に。
食堂は学園のレストランみたいに広く、テーブル席がいくつも並んでいるのだが、僕らが案内されたのは最奥にある個室だった。
恐らくは殿下に対する配慮なのだろう。
「本日は魚料理のコースをお願いしていますわ」
リゼさんが事前に注文していた料理は街の傍を流れる川で採れた魚を使った料理らしい。
コース料理というものは順番に料理が運ばれてくるみたいなんだけど、僕はテーブルマナーが分からず焦るばかり……。
メインの料理を食べた後、然も当然のように料理長が現れて殿下にご挨拶をしていた。
正直、僕は緊張しすぎて味も料理長の話も全く覚えていない……。
「私達は先にお風呂へ行ってきますわね」
「ああ、ごゆっくり」
女性陣は宿に常設されたお風呂でゆっくり過ごすとのこと。
となると、個室に残されたのは男達だけということで。
「よし、単品料理を頼もう」
殿下はここぞとばかりにメニュー表を掴むと、選んだのは平民御用達の酒場で提供されるようなツマミ料理ばかりだ。
味がこい~やつ。
「殿下もこういった料理を食べるんですね」
「ん? ああ、あまり王城では食べられないからな。こういう機会は見逃せない」
カリカリに揚がったポテトフライをパクパク食べる殿下は実に新鮮だ。
「女性陣もいないし、ここは男らしいトークで盛り上がりたいところだ」
ニコリと笑う殿下の要求に応えるべく、思案すると――
「あ、そうだ。カーク君ってマリィさんと婚約しているって聞きました」
「ああ、その通りだ」
カーク君は小魚の干物をパクリと口にしながら頷く。
「親同士の仲が良くてな。騎士団と薬師という間柄もあると思うが」
騎士にとってケガはつきもの。となると、薬に関しても密接な関係性を持つことになる。
そういった背景もあるが、やはり家同士の爵位が近いという部分が最たるものらしい。
「決まったのは三歳の頃だったか。まぁ、幼少期からずっと遊んでいる仲だからか、婚約者と言えどもそこまでかしこまった感じではないな」
婚約者ではあるけれど、幼馴染の女の子という関係性の方が強い。
他の家が結ぶ『婚約者』とはちょっと違った感覚らしい。
「……最近、マリィが何を求めているのか分からないことがある」
大きなため息を吐くカーク君を見て、僕の脳裏にはアルバイトの時を思い出す。
『彼が劣情を抱いてしまうような女性のタイプだとか、服装を知れたらな~』
『カー君も我慢できなくなって獣のように私を襲ってくれないかな~』
「…………」
言えない。
さすがに男だけの空間でもこれは言えない。
「ところで、カイルはどうだ? 入学以来、ずっとリゼと仲が良さそうじゃないか」
「そうですか?」
「ああ、とても――特別親しいように見える」
ニコニコと笑みを浮かべ続ける殿下。
確かにリゼさんと一緒にいることが多い……というか、そればっかりかも。
「リゼさんって面倒見が良い方じゃないですか。僕も甘えてしまってばかりで」
彼女と一緒にいるのは居心地が良いのもあるが、僕が何か困った場合いの一番に察してくれるのもリゼさんだ。
授業関係、学園生活問わず。
しかも、助言が的確なのでついつい頼ってしまう。
「ふむ……。なるほど。私はてっきり既に恋人関係にあるのかと思っていた」
「ブーッ!!」
殿下のお言葉に思わず飲み物を吹きだしてしまった。
よかった、お二人にかからなくて……。
「こ、恋人って! 僕は平民で孤児ですよ!?」
身分的にもあり得ない話だ。
ただ、僕の言葉に殿下もカーク君も同時に首を傾げる。
「君はアレテイア・ホルダー候補だろう? しかも、認定は確実だ。そう考えれば身分的にはおかしくはないと思うが?」
カーク君は「何を言っているんだ?」くらいマジなトーンで指摘する。
「馬車の中では『あ~ん』もしていたじゃないか」
殿下も「あれで付き合っていないのか?」とマジなトーンで問う。
「あれは……。リゼさんの面倒見の良さが出た場面じゃないですか? お二人も幼馴染なら分かるでしょう?」
「いや、私は幼少期の頃でもされた経験はない」
「むしろ、リゼが他の男と親しくするイメージが湧かない」
二人は揃って首を振る。
「幼少期の頃から錬金術ばっかりだったな。貴族令嬢同士のお茶会に出席するくらいなら、魔石を使って遊ぶ方が楽しいと言い切ってしまうくらい」
幼少期の頃から錬金術一筋。
殿下達が遊びに誘っても三回に一回は断られ、錬金術絡みの遊びで誘うと百パーセント食いつく、といった感じ。
「学園に入ってからもそれは変わらない。同性からの誘いも断ることが多く、男子など近寄らせない雰囲気を出していたな」
貴族男子からの人気も高く、ハイクラスに上がった今でもそれは健在。
侯爵家という地位、国内一の錬金術師家系という部分を無視しても、リゼさんの容姿が同年代の女性達よりも飛び抜けているからだろう。
「ええ……。やっぱり、僕がポンコツすぎるから見てられないんじゃないですか?」
彼女が見せる面倒見の良さの種類は孤児院のグロリア先生に近いような……。
あるいは、歳の離れた姉だろうか?
恋だの愛だのというよりも、家族に向ける愛に近い種類に感じる。
「なるほど。しかし、他の女性も同じとは考えてはいかんぞ」
「と、言いますと?」
「アレテイア・ホルダーは希少故に、貴族家からすれば絶好の材料になる。君を利用して成り上がろうとする家も少なくはないだろう」
恐らく、両親から「アレテイア・ホルダーと親交を結べ」と命じられた生徒も多いはずだ、と殿下は語る。
「あー、それリゼさんにも同じことを言われました」
『他の令嬢に同じことをしてごらんなさい! すぐに責任を取れ! と詰め寄られてしまいますわ!』
『体に触れただけで婚約だ、何だと言い出す令嬢もおりますのよ!』
あれ以来、僕は他の女子生徒の目が怖く見えてしまったのも事実。
自意識過剰かもしれないが、僕を見る女子生徒が獲物を狙う肉食獣のように見えてしまうんだよなぁ……。
「それもあって、リゼさんと一緒に行動することが多くなったのも事実ですね」
彼女自身、事情を知っている自分の傍にいなさいと言っていたし。
その件を明かすと、殿下とカーク君が「ほう!」と同時に驚いた。
「それで? カイルは何と返したんだ?」
キラキラと目を輝かせる殿下は、ズズイと体を前のめりにして問うてきた。
「僕も傍にいると返しましたよ?」
「ほう! ほうほう!」
殿下は「なるほど、なるほど」と何度も頷く。
そして、ニヤニヤしながら僕の顔を見て「これは良い」と呟くものの、すぐに咳払いをして表情を戻す。
「しかし、リゼの言い分も真実だ。君も愛の無い結婚は嫌だろう?」
貴族としての狙いがある者は、僕を僕として見ないだろう。
僕個人としてではなく、僕の価値を見ているはず。
「まぁ、学園にいる大多数の女子生徒がそこまで野心に染まっているとは思いたくないが……。やはり、身分や地位を込みに好意を向けられるのは良い気分じゃないな」
殿下はどこか遠い目を晒しながら語る。
「殿下も……。ご経験が多々ありそうですね」
「まぁな。おかげで人間を見る目が養われたよ」
と、殿下は大きなため息を吐く。
「ただ、私も自分の役割を理解している。自分の結婚は国益に繋がるものでなければならないのも重々承知している」
何だか殿下の言葉を聞いていると、好きな人がいるように思えるのだけど。
……今は男同士の会話で盛り上がりたいって言ってたしな。
「殿下って好きな人いるんですか?」
思い切って問うてみると、今度はカーク君が紅茶を吹きだした。
「ははは! 男同士の内緒話らしくなってきたな!」
大笑いする殿下は実に楽しそうだ。
「好意を持っている女性はいるよ。この国の人間ではないがな」
「へぇ~。そうなんですか」
どこか別の国のお姫様かな?
別の国のお姫様が嫁いできて、国同士が同盟やらを結ぶって話もよくあるし。
「……仮に僕がアレテイア・ホルダーと正式に認められた場合、自由恋愛ってできるんでしょうか?」
「もちろん。アレテイア・ホルダーの恋愛を縛る法律はこの国には無いよ」
殿下は穏やかな表情で「だから、好きな人と恋愛するといい」と。
僕もいつかは結婚したいな、とは思うけどまだ現実味がないかなぁ……。
自分の結婚よりも、まずはチビ達の将来を考えてあげたいし。
「さて、我々も風呂にいくか」
「はい」
こうして、僕らの男子トークは夜遅くまで続いた。




