第21話 二本足
街道のど真ん中に横転した幌馬車。
荷台側には木箱が散乱しており、いくつか壊れて中身が散らばっている。
散乱した荷物の中身は……ジャガイモ?
「例の魔物か!?」
「わからない! 姿は見えない!」
殿下とカーク君のやり取りを聞きつつも、横転した馬車からは視線を外さない。
――横転した馬車とはまだ距離がある。
今のところは魔物の姿が確認できないが、こちらから見えない位置に潜んでいる可能性も。
「慎重に動こう」
全員馬車を降りると、周囲を警戒しながら少しずつ横転した馬車へ向かう。
一歩、二歩、三歩と近付いたところで――
「え……?」
横転した馬車の前方、黒い尻尾のようなものが見える。
同時に「ギッギッ」という独特な鳴き声。
「……例の魔物に似ていないか?」
尻尾の質感は確かに似ている。
しかし、例の魔物は蛇型だ。見えている尻尾の位置が高い。
蛇のように這って移動する種類の魔物なら、尻尾は地面と接地しているはず。
別の魔物か? と誰もが考えただろう。
だが、僕らの予想を大きく裏切る。
「ギッ! ギッ!」
魔物の姿が完全に露出した。
目が無く口だけの頭部、蛇のように長い首、そして体と脚がある。
例の魔物としか思えない魔物には二本の脚が生えていたのだ。
「……成長したのか?」
脳裏にマリューさんが持ってきた報告書が過る。
大昔に出現したヒュドラは九つの首に四本の脚。
今回出現した謎の魔物はヒュドラの幼体かもしれないという推測。
まさか、今僕らが見ている魔物が『成長過程』であったとしたら……。
「ほ、本当にヒュドラ?」
マリィさんの漏らした言葉が耳に入ると、思わずゾッとしてしまった。
国内に生息する幼体は一体何体いるんだ? それが全て成長したら王国はどうなる?
「討伐しよう」
殿下の提案に大賛成だ。
一体たりとも生かしてはおけない。
「まだこちらに気付いておりませんわ」
魔物は殺した馬の肉に夢中になっている。
今なら奇襲できるはずだ。
「カイル」
「ええ」
魔物から目を逸らさず、その場で火猫を作り上げるべく種火を生み出す。
だが、魔術を発動した瞬間に魔物の体がビクンと跳ねてから止まった。
そして、ゆっくりと目の無い顔をこちらに向けるのだ。
「また気付かれた!?」
早く! 早く!
焦りながらも火猫を作り、すぐに魔物へ向けて走らせる。
街道をタタタッ! と素早く走る火猫は魔物に向かって飛び掛かり、今回も魔物の首を捉え――
「ギッ!」
飛び掛かった火猫に対し、魔物は短く鳴いてから口から何かを吐き出した。
毒々しい色の塊。あれは粘液だろうか?
吐き出された粘液は火猫とぶつかると、火猫は煙を上げながらジュワッと蒸発して消えてしまう。
「カイルの魔術を相殺したのか!?」
まさか防がれるなんて!
「来るぞ!?」
今度はこちらの番と言わんばかりに、魔物は二本脚を荒々しく動かしながら向かってくる。
「足止めしますわ!」
リゼさんが土の拳を作り出し、魔物を掴もうと試みる。
だが、予想以上に魔物は俊敏だ。
ブランチディアーのように横へステップしながら拳を躱す。
「ああ、もう!」
捕まえられないならば叩き潰すまで。
リゼさんの操る拳が魔物を叩き潰そうと迫るも――
「ギッ!」
横にステップしながらも粘液を吐く。
粘液を浴びた土の拳はドロドロと溶けていき、内包されていた魔石がポトンと地面に落ちてしまう。
「私の魔術も溶かしますの!?」
いや、今なら捉えられる!
火猫を生み出し終えた僕は再び走らせて、街道を疾走する火猫は今度こそ魔物の首に食らい付く。
「どうだ!?」
食らいついた火猫を振り解こうと暴れる魔物。
まだだ!
「行け!」
もう一匹の火猫を生み出し、暴れ回る魔物に対して追撃を行う。
二匹目の火猫は首の逆側に食らい付くと、魔物の頭部と首が勢いよく燃え始めた。
「ギッ! ギッ! ギッ!」
頭部が火達磨になりながらも尚、体を暴れさせる魔物。
ビタンビタンと体を地面に叩きつけ、燃える頭部と首を地面に擦りつけ、どうにかして魔術の炎を消そうとする姿が晒される。
「ど、どれだけしぶといんだ……」
カーク君の言う通りだ。
予想以上の生命力、あるいは生への執念か。
「――!」
僕が感じたのは強い恐怖だ。
足掻く姿に恐怖して、僕は二匹の火猫を続けて走らせる。
お願いだから死んでくれ、と内心で祈りながら。
火猫は燃える首と頭部へ食らい付くと、魔物を焼く炎の勢いが更に増す。
「ギィー! ギィ……!」
次第に暴れる勢いも弱まっていき、最後まで動いていた黒い尻尾も地面に落ちて動かなくなる。
「……倒せたようだな」
首と頭部を焼く炎が完全に消えたところで、カーク君がゆっくりと近付いていく。
近くに落ちていた剣を拾って突いてみるも反応がない。
それを見てから全員で死体へ近付いた。
「……明らかに強くなっている」
体の形が変化している点もだが、最大の武器であろう毒における攻撃のバリエーションも増えている。
加えて、今回の形態では肉を捕食している点。
殺された馬の体が穴あきチーズのような状態になっていた。
「……毒は明らかに酸性っぽかったですよね?」
マリィさんが同意を求めると、カーク君が静かに頷く。
「ヒュドラの幼体で間違いないのではなくて? どう考えても報告書の特徴と一致してきていますわ」
大昔に出現したヒュドラは毒の粘液を吐いたり、毒のブレスを吐くというバリエーション豊かな攻撃方法を持っていると書かれていた。
毒を注入するという方法から、明確で狂暴性の高い攻撃へと変化している。
「成長しているってことですよね」
本当にヒュドラの幼体だったとして、成体になった場合は百メートル超えの超大型魔物へ至るわけだし……。
これは中間にあたる形態なのだろうか?
何にせよ、放っておけば超大型魔物のヒュドラが複数体暴れ回るという悪夢が現実となってしまう。
「ところで、馬車の持ち主はどこへ行ったのでしょう?」
横転した馬車には持ち主がいたはずだ。
散らばった荷物を見る限り、商人だと思うのだが。
「荷台の中にはいないし、あるのは馬の死体だけだな」
死んだ馬の周囲には馬の血が飛散しているものの、荷台の傍や別の場所に血痕は無い。
ただ、周囲に馬車を護衛していたであろう者の剣が落ちていたこともあって、この場にいた人間が何かしらの行動を起こしたのは明らかだ。
「馬を囮にして逃げたのだろうか?」
「だと良いが」
殿下とカーク君は揃って大きなため息を吐く。
「討伐した魔物の死体はどうしますの?」
「騎士団に任せよう」
殿下の判断に頷いたリゼさんが信号弾を空に打ち上げた。
打ち上げてから二十分後、馬に乗った騎士達がこちらへやって来るのが見えた。
「殿下! 如何致しましたか!」
駆けつけてくれた騎士達に事情を説明し、倒した死体を見せると……。
「…………」
皆、絶句だ。
ただでさえ厄介だった魔物が成長している上、堂々と街道にまで姿を現しているのだから。
「馬車の持ち主は見当たらない。恐らく無事だとは思うが」
「承知しました。そちらも調査致します」
これまで同様、討伐した死体は騎士団が回収して研究所へ。
横転した馬車の持ち主も探し、横転に至るまでの詳しい事情を聞くことになるようだ。
「今までとは違い、白昼堂々と街道へ姿を現している。騎士団も十分に注意してくれ」
「ハッ! 承知しました! 殿下はこの後、如何なされますか?」
「我々は予定通りに西部へ向かう。本日は街道先にある街に宿泊予定だ」
僕達の予定としては、通常四日掛かる日程を三日まで短縮したスピード重視の日程だ。
本日のゴール地点は物流拠点として機能する小さな街だが、翌日は途中にある騎士団の駐屯所で馬を変えて王領西端にある街まで一気に向かう予定。
「では、何か判明しましたら道中の駐屯所に情報を回しておきます」
「すまない、助かる」
騎士達に別れを告げ、僕らは再び西部を目指して馬車を走らせた。




