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その孤児は魔術の真理を知っている  作者: とうもろこし@灰色のアッシュ書籍版&コミカライズ版配信中
2章 真理の先に

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第18話 二百年前の魔物


 謎の魔物討伐から数日後、僕らの元には「更にもう一体を討伐した」という報告が騎士団から入った。


「僕らが倒した個体も合わせて二体となったわけですが、これで全て討伐されたことになるんでしょうか?」


 報告書を持って来たマリューさんに挙手して問う。


「まだ分からん。騎士団も冒険者も未だ捜索中だ」 


 僕らが目撃した謎の魔物は二体だったが、それ以上に潜んでいる可能性も捨てきれないと騎士団は判断したようだ。


 未だ森全域を捜索しているようだが、討伐された二体以上は目撃証言も出ていないという。


「完全解決にはまだ時間が掛かるだろうな。我々が討伐した個体もそうだが、行動の習性としては蛇型の魔物に似ている」


 僕の脳裏には木の枝に巻き付いていた姿が浮かぶ。


 人間や他の魔物よりも高い位置に潜むことで視認しずらい潜み方を知っていること。


 加えて、未だ習性が完全に把握されていないため、極論言えば『地面の中に潜ることも可能』なんて可能性だってあるのだ。


「騎士団は最低でもあと一週間は捜索を続けたいと言っておった」


 ここまで厳重に捜索を続ける最大の理由は王都に近いからだろう。


 人の往来が多い王都周辺で謎の魔物――しかも、致死性の高い毒を有した魔物が繁殖することは避けたい。


 更には森の重要性。


 森では伐採による木材の確保も行われるが、薬草やキノコなど薬剤生成に必要な素材も多く群生している。


 冒険者がそれらの確保に森へ入ることもあるし、ダンジョンでの腕試し目的で森へ進入する者も多い。


 普段から魔物が潜む場所ではあるものの、従来程度の安全性は確保しておきたいと王城が判断を下したのだろう、と。


「魔物について詳細は判明したのですか?」


 次はカーク君が問うと、マリューさんは頷きを返す。


「まぁ、詳細と言えばいいのかは分からんが……。一番の特徴である毒に関しては類似が見つかった」


 今回の魔物は何と言っても毒が強力で特徴的。


 噛まれて注入されてしまえば対抗策は無く、ただただ死を待つ――いや、待つ間もなく死亡してしまう。


 対処する者にとっても毒をどうにかしたい、ということで研究所は毒の解析を最優先に進めていたそうだ。


 僕の予想としては別の国に生息している魔物が持つ毒と同じだったか、あるいは既存の解毒薬に一定の効果があったなどの明るい話題になるのかと思っていたのだけど……。


「類似する毒の種類はヒュドラの毒だ」


「ヒュドラ?」


 聞いたことがない魔物だ。


 というか、ホープライン様以外は「どんな魔物?」と言わんばかりの表情を浮かべている。


「ヒュドラとは二百年以上も前に出現した魔物だ。記録としては隣国のハイシュペリア王国の東部に一度だけとされておる」


 我らがクレセル王国の西にある隣国、ハイシュペリア王国に一度だけ出現した()()()()()、それがヒュドラ。


「研究所は今まで判明した特徴を元に類似する魔物を探しておったのだが、近年の魔物生態記録にも引っ掛からず。まさかと思って大昔の資料まで引っ張りだったようでな」


 魔物の世界は生存競争が凄まじく激しいとされている。


 魔物同士の生存競争に加え、人間による魔物対策もあって、今を生きる魔物が完全に姿を消してしまうこともしばしば。


 その逆として『新種』が生まれる頻度も高い、とされている。


「そこで見つけたのがヒュドラだ。ヒュドラは九つの首を持つ竜種(ドラゴン)の亜種と記録されておる」


 九つの首を持ち、それぞれが超強力な毒を吐く。


 毒の粘液を吐き出す口もあれば、ファイアードラゴンのような毒のブレスを吐く首もあるなどバリエーションは豊富。


 体はアースドラゴンのように四肢と尻尾を持っているが翼は無く、地上を這うように移動していたという。


 ファイルに同封されていたスケッチを見せてもらったが、九つの首を持つ黒いアースドラゴンって感じ。


 気になったのは頭部のスケッチだ。


 頭部は黒い鱗に覆われているみたいだが、竜種と違って『目』が無い。


 僕らが討伐した謎の魔物にも目が無く、頭部のスケッチから鱗を排除すると雰囲気が一気に似てくる気が……。


「二百年前に一度だけ出現したヒュドラは、ハイシュペリア王国東部にあったダンジョンの地下から出現したそうだ」


 当時、ハイシュペリア王国東部にあったダンジョンは未調査の状態だった。


 長く放置されていたダンジョン内では魔物が魔素を吸収し、異常発達を繰り返して体が肥大化。


 肥大化を続けた体は遂にダンジョンを突き破って外へ出た。


 その大きさは百メートルを超えており、強力な毒を撒き散らしながらハイシュペリア王国東部を蹂躙したという。


 ――余談であるが、この事件は大陸に存在する国々にダンジョンの脅威を知れ渡すきっかけにもなったそうだ。


 同時に定期的なダンジョンの調査が必須であるという認識も植え付けた。


「当時のハイシュペリア王国騎士団はほぼ壊滅。滅亡危機のハイシュペリア王国に協力支援したのがクレセル王国や周辺国じゃった」


 クレセル王国を始めとした三つの同盟国が協力することで何とかヒュドラを討伐。


 しかし、被害は甚大。


 ヒュドラの出現はハイシュペリア王国の発展を五十年以上遅らせた、と当時は評されていたそうだ。


「当時の記録にあったヒュドラの毒だが、毒のブレスを受けた者は体が溶けてしまったらしい」


 粘液状の毒も同様で、浴びたら身に着けていた防具ごと体が液状に溶けてしまったという。 


 これは現状の報告にある『内臓が溶けていた』というものと類似する。


「よって、研究所は今回出現した謎の魔物をヒュドラの幼体ではないか? と仮定している」


 結論付けていない理由は、過去に出現したヒュドラとは姿形が違うから。


 同時に当時はヒュドラの幼体と思われる個体を発見できていないからだ。


「……つまり、謎の魔物が成長すると記録にある超大型魔物へ至ると?」


 殿下の表情は険しい。


「可能性は否定できない」


 マリューさんも研究所もそう答えるしかないだろう。


 二百年以上前に一度のみ出現した魔物なだけあって、あまりにも情報が少なすぎる。


 もはや、伝説級の魔物と言っても過言ではないからだ。


「……仮に二百年前のヒュドラが出現した場合、ドラゴンと戦うことと同レベルという認識でよろしくて?」


「そうじゃな。ただ、それは最悪の中の超最悪を引き当てた場合じゃ」


 現状ではまだヒュドラと断定されていない。


 ヒュドラの毒に似た毒を持つ新種の魔物、という可能性も捨てきれない。


 そもそも、歴史上に登場したヒュドラそのものが出現したわけじゃないのだ。


「まだ悲観するには早いぞ。既に二体を討伐できているという現実を忘れるな」


 そう、僕らは既に魔物を討伐している。


 加えて、謎の魔物がダンジョン外に出現しているという事実も忘れてはいけない。


「過去のヒュドラは長い間、ダンジョン内でぬくぬくと育った個体じゃ。既に外へ出ている個体が急激に異常発達・異常進化することは考えにくい」


「……そうですね。今は徹底的に捜索するしかありませんか」


 ここで王城の判断と結びつく。


 過去に登場したヒュドラの可能性も含め、とにかく徹底的に個体を残さないことが重要。


「そういうことじゃ」


 それに、とマリューさんは言葉を続ける。


「二体目の個体が討伐されて以降、同様の被害を受けた魔物の死体は発見されておらん」


 確かに。


 最近は謎の魔物に襲われたと思われる魔物の死体も発見報告が上がってきていない。


 となると、本当に二体だけだったのかも?


 もう少し楽観的に考えていいんじゃないか? ――と、僕が前向きな考えを抱いた瞬間、教室のドアが勢いよく開く。


 教室へ飛び込んできたのは久々に顔を見たカロンさんだ。


「学長! 例の魔物が王国西部で発見されたと冒険者ギルドから連絡が入りました!」


 ……どうやら、前向きになるにはまだ早かったみたい。


「西部で? どういうことじゃ?」


「実は、冒険者ギルドの職員がカイル君からとある推測を聞いたらしく――」


 カロンさんが語った推測とは、僕がミネアさんへ話した『大規模討伐との関係性』についてだ。


 西部で誕生した謎の魔物が縄張りを荒し、逃げた魔物が王都へと流れ込んだというもの――この推測が正しい可能性が浮上したという。

 

「西部にあるリューグエンダ伯爵領に『深淵の森』があるのはご存じですよね?」


 リューグエンダ伯爵領は王都から西へ四日ほど馬車を走らせたところにあり、王国西部の入口と称される土地だ。


 領主街の近くには『深淵の森』と呼ばれる深い森があり、木材の確保から珍しい種類の薬草などが採取できる貴重な場所だ。


 加えて、もう一つ特徴がある。 


 深淵の森には多種多様な魔物が生息しているのだが、森には生息する魔物を統率するヌシが存在する。


 ヌシの正体は百年以上もの長い間生き延びたことで、空気中の魔素のみを糧に自然変異したブランチディアーの変異体とされており、通常個体よりも二倍の大きさを持つ特殊個体だ。


 ヌシは森の最奥で暮らしており、滅多にその姿を晒さない。


 これは臆病なんじゃなく、他の魔物よりも高い知能があるからと推測されている。


「森のヌシは調停者でもありました。人間を脅威と認識しているのか、他の魔物を統率して無駄に被害を出さない」


 人間と敵対すれば戦争になる。どちらかが滅ぶまで戦うことになる。


 そんな事態を避けたいかのように、ヌシは森の魔物達を統率して人間との接触を避けるような動きを長年見せてきた。 


 人間が森に入っても浅い場所までなら魔物の襲撃を受けない。仮に遭遇したとしても、魔物の方から森の奥へと下がって行く。


 逆に魔物のテリトリーとされる森の奥まで人間が入り込むと、協定ラインを超えたと言わんばかりに激しい攻撃を受ける。


「ある意味、リューグエンダ伯爵領は魔物と共存していたと言えましょう」


 他の領地よりも圧倒的に魔物被害率が低く、その要因は深淵の森を統率するヌシが存在したからだ。


 しかし、カロンさんは――


「そのヌシが殺されていました」


 ここからが本題。


 僕の推測を聞いたミネアさんは冒険者ギルド・リューグエンダ伯爵領支部へと連絡。


 森に異常が無いか調べて欲しいと要請し、現地の支部は冒険者の一団を森の奥へと調査へ向かわせた。


「その結果、見つかったのはヌシと思われる魔物の白骨死体です」


 森の奥には巨大な鹿の白骨が残されていた。


 これだけ見れば死因や相手を特定できなかったろう。


 しかし、死体が白骨化するまで放置されていたにも拘らず、死体の傍には命魂結晶が残っていなかった。


 魔物は命魂結晶を食べやしないし、大地に埋もれて消滅するにも長い年月が掛かる。


 同時に「深淵の森で腕試しをする」「ヌシを討伐してやる!」なんて大口を叩く冒険者がいたなどの証言もなく、森のヌシが死亡していたことさえ気付かないほど森は静かだった。


 それらの状況から人的要因による死、また命魂結晶を誰かが持ち去ったという可能性も低いとみられる。


「死体の傍に命魂結晶が見当たらないという点は、王都で見つかった死体と特徴が一致します。恐らく、森のヌシは謎の魔物に殺されたのでしょう」


 森のヌシが死亡したことで魔物達の統率が失われた。


 加えて、謎の魔物に恐怖した森の魔物達が一斉に逃げ出すことで、王都方面へと大量の魔物が流れていった。


 結果、起きたのが最近の大規模討伐事件なのではないか? と、冒険者ギルドの幹部は考えているらしい。


「まさか、予想が当たってただなんて……」


 正直、自分でもびっくりだ。


「……となると、発生源は深淵の森か?」


「かもしれません。同時に王都とリューグエンダ伯爵領の間にある村や街付近でも同様の魔物死体が見つかったとも報告がありました」


 リューグエンダ伯爵領へ続く街道沿いで、謎の魔物に襲われたと思われる新しい死体が発見。


 発見された魔物の死体は死亡から数時間が経過したと思われる状態であり、付近には謎の魔物が潜んでいる可能性が高いと判断された。


「現在、王城と冒険者ギルドも対応を急いでおります」


 これで複数体存在していることが明らかになったのだ。


 騎士団も冒険者ギルドも範囲を拡大して捜索せねばならなくなった。


「そこで、学長にも支援要請が出ておりますが……」


 どうしますか、とカロンさんは問う。


「私は早々に動けんだろう。それこそ、記録に残るヒュドラが出現せん限り」


 カロンさんも「ですよねぇ」とすぐ納得してしまう。


「……どうしてマリューさんは動けないんです? マリューさんならすぐに討伐できると思うんですけど」


 隣国で猛威を奮ったヒュドラの幼体かもしれないと推測されている以上、それこそ風の魔女と呼ばれる彼女の出番じゃないのだろうか?


 それについて小声で殿下に問うと――


「彼女は抑止力であり、最強の切り札だ。そう簡単に王都の外へ出すわけにはいかないんだよ」


 正直、殿下のお言葉を完全には理解できなかったのだけど……。


 要するに『ガチのマジでピンチ!』ってなるまで温存しておく、ってことかな?


「ふむ……。なら、カイルに行かせよう」


「馬鹿じゃーん!?」


 心の声が百パーセント口に出てしまった。


 いや、本気で何言ってんの!?


「馬鹿とはなんじゃ、馬鹿とは。そもそも、お主は討伐しておろうが」


「あ……」


 そうか。既に討伐されている一体は僕が倒したんだった。


「私が動けぬとなればお主以外に適任はおらん。お主と同等の威力を出せる魔術師なんぞ、そう多くはおらんからな」


「確かにそうですね」


 殿下まで納得してしまい、皆の顔が僕に向けられる。


 前の席に座る殿下はじーっと僕の顔を見続けて、パッと笑顔を見せた。


「よし、ならばSクラス全員で行こう」


「ああ、クラス課題にしてしまおうというわけですわね?」


 殿下の提案に続き、リゼさんまでポンと手を打つリアクションを見せた。


「カイルだけ行かせるのは酷だ」


「そうですね」


 カーク君にホープライン様まで。


「よろしい。ならば、これをクラス課題とする……が、その前にゼインは父親に許可を取って来い。許可が下りれば承認してやろう」


「ええ。すぐに説得してきますよ」


 イッヒッヒッ! と笑うマリューさんに、ニコニコと笑みを浮かべる殿下。


 王都の外にある森へ向かうのも危険なのに、今度は王領の外へ行くことになるなんて……。


 不安だぁ……。


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