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その孤児は魔術の真理を知っている  作者: とうもろこし@灰色のアッシュ書籍版&コミカライズ版配信中
2章 真理の先に

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第17話 火猫の狩り


 謎の魔物を目撃した日の翌日、昼食を終えたところで騎士団から中間報告が入った。


「我々が目撃した魔物と冒険者パーティーが戦闘になったらしい」


 捜索に参加していた冒険者パーティーは、僕らが目撃した地点に近い場所で謎の魔物と遭遇。


 そのまま戦闘になるも、結果は討伐失敗。


 失敗の原因は奇襲されてしまったこと。


 草陰から飛び出して来た謎の魔物に一人が足を噛まれ、そのまま体に巻き付かれるという状態に。


 仲間を救おうと奮闘した結果、魔物を追い払うことには成功したという。


「噛まれた人は吐血と痙攣を繰り返し、その場で死亡したそうです」


 被害者の結末を語ったのはホープライン様だ。


 彼女曰く、死亡までの時間は十分も掛からなかったという。 


「冒険者の話によると、魔物の体は想像以上に硬かったらしい」


 一見すると黒蛇に似た体を持っているが、剣の刃が少々食い込んだところで止まってしまったという。


 よく研いだ剣でも切断に至れないとなると、魔物の弱点は『魔術』だろうか?


 その点について質問すると殿下が頷く。


「パーティーメンバーの一人が火の魔術を行使しようとしたところ、魔物はそれに反応するかのように逃げ出したらしい」


 状況としては、放たれた火の魔術は当たらなかった。


 だが、謎の魔物はすぐにその場から逃げ出したという。


「火の魔術か」


 カーク君が声を漏らした後、教室にいた全員が僕へ顔を向ける。


「カイルさんの魔術なら倒せそうですわね」


 リゼさんは「並の魔術師よりも威力が高い」から、と付け加える。


「本日、我々も夕方まで捜索に加わることとした」


 今から森に行くことになったのだが、今回は安全策が追加された。


「皆、ズボンの下にガードを装着するように」


 被害に遭った冒険者の事例を鑑みて、森に入る際は足に『噛みつかれ対策』は必須だ。


 普段は制服のスカートを着用している女性お二人もズボンに履き替えた上、脛を覆う金属製の脛当てを装備。


 僕自身も初めて装備する脛当てに違和感を感じつつ、森まで馬車で移動することになった。


 森まで移動した後は前回と同じルートで前進。


 謎の魔物が現れた地点まで移動している最中、やはり別の魔物と遭遇してしまったのだが――


「僕がやります!」


 魔物を発見したカーク君が警告を発した直後、僕は例の魔術――ライリー君の助言で誕生した『火猫』を行使する。


 掌から生まれた種火は徐々に大きくなり、次第に形へとなっていく。


 火の猫を形成し終えると、前脚で地面を掻くブランチディアーを睨みつけながら「行け」と命じた。


「火のネコちゃんが走り出しましたわ!?」


 リゼさんが興奮気味に驚く中、火猫は本物と遜色ない動きでブランチディアーへと駆けていく。


 火猫が走った後は地面に生えた雑草が黒く焦げていき、その軌道が一目で分かる。


「食いつけ!」


 スピード、そして猫特有の柔らかな動き。


 それに対してブランチディアーも避けようとするが、首へ飛び掛かる火猫の方が速い。


 火猫が首に食いついた途端、ブランチディアーは鳴き声も上げられずに灰へと変わった。


「やった!」


 成功だ!


 心臓はまだドキドキ鳴っているけど、これは成功したことへの興奮に違いない。


「……なんて魔術だ」


 殿下は驚きの声を漏らすと、表情を変えずに僕を見た。


「前に見せてくれた火の猫を動かしたのか?」


「はい。火球を当てられるイメージが湧かなかったので、代わりに路地裏の猫を想像して――」


 ネズミ捕りの王、裏路地住まいのニャーコ様。


 彼の動きをマネしてみたら上手くいった、と説明する。


「……オリジナルの魔術ですわよね?」


「そうなるんでしょうか?」


 僕としては火球を猫の形に変え、生み出された魔術に猫の動きをするよう命じた――といった感じ。


 ただ、説明しても皆は首を傾げてしまう。


「それを魔術式無しでコントロールするなど……。本当にアレテイア・ホルダーは意味が分からない」


 カーク君曰く、どうやったらできるのか想像すらできないといった感じらしい。


 皆からすると「ペンを持っていないのに紙へ文字を書く」という例えがしっくりくるんだとか。


「まぁ……。アレテイア・ホルダーに関しては今更だろう」


 既に風の魔女と呼ばれているマリューさんの武勇伝があるせいか、皆は「アレテイア・ホルダーだし」で納得してしまう。


「しかし、これなら謎の魔物も倒せるかもしれないな」


 皆の共通意識としては、やはり接近は避けたい。


 剣の刃が通りにくい体を持っていることもあるし、何より噛まれるリスクを背負うのは危険だ。


「遭遇した場合、カイルの魔術に頼りたいと思う。出来るか?」


「やってみます」


 ダメだったら即撤退。


 この取り決めは絶対とし、僕らは森を進んで行く。


「あれは……」


 先頭を歩いていたカーク君が停止の合図を出す。


 屈みながら先を観察すると――木の枝に黒い物体が巻き付いている。


「いたな」


 謎の魔物だ。


 太い枝に体を巻き付かせ、目の無い顔を地面に向けている。


 ……あれは獲物が真下を通るのを待っているのだろうか?


 冒険者を奇襲したことといい、謎の魔物は奇襲を基本とする習性を持っているのかもしれない。


「カイル、やれるか?」


「……はい」


 魔物とは距離がある。


 この場で火猫を生み出し、こちらから奇襲してやれば。


 作戦を元に火猫を生み出そうと、元となる種火を発生させた瞬間――魔物の顔がこちらに向いた。


「気付かれたッ!!」


 相手との距離は五十メートル以上あるのに、目の無い顔はまるで僕らを睨みつけるようにこちらへ向けられている。


 次の瞬間、巻き付いていた枝からボトリと地面に落ちて――


「行けッ!」


 こちらへ到達する前に仕留める!


 真っ直ぐ向かって来る魔物へ向かって火猫を走らせ、両者の距離は瞬く間に縮んでいく。


 あと少し。


 向こうは目が無いせいか、火猫を避ける素振りは見せない。


 このまま仕留められると確信した瞬間、火猫と謎の魔物は正面衝突を起こした。


「よし――は!?」


「灰にならない!?」


 火猫と正面衝突を起こした魔物は生きていた。


「いや、効いている!」


 しかし、無事とはいかない。


 火猫と衝突した頭部は焼け焦げ、黒い皮の中にあった毒々しい肉が露出している。


『ギィ、ギィ、ギィ!』


 焼け焦げた口から恐ろしい鳴き声が漏れ、長く太い体がぐねぐねと暴れ回る。


「カイル、もう一撃だ!」


「はい!」


 殿下の指示通り、僕はもう一匹の火猫を生み出して走らせた。


 焦げた雑草の上を疾走した火猫は、再び魔物の頭部目掛けて飛び掛かる!


 衝突した瞬間、魔物の頭部が火達磨になった。


 そのまま頭部だけがゴウゴウと燃え、その間も魔物は体をぐねぐねと暴れさせて。


 もう一匹放とうかもと考えたが、徐々に魔物の動きが小さくなっていき――やがて、動きは完全に停止した。


「……死んだんでしょうか?」


「恐らく」


 僕の問いに声を漏らしたのはカーク君だ。


 距離を保ちながら観察すると、燃えた頭部は完全に消失しているようだが……。


「さすがに頭部を失っても生きている、なんてことはありませんわよね?」


「だとしたら王国の脅威になり得るな」


 仮にまだ生きていた場合、どこを攻撃すれば死ぬんだと魔物に問いたい。


 殿下が本気のトーンで言うのも理解できる。


「……自分が確認してこよう。念のため、カイルはいつでも魔術を行使する準備を頼む」


「分かりました」


 カーク君がゆっくりと魔物へ近付いて行く中、僕は火猫を生み出して待機させる。


 ギリギリまで近付いた彼は剣先で死体をつつくと……。


「死んでいるようだ!」


 しばらく待っても動く気配はない。


 僕は火猫を消失させた後、皆と共に魔物の死体へと近付いた。


「絶対に触らないように!」


 死体を前にして注意喚起を行ったのはホープライン様だ。


 消失した頭部の根本は焼け焦げているが、どこに毒が含まれているか分からない。


 死体をつついたカーク君の剣も素手で触れないように、と注意する。


「森の内外には騎士団と冒険者がいるはずだ。信号弾を挙げて応援を呼ぼう」


「承知しましたわ」


 殿下の指示に従い、リゼさんがジャケットの内ポケットから取り出した筒型の魔道具を起動させる。


 起動させた魔道具を地面にポイと投げると、筒から赤色の光が空に向かって撃ち出された。


「しかし、これは問題だぞ」


「ええ」


 死体を見下ろす殿下とリゼさんが頷き合う。


「どういうことですか?」


 二人の懸念が理解できなかった僕が問うと、二人は同時に僕を見た。


「カイルの魔術に一撃耐えたことだ」


「貴方の魔術威力は並の魔術師以上。それを一撃でも耐えたということは、この魔物がとんでもない魔術耐性を持っているということですわ」


 刃物も強い。魔術も効きにくい。


 物理・魔術両方の耐性に優れた魔物など、世界を見てもそう多くはないのが現実だ。


「代表例を挙げるならドラゴンだろう。あれは極論すぎるかもしれないが」


 物理・魔術の両耐性を持つ最大級の生き物は、大陸北部に生息するドラゴンだ。


 ドラゴンに対しては文字通りどちらも効かない。


 剣も魔術も一切通用しないと言われており、人間どころか大型の魔物でさえも傷一つ負わせられないレベル。


 幸いにしてドラゴンには高い知性があり、人間と対話することが可能なので現在に至るまで『戦争』は勃発していないが。


 現実的な範囲となると、大陸南部に生息しているフォートレスタートルという魔物だろう。


 こちらは亀形の魔物なのだが、やはり剣も魔術も効きにくい防御に優れた特徴を持っている。


「見たところではフォートレスタートル以下だとは思うが、それでも騎士と冒険者達にとっては厄介極まりないだろう」


 加えて、僕らが目撃した魔物の数は二体だ。


 少なくともまだ一体が森の中に潜んでいる。


「殿下! ご無事ですか!」


 振り返ると五人の騎士がこちらへ向かって来る。


 彼らに手を挙げて無事をアピールした殿下であったが、騎士達は僕らの囲む死体に気付くとギョッとした表情を見せた。


「これは例の魔物ですか!? 討伐したのですか!?」


「ああ。アレテイア・ホルダー候補がな」


 ニヤリと笑いながら僕を指す殿下につられ、騎士達の顔が一斉に向けられた。


「なるほど。お話は聞いておりましたが、さすがは魔女様のお弟子様ですね」


「あ、あはは……。ど、どうも」


 返答に困って上手く笑えなかった……。


「そろそろ夕方になる。我々は暗くなる前に森を出たい」


「承知しました。この死体は我々が運びましょう」


 その場を騎士達に託し、僕らは森の外へ向かって歩きだした。


「研究所は忙しくなりそうですね」


「死体から有効策が見つかるといいのですけど……」


 ホープライン様とリゼさんは小さなため息を漏らす。


 ――茜色に染まる森は、まだどこか不穏な気配が漂っていた。


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