第16話 魔術を作れ
王都に帰還した後、僕ら全員は騎士団に情報提供を行った。
口頭説明に加え、特徴を絵に書いて欲しいと紙を渡されて。
一番下の妹とお絵描き遊びで培ってきた画力が活きると息巻いていたのだが……。
「相変わらずリゼは絵が上手いな」
「昔から絵が得意だったもんね」
殿下とホープライン様が褒める中、僕も彼女の絵を覗き込んだ。
僕の画力はカスだ。
情報提供を行った後、僕らは解散。
翌日は騎士団からの報告待ちということもあり、クラス課題に関しては待機となったのだが――
「魔術が当たらない?」
空いた時間を有効活用しようと、マリューさんの元を訪ねて「魔物に魔術を当てるにはどうすればいいですか?」とアドバイスを求めることにした。
「はい。ゴブリン相手には当たっていたんですけど、先日戦ったブランチディアーには一発も当てられなくて」
マリューさんはどうしているんですか? コツとかあるんですか? と。
「魔物の動きを予測して当てておる」
しかし、返って来た答えは無茶すぎた。
「魔物の動きを予測するって難しくありません?」
「そりゃそうじゃよ。相手は魔物と言えど生き物じゃからな」
向こうだって死にたくはない。
だから必死に避けようとするし、危害を与えようとする人間を殺そうとする。
「特にブランチディアーはすばしっこい。ヒヨッコのお主には難しいじゃろうな」
魔術を当てるという点だけに注目するなら、逆にゴブリンの方が難易度は低い、とマリューさんは言う。
「どうしてです?」
「向こうから突っ込んで来るじゃろう?」
突っ込んで来ることで距離が縮まり、着弾までの距離も短くなる。
その状況下で乱射すれば当たる確率は高くなるということ。
しかし、ブランチディアーは『まず避ける』が行動の軸となっているようで、避けることに重きを置いた相手に対しては乱射も無力となってしまう。
「まぐれで当たる可能性もあるが、その前に殺されるのがオチじゃろうな」
イッヒッヒッ! と笑うマリューさんだが、僕からしてみれば笑っていられる状況じゃない。
「……経験を積む前に殺されちゃうんじゃないですか?」
「そうじゃな。大体の連中がそうなる。今、現場で活躍している者達は才能と運を持ち、場数を踏み越えた猛者達じゃよ」
どうしようもないじゃん!
僕は絶対に死ぬ方の人間になるじゃん!
「だが、お主にはとびきりの力がある」
「……真理ですか?」
「そうだ。お主は魔術を作れる人間だ。自分が思い描いた魔術をそのまま現実にすることができる人間なんじゃよ」
他の者よりもアドバンテージはある。
決して劣っていない。
「私がその証明だ。私だって昔はヒヨッコじゃったが、今日まで生き延びてきたわけじゃからな」
魔物との戦闘で『初めて』はマリューさんにもあった。
何度も死にかけたこともあったが、その度に真理が自分を救ってくれたという。
「だから、お主にもできるよ」
あんまりアドバイスになっていないような……。
「せめて、もうちょっと具体的なアドバイスくれません?」
「カーッ! 甘ったれな弟子じゃのう! せっかく私が良いこと言ったのに!」
ソファーの上で胡坐をかいていたマリューさんは足をバタバタと暴れさせつつも、呆れるように背もたれへ体を預けて上を向いてしまう。
なんちゅう指導者だ。
パンツ丸見えだぞ。
「……当てる前に牽制したらどうじゃ? 魔物が避ける方向を制限するとか」
「あー、なるほど?」
一発目で行動を制限しつつ、二発目で仕留める――想像するのは簡単だが、実際にやってみると上手くいくかどうか。
「ただまぁ、あまりお主に向いているとは思えんがの。私がお主だったら、相手に対して『最悪』の魔術を作って対抗する」
「最悪の魔術?」
「そうじゃ。相手にとって悪夢のような、ちょ~最悪な魔術じゃな」
そうじゃな~と少し悩んだマリューさんは――
「例えば……ブランチディアーの脚を焼く魔術とか?」
すばしっこいブランチディアーの武器は脚だ。
俊敏な動きを生む健脚を殺す魔術を作り出し、相手の長所を潰すことで仕留める。
「脚を焼く……。う~ん?」
「私達の魔術はイメージが肝じゃ。ブランチディアーの脚をどう殺すか。その方法を明確にイメージすることが重要じゃぞ」
どうやって脚を焼くんだろう? 火を踏ませる……は、そもそも避けられて難しいだろうし。
「……いっそのこと、森ごと焼くとか?」
「お主、意外と物騒なことを考えるな」
森を焼いてしまうなんて洒落になっていないか。
木こりや薬師に怒られるどころか、国から怒られてしまいそう。
「まぁ、あれこれ悩むのも魔術の醍醐味じゃよ。悩んで、悩んで、徐々に形にしていけば自ずと自分の魔術スタイルが確立されるはずじゃ」
マリューさんに「訓練場で練習でもして来い!」と言われて学長室を追い出されてしまった。
あの人は本当に師匠としてやる気あるのか、と独り言を漏らしながらも訓練場に向かう。
「うーん、こうかな?」
魔術用の的相手にマリューさんの言っていた『行動を制限する』方法を模索する。
ただ、どうしても上手くいくイメージが湧かないというか……。
「君」
「え?」
思案していると、背後から声をかけられた。
振り向くとそこにいたのは――入学初日、レストランで僕の前に割り込んできた男子生徒だ。
短髪で体の大きい、威圧感たっぷりな彼である。
「あ、貴方は……」
また何か言われてしまうのか。
内心びくびくと構えていると――
「あの時はすまなかった!」
「へ?」
予想に反して謝罪が飛んで来たのである。
「前にレストランで詰め寄ってしまっただろう? あの時はすまなかった」
大きな体と威圧的な表情、そんなイメージしかなかった男子生徒が今ではシュンと肩を落としている。
そのギャップに僕の脳が追いつかない。
「俺はライリー・ファーガス。伯爵家の人間だ」
彼は自身の名と実家を明かしながら言葉を続ける。
「実は父上から殿下によからぬ者が寄り付かぬよう見守れと命令されていて……」
殿下と同年代であり、同じ学び舎で学ぶ者ともなれば、大人の目が届きにくい場所でも見守ることができる。
殿下が暴走しないよう、または殿下に対してよからぬ思惑を持ち、擦り寄って来るような輩を排除すること。
こういった命令を家から受けた貴族家の生徒は多いらしく、彼もその一人だったらしい。
「あの時は本当にすまない。正直に明かすと、君のことを疑っていた」
殿下に遮られた後、彼は彼なりに裏付けを行ったようだ。
その結果、僕の立場がマリューさんや王家から保証されていることを正確に把握した、と。
「もっとしっかり調べてから声をかけるべきだった。言い訳になってしまうが、殿下をお守りしないといけないという感情が前に出すぎて……」
すぐに行動へ移してしまうのは自分の悪いところだ、と自身の欠点まで晒してしまうファーガス様。
この人、悪い人じゃないんだろうな。
「あー……」
あの時、僕は周りから『大道芸っぽい』だとか『詐欺師なんじゃないか?』みたいなことを言われていたし。
それに『一人も弟子をとらない風の魔女の弟子です!』と、周囲からすれば驚きの肩書もあったわけで。
……後半は弟子希望の人を振りまくったマリューさんの責任も少しはありそうだけど。
「いえ、特には気にしていませんよ。僕が噂通りに見えないことは事実ですし……」
アレテイア・ホルダー候補だ何だと言われても、ブランチディアー一体すら討伐できない役立たずだし……。
未だに魔術式の公式論だとか、詠唱の紡ぎ方も上手く理解できないし……。
「はぁ……。そりゃそうですよ。魔術を作れるわけもなく、僕なんてもうおしまいです……」
「だ、大丈夫か?」
一気にネガティブな気持ちが噴き出してしまったせいか、ファーガス様にまで心配されてしまった。
「疑ってしまった償いもしたい。俺に話してみないか?」
……この人、本当に良い人なんだなぁ。
「実は――」
ファーガス様に甘えてしまった自分を客観的に見ると、自分が思っている以上に僕の心は弱くなっていたのだと思う。
「なるほど。魔術が当たらない、か」
「何かコツとかありますか?」
縋る想いで問うと、腕を組んだファーガス様は胸を張って――
「わからない。何故なら俺も魔術が苦手だからな!」
「ひょ?」
ズッコケそうになった。
「実は俺も魔術を一度も当てたことがない。訓練場の的にすら当たらないから君よりも酷いありさまだ」
「…………」
ワハハ! と笑う彼に対し、僕は苦笑いすることしかできない……。
「俺の家は魔術師の家系でね。上に兄が三人いるんだが、全員王宮魔術師になるほど優秀なんだ」
しかし、自分には魔術の才能がない。
「昔から兄と比べられて苦労したよ。だから、少しは君の気持ちも理解できるつもりだ」
そう言いながらも、彼は僕に「しょげるな!」と熱い言葉をくれた。
「人生などそう上手くいかないものだ。俺はもう自分に魔術師の才能がないと諦めた」
「その、辛くないですか?」
「もう辛くないな。代わりを見つけたんだ」
そう言った彼は手に持っていた木製の槍を僕に見せつける。
「俺は魔術を諦めて槍に生きると決めた。こっちの才能はそこそこあったのでね」
だから、と彼は僕の肩に手を置いた。
「君は俺より才能があるはずだ。俺よりも上手くやれるはずさ」
ニカッと笑う彼は言葉を続ける。
「人にはそれぞれやり方があると俺は学んだよ。だから、君も色々試してみたらどうだ?」
色々考え込むよりも、たまには体を先に動かすのはどうだ? と。
「俺みたいにな!」
「体を先に、ですか」
「ああ! そうだ、アレテイア・ホルダーは本当に魔術を作れるのか? 学長が言っていたのなら本当の話なんだろうけど」
「魔術を作ると言っても、どんな魔術を作ればいいか……」
また考えすぎと言われてしまいそうだが、どうにもこの先が出てこない。
「とりあえず、適当に作ってみたらどうだ?」
そう言ったファーガス様は「そうだ!」と大きく頷く。
「昔、俺に魔術を教えてくれた高名な先生は水の魔術が得意でね。水の形を鷲に変え、空を飛ぶように操っていたんだ」
確か、君は火をネコの形にできるんだよな? と。
「火の猫を操る魔術、なんてどうだ?」
「……やってみましょうか」
直感的に出来る、と思ってしまった。
これをきっかけに何か掴めないか、とも。
『私達の魔術はイメージが肝じゃ』
マリューさんの言っていた言葉が頭の中で繰り返される。
ファーガス様のアイディアを元に、僕は頭の中でイメージを固めていく。
小さな種火を徐々に大きくして形を整え、更には実際のネコ――裏路地のニャーコが動くところを想像して。
「あ、出来た」
火で作られたネコはちょこんとお座りして、次にねこじゃらしを相手に飛ぶ姿をイメージすればその通りに動いて。
「あれ……?」
動物を模した火は僕のイメージ通りに動く?
ということは――
「……その猫、魔物に噛みつかせたらどうだ?」
まさにファーガス様が言った通り。
僕の火球は当たるイメージができない。
だけど、路地裏でいつもネズミを捕まえている百戦錬磨のニャーコが、果敢にも魔物へ噛みつこうとする姿はイメージできてしまう。
これはどういうことだろう?
貧弱な自分で想像するよりも、逞しいネコの方が上手くやれそうという確信があるから?
あるいはモデルとなったニャーコの習性、動き方、捕食の方法など特徴をよく理解しているからだろうか?
「よし! 的はネズミだ! 餌を獲ってこーい!」
路地裏で見たその姿を思い浮かべながら命令を下す。
すると、火のネコは思い描いた通りに的へ走っていく。
接近した後にぴょんと飛び、獲物を捕まえるように的へ衝突。
その後、的は灰に変わってしまった。
「出来た!!」
「……凄まじいな」
これはイケるんじゃないか!?
火球を撃つよりも、火ネコを走らせた方が上手くいく気がする!
「ファーガス様、ありがとうございます! 突破口が見つかった気がします!」
僕は思わず彼の手を握ってブンブンと上下に振ってしまった。
呆気にとられていた彼は我に返るようにハッとなり、遅れて僕の手をガッシリと握る。
「ワハハ! たまには俺の考えも役立つものだな!」
体躯に見合う豪快な笑い声を飛ばしたファーガス様は「よかったな!」と僕の背中をバシバシと叩いてくれた。
「……あの、もし良かったらまた僕と話してくれませんか?」
「もちろんだ。暇な時は訓練場で槍を振っているから、話したくなったらいつでも来い!」
それと、とファーガス様は言葉を続ける。
「俺のことはライリーでいい。俺も君をカイルと呼ぶ」
「はい、分かりました。ライリー君」
名前で呼ぶと、彼は満足そうに頷いて。
「一緒に頑張ろう」
僕らは熱い握手を交わす。
今日、僕に訓練仲間ができた。




