第15話 謎の魔物
冒険者ギルドで得た情報を皆と共有した後、殿下は笑顔で「よし、明日は死体が見つかった現場へ行こう」と言い出した――のが、先日の夕方。
本日、僕らは殿下の宣言通り現場となった森へと足を踏み入れた。
「……やはり、魔物が少ない気がするな」
東へ向かって歩く中、周囲に鋭い視線を向けるカーク君が呟いた。
「そうなんですか?」
「ああ。普段なら既に魔物数体と戦闘になっていてもおかしくはないだろう」
彼は自身の腕を磨くため、たまに森の中に入って魔物狩りを行っていたという。
「ブラウンボアなんかは繁殖期になると一気に増えますしね」
「ああ」
正直、僕は歩くのがやっとだ。
いつまた魔物が現れるか――またゴブリンが襲ってきたらどうしよう、と不安でならない。
試験勉強で得た知識を口にして何とか誤魔化している状態である。
「マリィ、毒の解析は進んでいるのか?」
そう問うたのは殿下である。
質問に対し、ホープライン様はふるふると小さく首を振った。
「改めて調べてみると、既存の魔物が持つ毒と類似点はあるようですが完全に合致したわけじゃないみたいで……。現状の結論としては、今回の毒は未知なる種類に分類されるようです」
ホープライン家を始めとする薬師達は王立研究所に籠って毒の解析を続けている中、判明した点はあまり多くない。
死亡した魔物の解剖を進めた結果、毒は即効性を有していると判断されたくらいだ。
「実際の毒が手に入ったわけじゃないので未確定ですが、恐らくは人間も即死します」
まだ推測の域であるが、毒を注入されてから数分以内にはどこかしらの内臓が破壊される。
強靭な肉体を持つ魔物でさえも耐えられないのだから、人間なんてもっと酷いことになるんじゃないか、と。
「こ、こわ……」
噛まれたら即終了だなんて――今、ここにいていいの!? と叫びたい。
というか、殿下がいる現状って本当に大丈夫……?
「対抗薬は難しいか?」
「どうでしょう。毒のサンプルが手に入らないと何とも言えませんね」
対抗薬で予防できる可能性もあるが、それ以上に噛まれないことが重要。
当たり前だけどね。
「……お喋りは一時中断だ」
先頭を歩くカーク君が止まれのハンドサインと共に告げる。
彼の背中越しに前方を観察すると――太い木の陰にブラウンボアのお尻が見えた。
ボフボフと鳴き声を上げている姿から察するに食事中。大好物のキノコを食べている最中なのだろう。
「……食事中みたいですね。迂回して戦闘を避けますか?」
小さな声で問うも、カーク君は首を振る。
「いや、気付かれた」
彼の言葉と同時にブラウンボアの尻尾がぶるんと震えて、その直後に顔が向けられる。
口から生える鋭利で反り返った牙はいつ見ても恐ろしい。
とんでもないスピードで突進してきて、騎士が構えた盾をも貫いてしまうパワー。
僕なんて一発であの世行きだ。
「来るぞ! 射線に入るな!」
故にここは散るのがベター。
真っ直ぐ突っ込んで来るブラウンボアを避けるように左右へ広がる――が、剣を抜いたカーク君は前へ出た。
「危な――」
危ない、と言う間もなく、彼は直撃寸前に横へ小さく飛ぶ。
同時に水平にした剣で魔物の胴体を切り裂いた!
「ブモォォ!!」
「浅いか!」
一撃で殺すことはできず。
「任せろ!」
胴体を切り裂かれたブラウンボアの足取りは弱々しく、突進の勢いは消え失せた。
その隙を狙って風の魔術を放ったのはゼイン殿下だ。
風の刃がその首を刈り、頭部を失った体は地面を滑るように倒れる。
「まだいますわ!」
仲間の鳴き声を聞いたのか、新たなブラウンボアが森の奥から突っ込んで来るのが見えた。
いち早く発見したリゼさんは土の魔術を行使し、巨大な拳を二つも作り上げる。
「ふんぬ!」
リゼさんの気合たっぷりな声と共に、巨大な拳が壁となる!
魔術と錬金術によって作られた拳の壁は見事にブラウンボアの突進を押し留めて――
「今ですわ!」
その隙にカーク君がブラウンボアの首を断つ!
首が宙を舞う中、体を反転させた彼が二時方向を剣で指し示す。
「ブランチディアーも来たぞ!」
指し示された方向へ顔を向けると、ぴょんぴょんと独特なステップを踏むようにこちらへ向かって来るブランチディアーの姿がある。
殿下が魔術を行使しようとするが、相手の動きが早い。
「ぼ、僕が!」
僕なら魔術式を構築せずに攻撃できる。
僕の強みを活かす場面だ、と咄嗟に考え――
「行け!」
前回のゴブリン戦で使用した火球を放った……のだが。
「避けられた!?」
真っ直ぐ飛んで行った火球をぴょんと躱し、躱したにもかかわらずスピードが緩んでいない。
このままではマズい。
「飛べ、飛べ!」
前回同様の連射作戦。
立て続けに火球を飛ばすが、どれも容易に躱されてしまう。
「嘘、当たらない!」
どうしよう、これはマズい。どうすればいい。
大きく重々しい焦燥感が僕を支配していく。
「いや、そのまま撃ちまくってくれ!」
ゼイン殿下の指示に従い、とにかく火球を撃ちまくる。
避け続けるブランチディアーの体が徐々に横へ流れていく中、避け続ける方向から風の刃が飛来する。
殿下の魔術だ。
ブーメランのような軌道を描く風の刃がブランチディアーの首を捉えた!
「カイル、よくやった」
殿下はそう褒めてくれたけど、僕としては全然貢献できた気がしない。
「……はい」
魔術をいくら撃てたとしても当たらなければ意味がない。
前回のように数を打てばいい、という作戦はどんな時も通用するわけじゃないんだと痛感する。
「皆、大丈夫か?」
「ああ」
「こちらも問題無く」
戦闘に加わったカーク君はもちろんのこと、リゼさんだってしっかりと貢献しているのだ。
戦わなかったホープライン様も薬師としてバックアップに勤めている。
――皆、自分の持ち味を活かして戦闘に望んでいる。
現状を冒険者のパーティーとするならば、皆が役割を持って行動していると言えよう。
じゃあ、僕はどうだ?
ただ魔術を連発するだけの僕に価値はあるのか?
僕は皆と一緒に行動させてもらえる価値があるのか?
暗くてドロドロした感情が充満しそうになった瞬間――
「カイルさん、大丈夫ですの?」
「え? あ、はい……。大丈夫です」
リゼさんが肩を叩いてくれたことで我に返る。
「どうした? 体調が悪くなったか?」
殿下も心配してくれる中、僕は笑顔を作って首を振る。
「いえ、大丈夫です!」
「そうか」
殿下の顔にはまだ僕を心配する色が窺える。
僕は上手く笑えなかったのだろうか。
◇ ◇
魔物との戦闘があったものの、僕らは再び東に向かって歩きだした。
戦闘発生地点から三十分ほど進んだところで、再びカーク君が制止のハンドサインを出す。
だが、声は無し。
代わりに「姿勢を低くしろ」「前を見ろ」と静かにハンドサインを続ける。
「………!」
見えたのは、倒れたブラウンボアに巻き付く『何か』だ。
よく観察すると蛇のように見えるが……。
胴体に巻き付く体の長さは一メートル半くらいだろうか? しかし、その太さは成人男性の体と同等と思えるほど太い。
体の色は黒く、頭部には口だけで目が無い。
不気味な黒い蛇はブラウンボアの体に巻き付きながら横っ腹に噛みついている。
『―――』
噛みつかれているブラウンボアは鳴き声すら上げられないのか、地面に倒れた体は痙攣を繰り返している。
次第に痙攣は弱まっていき、最後はぴくりとも動かなくなってしまう。
『ギュルル!』
巻き付いていた黒い蛇は独特の鳴き声を上げると、奥の草陰からもう一匹が姿を現した。
二匹の黒い蛇は再びブラウンボアの死体に噛みつき、何かを飲み込んでいるような体の動きを見せる。
その動きは五分ほど続いて、満足したのか二匹は森の奥へと移動していった。
「……あれは何だ?」
最初に感想を口にしたのは殿下だったが、皆が同じ感想を抱いていただろう。
「追うか?」
「……いや、止めよう」
相手が二匹であったこと。
下手をすれば二匹どころではないかもしれないという可能性。
それらを明かした殿下は潔く撤退の判断を下す。
「急ぎ王都へ戻り、騎士団へ報告する」
僕らは早足で森を抜け、街道を使って王都へと戻った。
後日、僕らが目撃した地点に残されていた死体は回収されたものの、当の魔物は発見されなかったと報告が回ってきた。




