第13話 クラス課題
ゴブリン襲撃事件から三日後の夕方、当時現場にいた騎士の一人が報告書を手に学園学長室へとやって来た。
彼は「事件の調査報告書です」と言ってマリューへと手渡す。
それを黙って読み続ける彼女の眉間には、徐々に深い皺が寄っていく。
「……ダンジョン内にはゴブリンの死体が多数。しかし、目立った外傷は無し?」
「はい。ダンジョン最下層にはゴブリンの死体が百以上放置されておりましたが、どれも死体が綺麗すぎました」
ダンジョンの居住を賭けた魔物同士の勢力争いだったとしたら、殺されたゴブリンの死体はもっと凄惨な状態であるはずだ。
しかし、放置されていた死体はどれも五体満足。四肢に裂傷などの損傷も見られなかった。
「加えて、争った相手が不明です」
同時に不可解なのは、ゴブリンと戦ったであろう相手の死体が発見できなかったこと。
ダンジョン内にはゴブリンの死体だけが放置されている状態であり、内部に他の魔物が棲みついていることすら無く。
「現在、ダンジョンは空です」
三日経った現在でさえ、ダンジョンに新しい魔物が棲みつく様子すら見られない。
「ダンジョンが空になるなどあり得ん」
それこそ、魔物同士が殺し合いをしてでも『住処にしたい』と本能的に求める場所がダンジョンというものだ。
「流れの冒険者が腕試しにゴブリンを全滅させた――いや、あり得んか。外にヌシがおったしな」
「ええ。仮に人の仕業であったら、ヌシはダンジョン内で戦うでしょうし。人間相手に外へ逃げ出すなど考えられません」
これまでの歴史を振り返る限り、ゴブリンは人間を下に見ているのは確かだ。
「進展は綺麗すぎたゴブリンの遺体からです。専門家チームがその場で死体を調べた結果――」
「体に小さな刺し傷があった?」
「ええ。専門家は傷の具合から『噛み跡』だろうと推測しています」
死亡したゴブリンの遺体には細く鋭い針で刺したような傷が二つ残っていたという。
魔物の生態を日々研究する魔物研究家達は『鋭く細い牙のようなものに噛まれた跡』と推測を口にしたそうだ。
「小さな牙で噛まれた跡……。そんなものでゴブリンが死ぬとは思えぬな。もしや、毒か?」
「正解です」
専門家達も死因にしては弱い、とその場で判断を下し、ゴブリンの死体を回収して研究所で解剖を行った。
その結果、未知なる毒――と、思われる物質がゴブリンの体内から検出された。
体内に流れたそれはゴブリンの臓器を溶かすように壊滅させ、体の中から死に至らしめたことが判明する。
「細い牙から体内に毒を注入し、生き物の臓器を溶かしてしまう……。そんな魔物、この辺りでは聞いたことがないな」
独特な毒を持つ魔物は確かにいる。
代表例としては蛇型の魔物だろうか。
蛇型の魔物は毒を持った種類が多く、相手の臓器を破壊するほどの強烈な毒を持つ種類も存在するのだが――
「普通、捕食するだろう?」
「ええ」
毒蛇型の魔物が獲物を仕留める理由は捕食するためだ。
居心地の良いダンジョンを制するための戦いだったとしても、勝った後に殺したゴブリン達を味わうはず。
「しかし、魔物の姿はダンジョン内に無い……」
困らないくらいの餌がその場に残っているのだ。
わざわざ外へ出て新しい獲物を仕留める理由がない。
「一体、どういうことじゃ?」
「分かりません。もしかしたら、未知なる魔物が国内へ移動して来た可能性も」
ゴブリンを殺した魔物の正体は何なのか。
謎の魔物はどこへ消えたのか。
調査の結果、得られたのは正体不明の『謎』だ。
「それと、お伝えしたいことがもう一つ」
「次は何じゃ?」
「ゴブリンの体内にあった魔力器官から魔力が抜けていました」
魔力器官とは体内にある臓器の一種であり、この世界に生きる生き物達に存在する共通器官である。
人間も魔物も呼吸することで空気と魔素を同時に体内へ取り込み、取り込んだ魔素を魔力器官へと吸収することで体内魔力へと変換、その後は体内に循環させる――これが魔力器官の機能だ。
「……死亡と同時に体内魔力が発散することはあり得ん。凝固の過程すらも見つからなかったのか?」
「はい。過程で発生する小さな破片一つ、体内からは見つかりませんでした」
体の機能が完全停止したとしても、体内魔力が体の外へ抜けることはない。
体内の循環自体は停止するのだが、死亡して数分経過すると魔力が体内で凝固していくのだ。
後に凝固した魔力は結晶化し、結晶化した物を『命魂結晶』と呼ぶ。
色は共通して血の色に近い深紅。
過去には命魂結晶こそが生命活動の源――生命活動を行うための根源であり、個々を確立する魂が結晶化した物だと考えられていた。
今では否定されたものの、未だ研究者の中には『魂の物質化』を信じる者も多くいて、命魂結晶の形が人間個人・魔物問わずバラバラであることを証拠に挙げる姿はある意味宗教的でもある。
命魂結晶の機能としては、魔力を内包した魔石と似た働きを持つのだが、現在の人間社会では種類問わず命魂結晶を魔石の代替えとして使用することはタブーとされている。
これは過去に命魂結晶を魔石の代替え品にして儲けようとした悪人がいたこと、過去に存在した国では命魂結晶の大量確保を目的とした大量虐殺が発生したこと。
今ではオカルト扱いされているが、命魂結晶を用いることで『黒魔術』と呼ばれる異端魔術の使用を試みる集団が多く発生したこと。
過去の暗い歴史を振り返った現代では、命魂結晶単体では出所の詳細が判別できないこともあり、国際社会のルールとして全ての使用を禁じられている。
「魔物も命魂結晶は食わんからな」
「ええ」
通常、魔物が獲物を捕食する際は命魂結晶を避けることがほとんど。
獲物を丸飲みしてしまう魔物でさえ、体内に残っていた命魂結晶を排泄物と一緒に体外へ排出してしまう。
大型の魔物が獲物を一口で口内に含み、全体を噛み砕いて捕食する場合も同様に破片が排出されることが確認されている。
これは魔素を好む魔物であっても、体内で命魂結晶を消化・吸収できないからでは? と研究者の間で推測されているが、未だ答えは出てない。
「騎士団はどう動くと?」
「現在、王領内の騎士団駐屯所、隣接する領地の領騎士団、冒険者ギルドを動かして捜索する準備を進めています」
騎士と冒険者が処理できる魔物なら問題無いが、そうでない場合はマリューの出番だ。
「捜索で見つかれば良いが……。ふぅむ……」
腕を組みながら悩む姿を見せるマリューだったが、直後に学長室のドアがノックされた。
◇ ◇
朝、僕はいつも通りに教室へと向かった。
入室するとこれまたいつも通りみんなが――あれ? 殿下のお姿がない?
しかし、護衛であるアルバルド様の姿はある。
「殿下はお休みですか?」
「いや……。それが……」
アルバルド様に問うも、どうにも歯切れが悪い返事だ。
一体どうしたのだろう? と不思議に思っていると――教室のドアが開く。
入室して来たのはマリューさんとゼイン殿下。
二人は揃って教壇に立つ。
「えー、まずはおはよう。今日は報告から始めよう」
マリューさんが語り出した報告とは、先日起きたゴブリンの件だ。
騎士団と冒険者ギルドが調査した結果を聞かされたのだが、ゴブリンを殺害した魔物が特定できていないなんて。
怖いな~、なんて思ったところで僕はピンとくる。
まさか……?
「Sクラスは謎の魔物を特定する調査へ加わることになった」
ほらー! やっぱり!
ようし、今回は言ってやるぞ! 僕には最強の『指摘』があるんだ!
「毒を持つ魔物ですよね? 調査に加わるのは危険すぎませんか? 殿下の身に何かあれば……」
ククク。
これが僕の考えた最強のカード……という冗談は置いておいて。
実際、調査に参加した殿下が魔物の毒に犯されてしまって――なんて事態は相当まずいと思う。
「確かに懸念事項ではある」
ですよねぇ。
今回ばかりは王城から待ったが掛かってもおかしくないと思うのだけど。
「言っておくが、私の発案じゃないぞ」
じゃあ、やっぱり止めた方がいいんじゃないですか? と言う前にマリューさんが明かした。
え? じゃあ誰の……。
そこで僕は気付いてしまう。
殿下がニッコニコなことに!
「私の発案だ」
まさかの殿下発案。
この時ばかりは殿下に「馬鹿なんですか?」と言いそうになってしまった。
「いや、危ないと思うんですけど……。ねぇ、アルバルド様?」
「……自分もそう何度も進言したのだがな」
アルバルド様の口から続けて出たのは大きなため息。
これは根負けした者が絞り出す諦めのため息だ。
「いや、大丈夫なんですか!? 殿下の身に何かあったら――」
そこまで口にした後、僕の意識は法廷へと飛ばされた。
ヒゲモジャの偉い人がガツンガツンと木槌を叩き、僕を指差して言うのだ。
『アレテイア・ホルダー候補のくせにゼイン殿下を怪我させたので死刑!』
そして、僕は断頭台へと送られて……。
「ゲェー!」
僕は今度こそ泡を吹いて倒れそうになってしまった。
「一体どんな想像をしたのかは分からないが、私が怪我をしたり、最悪死んでも私自身の責任だから安心したまえ」
まだニッコニコの殿下。
ニッコニコで言うセリフじゃないでしょ。
「そもそも、よく許可が出ましたわね?」
話を聞いていたリゼさんも大きなため息と共に問う。
「カークを説得した後、父上も説得したからな!」
殿下は真っ先に大反対したアルバルド様を説得した後、お父上である国王陛下まで説得してしまったらしい。
他にもアルバルド様のお父さん――現騎士団長も説得済みと明かされる。
「私も説得……というか、狙いは聞かされた。まぁ、本人の強い希望だったから許可したが」
マリューさんが許可を出した理由は「本人が言い出したことだから」と。
まぁ、その前に国王陛下を説得したって事実も聞いたからなんだろうけど。
「殿下はどうして……?」
殿下はどうして危険を顧みずに捜索へ参加したいのだろう?
心の声が小さく漏れてしまうと、殿下は僕に言った。
「カイル、私は強い王になりたいんだ」
「強い王、ですか?」
「ああ。これは兄上との約束でな。私は強き王となって国民を安心させたい。誰もが安心して生きられる国を作りたいんだ」
兄上……。
確か、第一王子殿下はお体が弱いと聞いたことがある。
そのため、健康な第二王子であるゼイン殿下が次期国王候補なんだって話も。
兄弟同士の約束かぁ……。
僕も弟達と約束事を交わすことがあるし、ちょっと気持ちが分かる気がする。
まぁ、僕の場合はスケールが小さすぎるけど。
「個人的な理由ですまないと思っている。だが、どうしても果たさなきゃいけない約束なんだ」
殿下は真剣な顔で僕達一人一人を見て。
「私に力を貸してくれないか」
そして、頭を下げたのだ。
正直、ショックだった。
国で一番偉い人達、王族の一員が平民の僕にさえ頭を下げたことが。
「頭を上げろ。王族が軽々と頭を下げるな、といつも言っているだろう」
ため息交じりに注意したのはアルバルド様。
注意されて頭を上げた殿下に代わり、今度はアルバルド様が僕達に頭を下げた。
「すまない。この馬鹿に力を貸してやってくれ」
僕がポカンと口を開けていると、次にため息を漏らしたのはリゼさんだった。
「貴方達は昔からそう。仕方ありませんわね。私は協力してあげますわよ」
「わ、私も」
リゼさんとホープライン様は了承。
「カイルはどうだ? 私に協力してくれるか?」
「も、もちろんですよ!」
当然ながら僕もだ。
「兄弟の約束って大事ですからね。僕にも弟がいるので分かります」
「そうか……。ありがとう、カイル」
優しい笑みを浮かべる殿下は、きっとお兄さんのことを想っているのだろう。
「では、決まりだな」
パチンと手を叩いて注目を集めたマリューさんは、ニヤリと笑いながら言葉を続ける。
「今回の調査はクラス課題にしよう。お主達は力を合わせ、謎の魔物の正体を暴くのじゃ!」




