第12話 錬金術師の君
「だ、大丈夫、ですか……?」
耳まで赤く染まるリゼさんの顔。少し潤んだ瞳。
微かに香る花のような香りと、妙に僕の心を刺激する彼女の息遣い。
「…………」
間近にある彼女の顔から目が離せない。
「あ、う……」
逃げ場のないリゼさんの顔が更に赤くなったところで、ようやく僕はハッとなる。
「す、すいません!」
勢いよく離れると、リゼさんはゆっくりと上体を起こした。
「お、お怪我は?」
「……あ、ありませんわ」
彼女はそれだけ言って黙り込んでしまう。
……非常に気まずい。
「ま、また助けられてしまいましたわね」
しばらく続いた沈黙を破ったのはリゼさんの方だった。
ぎこちない笑顔で言った彼女に対し、僕も上手く笑みを作れなかった。
「すいません、もっとスマートな助け方が出来ればよかったのですが」
「い、いえ……」
また沈黙。
カチ、カチ、カチとなる時計の秒針が場を支配していく。
「……ん、ふぅ」
リゼさんは何度か深呼吸を繰り返すと、静かに立ち上がった。
「助けて下さってありがとうございますわ」
ニコリと笑みを浮かべる姿はいつもの彼女を演じているようにか見えなくて。
その証拠にまだ顔が赤い。
「しかし、私なら構いませんけど、女性との接触は――他の女性に対しては出来るだけ慎んだ方がよろしくてよ?」
彼女の言う通りだ。
平民の女性に対してもだが、貴族家のご令嬢ともなれば猶更――
ん?
「その言い方ですと、リゼさんに対しては――」
「わ、私は事情を知っているからですわ!」
彼女の赤い顔が治まりつつあったのに、また赤みが増していく。
先ほど以上に赤くなった顔を晒しつつも、僕にビシッと指差しながらお説教は続いて。
「貴方はアレテイア・ホルダー候補なだけではなく、国王陛下からの認定が確実視されておりますのよ! 他の令嬢に同じことをしてごらんなさい! すぐに責任を取れ! と詰め寄られてしまいますわ!」
彼女曰く、今の僕の立場は非常に危ういという。
アレテイア・ホルダーの資格を持ちながらも、まだ認定前の現状は地位向上を狙う貴族家からすれば『金の卵を産むニワトリ』らしい。
「貴族も人が良い者ばかりではありません。貴方の価値を利用して成り上がろうと考える家は多くありますわ」
故に気を付けなさい、と。
リゼさんのお説教を正座で聞いていた僕は、これからはもっと注意しないといけないと心に誓った。
しかし、学園の生徒である以上は他の生徒とも一緒に行動する機会が発生するだろう。
これらの問題を絶対に起こさず、かつ平穏に暮らすにはどうすればいいのだろうか?
「分かりました! なるべく、リゼさんの傍にいます!」
事情を知っている彼女やゼイン殿下のお傍にいればいいんだ!
ぴったりとくっついて――そう、僕は皆の従者みたいに行動すればいいんじゃないか!? と結論付けたのである。
「な、あなっ、貴方は……! ああ、もう!」
リゼさんはブンブンと首を振り、綺麗な金色の髪を暴れさせながら「もう、貴方って人は! もう!」と繰り返す。
「もういいですわ! 私の傍にいなさい!」
「もちろんです!」
問題は起こしません! という決意を感じてもらいたく気合を入れて返事をしたのだけど、またしても彼女は「もーう! もう、もう!」と顔を赤くしながら地団駄を踏み始めてしまった。
「はぁ……。とにかく、仕事を済ませてしまいましょう」
「はい!」
もう彼女を困らせまいとキビキビ動く!
落ちた魔石入りの箱を拾って、指示された通りに研磨用の道具を取り出して。
遂にアルバイト開始! となったのだが、その内容とは。
「工房で整形された魔石を綺麗に磨きますのよ」
魔石は鉱山で採掘される宝石みたいな物、と言えばいいだろうか。
魔石の内部には自然発生した魔素が詰まっており、人間達の体内に蓄積される魔力の代替えとして扱われる。
主な使用用途は魔道具を稼働させるためのエネルギー源だ。
「魔石は鉱山で採掘された後、専門の工房で現行規格に沿った形へ整形されますの」
ここで言う規格とは、魔道具に採用される『魔石ソケット』である。
ソケットの形は三種類あり、一号、二号、三号と大きい順に規格化されている。
「今回は二号規格の魔石ですわね」
大きさとしては成人男性の指二本分、といったところか。
やや細身の形をした水色の水晶体が小箱の中に十五本ほど収められていた。
「よく見ると魔石に小さな傷がありますでしょう?」
「そうですね。ちょっと引っ掻いたような傷が見えます」
かなり小さく、かなり薄い傷であるが。
正直、パッと見ただけではそう目立たない。
「これを研磨布でひたすら磨きますの」
しかし、この小さな傷が試作魔道具の稼働試験に影響することも多くあり、結果のバラつきを抑えるためにも重要な作業であるという。
「それは重要ですね。しっかりやらせて頂きます」
「まずはやり方を見せますわね」
傷の大きさによって布の種類も変わるし、傷の向きによって磨く角度も変えなければいけない。
そういった細かい点まで彼女は熱心に教えてくれる。
「……リゼさんって面倒見がいいですよね。良いお母さんになりそうです」
「お、おかっ!?」
率直な感想を口にした瞬間、横でボフンと何かが破裂する音が聞こえた気がした。
隣にいる彼女へ顔を向けると、またしても彼女の顔が赤くなっている。
「……貴方って実はタラシですの?」
ジト目で言われてしまった。
「小さい頃から歳の離れた姉に『女性には優しくしなさい』『女性は褒めなさい』と言われてきたのですが、あまりよくないですか?」
「そう……。教育の賜物ですのね……」
リゼさんは大きなため息を吐く。
「貴方の言葉は本心から言っているように聞こえますわ。貴族同士が行う腹の探り合いから出る言葉とは全く違いますもの」
「本心ですけど?」
「…………」
リゼさんの顔は赤みを増し、遂には黙り込んでしまった。
「はいっ! やってっ!」
「はい」
ぶっきらぼうに手渡された研磨用の布を手に、箱の中にあった魔石を一つ取り出して。
キュッキュッと丹念に磨いていく。
すると、隣で作業を見ていたリゼさんも魔石を一つ手に取り、熟練者のような手つきで磨き始める。
「あれ? リゼさんもやるんですか?」
てっきり、僕が作業をしている間に他のことをするのかと思っていたのだけど。
「魔石磨きは錬金術の基本。基本を忘れるな、とお爺様から常々言われておりますの」
これは自分を律するためでもある、と彼女は言った。
「……私は誰よりも優れた錬金術師を目指していますの。この研究室を作った初代様よりも」
そう語りながら魔石を磨く彼女の目は真剣だ。
遥か高みを目指す、職人の目でもある。
彼女が身に着けているエプロンがいつも汚れているのも、その夢を追い続けている証拠に違いない。
「なれますよ」
「え?」
「リゼさんなら、立派な錬金術師になれます」
根拠はない。
だが、直感でそう思った。
「……貴方」
僕が言い切ったせいか、リゼさんは僕の顔を見たまま固まってしまった。
ただ、すぐに彼女の表情は綺麗で可愛らしい笑顔に変わって。
「お互い、頑張らないといけませんわね」
「はい」
僕達は笑い合いながらも作業を続けていく。
「…………」
「…………」
その後も、僕達は黙ったまま、肩を並べて魔石を磨き続けた。
黙々と続く作業時間は三十分、一時間と続いていったのだけど――何だかとても居心地が良かった。




