選抜
それから三日間。 俺とディムは、文字通り「死ぬ気」で特訓した。
特訓といっても、レベル上げではない。 俺の脳内にある「物理演算」を、ディムの肉体に叩き込む作業だ。
「角度が甘い! 入射角と反射角を意識しろ!」 「うるせぇ! 走りながら計算できるかよ!」
そんな罵り合いを続けながら、俺たちは地獄の底で牙を研いだ。
そして、運命の日。 『悪魔選抜』の当日がやってきた。
*
会場は、荒野の中央にある巨大なすり鉢状のコロシアムだった。 空は相変わらず血のように赤い。
「うわぁ……。いつ見ても吐き気がする数だね」
ディムが隣で震え声を出した。 見渡す限り、悪魔、悪魔、悪魔。 牛頭の巨体、這い回る虫型、空を飛ぶ鳥型。 大小様々な異形が、数千、いや数万匹ひしめき合っている。
「ルールは単純だ」
会場の中央、遥か上空に浮かぶ岩座から、雷のような声が響いた。 姿は見えないが、圧倒的な威圧感。 おそらく、この地獄を統べる上位の存在だろう。
「『生き残れ』。以上だ」
説明不要。 制限時間なし。 ただ、目の前の敵を殺し、その魂を奪い、強くなった者が勝者。
ゴォォォォォォォン……。
不気味な銅鑼の音が鳴り響いた瞬間。 地獄の釜の蓋が開いた。
「「「グアアアアアアアアアアアッ!!!」」」
殺戮が始まった。
「来るぞ、ディム!」
俺たちのスタート地点は、コロシアムの最下層、端の方だ。 当然、弱そうな俺たちは真っ先に狙われる。
「ヒャハハハ! 美味そうなニンゲンがいやがるぜぇ!」
ドスドスと地面を揺らして現れたのは、身長四メートルほどのオーク型の悪魔だ。 手には、俺の胴体ほどもある巨大な棍棒を持っている。
「チッ、いきなり重量級かよ!」
ディムが身構える。 正面からぶつかれば、ディムなど一撃でミンチだ。
だが。 俺の目には、すでに「勝利への数式」が見えていた。
「ディム、プランCだ。俺が囮になる」
「はぁ!? 死ぬぞお前!」
「計算上、死なない。信じろ」
俺は一歩前へ出た。 震える足を必死に抑え込み、オークを見上げる。
「おい、デカブツ。図体がデカイだけで、脳みそは空っぽか?」
「……アァ?」
オークの顔が怒りで歪む。 単純な挑発。だが、知能の低い悪魔には効果覿面だ。
「ブッ殺す!!」
オークが棍棒を振り上げ、全力で俺に突っ込んでくる。 凄まじい質量と速度。 当たれば即死。
「3、2、1……」
俺は動かない。 オークの棍棒が振り下ろされる直前。
「今だ! ディム!」
「クソッ! 知らねえぞ!」
俺の影から、ディムが飛び出した。 オークに向かってではない。 オークの「足元」に向かってだ。
ディムは地面スレスレを滑空し、オークが踏み込んだ瞬間の「軸足」の膝裏を、その鋭利な爪で真横に薙いだ。
「ガッ!?」
全体重が乗った軸足の支えを失い、オークの体勢が崩れる。 だが、巨大な質量は慣性の法則に従い、前方――つまり俺の方へ倒れ込んでくる。
俺はまだ動かない。 俺が計算したのは、ここからだ。
「摩擦係数ゼロ……氷結の魔法!」
俺は残り少ない魔力を振り絞り、オークが手をつこうとした地面の一点に、微弱な氷魔法を放った。 殺傷能力はない。 ただ、地面を少し凍らせて「滑りやすく」しただけだ。
ズルッ!
「ア?」
手をついて踏ん張ろうとしたオークの手が、見事に滑った。 支えを失った巨大な顔面は、そのまま勢いよく地面に激突――するはずだった場所には、俺たちが事前に配置しておいた「尖った岩」があった。
グシャアアアアアアッ!!
自らの体重と落下速度、すべてのエネルギーが一点に集中する。 オークの眼球に岩が突き刺さり、脳天まで貫通した。
「ギ、ガ……」
巨体がビクンと跳ね、沈黙する。 俺の足先から、わずか十センチの場所で。
「……ふぅ」
俺は息を吐き、冷や汗を拭った。 物理演算、完了。
「お前……マジでイカれてるよ」
ディムが呆れた顔で戻ってきた。
「ただの計算だ。言ったろ、力で勝てないなら、ルールで勝てと」
俺はオークの死体から浮かび上がった、握りこぶし大の魂を回収した。 雑魚とは違う、濃厚な輝き。
「食え、ディム。これでレベルアップだ」
「へいへい、ソウス様」
ディムが魂を食らうと、その体がボウッと赤く発光した。 角が少し伸び、筋肉が膨張する。
「よし……次に行くぞ」
俺は戦場を見渡した。 まだ選抜は始まったばかりだ。
最弱コンビの「ジャイアントキリング」は、ここから加速する。
ソウスの日本の英才教育の頭脳と、ディムの素早さで。




