悪魔②
異世界戦記 第51話
「で、どうするんだ? ニンゲン」
ディムは、洞窟の壁に寄りかかりながら、ニヤニヤと俺を見下ろしていた。
「どうする、とは?」
「『悪魔選』まであと三日だ。僕はこの洞窟に引きこもって、運良く参加者が減るのを待つつもりだったけど……お前という『余計な荷物』が増えた」
ディムは、鋭い爪で自分の顎をカリカリと掻いた。
「お前を食って少しでも魂の足しにするか。それとも、お前を囮にして、他の悪魔を狩るか。どっちがいい?」
究極の二択だ。 どちらにせよ、俺の命は風前の灯火ということだ。
俺は、思考を加速させる。 現状の整理だ。
:この地獄の空気は、地上とは成分が違う。魔力の自然回復が著しく遅い。今の俺は、ライターの火花程度の魔法しか使えない。
銃弾は残り二発。ここぞという時以外は使えない。
ディム。最下位悪魔。身体能力(特に速度)は高いが、攻撃力と耐久力が皆無。そして、性格はドライ。
俺に残された武器は、「知識」と「計算」だけだ。
俺は顔を上げ、ディムを真っ直ぐに見据えた。
「取引をしよう、ディム」
「取引?」
「俺はお前を『悪魔選』で勝たせてやる。上位の悪魔にしてやる」
ディムが、可笑しそうに鼻で笑った。
「ハッ! 魔力スッカラカンのニンゲンが? 冗談は顔だけにしてくれよ」
「冗談じゃない。お前には『速さ』がある。だが、『決定打』がない。違うか?」
ディムの笑みが消えた。図星だったらしい。
「俺には『脳』がある。お前の速さを最大限に活かす戦術と、敵を確実に殺す計算ができる」
俺は、地面に指で図を描き始めた。
「いいか。力で勝てないなら、物理で勝てばいい。お前はただ走るだけでいい。俺が指示した通りにな」
ディムはしばらく俺と図面を交互に見ていたが、やがて銀色の目を細めた。
「……面白い。口だけじゃないなら、試してやるよ」
*
洞窟の外。 赤き荒野。
俺たちは、手頃な獲物を探した。 そして、すぐに見つけた。
体長三メートルほどの、骨だけで構成された狼。 『スカル・ウルフ』。 地獄では雑魚の部類らしいが、今の俺たちにとっては脅威だ。
「グルルルル……」
スカル・ウルフがこちらに気づき、殺意を向けてくる。
「おい、ソウス。あいつは硬いぞ。僕の爪じゃ傷もつかない」
ディムが焦ったように言う。
「問題ない。ディム、お前はあいつの周りを走れ。時計回りに、全速力でだ」
「は? それで終わりか?」
「いいから走れ! 死にたくなければな!」
「チッ! わかったよ!」
ディムが加速する。 速い。 残像が見えるほどの速度だ。
スカル・ウルフは、素早いディムに翻弄され、視線をキョロキョロと動かしている。
「グルアアアアッ!」
狼がディムに飛びかかる。 だが、当たらない。
「次! 右斜め前の岩壁に向かって走れ! 角度は30度だ!」
俺は叫んだ。 俺の脳内では、すでにベクトル計算が終わっていた。 狼の筋肉の動き、重心の移動、そしてディムの速度。
「ここかッ!」
ディムが指示通りに走る。 狼は、本能のままにディムの背中を追いかけ、全力で飛びかかった。
だが、そこは俺が計算した**「死角」**だ。
ディムが岩壁を蹴って、直角に方向転換する。 その直後。
ドゴォォォォォン!!
勢い余ったスカル・ウルフは、止まることも曲がることもできず、岩壁から突き出た鋭利な岩石(黒曜石のようなもの)に、自ら頭から突っ込んだ。
「ギャンッ!?」
頭蓋骨が砕ける音が響く。 狼は脳天を串刺しにされ、ビクビクと痙攣して動かなくなった。
「……は?」
ディムが足を止め、ポカンと口を開けていた。
「な、なんだ今の? 魔法か?」
「いいや。慣性の法則と、摩擦係数の計算だ」
俺は冷や汗を拭いながら、平静を装って言った。 (危なかった……計算が0.1秒でもズレていたら、ディムが食われていた)
「言っただろ。お前は走るだけでいい」
俺は、動かなくなった狼の元へ歩み寄り、その胸元にあった微かな光――「魂の欠片」を拾い上げた。
「ほらよ、報酬だ。食え」
それをディムに放り投げる。 ディムは慌てて受け取り、そして信じられないものを見る目で俺を見た。
「お前……本当に何者だ?」
「ただの日本の英才教育を受けた高校生だよ」
ディムは、魂の欠片をバリボリと噛み砕きながら、ニヤリと笑った。 さっきまでの見下すような笑いではない。 共犯者の笑みだ。
「いいぜ、ソウス。乗った。 お前の脳みそと僕の足で、この地獄をひっくり返してやろうじゃないか」
こうして。 最弱のニンゲンと、最下位の悪魔。 地獄で一番ちっぽけなコンビが結成された。




