終わりの始まり
そして。 この大陸に、唐突に「終わり」が訪れた。
前触れはなかった。 ラングダム王国上空には『緑樹龍』と『暗黒龍』。 レイクリ帝国上空には『暴風龍』と『光明龍』。
それぞれの大国に、伝説級の厄災が同時に降り立った。
そして、ここエルフ国(ベシュタルト領)には……。
*
最悪だった。
空を埋め尽くすほどの、千体の竜の軍勢。 その中央に鎮座するのは、諸悪の根源『龍王』。 そして左右には、伝承にしか存在しないはずの『天使龍』と『悪魔龍』が控えていた。
俺は、即座に臨戦態勢に入った。 他のエルフたちも、轟くような絶望の足音を聞きながら、震える手で詠唱を始める。
だが、そこからは阿鼻叫喚の地獄だった。
俺たちが作り上げた「日本化」した村は、一瞬で灰になった。 鉄筋コンクリートのマンションは暴風で吹き飛び、LEDの輝きは雷に焼かれ、広大な畑は影に飲み込まれ、水流に押し流された。
ここはもう、国ではない。 ただの災害現場だ。
俺は思った。 ああ。 俺の、俺たちの村が。
その時、頭上から二重の詠唱が響いた。
「「天の扉、獄の扉」」
天使龍と悪魔龍による複合魔法だ。 空が裂け、光と闇の巨大な門が開く。
「総員、迎撃ッ!!」
俺は叫び、詠唱を開始した。 エルフたちも、誰もが死に物狂いで戦っていた。
リズは、単身で『龍王』と渡り合っていた。 兄上も、前線で竜の群れを引き受けていた。 パイルも、剣と魔法で竜と戦っていた。
だが、俺はその瞬間、自分が戦場でボーッとしていたことに気づく。 圧倒的な破壊の光景に、思考が追いついていなかったのだ。
早く、戦況を良くしなければ。
だが、現実は無慈悲だ。 大陸最強の魔力を持つはずのエルフたちが、詠唱が間に合わずに、竜の圧倒的な機動力と数に押しつぶされ、噛み殺されていく。
そして。 天と獄の扉から、ドーーーーーーーーン、と重い音が響いた。
門が開く。 そこから、無数の天使と悪魔、そして魔物が雪崩れ込んでくる。 その中心から、優雅に降り立つ「一匹」の姿があった。
ああ。 俺は、それを見たことがある。 前世、日本の神話や創作物でお馴染みの姿。
九つの尾を持つ、金色の狐。 『妖狐』だ。
この世界では、世界そのものを作ったと神話に記されている「創造神」。
妖狐は、こちらの惨状を見て、嬉しそうに、そして不気味に笑った。
「キヒッ」
俺はすかさず、最強の魔法を放つ。
「轟雷電ッッ!!」
空そのものを雷に変え、神ごとき狐に叩きつける。 だが、まるで意味がなかった。 バリアですらない、ただの毛皮に弾かれ、霧散した。
俺は、創造魔法で作った『銃』もぶっ放した。 結界すら粉砕する、物理最強の一撃。
だが、意味がなかった。 妖狐は「蚊にでも刺されたかな?」というような顔で、目をぐーっと細めただけだった。
次元が、違う。
その時。
「ぐあああああああっ!!」
兄上が、竜の群れに飲み込まれていくのが見えた。
「グレン様ッ……がっ!?」
パイルが、竜の爪に裂かれ、右腕を失った。
リズは、空中で龍王を圧倒していた。 彼女だけが、この戦場で唯一、敵を凌駕していた。
だが、周りの惨状を救う余裕はない。 エルフたちは、大陸最強の戦力は、虫けらのように竜に蹂躙されていく。
扉からは、無限に悪魔と天使が湧き出てくる。 どんどん。 どんどん。
それは、まさにこの世の終わりだった。 彼らは喜ぶように大陸へ降り立ち、エルフたちをプチッ、プチッと、虫を潰すように殺していく。
「お、えぇ……」
俺は、吐いた。 なんて、この世界は無慈悲なのか。 積み上げたものが、一瞬で無になる。
その横で、リズがついに『龍王』の首を刎ねたのが見えた。 最強の龍が、絶命して落ちていく。
だが、もう手遅れだった。
扉から出てきた悪魔の一人――いや、一匹が、まるで嘲笑うように、俺に向けて「未知の魔法」を放った。
それは、全てを飲み込む「闇」だった。 物理も、魔法も、光さえも吸い込む、絶対的な虚無。
どこまでも深く。 俺を飲み込んでいく。
「ソウスッ!!」
その時、龍王を倒したリズが、猛スピードでこちらへ近づいてくるのが見えた。 助けに来てくれるのか。
だが。 リズは、俺を飲み込む「闇」か、あるいは「妖狐」の視線に気づいた瞬間。 瞬時に何かを悟り――。
フッ。
瞬く間に、その場から消えた。 転移で逃げたのか、あるいは飛ばされたのか。
そして。
「あ……」
俺は、闇に飲まれた。
視界が黒に染まる。 絶望と、強烈な吐き気と共に、俺の意識は途絶えた




