英雄龍ドラス
〜〜〜英雄龍(守護竜)ドラス視点〜〜〜
我は、ある日、唐突に自我が芽生えた。
ただ本能のままに生きていた野生の龍から、思考する「個」になったのだ。
だが、世界はつまらなかった。 何もかもが退屈だった。
龍王の指示に従い、縄張りを荒らす魔物を排除するだけの、平坦な毎日。 人間という種族は弱く、脆く、興味の対象にすらならなかった。
ただ圧倒的な力で敵を蹂躙し、眠る。 そんな、色彩のない日々。
そんな我を救ってくれたのが、「ラングダム」という男だった。
彼は、人類史上で十人もいないと言われる「S級冒険者」だったが、我にとってそんな肩書きはどうでもよかった。
ただ、ある日、気まぐれに見てみたくなったのだ。 人類最強と謳われるこの男が、どんな景色を見ているのかを。
我は体を掌サイズまで縮小し、彼の肩に乗った。 それから、我はラングダムと共に旅をした。
小さな手乗り龍になり、焚き火を囲んで彼と語らう日々。 それは、何百年生きた記憶よりも鮮烈で、楽しかった。
冒険の途中、人間を苦しめる強力な魔物が現れた。 本来の我ならば鼻息一つで消し飛ばせる相手だ。 だが、その英雄は違った。 泥にまみれ、傷を負い、苦労をしながらも、我の手助けを借りずに己の力で勝利を掴み取った。
その背中を見た時。 我は初めて、どこか下に見下していた「人間」という種族を認めたのだ。
そこから、彼は未開の土地を切り開き、国を作った。 今の「ラングダム王国」だ。
楽しかった。 そう、ただただ楽しかった。
彼は建国の際、「君への感謝を込めて、国名を『ドラス王国』にしたい」と言った。 だが、我は断った。この国は、お前が作ったものだ。
「ならば、せめてこの国の通貨に君の姿を刻もう。そうすれば、君は永遠にこの国の守護竜だ」
彼はそう言って笑った。 我は、まんざらでもなくそれを受け入れた。
そして、幸せな日々が過ぎていった。 我はマスコット的な存在として、ラングダムが恋をし、結婚し、子供を抱く姿まで、一番近くで見守っていた。
それは、とても喜ばしいことだった。 だが同時に、赤子の成長を見るたびに、残酷な現実を突きつけられているようでもあった。
ラングダムは、いつか死んでしまう。 龍の寿命に比べれば、人の生など瞬きのようなものだ。
そして、その日は来た。 ラングダムは、英雄として多くの民に惜しまれながら、ベッドの上で死を迎えた。
我は、己の無力さを呪った。 なぜ、我は「寿命を延ばす魔法」が使えないのか。 最強の力を持っていても、友一人救えないのか。
ただ、彼は最期にこう言った。
「泣くなよ、ドラス。別に、そんな魔法がなくてもいいんだ」 「僕は……君と一緒に冒険できたあの日々が、どんな奇跡よりも素晴らしい『魔法』だったんだから」
彼はそう言い残して、息を引き取った。 とても、満足そうな顔で。
なぁ。 おい。 いつもみたいに、我の頭を撫でてくれよ。
ここ数十年は公務で忙しかったけど、もう隠居できるんだろ? また我と、冒険をしようよ。 強い魔物を倒して、不味い干し肉を食って、笑い合う生活をしようよ。
なぁ。 そんな満足したような顔をするなよ。 起きろよ。生きろよ。
だが、どれだけ願っても、彼は二度と目覚めなかった。
彼の妻や子供たちは、大声で泣いていた。 ただ、我は泣けなかった。 涙が出なかった。
なぜなら、我は人間ではなかったから。 「悲しみ」という感情の処理機能が、生物としての構造が、人間とは根本的に違うからだ。
この時、我は初めて、自身の種族を恨んだ。
ああ。 我も、この素晴らしい「人間」という種族に生まれて来れたのなら。 お前と同じように、涙を流して送ってやれたのに。
どれだけ、良かったのだろう。
ラングダムを失った喪失感に耐えられず、我は姿をくらました。 人里離れた深い洞窟で、幾重にも結界を張り、深い眠りについた。
二度と、目覚めたくないと願いながら。
それから、何百年経ったのだろう。
唐突に、脳内に響く「龍王」からの強制命令によって、我は叩き起こされた。
『総員に通達する。人間とエルフを殺せ』
思考がぼやけている。 龍王の命令は絶対だ。逆らえない。
『まずは、レイクリ帝国と呼ばれる地で暴れろ』 『次に、リズと呼ばれる者を抱えるエルフ国を潰せ』
ああ、面倒だ。 言われるがままに、我は帝国で炎を吐いた。 人間を殺すのは嫌だったが、意識が混濁し、破壊衝動だけが体を動かす。
だが。 次の命令が聞こえた瞬間。
『――最後に、ラングダム王国を根絶やしにせよ』
ピクリと。 止まっていた我の思考が、動き出した。
ラングダム王国。 あいつが作った国。 あいつが生きた証。 あいつとの、約束の場所。
それを、潰せだと?
ふざけるな。
我は――。




