馬車にて
「はぁ……」
屋敷の玄関前。俺は、この世の終わりのようなため息をついた。
「はぁ、疲れた。明日は公爵の戴冠式かぁ……」
「はぁ」
ため息が止まらない。 公爵になれるのはいい。だが、そのためには王都へ行かなければならない。 つまり、明日から片道数日間、俺の「人生で乗りたくない乗り物ランキング」ぶっちぎり一位の、あの地獄の馬車に乗らなければならないのだ。
その絶望感に浸っていると、背後から呆れたような声が聞こえた。
「な、なぁ。なんか、俺たちがすごい蔑まれて、煽られているような気がするんだが」
「き、奇遇ね、グレン。私も今、すごい罵られて罵倒されている気分だわ」
兄のグレンと、姉のカームだ。二人は俺の背中を見てヒソヒソと話している。
「な、なぁ、カーム。前にも同じことがあったような……」
「き、奇遇ね。前にもなんかこんなデジャヴがあった気がするわね」
……。
このままでは、あの幻聴が聞こえてきそうだ。
バーン。
「私が来た。」
……聞こえた気がした。リズ先生の声が。 これはよくない兆候だ。すぐに立ち去るのみ。
スタスタ。
「「「ちょっ!」」」
スタスタ。
俺は無視して、明日に備えるべく早く寝室に行き、寝ることにしたのだった。
*
結論から言おう。 俺は、この日のために、膨大な魔力を蓄電器に毎日毎日ため込んで、とある「解決策」を作っていたのだ。
がっはっは。 あの何もしていないのに、俺のおかげで公爵家になれた怠け家族四人よ。目にもの見るがいいさ。
ガタガタガタガタ……。
馬車が動き出す。 未舗装の街道。サスペンションのない車輪。 普通なら、脳が揺れる振動が襲ってくるはずだ。
だが。
「……あれ?」
同乗している家族たちが、キョトンとしている。 揺れない。 俺だけ、体が空中に固定されて、足だけが、少しだけ揺れている。
「「「「そ、ソウス。その魔法、教えてくれないか」」」」
……やはり。 家族全員、内心ではめっちゃこの馬車の揺れを苦痛に思っていたらしい。食いつきがすごい。
俺は、ふふん、と鼻を鳴らした。
どうしよっかなぁ。
俺が展開している魔法は、空間固定。 属性は、ない。あえて言うなら、俺の「オリジナル属性」だ。 圧縮した空気をクッションにし、さらに磁力で座席をわずかに浮かせている。これを既存の属性に当てはめるのは難しい。
それに、他の属性魔法として教えることも可能だが、真似されると俺の優位性がなくなる。だから、あえてブラックボックス化しているのだ。
「ふん。ふふふん。ラララー」
俺はわざとらしく鼻歌を歌う。
「「「「ねぇー」」」」
「ふふふん」
「「「「教えてー!」」」」
家族たちの必死な顔。 ……よし、頃合いだ。
「教えてほしいなら、それ相応の対価(代償)が必要だよ? なぁ?」
俺は、この世で一番純粋で、屈託のない笑顔を浮かべて、良心的に問いかけた。
……。
まず、兄のグレンが動いた。
「ソウス。俺の剣の腕は、騎士団でも上位に入るほどいいだろ? 俺がお前の専属護衛として一生仕えてやるから、教えてくれよ」
カモが来た。
「……本当? 絶対だよ?」
「おう! 騎士に二言はない!」
「契約」
カッ!
俺は、屈託のない笑みを浮かべて、絶対に解くことができない契約魔法を発動した。 ニコニコ。
「……あ」
グレン兄上の顔が青ざめる。
「チキショー! 詐欺られたぁー!!」
兄が叫んでいるが、あとの祭りだ。 「魔法を教える」対「一生護衛する」。お互いに利益がある契約は、魔法的に絶対に解けない。
ふふふ。残念だったな、グレン兄上。 こうして、俺は実の兄を、合法的に「部下」にしたのだった。
あと、この契約は絶対に破れないので、渋々グレンだけに、魔力の属性の波長を合わせて『座席だけ揺れない魔法』を教えてやった。
*
「「ニコニコ」」
揺れない座席を手に入れた俺とグレンは、屈託ない無邪気な笑みを浮かべて、残りの家族を見る。
まだ揺れている三人――父、母、姉のカームだ。
「な、なぁ、ソウス。俺は父上だぞ? 父の威厳として、教えてくれよ」
「ね、ねぇソウス。私が可愛いおなかを痛めて生んであげたのよ? お願い、教えて」
「ね、ねぇ。私が昔、あなたに魔法の基礎を教えてあげたじゃない? その恩に免じて、今ちょっとぐらい使えるようにしてもらってもよくて?」
この旅が終わるまで、あと二日。帰りを合わせると、あと七日以上。 地獄の振動に耐えるか、魂を売るか。
さぁ、どういう交渉をするのかなぁ。
……ちょっと、ここはカマをかけてみよう。
「ちなみに、俺の魔力的に、あと『一席分』しか枠がないんだよね」
「「「むぅー!!」」」
……。
父上、いい歳したおっさんが「むぅー」と頬を膨らませても、誰得なんだよ。
焦った父上が、なりふり構わず提案してきた。
「よし、わかった! 私がこの魔法を使えるようになったら、この魔法を特許申請して、他の貴族に教えて得た利益の八割をソウスにあげる!」
「九割なら」
「……ぐっ。よ、よし。わかった。九割を、絶対に渡すと約束し――」
「契約」
カッ!
「あ、あぁーーー!!」
たぶん、口約束だけで後でピンハネしようと思っていた父上の絶叫が響く。 だが、俺は気にしない。これで将来にわたる莫大で安定した不労所得を手に入れることができた。 たぶん、国を一つ作るのにも十分なほどの資金がもらえるだろう。
「「ちょ、ちょっと待ってー! 私たちは!?」」
母とカーム姉上が叫ぶ。
「「「ニコニコ」」」
快適な座席に座る男三人は、揃って笑顔で見守るだけだった。
「「あぁーーー!!」」
こうして、俺は公爵就任を前にして、安定した資金源と、ある程度強い部下(兄)を、手に入れたのだった。




