忘れられた悲しみ
~~~レイクリ王国筆頭魔術師ペール視点~~~
「暗黒身体強化ッ!」
「水雷の複合盾ッ!!」
ドガァァァン!! バキィッ!!
「……チッ。回復」
……しぶとい。 先ほどから、私はペール独自の亜空間、影の世界を展開し、ハーフフット王ゼインと一騎打ちを続けていた。
互いに決定打を欠き、消耗戦に突入していた、その時だった。
ふと、違和感を覚える。
先程まで、この亜空間の壁越しに微かに響いていた、外の世界(会議場)からの凄まじい破壊音が、ぷつりと消えているのだ。
……。
なんとなく、戦いの手を止める。 ゼインも同じことを感じたのか、拳を振り上げたまま動きを止めた。
「……」
「……」
お互いに距離を取り、様子を窺う。 静かだ。あまりにも静かすぎる。
「な、なぁ……。どっちが勝ったにせよ、そろそろ誰か助けに来てもよくないか?」
ゼインが、脂汗を拭いながら問うてくる。
「そ、そうですね。それとも、助けに来られないほど重傷なのでしょうか」
「「……」」
二人とも、直感で理解していた。 それはあり得ない、と。
あの二人――リズとラズネットの無尽蔵な魔力が尽きることはない。 どれだけボコボコにされようが、即座に回復魔法で治して、涼しい顔でこちらに向かってくるはずだ。
つまり、可能性は二つ。 相討ちで共倒れしたか、どちらかが勝って、その直後に気絶したか。
……いや。 魔力量が桁外れな者同士の戦いで、完全な相討ちなど極めて稀だ。
つまり、我々が考えたくない「第三の選択肢」がある。
それは……。
あの、バカが、我々の存在を忘れていることだ。
もしそうなら、この空間が解かれた瞬間、勝者の無差別攻撃に巻き込まれるか、あるいは「敵の生き残り」として即座に消し炭にされるかだ。
それを察したのか、ゼインの顔色が青ざめていく。 彼は好戦的だが、バカではない。リズという「厄災」に喧嘩を売った自分の末路を想像したのだろう。
「な、なぁ。姉ちゃん。ここは、俺の負けでいい。一回休戦にしようぜ……いや、しませんか?」
恐怖のあまりか、キャラがブレ始めている。
私は少し意地悪く返した。
「どうしようかなぁ。ただ休戦するだけでは、私にメリットがありませんし。何か、それ相応の代償があるなら考えてあげてもいいですけど?」
ゼインは数秒悩み、そして決断した。
「じゃあ……契約だ。俺がアンタに忠誠を誓う。その代わり、あのバケモノから俺を匿ってくれ」
「……本気ですか?」
一国の王が、他国の魔導士の軍門に下る。 それは本来あり得ないことだ。だが、今の彼はそれほどまでに追い詰められている。
確かに、私と互角に渡り合う戦力が手に入るのは、レイクリ王国の恩方にとっても、私個人にとっても大きな利益だ。 それに、契約はお互いの利害が一致した時しか成立しない絶対契約。裏切られる心配もない。
(……この影の世界が壊れた時、敵対関係のままなら、ゼインは真っ先にリズに殺される。彼の生存本能は正しい)
「わかりました。その契約、受けましょう」
「よ、よし! 早くしてくれ!」
私たちは向き合い、詠唱する。
せーの。
「「契約!!」」
カッ、と二人の体が淡い光に包まれる。 魂のパスが繋がり、契約が刻まれる感覚。
そして、二人の魂は、細い一本の確かな糸で結ばれたのだった。
よし。 成功した。
そうして、ハーフフット王ゼインは、自身の身の安全と引き換えに、私の忠実なる「しもべ」になったのだった。
その直後。
パリンッ。
空間が割れる音がして、影の世界が崩壊した。 外の光が差し込み、私たちは現実のボロボロな会議場へと戻されたのだった。




