女神の願い③
それは、夏目漱石の魂をリフレッシュする準備をしていた、まさにその時のことだった。
異世界に転生させ、長命なドワーフ族となっていたはずの勝海舟が、突如として現れた暗黒龍に討たれ、想定よりも遥かに早く死んでしまったのだ。
龍とは、この世界に10匹しか存在していない最上級の魔物のことだ。
ただ、この世界が私の管轄になる時には、もう存在していた。
いったい、何のためなのだろう。
ただ今はそれどころじゃない。
完全に安心しきっていた女神は、パニックに陥った。
(どうしましょう。今、このタイミングで新たな転生者が必要になるなんて!)
だが、問題があった。転生者を異世界へ送れる回数には、厳格な制限があるのだ。
それは、地球時間で百年に一度。
...別に、絶対に百年に一度ではないのだ。
膨大な魔力があれば、の話だが。
それほどまでに、次元を超える転生という行為は負荷が大きいのだ。
幸い、夏目漱石を呼び出した際は、彼自身の希望で転生させなかったため、貯蔵していた「魔力一人分」が余っているのだ。
しかし、もし今、別の誰かを転生させてしまったら?
その十年後くらいに、予言にあった「夏目漱石と名前が酷似し、猫を助けた少年」がここに来たらどうなる?勝海舟を1899年に転生させたため、1999年ほどまでに、必要な魔力の量が保存できないのだ。「一人分の魔力」を使ってしまったら、 次の転生枠が空くまで、彼を九十年もここで待たせることになる。
そして、九十年も魂を安定させるということは、まさにこの世界の銀河をひとつ破壊することができるほどの魔力量なのだ。
九十年も待たせることなど、物理的に不可能なのだ。
女神の魔力リソースも、無限ではない。百年かけて溜めた魔力が、魂が一つ訪れるだけで湯水のように消えていく。現状、魔力は圧倒的に足りていなかった。「一人分の魔力」がかろうじて、保存してあるだけ。
その結果、女神はハイリスク・ハイリターンな賭けに出ることにした。 今、代わりの転生者を送ることを諦め、いつ来るかもわからない予言の少年を待つ。
たった一つの、希望のために。
そうして、運命の時は訪れた。
*
光に包まれ、異世界へと旅立った少年の残滓を見つめながら、女神は独りごちた。
(お願い。理不尽な私への復讐を糧にしてでもいい。どうか、魔王を倒して……)
その切実な祈りを捧げる表情は、超越的な神のそれではなく、まるで儚い夢にすがる一人の無力な少女のようだった。




